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第二章:変わる、代わる
158.「あの人の力と魔法はなにが違うのかな」
しおりを挟むシェントと過ごす2度目の月を迎えてから随分とたくさんのことがあった。
1日を大切に過ごしているせいかとても長い月だったように思う。けれど終わりが見えてきたい今あっという間に感じて、少ない残りの日を思うと胸が痛んでしまう。シェントが魔物討伐に向かう日を除けばもっと少ない。
そんな切ない気持ちを抱きながら1人寝の寂しい夜を過ごしたせいだろうか。懐かしい夢を見た。
「俺にもこんなかわいい守り神きてくれないかなあ」
美しい丘で金色の髪の少年の楽しそうな声が響く。そんな少年に不愛想に返す険しい顔をする男タオもいた。以前見た夢をなぞっていて、そんな光景を梓は横寝しながら見ていた。
夢の続きが気になるのに、見たいとはっきり意識してしまえば目が覚めてしまいそうだ。彷徨う意識のなか見る光景は以前と違ってところどころ霞んでいる。ああそれでも青い空は綺麗なままで、モンキチョウもぱたぱた、気ままに飛んでいる。
(そうだ……男の子も言ってた。どうにもならないことを考えてもしょうがないし……これがなにかの答えならいつか分かる)
暗くなっていく視界に金色の髪が映る。
小さな背中。
ひとりぼっちの王子様の話を思い出せば、このあと待ち受けている少年の未来は残酷だ。タオは悠長にしている時間はないと言っていた。きっとその未来は近いのだろう。それなのに丘のうえに響くのはまたしても嬉しそうな声。
「やったー!」
明るい少年にタオが溜め息を吐きながら苦笑いを浮かべるが、最後は笑って少年を小突きだす。仲の良い口喧嘩は未来を吹き飛ばすようで、梓も望まぬ未来を隠すように目を閉じた。
「……夢だった」
ベッドのなか呟いた梓は眩しい日差しに瞬く。冷たい空気が顔に触れて、身を起こして気がつく身体の軽さに視線を落としてしまう。後ろを振り返ればシェントはいない。冷たいシーツを撫でながら梓は耳に残る楽しそうな会話を思い返していた。
(麗巳さんと約束したし、あの子の生きていたときを思えばこの夢は麗巳さんの過去じゃない)
分かってはいるのものの、再確認した梓は安堵の溜め息を吐く。麗巳との約束を破りたくはなし、信頼を失いたくはない。
『その魔法にアイツも干渉していることを考えれば、むしろあなたは見させられているのかもしれないし』
けれど神からすれば約束は関係ないことだ。麗巳の予想が正しかった場合、自分の意志と反して夢を見てしまう可能性はおおいにある。
『絶望とはなにをさすのだろう。君はどう思う?』
あの神のことだから、むしろ面白がってしてしまいそうだ。
梓は忌々しさいに顔を歪めてベッドからでる。麗巳に執着していて、梓にも興味を覚え始めているらしい神という存在。数度しか存在は確認されておらず、そのうち2回は人の望みを叶えたと知られている。いつか会うだろうと麗巳にお墨付きをもらっているいま、プライドを捨ててでも叶えたい願いを考えて──ふと、疑問に思う。
「いま、何してるんだろ」
会いたいわけではない。それでも人の惨劇を楽しみ行動を面白がっていた神が数度しか人前に現れず干渉もしてこないのは不思議だった。もしかしたら神とはいえなにか制限があるのかもしれない。願いを叶えるための力が魔法を超えてどんなものでも叶える絶対的な力だとしたら、どうだろう。なにか代償があるかもしれない。神という存在で代償を必要としないのだとしても、頻繁に現れないことを考えれば、なんらかの手順やルールがあるのかもしれない。
「あの人の力と魔法はなにが違うのかな」
答えはでてこない。
それを確かめたいのなら手っ取り早い方法は会うことだろう。それは、現時点では取る気がない手段だ。梓は試しにと目を閉じて想像してみる。
