異世界が来い!

田宮有人

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第二話 

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 さて、人を探すならまずは扉を開けなきゃ始まらない。
 三人は自分のクラスまで戻るとその扉を開け、そして再び閉めた。

「…………」

 無言で顔を見合わせた後、取っ手を掴んだままだった皆藤がもう一度扉を開ける。
 目の前に広がっていたのは、明らかに教室の面積を超えた両側を石壁で覆われたダンジョン、のような造りだった。

「……どうなって……」
「ん……?」

 あっけに取られる文森の横で皆藤は何度か扉を開けては閉めてを繰り返す。
 しかし相変わらず目の前に現れる光景は面積を超えたダンジョンのような造りのみ。

「お前、何やってんだ?」
「いやな……どうも扉を開ける度に中の造りが変わってるらしい」

 見てろ。と一旦扉を閉めてまた開けると確かにその造りは一緒だったが構造が違った。
 さきほどは少し進めば右側に曲がり角が見えたのに今度はすぐ左側に曲がり角が出来ている。

「どうなってるんだ……いきなり人が消えた事と言い教室にこんな変なものと言い……」

 教室の扉を境目として行ったり来たりしてみる。
 教室内は完全に別世界、廊下側は今まで過ごしていた学校風景。

 もはや今の現状がおかしいという事は理解できたのである程度何が起きても不思議ではないが……

「いや、変なものどころじゃねぇだろ……おかしいだろ! 教室の扉開けたらなんでこんなもんがあるんだよ!」
「落ち着け明里、慌てたってなにも分からないんだぞ」
「落ち着いてられるか! とにかく外! 警察に電話して……」

 文森はこういった非常事態の時のありがたい存在、警察へと電話をかける。
 ……が、何故だろう繋がらないのは。

「なんで……」
「どうしたの?」

 何度かけなおしても一向に繋がる気配がない。
 横でなった着信音、見れば遠田と皆藤二人がスマホを持っている。

「なるほど……つまり、学校内にいるなら繋がるが外部とは繋がらないって事か」
「は……」
「僕もな、家にかけてみたんだが繋がらないんだ。一応他にもかけてみたんだが……繋がったのは陸久だけだ」
「え、そうなの? でもなんで……」
「……ちょっと他の教室も開けてみよう。開けるだけで、中には入るなよ」

 言われた通り、両隣のクラスを各々が開けてみる。
 するとどちらも自分たちのクラスと同じように中は面積を超えたダンジョンが現れた。

「こっちも似たようなもんだぞ……」
「こっちも!」
「となると、迂闊には入れないな……ちょっと外に行ってみないか? 学校の外ならまだ大丈夫そうだし」

 皆藤が窓から外の様子を見れば見える範囲は今まで過ごした風景と変わらない。
 どこの扉を開けてもこのようにダンジョン化しているならこれ以上の下手な探索は出来ないのでそれなら一旦外に出ようと言う話だ。



 三人はさほど離れてない校門に向かい、外の様子を伺う。
 学校の前は大通り、平日の昼間と言えどそれなりに車が多い道路だったのに車は一台も通っていなかった。

 門から向こう側に人は居るのかも知れないが生憎それを確かめる術はない。
 なぜならここでも不可思議現象が発生、三人は門を超える事が出来なかったからだ。

「透明な壁か……?」

 文森が近づき、手を伸ばすとそこにはなにやら固い感触。
 ガラスなどではない、文字通り空気の壁と言うに相応しいものがそこには広がっていた。

「陸久、これ壊せそうか?」
「んー……無理、かな……なんか堅そう」
「陸久でも壊せないとなると……鉄の扉、くらいか……?」
「……ちょっと聞きたいんだけどよ、遠田はどれくらいのモンだったら壊せるんだよ」

 噂では遠田の身体能力の凄まじさは聞いていたし、時々体育の授業で見せる手加減を忘れた結果も見た事ある。
 結果、多分学校に使われてる扉だったら全てを壊せるだろうと予想はしているが逆にどのレベルで壊せなくなるんだろうか。

