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10、教会とスキル

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 もう一件依頼でも行くというアレクとギルドで別れて、ユキは町をぶらぶらと歩きだす。別に行く当てはないし、買い食いする金もない。

「おや、教会かね?」

何とはなしに歩き続けていると、大きな教会にたどり着いた。どうやら一般人も中に入れるらしいので入ってみる。いかんせんユキには金がない、普段なら行くこともない教会もタダで入れると思えば行く価値もあるというものだ。
 たくさん列になって並べられたベンチにはちらほらと人が座っている、皆熱心に何かを祈っている。その先には、あの日見た男神の像が綺麗なステンドグラスを背景に立っていた。

(うーん、こんなに凛々しくなかったような気がするんだけど)

 ユキにからかわれて、あたふたしていた記憶しかない。どうせこの後もやることはないんだ、一つ祈っていくかと手近なベンチに腰掛ける。
 
「貴女がユキさんで間違いないでしょうか?」

 目を瞑って静かに祈りを捧げていたユキに、誰かが突然声をかけてくる。声の正体を確かめるために目を開くと、あの日と同じ白い空間に来てしまっていた。

(んー?また死んだのかね?)
「いえ、そうではありません。ラグシエル様の尻ぬぐいに行こうとしていた所、その対象である貴女から教会に来ていただけたので、こちらにお呼びした次第です」

 そう言いながら、目の前の白いワンピースに似た衣装に身を包んだ金髪美人は苦虫を嚙み潰したような顔をしている。

「尻ぬぐい?」
「そうです、あの馬鹿神……失礼。あのお方は貴女に異世界に行けとだけ命令して、魔法やスキルの使い方も教えずにこちらに連れて来たそうではないですか」

 なんか馬鹿って聞こえたような気がするんだが、いや気のせいではない。

「ああ、そうだね。話している言葉だけは理解できたから今の所はなんとかなってるが」
「それも不完全でしょう?貴女の世界には無いものだけではなく、有るものさえこちらの世界の言葉で聞こえている」
「まあ、そうだね」

 否定せずに首肯するユキの言葉を受けて、彼女はますます顔を歪めていく。

「っっっちぃ、それだけならまだしもラグジェルドで生きていく為の金銭すらまともに手渡さずに放りだした」
「そう、だね」

 溜めに溜めた舌打ちをついた彼女はやがて遠い所を見つめ、汚物でも見るような顔をして独り言ちる。

「あんのクソ神がぁ、仕事しろよ」

 空中を平手打ちしながらフォローのしようも無いほど怒り狂っている女性に、怒っていても美人は美人なんだなというかデカいな等と思いながら、ユキは怒りが静まるまで待つことにした。

「んんっ、申し訳ありません。ユキさんの言語理解のスキルはきちんと貴女の望むように訂正しておきますし、光魔法についても無詠唱で行えるようにしておきますから」

 やっと我に返った彼女は、少し恥ずかしそうに口元を抑えて咳払いをしている。

「無詠唱って?」
「この世界の人は呪文や技の名前と言ったものを唱えてから魔法使うのですが、無詠唱とはそれらが必要なく、願うだけでそれらが使えるようになるという事です。」

 なるほど、それは便利だ。呪文はきちんと覚えられるだろうが、言い終えるまで魔法が発動しないというのは不便だ。

「ただ、現在無詠唱を行う魔法使いは殆どいませんから、緊急事態の場合を除いては呪文を唱えておいた方が無難だと思います。一応今から教えておきますね」

 対応がひどくまとも過ぎて違和感がある、あの男神と比べるのは可哀そうというものだが。というかあの神様は直接来ないでなにしてるんだろうか。

「あの、さっき尻ぬぐいって言ってけど。神様はなにしてんだい?」
「ああ、書類仕事を溜めこんでいたんですよ。なにやら焦った様子でしきりに早くしないと何とかしないと、と言ってましたね。仕事を溜めこんでいただけのようではなかったみたいですが」

