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第二章:変わる、代わる

137.「……きっとこれも」

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身近な聖騎士たちをはじめこの国をとりまく問題を最初は他人事にして関わらないようにしていた。元の世界に帰る希望を持っていて、この世界で生きるつもりがなかった。
けれどたくさんのことがあってこの世界で生きていくと決めたいま、自分がしたいことを叶えるためには、もう見て見ぬふりはできない。テイルは関係をもつことに責任を持たなくていいと言っていたが、それは梓自身が許せない。
──私がしたいことは私やシェントさんたちだけじゃなくて、麗巳さんたち他の神子にも、この国のひたとたちや、もっといえばこの世界の人に影響がでる。
リスクを考えればしないほうがいい。召喚ありきのこの国から召喚を無くすことはこの国を滅ぼしかねない問題だけでなく、神子を神からの恵みと考えているこの世界の人間から神との繋がりや恵みを奪ってしまう問題がある。それをきっと許せないと思う人は大勢いる。それをした者を許さないと思う人が不安や怒りにかられてなにをするだろう。恵みが途絶えたなかで魔物と対峙する恐怖に人はどうなるだろう。
けれどだからといって今の状況を、神子の召喚をよしとはできなくて。
──どうでもいいって丸投げもできるし自業自得だって思うけど、でも、きっといつか私が耐えられなくなる。打てる対策はしておきたい。まずはメイドさんに伝言を頼んで、他の神子たち全員に会って確認もしておきたい。城下町に出かける準備もしたいし、それに、メイドさんのことだってできればどうにかしたい。
したいことはたくさんあって優先順位をつけるのが難しい。誰かに相談と考えて浮かんだのはシェントで、けれど、浮かんだ邪な想像に真面目な相談は塗りつぶされて顔を赤くするはめになってしまう。

「白那に会いたいな……」

──白那ならお願いもしやすいうえ、シェントのさんことも相談できる。
そう考えて、梓はすぐに眉を寄せた。瞳を輝かせる白那が「それでそれで?」と食いつく様子が予想出来てしまう。今はセメントでできていた価値観を壊して、ようやく、どんな形にするか迷いながらも新しい形に作り直しているところなのだ。追求されて冷静に応える余裕はない。シェントたちの相談は見送ったほうが無難だろう。
重々しく頷いた梓は服を着ながら、ふと、気がつく。

「ムダ毛だ」

腕に生えていた産毛のような毛をまじまじと見てしまう。最近見慣れなかったもので、そういえばと魔法をかけた白那の言葉を思い出した梓は昨夜のことを思い出して顔を真っ赤にした。
──シェントさんに気づかれてなかった?わ、ぅわ。
恥ずかしくて、自分にも同じ魔法が使えないかと思いながら真似てみれば……魔法は簡単に発動した。目の前にあったはずのムダ毛が消えて、ほかも確認するがムダ毛はもうどこにもない。
──これは確かに必要だ……。
魔物の討伐に使う魔法をこんなことに使うのは罪悪感があるが、つるつるになった肌に安堵してこれは必要だと梓は自分に言い聞かせる。


「……きっとこれも勝手に発動するようになるんだろな」


『もうアンタ私に一生逆らえないよ。ってか一生崇めるから』
白那が魔法をかけたときの言葉を思い出せば、一生ムダ毛を無くす魔法として梓にかけたのだろう。けれどその魔法は永続的なものではなかった。
『いま私たちが会話をして意思疎通ができているのは神の魔法によるものです』
言葉の魔法もシェントは神がかけた魔法と言い切って、麗巳がかけた魔法と梓が断言しても疑問を持っていた。神でしかありえない魔法だと思っているのだ。

『魔法は万能ではありません。神の力なれど気まぐれなもので、望みすべてを叶えるわけではないのです』
『魔法はね、正確な使いかたはないんだ』
『魔法は使う人物を軸に発動できるものだが、奇跡は魔物にだけ有効なものだ』
『願うもの全てではないがそうだな、そういうことになる』

魔法は本人の考えに左右され、具体的なイメージによって使えることが多い。この世界の常識では”魔法は男だけが使える”、”使える人は使える”、”いつの間にか”、”女は魔力を生む”、”明確な方法は分からない”ことで、神子は魔力を生んで使うこともできる存在だ。
『神なる技魔法を使うための魔力も勿論恵みではあります。しかしながら神子様がこの世界にいるということが大事なのです』
神からの恵みは魔法で、魔力で、神子。
魔物を討伐する大きな力となる神子。