「そうだなー……さすがに鉄の扉とか厚さが何センチもあるような物は無理かなぁ」
「……家の玄関とかは?」
「壊せるよ」

 あっけらかんと言われてしまえばその恐ろしさに冷や汗が流れる。
 確かにそれだけ強いなら護衛としてはうってつけだろうが……横目で対象でもある皆藤を見れば大きく頷き

「陸久は凄いぞ、憧れの存在を超えるために日々努力してるからな」
「憧れ?」
「ブルース・リー」
「……あぁー……?」

 名前だけは知ってる、がそれだけなので正直いまいちピンとこない。
 とりあえず強く、若くして死んだとか本当にそれだけだ。

「一応言っておくが陸久にブルース・リーの話題は振らない方が良いぞ。マシンガントークが止まらないし簡単には逃げられないからな」
「話すことはねぇ」
「危ない!」

 言い終えた瞬間衝撃が。
 突然すぎて身構える暇もなく、改めて理解しようと努めれば何かに吹っ飛ばされたと言う事が分かる。

 その何か、とは遠田だったわけだが文句の一つも言えなかった。

 遠田の視線の先には一般的な存在よりも大きいであろうイノシシ。
 空気の壁にぶつかったのだろう、鼻息荒く文森たちに標的を定めたそのイノシシは今にも向かってきそうなほどに荒々しかった。

「二人とも静かにしててね」

 声を潜め、手で合図。
 遠田の心配は杞憂だ、いきなり現れた獰猛な生物相手に騒ぐ余裕なんてない。
 単純にまずその巨体さに恐怖を一つ、そして本などで得た知識から想像出来る最悪なパターンを想定して恐怖。

 皆藤の方を見れば同じなのだろう、声が出ないよう口元を抑え、文森の視線に気づくと小さく頷く。
 正直その頷きはよく分からなかったが……なんで、こんな所にイノシシがいるんだ?

 確かに東京に比べれば田舎だがかといって熊やらイノシシやらが出るほど田舎でもない。
 第一今までに生きてきてそんな話は聞いたこともないし近くに動物園があるわけでもない、なら――こいつは一体どこから来たんだ?

 文森と皆藤は静かに見守る。
 遠田は警戒心緩めずイノシシと向き合い、イノシシもまた遠田から視線を外す事なく……最初に動いたのはイノシシだった。

 走ってくる、三人の中で一番近い距離にいたのは遠田。
 しかし一直線に向かってくるその様子は避けるのが簡単、遠田は横に飛んで突進を避けた。

「陸久! 止まるな!」

 遠田が向きを変えるのと皆藤の叫びはほぼ同時だった、遠田がイノシシと向き合おうとした瞬間すでにイノシシは向かってきていた。

 イノシシは急ブレーキや方向転換が苦手だと思われがちがだ実際はそうじゃない、むしろそれは得意技。
 今から避けようにも間に合わない、イノシシは勢いを殺さず、むしろ増す勢いで体当たり。
 激しい衝突音、靴と地面がこすれる音。

 最悪のパターンを予想して思わず顔を歪めるが予想はあくまで予想、うっすらと目を開ければそこには最悪をはるかに凌駕する展開が待っていた。

 イノシシは一般的に60~100kg程度の重さがあると言われてる。
 さらには時速45kmで走り抜けるというのだ、一般的に生息するイノシシより大きいと思われるそれなら体重も速度もそれ以上、大の大人でも吹っ飛ぶことは避けられないほど。

 ……だと言うのに、遠田はそれを止めた。
 イノシシはならばと次の抵抗を見せようとするがそれより早く動いたのは遠田。

「いっ……! っせぇーーーのっ!!」

 両足、両腕にしっかりと力を込めてその巨体を持ち上げ、そして横にあった壁へと叩きつける。
 イノシシはぶぎゅっ! と一つ、うめき声を上げたかと思えば力なく地面に倒れ、一連の流れを見ていた文森は開いた口が塞がらなかった。

