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第1部

はい、あーん

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 梛央の頭の包帯をはずし、傷口を確認したフォルシウスは、

 「ナオ様、少し触れますね」

 梛央に断りをいれて傷口に手を当てた。

 傷口から温かなものが体の中に流れ込んでくる感じがして、梛央は心地よさに目を閉じる。

 「不快感はございませんか?」

 「大丈夫。温かくて気持ちいい」

 痛かったねぇ、よしよし。

 そんな言葉が聞こえてきそうな優しい労りが全身を包んでいくようで、精霊たちが直接傷を癒してくれているような気がした。

 梛央は精霊の加護で治療するという意味を身をもって体験していた。

 フォルシウスの治療を受けて穏やかな表情になる梛央の様子を見ながらケイレブはサリアンに近づく。

 「どういうことだよ」

 サリアンにぴったりと体を寄せて、その耳元でささやくケイレブ。

 「陛下の配慮だよ。俺だって王都で一人寂しく待ってるのは嫌だから」

 ツーンとそっぽを向くサリアン。

 「勝手に殿下の護衛を引き受けたのは悪かったって。陛下には恩義があるんだよ。すまん、許せ、愛してる」

 小声でサリアンにささやいているつもりのケイレブだったが、はっと視線をあげると、いつの間にか目を開けていた梛央が黒曜石の瞳で自分たちを見ていて、慌てて直立の体勢を取る。



 「サリーとヴァルの護衛は知り合い?」

 なんとなく目を開けた梛央は、心配げに自分を見守る人たちの中で体格のよいケイレブが気配を消すように動いてサリアンに近づき、体を寄せて小声で話を話をしているのを不思議そうに見ていた。

 サリアンは顔を逸らしているが本当に怒っている感じではなく、むしろ嬉しそうに見える。

 「私事を持ち込んで申し訳ありません。私とサリアンは冒険のバディで……」

 「ケイレブは精霊に愛を誓いあった私の伴侶です」

 歯切れの悪いケイレブに、食い気味にサリアンは宣言する。

 「伴侶……」

 日本でも性的マイノリティーに対する偏見が問題になっていた。

 世界で活躍するためには偏見や差別はだめだと晃成たちが言っていたので梛央も偏見はなかったが、実際のカップルを目の前にするのは初めてだった。

 「ヴァレリラルド殿下の護衛にケイレブを任命した陛下が、一緒にいられるようにとナオ様の護衛に私を任命してくださいました」

 ケイレブに寄り添うサリアン。

 筋肉質の精悍な顔立ちのケイレブと、中性的な美人のサリアンが並び立っていると、まさに絵になる美男美女のカップルだった。

 「そうなんだ」

 そう言いながらも戸惑う梛央。

 同性同士でも恋愛するのは、異性同士が恋愛するのと同じ。別に不思議なことじゃない。

 そう考えた梛央だが、男に襲われた場面が脳裏にフラッシュバックした。

 こみ上げる恐怖と吐き気に口を手で押さえる。

 「ナオ様?」

 もう少しで治療が終わるところでの梛央の突然の不調に、フォルシウスが声をかける。

 口を開くと吐きそうで、梛央は口を押えていない方の手をフォルシウスに向けて顔を背ける。

 「フォルシウス、治療は一旦終わりだ」

 サミュエルに言われて、フォルシウスは梛央の側を離れた。

 「ナオ様、このまま少しお休みください。ずっと何もお召し上がりにならなかったと聞いています。目が覚めたら軽い食事をご用意しておきますね」

 テュコの言葉に梛央は頷いて目を閉じる。

 その儚げな様子にこのまま梛央が目を覚まさない気がして、ヴァレリラルドは不安げに立ちすくんでいたが、

 「ナオ様を静かに休ませてさしあげましょう」

 サミュエルに言われて護衛たちを従えて部屋を出ていく。

 せっかく愛し子が目を覚ましたのに、自分たちが何か水を差すようなことをしたのではないか。そんな思いを持ちながらケイレブはサリアンに目配せしてヴァレリラルドの後を追った。




 「はい、あーん」

 目の前に差し出されたスプーンを見て、梛央は首をかしげながらも口を開ける。すかさずスプーンが突っ込まれ、温かくて、ちょっと甘いパン粥が口に広がる。

 「テュコ?」

 「はい、ナオ様」

 にこにこしながら次のパン粥をスプーンですくうテュコ。

 「僕一人で食べられるよ?」

 パン粥の優しい匂いで目が覚めた梛央は、側に控えていたテュコによってベッドの上で食事ができるように支度され、あっという間に口にパン粥が運ばれていた。

 「そうですね。はい、あーん」

 差し出されたスプーンに、また首をかしげながらも口を開ける梛央。

 食べさせてもらう梛央の姿だけでも胸がきゅんきゅんするほど愛しいのに、いちいち首をかしげるしぐさが可愛すぎて、

 「可愛くて胸がきゅんきゅんしますぅ」

 テュコの背後に控えていたメイド姿の少女が感に堪えない声をもらす。

 咀嚼しながら梛央が目線を向けると、

 「可愛らしすぎますぅ」

 その横の、少し年上のメイド姿の女性がキラキラした目で梛央を見つめる。

 また首をかしげる梛央の口にスプーンが届き、どうして食べさせられているのかを疑問に思う前に口を開ける。

 「お味はいかがですか?」

 「優しい味でおいしい」

 「それはよかったです。今回はパン粥とフルーツだけですが、ナオ様の状況に応じて少しずつ量を増やして重いものもお出ししていきますね。ナオ様は好き嫌いはありますか? あーん」

 「特にないかな?」

 そう言って口を開けて食べるとテュコが次のパン粥をすくう前に、

 「テュコ、僕一人で」

 「ナオ様、私に食べさせられるのがお嫌なら、私はこの役目をサミュエル殿に譲らなければなりません」

 テュコの後ろにはそわそわしながら待機しているサミュエルがいて、その手が給仕したくてもにゅもにゅ動いていて、梛央は自ら口を開いて次のスプーンを待った。

 嬉しそうにスプーンを運ぶテュコ。

 あきらかにがっかりしている、実は一番梛央の可愛さに打ちのめされているサミュエルに、

 「残念でしたね」

 サリアンが慰めるように言った。
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