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第二章:変わる、代わる
186.美海の世界(美海視点)
しおりを挟むあさ目が覚めて見えるのは、口元が緩んでしまうような生地の山。作業をするのに文句のない大きな机には仕上げ途中の作品を置いてあって、今日することはいつもこの机を見て決まる。それから部屋を見渡せば宝の山がたくさん目に飛び込んでくるんだから、ニヤけるなというのが無理な話だ。
選べないほどたくさんある刺繍糸やレースは私の癒しで──この世界で私の心を慰めてくれたこたち。
そんな、いつもと同じ幸せな朝が今日は少しだけおかしい。遠い、蓋をしてしまった記憶を思い出す。
『美海、あなたは好きなように生きなさい』
麗巳の悲しそうな声が囁くように聞こえてくるのは、あのとき抱いた後悔をまた持ってしまったせいだろう。
少し考えたあと、美海は手に取っていた作品を机に戻す。
この世界に召喚されてから過ごす毎日はどちらかといえば辛いことや苦しいことのほうが多かったとはいえ、それは元の世界と変わらないことで、こんな暮らしができることを考えればこの世界に召喚されたことは少なくともいいことだったと思う。
そんなことを召喚されたころの自分に言える勇気はないとはいえ、なにか言えるのだとしたら、大丈夫、そう言ってあげたくなる。
そんな馬鹿げたことを思って、笑ってしまう。
以前の私なら、大丈夫なんて無責任なことを言えるはずなかった。それが小さな世界で生きていたからこその思い込みだったと気が付けたのは、目まぐるしい変化が身の回りで起こるようになったからだ。
『お互い、最低限の関わりだけにしましょう』
『畏まりました』
神子、神子様、神子、神子様。
あなた、そこの人、お願いするわ、どうも。
無機質な関りに、勝手に不愉快をためこんで怒ってしまうこともあった。そのくせ興味も持てなくて、機械じみた反応に安心もした。
それなのに、私が同じ毎日を過ごしているなか──景色が変わっていった。
梓たちが召喚されてから、変わったと思うことが多くなった。
実際に顔合わせしたあと妙な縁を持つようになって、今では友達と呼べるほどの関係になったことも大きな変化のひとつ。私にもたらした変化はこの城に住む人たちにさえ起きた。
神子、あの神子、無能な神子、樹様、あの女。
機械のようだった人たちが感情をむきだしにする姿は、彼らも変化を感じているからだと思う。きっと怖くてたまらないのだ。彼らを見ていると親近感を抱いてしまう。
お互い様だと干渉せず放置していたことが変わっていく様は、すごいと感動するよりも私に卑屈な感情を抱かせた。
私にはできなかった。
どうせ変わるはずがない。
無駄なこと。
だって赤の他人よ?
身内でさえ分かり合えないんだから、上辺だけに決まってる。
そうでないと……私はなんだったの。
意地汚い心は嫌でたまらないけれど、私をよく表してる。私は間違ってないって思いたくて、勝手に怖がって、変化を起こす人を敵のように見てしまう。
その人も、私と同じようになにかに苦しみを覚えながら生きているだけの人なのに。
『私、どれだけ時間がかかっても……死ぬまで、神子召喚が無くすために生きていきます』
『もう、どうでもいいのよ』
『私は他に欲しいものはないわ』
『そうねえ、面白ければいいのよ。どうでもよくなるぐらい、あきれたらいいわ』
『嫌なこと見てたからそりゃそればっか見えるに決まってるじゃん!だってそっちのほうが楽だもん。だから私はそれ以外のことを探そーとしてるってわけ』
『悩んでばっかじゃ変わんないぜ?』
『私も梓も、似た者同士ですからね』
ぐるぐると、頭のなか沢山の言葉がとびかう。辛くて苦しい記憶だって思い出すのに、それ以上に大きな声でたくさん聞こえてくる声に心臓がドクドクと強く脈打つ。
花の間のソファで座って見る窓の外の景色は変わらない。
それでも妙に眩しく感じてしまうのは何故だろう。
「あ、あの……」
「……なにかしら」
メイドに話しかけられて、身構えてしまう。
話しかけてくるなんて珍しいことだった。もしかしたら誰かから伝言かもしれない。
そう思うのと同時に、緊張した顔に見えるキラキラした瞳に、目が奪われる。
「み、美海様……お茶のおかわりをお持ちしましょうか?」