「……なぁ、ブルース・リーってあれより強いのか?」
「いや陸久の方が強いと思うが? まぁ憧れの存在は超えられないんだよ、本人にとってはな」

 絶対に、ないとは思うが文森は心に一つ決めた。
 遠田と喧嘩するのだけは絶対に止めとこうと。

「ん? ねぇねぇ二人とも」

 あれ、と指さされた方向を見ればイノシシが丁度消えた。
 文字通り、跡形もなく……いや跡形もなくというのは間違いか?

 今までイノシシがいた場所には一つ、代わりと言わんばかりに小さな箱が残されていたのだから。

「……なんだろこれ……」

 遠田が拾い上げたそれは小瓶、中には赤い液体が入っており遠田が軽く振れば伴って中身も揺れる。

「まさかイノシシがこの瓶になった……?」
「倒して道具が出てくるとかゲームみたいだな」
「ゲーム?」
「…………まさか、ゲームやった事ないとか言わないよな?」

 何やらきょとんとした目で見てくるので思わず訊ねる。
 結果、二人はない。と大きく頷いた。

「マジか……」
「大体僕がやるとしたらボードゲームとかカードゲームだったし」
「僕はトレーニングかなー」
「分かった、お前らが本当に特殊な世界で生きてきたって事は分かった」
「で、どういう事なんだ?」

 多分、説明すれば分かるだろうが……さてどうやって説明したものか。

「あー……RPGは知ってるか?」
「名前だけは」
「プレイヤーが主人公になって、魔物を倒しながらレベルを上げて最終的に魔王……ラスボスを倒すって感じのゲームがRPGな。で、その魔物を倒すとゴールドと、時々アイテムを落としたりするんだよ」
「あー、じゃあさっきのイノシシが魔物で、これがそのアイテムって事?」
「まぁそうな……」

 そこまで言いかけてふと文森は考えた。
 扉を開けた時に現れたあれは、ダンジョンみたいと思っていたが文字通りダンジョンなのでは?

 更に言えば現れたイノシシも魔物、となれば……
 ここは、何かのゲーム世界とでも言いたいのか?

「明里明里。つまり、ここはゲームの中の世界、かも知れないと言う事か?」

 まるで頭の中を覗かれたような錯覚。
 RPGと言う仕組みも知らなかったのに、よく文森と同じ思考にたどり着いたものだ。

「なぁに簡単だ、仕組みは知らずともテレビを見ればCMはあるし電車に乗れば広告もある。ゲーム自体はやらなくてもゲーム画面は見れるんだ、そういった物と似てたんだ、教室のアレが。そして」

 勢いよく、自信たっぷりに伸ばされた人差し指を文森の前に持ってくる。

「明里の反応は気付いて、考えたんだろ? だから今までに近しい会話から推測した、ただそれだけの事だよ」
「……頭の良さは伊達じゃないって事か?」
「頭が良いのは認めるがな、残念だが僕なんてまだまだ。わかったろ? 僕にも知らない事はある」

 にっ。とあの強気な笑みを見せるがRPGを知らなかった事は皆藤にとって大した事でもないだろうに。
 その回転の速さは羨ましい限りだ。

「お前を敵に回したら恐ろしそうだな」
「まぁそうだな、やる時はやるぞ、僕は」
「響怒らせたら怖いもんねー。僕も響だけは怒らせたくないなー」
「奇遇だな陸久、僕もお前だけは怒らせたくないな」

 仲睦まじく笑いあう二人だったが文森からすれば両方とも怒らせたくない。と言う結論をひっそり出していた。
 もちろんそれを口にする事はなかったが。

「みっ、見つけた……! ここに居たんですね……!」

 聞こえた声に反射的に振り向けば、そこには大きく肩で息をする少女の姿が見えた。
 
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