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第1部
精霊? 愛し子様です
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神泉の森とも呼ばれる聖域の森。
外郭は巨木が太い幹をくねらせ、来るものを拒むような景色を見せているが、奥に進むほどに優雅な佇まいの樹々がまっすぐに空に背を伸ばす景色に変わる。
背の高い樹々の幹に絡みつく蔦が柔らかな質感の葉を揺らし、空間を埋めるように生える低木が白や黄色、紫の可憐な小花を咲かせていた。
シアンハウス騎士団も聖域全体の警らを行っているが、理由なく泉近くに立ち入るのは禁じられており、ここを訪れる者は少ない。
いかにも精霊たちが棲み家にしていそうな幻想的な景色を歩いていくと、下生えの柔らかな草や苔が減り色とりどりの花にかわっていく。
木漏れ日がやさしくヴァレリラルドを包み込み、わかる者には精霊たちが見えるのだろうなとヴァレリラルドは思った。
精霊の加護のもと、ダンジョン以外では魔獣の出現が他国より少ないことで知られるこの国だが、最近は魔獣発生の報告を聞くことが珍しくなくなっていた。
くわえて王城で王妃の側近が毒殺されるという事件が起きた。続いてヴァレリラルドの身辺にも一歩間違えば死につながるような事故が起き、心配した王妃が国王に進言してヴァレリラルドは急遽休養という名目でシアンハウスに避難することになったのだ。
自分だけシアンハウスに避難するのは納得ができなかったが、ヴァレリラルドはここで確かめたいことがあった。
心の休まらないことが続いているのは精霊の泉に異変が起きているからではないか、と、ひそかに懸念していたのだ。
シアンハウスに到着したのは昨日の夕刻。一晩ゆっくり休んだあと、ヴァレリラルドはケイレブを連れて懸念を払拭すべく泉を訪れていた。
やがて目の前に現れた泉はシアンハウスの名の由来であるシアンブルーの美しい水を湛えていた。
泉から清浄な気と精霊が生まれ、それが国中にいきわたり、シルヴマルク王国は繁栄し続ける。昔からそう言い伝えられている精霊の泉は今日も清浄な気が満ちていて、ヴァレリラルドは安堵した。
「美しい。これが聖域の森の精霊の泉か。森も美しいがこの泉は心が澄み渡るようだ」
神聖な泉の姿にケイレブが感嘆の声をもらす。
「本当に清らかな気だ……」
ヴァレリラルドがつぶやいたとき、突然上空が眩しく光った。
ヴァレリラルドとケイレブが異変を起こした上空を見上げると、抜けるような青空に何かが浮いていた。
キラキラとした光に包まれた何かが、まるで巨大な手のひらに包まれてそっとおろされているようにゆっくりと降りてきていた。
「殿下、俺の影に」
ケイレブはヴァレリラルドを自分の背後に隠し、右手は剣を抜いてかまえる。
「光を纏って精霊の泉に落ちてくるものは精霊の加護を受けた者……」
ヴァレリラルドは途中で言葉を飲み込んだ。
ほんの数メートル先にふわりと降ろされた者に目が釘付けになった。
花と野草に埋もれて横たわっているのは人だった。
見たこともない艶やかな黒髪をした、はっとするほど綺麗な少年。
ヴァレリラルドより少し上くらいの少年は見慣れないシンプルな白いシャツとチェックのトラウザーズを着ていたが、シャツのボタンはすべてはずされており、ほかの着衣にも乱れがあった。
閨教育を受け始めたばかりのヴァレリラルドは、いけないものの匂いがすると感じながらも清らかで妖艶な少年から目が離せなかった。
「……精霊?」
思わずケイレブが呟く。
少年は意識がないのか瞳を閉じていたが、見たことのない濡烏の艶やかな黒髪と象牙の肌をしており、国を越えて冒険の旅に出ることもあるケイレブでも見かけたことのない美麗な種族のようだった。
「愛し子様だ」
ヴァレリラルドは一目でその少年に心を揺さぶられていた。
光を纏って精霊の泉に落ちてくるものは精霊の強い加護を受けているもの。それは精霊の愛し子に違いなかった。
「怪我をしているようです」
ケイレブが少年をそっと抱き起す。
少年の額には頭部から出血したと思われる血が流れており、それが青ざめた顔にも伝っていた。
「殿下、ご無事ですか」
イクセルとクルームが駆けつける。
「これは……」
「さっき見えた光は、もしかしてこの……?」
2人はケイレブが抱きかかえる少年を呆然と見つめる。
「光ったのは聖域の結界に触れたからだ。結界に触れてなお精霊の泉に招きいれられた。この方は精霊の厚い加護を受けた愛し子様だ」
普段は大人びた側面を持つヴァレリラルドだが、この時ばかりは年相応のキラキラした子供の瞳で言った。
「愛し子様」
オウム返しのクルーム。
かつて精霊の加護が薄まり、泉が瘴気で覆われた時に精霊の愛し子が現れて精霊の力を国中に満たしたという伝説の愛し子。
過去には何人かの愛し子の出現があったらしいが、歴史の中に埋もれてしまい、おとぎ話の中でしか存在しないという認識を持つ者が多かった。
「あの高さから、精霊たちがそっと地面に置いたという様子で光をまとって落ちてきた。これが愛し子様でなくてなんだというんだ」