心がざわついてしょうがないのは、こんな小さなことでも見つけてしまった変化に期待してしまうからだ。
期待してしまっている。
「結構よ……ありがとう」
「い、いいえ!とんでもございません!」
外見にそぐわない言動をする異物な存在でしかなかった幼いメイドが、可愛らしく頬を染めて動揺するさまに、卑屈な感情を抱きつつも眩しく目に映る。
神子を神子のままに、そしてそれとは逆に神子を人として見ようと分かれてできた派閥は一種のブームのようなものを生み、神子を名前で呼ぼうとする者が増えてきた。
それに使われたといえばそれまでで、けれど、それまでにしたくはない自分がいる。
(きっと私も彼らと一緒なんだわ)
美海は走り去るメイドの後ろ姿と入れ替わるように現れた梓を見つけ、立ち上がる。
きっと、なにか理由が欲しくて。
きっと、変えたくて。
きっと、できると自分を信じたくて。
変わりたいと思って、動くことができた。
「梓。私、あなたからも聞きたいことがあるの。いま時間はある?」
突然の誘いに目をまんまるくする梓は年齢に見合った子供のようで、ふわりと微笑み浮かべる姿はずいぶん大人のよう。
「はい、あります。もしまだ食べてなかったら朝ごはんも一緒にどうですか?もしかしたら──」
朝ごはんという言葉が聞こえた瞬間、昨日聞いた梓とシェントの会話を思い出して顔が赤くなる自分はいつまでも子供じみている。あれやこれやと妄想してしまって話もロクに聞けず、大人げないことこのうえない。そのうえ梓と会える保証はないのに早起きして花の間で待ち伏せしていたものだから、朝食を食べることをすっかり忘れていた。お腹の音が鳴りそうなほど空いたお腹に手を当てていたら、あれやこれやと話は進んで梓の部屋で食事をとることになって──
「私もね、ちゃんと自分のことを考えようと思うの」
「樹っ!いるか!?」
「きゃあああ!」
「なんだ!?何事だ!?」
──落ち着いた空間のなか、ようやくの思いで話を切り出したとき現れた突然の存在に、悲鳴をあげてしまう。
聖騎士のイール。
現在、梓と過ごしている聖騎士だ。
大きくて熊のような怖い見た目で、白那が狙ってる人で、梓のタイプで。
どうでもいい情報が頭に浮かんで固まっていたら、ふと、同じように固まるイールのおかしさに気がついてしまう。目が、合っている。
「もしかしたら来るかもと思ってたんですけど、やっぱり来たんですね」
少しおかしそうに笑う梓にハッとしたのは私だけじゃなかった。
「樹と……だれ、どなただ……?ん?そのドレス」
「もしかしたらって、イールさんが来ることを言っていたのね。あ」
「神子美海か!」
「扇子がない!」
「問題は扇子なんですか?顔まる見えですよ」
「ひぃえっ、ああ、せ、扇子……」
梓のもっともな言葉に顔をすぐに消したけれど、床に落ちていた扇子を見つけて──やめた。どうせもう顔を見られてしまったし、醜態もさらしてしまったあとだ。それならもう隠してもしょうがない。
代わりに扇子を広げてしまったけれど、それぐらいはしょうがないと、自分に許してあげたい。
「失礼。けれどあなたも女性の部屋にノックもなしで入るのはどうかしら」
「その話し方は間違いなく神子美海だ」
「美海さんと会ったばかりの頃を思い出します」
「そういうこと、いちいち言わなくてもいいのよ」
イールと梓が笑みを浮かべて頷き合う妙な光景。
想像もしなかった光景。
きっと、きっと私だって。
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続き、楽しみにお待ちしております!
こんばんは!お話を楽しんでくれて凄く嬉しいです!
梓へのそれぞれの想いをどこかで、きっとどこかでいれようと思っています。存外強かであったり利用したり面倒に思ったり混乱したりと想う彼らをまた楽しんでやってください(*^^*)
みんなそれぞれの人生があると思って書いているので、そう言っていただけると嬉しいです。だからきっと、2章後半であるこれからのお話に「うっわ、うわー」と思ってくれると予想します。
楽しんでくれて私も幸せ。ありがとうございます!
いま74話目です!
とてもキュンキュンします😍
続けて見るので更新頑張ってください🙌🙌🙌
うわ~キュンキュンしてくれて嬉しいですー!
ちょくちょく変態くさいお話がはいってきますが広い心でぜひ楽しんでやってください(*´³`*)
ありがとうございます!