『魔物は魔法を苦手とする故に魔法の源である魔力を持つ女を苦手とする』
『魔物もどうやって生まれてきたかなんて知らねえけど昔からいて今もここにいる。お前の質問に正確に答えんなら魔物はこの星から生まれた人にとってのゴミだ』

そもそも、なぜ魔物と戦うのだろう。魔物が人を襲うからというシンプルな理由があるとはいえ、それならそれで疑問がわく。魔物にとって人は栄養のひとつで生きるための食事なのだろうか。少なくとも木や草などの植物に注意を向けるよりも人に対しての反応が大きいのは間違いない。動物に対してもそうだ。森にいる鳥には目もくれず魔物はヴィラやテイルといった人だけを襲っていた。
テイルがいうには、研究によると魔物に生殖機能はなくこの星から生まれている説が有効とのことだ。そして人と生き残りをかけて戦っている。
──魔物がこの星自体から生まれているのなら、その星に間借りしながら勝手に数を増やして魔物を滅ぼそうとする人のほうがよっぽど悪者に思える。
だが、そうだとしても戦いを放棄して死ぬことを選びはしない。この世界の人だけでなく、神子でも、梓だってそのひとりだ。
『ここは魔物が来ない限られた場所で……俺たちの秘密の場所なんだ』
神様のことやこの世界のことを考えたときに見た夢を思い出して梓は疲れたような笑みを浮かべる。
──きっとあの男の子もタオという人も生きていくのに必死で、どうしても、大切な場所を守りたかったんだ。
神様。

『神は彼に同情し、救いになればと自分の子供を贈りました』
『ふむ、それで?』
『空から眩しい光が落ちてきた瞬間魔物たちが逃げ出したんだよ』
『神は神子麗巳の叫びに応じるように姿を現した』
『見る者によって姿を変え魔物から儂らを救って下さるような存在は神以外にありえないだろう?』
『そう名付けたのは君たちだ』
『しかし、絶望とはなにをさすのだろう』

生き残りの戦いで魔物との戦いに劣勢だった人を助けた神様──恵み──それは本当に恵みといえるのだろうか──違う世界から召喚された、浚われた神子──魔物に囲まれて泣く王子様を見た最初の神子は。
『いいなあ、俺にもこんなかわいい守り神きてくれないかなあ』
『それまでは神子の言葉を知る者は誰もいませんでした』
言葉が通じなかった守り神。

「あの子が絵本の、ひとりぼっちの王子様……なのかな」

シェントにかけてもらった厭う者を触れさせない魔法をいつのまにか梓自身でかけ続けていたように、あの少年も、自分の願いが孕む問題を望まずとも招いてしまっただけだ。魔物に襲われ親しい人たちが死んで守るべき民も死んでただ1人になった状況下で守り神という救いを望んでしまってもおかしくはない。梓も同じことをしただろう。縋って、願ったはずだ。それが叶えられたときは神という存在に感謝してただただ嬉しさに泣いただろう。
『楽しませてもらっているよ。ずいぶんとね』
願いを叶えることのできる神様は、麗巳が言ったように最初から最後までずっと見ていただけなのだろう。神様。人にとって救いになったが故にそう呼ばれた存在。見ることしかできず、耳を塞ぎたくなる慟哭にも微笑んで、人を奴らと言って、殺すことを厭わず、気の向くままに願いを叶えて、楽しんで。
──ああでも、感情はあるみたいだった。
麗巳に伸ばして通り抜けた手を見て呟いたつまらなさそうな声は奴らや君たちといって、しなくてもいいのに麗巳の提案にのって、絶望が分からないと不思議そうに……。
考えれば考えるほど、浮かんだもしもが頭から消えない。直接介入できず傍観することしかできない存在が、楽しむためか暇つぶしに特定の誰かの願いを叶えている。果たしてその対象は人にだけだったのだろうか。



「魔物が神様に願いをかけたとしたら」



呟いて、身体が震える。
あの存在が一方にだけ加担するようには思えない。劣勢だったから人に手を貸したのだとしたら今はどうだろう。商人は傭兵を雇いながらも国を出入りして商いをしている。神子のためとはいえたくさんの食べ物や必要以上の物にあふれ贅沢品も多い。


「ひとつずつ……ひとつずつ片付けていこう」


自分に言い聞かせるように呟いた梓は握り締めた手をドアに伸ばす。
そして見えた白く輝く部屋に一瞬たじろいだが、静かに息を吐いたあと足を踏み出した。









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