柄になく真面目な顔でそう言うと、ケイレブは少年を抱き上げた。
外郭は巨木が太い幹をくねらせ、来るものを拒むような景色を見せているが、奥に進むほどに優雅な佇まいの樹々がまっすぐに空に背を伸ばす景色に変わる。
背の高い樹々の幹に絡みつく蔦が柔らかな質感の葉を揺らし、空間を埋めるように生える低木が白や黄色、紫の可憐な小花を咲かせていた。
シアンハウス騎士団も聖域全体の警らを行っているが、理由なく泉近くに立ち入るのは禁じられており、ここを訪れる者は少ない。
いかにも精霊たちが棲み家にしていそうな幻想的な景色を歩いていくと、下生えの柔らかな草や苔が減り色とりどりの花にかわっていく。
木漏れ日がやさしくヴァレリラルドを包み込み、わかる者には精霊たちが見えるのだろうなとヴァレリラルドは思った。
精霊の加護のもと、ダンジョン以外では魔獣の出現が他国より少ないことで知られるこの国だが、最近は魔獣発生の報告を聞くことが珍しくなくなっていた。
くわえて王城で王妃の側近が毒殺されるという事件が起きた。続いてヴァレリラルドの身辺にも一歩間違えば死につながるような事故が起き、心配した王妃が国王に進言してヴァレリラルドは急遽休養という名目でシアンハウスに避難することになったのだ。
自分だけシアンハウスに避難するのは納得ができなかったが、ヴァレリラルドはここで確かめたいことがあった。
心の休まらないことが続いているのは精霊の泉に異変が起きているからではないか、と、ひそかに懸念していたのだ。
シアンハウスに到着したのは昨日の夕刻。一晩ゆっくり休んだあと、ヴァレリラルドはケイレブを連れて懸念を払拭すべく泉を訪れていた。
やがて目の前に現れた泉はシアンハウスの名の由来であるシアンブルーの美しい水を湛えていた。
泉から清浄な気と精霊が生まれ、それが国中にいきわたり、シルヴマルク王国は繁栄し続ける。昔からそう言い伝えられている精霊の泉は今日も清浄な気が満ちていて、ヴァレリラルドは安堵した。
「美しい。これが聖域の森の精霊の泉か。森も美しいがこの泉は心が澄み渡るようだ」
神聖な泉の姿にケイレブが感嘆の声をもらす。
「本当に清らかな気だ……」
ヴァレリラルドがつぶやいたとき、突然上空が眩しく光った。
ヴァレリラルドとケイレブが異変を起こした上空を見上げると、抜けるような青空に何かが浮いていた。
キラキラとした光に包まれた何かが、まるで巨大な手のひらに包まれてそっとおろされているようにゆっくりと降りてきていた。
「殿下、俺の影に」
ケイレブはヴァレリラルドを自分の背後に隠し、右手は剣を抜いてかまえる。
「光を纏って精霊の泉に落ちてくるものは精霊の加護を受けた者……」
ヴァレリラルドは途中で言葉を飲み込んだ。
ほんの数メートル先にふわりと降ろされた者に目が釘付けになった。
花と野草に埋もれて横たわっているのは人だった。
見たこともない艶やかな黒髪をした、はっとするほど綺麗な少年。
ヴァレリラルドより少し上くらいの少年は見慣れないシンプルな白いシャツとチェックのトラウザーズを着ていたが、シャツのボタンはすべてはずされており、ほかの着衣にも乱れがあった。
閨教育を受け始めたばかりのヴァレリラルドは、いけないものの匂いがすると感じながらも清らかで妖艶な少年から目が離せなかった。
「……精霊?」
思わずケイレブが呟く。
少年は意識がないのか瞳を閉じていたが、見たことのない濡烏の艶やかな黒髪と象牙の肌をしており、国を越えて冒険の旅に出ることもあるケイレブでも見かけたことのない美麗な種族のようだった。
「愛し子様だ」
ヴァレリラルドは一目でその少年に心を揺さぶられていた。
光を纏って精霊の泉に落ちてくるものは精霊の強い加護を受けているもの。それは精霊の愛し子に違いなかった。
「怪我をしているようです」
ケイレブが少年をそっと抱き起す。
少年の額には頭部から出血したと思われる血が流れており、それが青ざめた顔にも伝っていた。
「殿下、ご無事ですか」
イクセルとクルームが駆けつける。
「これは……」
「さっき見えた光は、もしかしてこの……?」
2人はケイレブが抱きかかえる少年を呆然と見つめる。
「光ったのは聖域の結界に触れたからだ。結界に触れてなお精霊の泉に招きいれられた。この方は精霊の厚い加護を受けた愛し子様だ」
普段は大人びた側面を持つヴァレリラルドだが、この時ばかりは年相応のキラキラした子供の瞳で言った。
「愛し子様」
オウム返しのクルーム。
かつて精霊の加護が薄まり、泉が瘴気で覆われた時に精霊の愛し子が現れて精霊の力を国中に満たしたという伝説の愛し子。
過去には何人かの愛し子の出現があったらしいが、歴史の中に埋もれてしまい、おとぎ話の中でしか存在しないという認識を持つ者が多かった。
「あの高さから、精霊たちがそっと地面に置いたという様子で光をまとって落ちてきた。これが愛し子様でなくてなんだというんだ」
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