海よりも清澄な青

雨夜りょう

文字の大きさ
上 下
9 / 13

9人間への初めての接触

しおりを挟む
「海を愛した人間。そんなのあり得るのかしら」

 人間など、自分勝手で自己中心的な狭量な種族だと思っていた。本当は違うのだろうか、それとも彼だけが特別なのだろうか。
 考えれば考えるだけ、ぐるぐると思考が回り続けた。

「分からない、分からないわ」

 こんな自分らしくない感情知らない、分からないなら直接会いに行けばいいではないか。どうせいつでも海をうろついているのだ、すぐに見つかるだろう。
 思い立ったが吉日だと、リンは浜辺へ向かった。

「あ、居たわね」

 今日は金の髪をしているらしい、時間帯によって髪の色が変わるのか。近くには知り合いらしい武装した男が居た。こちらから近寄ればバレてしまう、海に入ってくるのを待とう。
 海に入ってきたのを見計らって、海中から近づいていく。知り合いの男には姿を見られたくない。

「あっ」

 リンが居ることに気が付いた人間は驚きに目を見張っていたが、リンが逃げずにいるのが分かったのか恐る恐る近寄ってきた。

「貴方、名前は?」

 リンが話しかけると、男は体を震わせて返事をしなかった。

「なによ、聞こえないの?名前を訊いているのよ」

「オスカーだ、貴女の名前は?」

 オスカーは震える声でリンの名前を訊ねてくる。

「リンよ。見ての通り人魚、貴方はどうして毎日ここに来るの?」

「俺は君に会いたかったんだ」

 初めて会った時から追いかけられたような気がするのだが、会いたかったとは一体どういう事だろう。

「初めまして、よね?」

「違う、今日で四回目だ」

 全くもって記憶に無い。今日が四回目なら、追いかけられた日は三回目で、海に引きずり込んだ日が二回目だ。
 本当の初めましてはいつだったのだろうか。

「俺は、君のことが好きだ」

 いつ出会ったのか分からずにいるリンに、オスカーは少し寂しげに笑ったあと爆弾を投下した。

「は!?好き?人魚が?」

「人魚がと言うよりは、君がだけど」

 私が好き?よく分からない。
リンはおっとりとしている母が好きだ、海を守るため日々魔物や人間と戦う父も好きだ、勿論死を憂いてペンダントをくれた祖母の事も大好きだ。
 これらの感情は同族にだけ起こりうる感情じゃないのだろうか、熱を帯びたオスカーの瞳がリンには少し怖かった。

(知らない、こんな感情知らない。この人間の好きは、きっと私とは違う)

 リンとは全く違う、重たさすら感じる“好き”に何故だか逃げそうになった。

「リン、また逢いたい。いつなら君に逢えるんだろう?」

「は?また会うの?そうね、月が真上に昇る頃この場所に来るわ」

 もう会わない筈だった、オスカーに会ってどんな人間か確かめたらそれで終わり。
 ペンダントを回収するか、さもなければ殺してでも奪い返す。それだけの筈だったのに。
 胸につかえたままの罪悪感と名付けたそれが、リンに首を縦に振らせた。

「わかった。リンまた来るよ、明日も来る」

 君に逢いたいんだと言い残して、オスカーは陸に上がっていった。

「……なんなのよ、いったい」

 オスカーと言う名の人間が、リンの心から離れなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

帰らなければ良かった

jun
恋愛
ファルコン騎士団のシシリー・フォードが帰宅すると、婚約者で同じファルコン騎士団の副隊長のブライアン・ハワードが、ベッドで寝ていた…女と裸で。 傷付いたシシリーと傷付けたブライアン… 何故ブライアンは溺愛していたシシリーを裏切ったのか。 *性被害、レイプなどの言葉が出てきます。 気になる方はお避け下さい。 ・8/1 長編に変更しました。 ・8/16 本編完結しました。

それぞれのその後

京佳
恋愛
婚約者の裏切りから始まるそれぞれのその後のお話し。 ざまぁ ゆるゆる設定

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします

希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。 国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。 隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。 「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

【完結】婚約者に忘れられていた私

稲垣桜
恋愛
「やっぱり帰ってきてた」  「そのようだね。あれが問題の彼女?アシュリーの方が綺麗なのにな」  私は夜会の会場で、間違うことなく自身の婚約者が、栗毛の令嬢を愛しそうな瞳で見つめながら腰を抱き寄せて、それはそれは親しそうに見つめ合ってダンスをする姿を視線の先にとらえていた。  エスコートを申し出てくれた令息は私の横に立って、そんな冗談を口にしながら二人に視線を向けていた。  ここはベイモント侯爵家の夜会の会場。  私はとある方から国境の騎士団に所属している婚約者が『もう二か月前に帰ってきてる』という話を聞いて、ちょっとは驚いたけど「やっぱりか」と思った。  あれだけ出し続けた手紙の返事がないんだもん。そう思っても仕方ないよでしょ?    まあ、帰ってきているのはいいけど、女も一緒?  誰?  あれ?  せめて婚約者の私に『もうすぐ戻れる』とか、『もう帰ってきた』の一言ぐらいあってもいいんじゃない?  もうあなたなんてポイよポイッ。  ※ゆる~い設定です。  ※ご都合主義です。そんなものかと思ってください。  ※視点が一話一話変わる場面もあります。

処理中です...