 そのせいで私が来ることになりました、いい迷惑ですとその時の会話を思い出したようでまた顔を歪めていた。

「ユキさん、他に困っていることはありませんか?」
「んにゃ、今の所は無いよ。今度武器の使い方をギルドで教えてもらうんだ」
「なら火魔法でも使えるようにしておきましょうか?」

 ありがたい提案ではあるが、そんなに良くしてもらうのは申し訳ない。

「大丈夫だよ、何とかなると思う」
「でも、ラグシエル様が迷惑をかけたので…せめて身体強化のスキルだけでも」

 大丈夫だと言っているのに、どうやら引いてくれそうにないらしい。

「分かった、じゃあ身体強化ってやつでいい」

 ちょっと足が速くなったり、力が強くなるスキルって認識で良いんだろう。それくらいなら別に良いかと受け取ることにした。

「ところで、お姉さんの名前は?」
「ウィズエルです」
「ウィズエル様、色々教えてくれてありがとう。お供えをしたら、私の料理ってたべられるのか?教会に持ってきた方が良いのかね?」

 ああ、神でもない御使いの自分に感謝したいと言うのか。帰ったらラグシエル様を締めよう。

「別に教会に持ってくる必要はないですよ、その方が相性が良いというだけですから。自室でも大丈夫です」
「分かった、給料が出たら何か作ってお供えするからね」

 店の金で作ったものを供えるのは何か違うと思うから、しばらく待っていてもらおう。

「はい、お待ちしています。食文化の発展という重大な責務を負っているからと気負ったりせず、貴女らしくのんびり生活してください」

 手を振るウィズエルが周りの白に溶けていく、どうやら現実に戻るようだ。



「戻ってきたようだね」

 祈る前からほとんど時間は過ぎていないのだろう、座っていた人数と位置が変化していない。

(これで、鑑定やアイテムボックスが使えるようになったんだね)

 この先の未来を想像するとわくわくしてくる。もっと色んな食材を試してみたいし、薬草採取もしやすくなれば、もっと早くに開店資金が貯まるかもしれない。
 ひとまずは食材を見に行こうと、軽い足取りで教会から出ていった。


「ギルドへの道を歩く時も思ったけど、賑わってるね」

 大通りに向かうと物売り達の声が飛び交っている。食材を売っている店を中心に足の向くままに歩いていく。

(あ、厨房で見たやつだね)

 陽だまりの猫亭で見た真っ赤なバナナが売っている、どんな味がするんだろうか。じっと見ていると目の前に文字が浮かんでいる。

《バレバー ウリ科の仲間で、胡瓜のような触感と味がする。適正価格、一本五百シェル》

「うわ、びっくりした。というかお前バナナみたいな面して胡瓜なのかい」
「どうしたんだい、お嬢ちゃん。バレバー買っていくかい?鉄貨五枚だよ」

 一人で驚いていたユキに店主らしき中年の女性が話しかけてくる。

(買ってもいいけどそんなにお金ないしね)

 ウィズエルはポケットの中に銀貨を五枚入れてくれていた。でもなるべくなら使いたくない。

(アイテムボックスに入れてたら、長期保存がきくのかね)

 そう思うと、途端に目の前に目次と黒い穴が出てくる。

《銅貨二十枚、銀貨三十枚、金貨一枚、衣類一式・七枚、靴三足、短剣一本、鞄一個、魔石全種・五個》

「う…一本頂戴。今銀貨しか持ってないんだけど」
「大丈夫だよ、白金貨とか出されちゃ困るけど。銀貨ならお釣り出せるからね」

 また叫びそうになった所をどうにか堪える。ラグシエルもアイテムボックスにお金を入れてくれていたんだろうか、いやウィズエルが持たせなかったと言っていたからこれは彼女の計らいか。どちらにせよこれは嬉しい、特に替えの洋服が入っていたことは大きかった。