(神子の召喚がもうできなくなりますように……召喚の魔法が使えなくなりますように)
魔法は形にならない。
目を開けた梓は苦く笑う。これでは神に捧げる願い事だ。そう思うのに、これ以外にどう願いを魔法として表せばいいのか分からなかった。
(今度召喚された場所に行ってみよう)
召喚されてから1度として行かなかったあの場所に行ってみればなにか形になるかもしれない。シェントがいうにはトラブルを防ぐため立ち入りを禁じてはいるが、神子なら問題はないとのことだ。
召喚をなくすための方法。
『神子が召喚された場所は神の祝福を受けた地として神殿が建てられ、城も神殿を中心として再建しいまの王都ペーリッシュとなりました』
シェントの話から考えれば教会を壊しても意味はないだろうが、5年ごとに召喚を起こす場所だというのなら埋めてしまったり魔法を使って消してしまったりすることはどうだろう。ああでも、それでも祈りを必要とせず勝手に魔力を集めて召喚の役割を果たしてしまうのだから、召喚が行われる可能性は高い。対処をしたものを無視していままでどおり神子が現れるのならまだいい。地中や誰も介入できない空間に神子が召喚され、それを知らず召喚はなくせたと思い違いをしてしまうことは絶対に避けたい。
となるとやはり、召喚を始めた当人に願うしかないのだろう。
(悔しい)
服を着替えて身支度を整えた梓は花の間に続くドアのまえで深呼吸をする。冷静な自分を取り戻すための大事な儀式だ。花の間には白那たちがいるかもしれない。ある意味、神などという存在よりも恐ろしく感じるときがある人たちだ。
(もう噂は広まってるだろうし……)
2日前のことを思い出した梓は羞恥心で熱くなる頬をおさえる。ヴィラに別れを告げて逃げるように入った花の間で泣きわめくことこそしなかったものの、部屋に戻ることを思いつかずその場で蹲って泣いてしまった。おかげで自分よりも幼いメイドの仕事の邪魔をしたあげく、背中をさすられながら聞こえた待合室から去っていく足音に嫌なことに気がついてしまった。
待合室から花の間に続く壁が、薄い。
そういえば召喚された日もよく聞こえたなと思い出し……冷静になる。
(贅沢でバカげた悩みだ)
梓は微笑みを浮かべるとドアに手を伸ばす。花の間は今日もきらきらと日差しふりそそぐ眩しい部屋で、目が合ったメイドは微笑んでくれる。盗み見たソファには誰も座っておらず、よかったと内心安堵の溜め息を吐きながらメイドに食事のお願いした。
待っているあいだソファに座りながら溜め息がでるほど爽やかな空を見上げていたら、また、つまらないことを考えてしまった。
噂話はあっという間だ。問題なのは、その速さと同じく消えてしまったらいいが根深く残り続けるということだ。きっと顔を合わせたらまたいろいろ聞かれることになるだろうが、それは別に今日じゃなくてもいいだろう。そうであってほしい。
そう何度も思ってしまうのは、そう上手くことは進まないと知っているからだ。
聞こえてきた複数の声に梓は身体を固くする。そして思わず声がするほうを見てしまえば、目が合った人は瞬きしたあと、遠目にも分かるほど楽しそうな表情を浮かべた。
「あらやだ、楽しいことが起きそうじゃない」
「……」
「……おはようございます八重さん、莉瀬さん」
莉瀬の手をひいて梓の前に座った八重はメイドに食事の注文をする。どうやらここで一緒に食べるつもりらしい。口紅に飾られた唇がにいっとつりあがって、ああ、本当に楽しそうだ。
(やっぱり似てる)
優しい声を思い出してしまった梓は言葉が続けられなくなる。
崩れた微笑のまま見てしまったせいだろうか。
莉瀬は梓を見ると薄ら笑いを浮かべた。
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