(ありがとうウィズエル様、これでどうにかなりそうだよ)

 店主からバレバーとお釣りを受け取ってその場を去る。とりあえずお釣りをポケットにしまってアイテムボックスから鞄を取り出す。
 布で出来たショルダーバッグだった。当然チャックなどというものは無いので、服のようにボタンで閉めているだけだが。

(荷物が入れておけるのは嬉しいね)

 どんどんと高揚していく思いに比例して、軽くなる足取りのままに歩いていく。其の後も屋台の串焼きを食べたり町の散策を楽しんだ。

「はて、ここは何処なんだろうね?」

 もはや当然のように迷子になってしまった。

「はあ、一体全体これはいつになったら治るんだろうね」

 今までも見知らぬ土地を歩く場合は誠二郎が必ず傍にいた、慣れるまでに時間がかかるのだ。それは誠二郎が居なくなってからも子や孫が代わりを努めてくれていた。つまり方向音痴は死ぬまで治らなかったと、もはや手遅れだろうと思う。
 先ほど三の鐘が鳴り響いていた、そろそろ帰らないと明日は仕事だ。陽だまりの猫亭からギルドまでの道のりは、迷いながらでも何とか見たことのある建物と記憶を頼りにたどり着けたが、歩き続けたせいでもはや今どの辺りを歩いているのか見当がつかない。

「ウィズエル様に困ってないなんて言うんじゃなかった。現在進行形で方向音痴に困ってるよ」

 少しずつ人数が減っていくなか、どうにかバレバーを買った店まで戻ってこれた。彼女も店じまいをして帰ってしまった。見覚えのある場所を探していると、見知った顔を見つけた。

「あ、ヒューゴさん!」
「ん?陽だまりの猫亭のユキさんでしたね」

 良かった、知っている人をやっと見つけた。恥を忍んで宿屋まで連れて帰ってもらおう。今日も制服を着ているが仕事の最中だろうか、同僚と楽しそうに話をしていた。

「あの、お願いがあるんです。私を陽だまりの猫亭まで連れて帰ってください」
「………良いですよ」

 くすりと上品に笑われた、ああ年寄りになってまで方向音痴だなんて恥ずかしい。せめて教えてもらえれば目的地に行けるくらいにはしなくては。今後もギルドにはお世話になる予定なのだ、薬草採取に出るたびに迷子になっていては仕事にならない。
 同僚らしき人に話をすると、ユキに行きましょうと声をかけてくる。

「今日は、お休みだったんですか?」
「はい。それで街を散策していたんですけど、恥ずかしい話道に迷ってしまって。困っていた所にヒューゴさんが見えたので話しかけてしまったんです」
「私が役に立ったようで良かったですよ」
 ヒューゴの道案内で歩いていると見知った建物が増えてきた、どうもギルドのあたりのようだ。

「ヒューゴさん、昨日はありがとうございました。無鉄砲な真似をしてすみませんでした。それで、来週ギルドで武器の使い方を教えてもらうことにしました」
「え、別に戦えるようになれと言ったわけでは。」
「もちろんです、でもヒューゴさんの言っている事はもっともだったので。どうせまた突っ走ってしまうなら走り切ってしまう力が欲しいなと」

 そう答えると、ヒューゴは顎に手を当てて視線を右上に反らした。どうやら何か考え込んでいるらしい。

「なるほど、良い考えだとは思います。差し当たって来週の光の日は休みなので、私にギルドまでの道案内をさせてください」
「えっと……お願いします」

 今日はギルドにたどり着けたのだ、きっと次回もどうにかなるだろうとは思う。ただ、ユキが死んでも治らない方向音痴であることも事実だ。なによりも、優しさの色を滲ませた真空色の瞳に肯諾する以外の方法を思いつかなかった。
 こうして来週も会う約束をした二人は、無事に陽だまりの猫亭にたどり着いたのだった。
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