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第二章:変わる、代わる
115.「やっと全部読み終わった……」
しおりを挟むヤトラが魔物討伐に行いっているあいだ梓は本に没頭していることが多かった。露店の店主から購入した本を読み終わって浮かんだ疑問を解決したかったのが一つの理由。もう一つは、花の間にある本をあともう少しですべて読み終わりそうだったからだ。
ぺらりページをめくる音が聞こえて、大きなため息が静かな部屋に響く。窓の外を見れば雲に隠れた日差しが目をついてきた。目を擦る梓は妙に疲れを覚えてしまってだらしなく椅子にもたれかかる。
「やっと全部読み終わった……」
魔法はもちろん、歴史や地理系統の本から小説や絵本まで思えばずいぶんとたくさんの種類があった。魔法の本は改めてじっくりと読みなおしてみたが、やはり、書いていることは限定的なものばかりで新しい発見はない。麗巳がそういう本を選んで置いているのだとしたらどんな意図があるだろう。そう考えて本を読み続けついにすべての本を読み終わったいま、少し、麗巳の気持ちが分かったような気になった。
「麗巳さんはなにを知ってほしいんだろう」
ここで長く過ごしていれば本の内容に違和感を覚えるのは間違いない。そんな場所を神子が過ごす花の間においているのだから、違和感の先にこそ麗巳の望みがあるのだろう。
違和感はいくつかあって、この国のこともそうだ。
長い歴史を紐解けばペーリッシュは過去に何度も魔物に襲われたことが分かる。そして一度は絶望的な状況に陥ったのだが、そのとき一人の王子の願いを神が聞き届け自分の子供を、神子を贈り……それが現在の神子召喚に至る。ペーリッシュは神子を世界に使わすことのできる国として、神がいる国として名を馳せるようになったのだ。
絵本で描かれた内容が歴史書に文字で著されているのを見たときは目を疑ったが、それ以上に、歴史書に記されるまでに神子召喚のことが当たり前だというのに現在の神子へ向ける城下町の視線がどうにも納得できなかった。恐れ敬われる原因が12年前神が降臨した日に麗巳が起こしただろう事件ゆえなのだとしても、妙な距離感がひっかかる。
──神子を恐れ敬う人が多いけど媚びを売ったり取り入ろうとしたりする人は誰もいない。
神子を知っていてそれが誰なのかを認識していても、女であり魔力を生み魔法を使える価値が高い神子に対して誰も取り入ろうとしないのだ。そればかりか買い物という小さな出来事でも神子が問題なく楽しむことができるように働いているきらいがある。
──城下町を歩いている人の多くは商人とか傭兵みたいだし、店での買い物を楽しむことはないって言ってた。
考えすぎかもしれないが以前感じた不安が気味の悪い予想を連れてくる。
──城下町は神子のために用意された場所?
客は注文してから来るうえ店内を見てまわる者もいない。それなら客がくるときだけ店を開けてディスプレイも考えず倉庫のように資材を並べたほうが効率的だろう。なのに店はいつ行っても開いていて商品は見るものを楽しませるように並べられている。
しかし、もしこの予想が正しいのだとしても何故そこまでするのかが分からない。12年前というと昔のように思うが、神が姿を現した日というのはそれほどまでに人々にショックを与えるものだろか。不思議な、貴重な体験をしたと終わらせる者がいてもおかしくはない。魔物の襲撃に遭い多くの人が死んだとて、悲しいことが起きた日として記憶はしてもそのとき抱いた感情をそのまま12年も持ち続けることは難しいだろう。悲しいことでも嬉しいことでも、記憶は褪せていくし忘れてしまう。強烈な印象を抱いても自分が覚えていることだけを覚えてあとは辻褄合わせのように覚え、脚色されていく。
それなのにこの国の人間は神子を恐れ敬っている。
──昔の話じゃないからだとしたら?
神子が使う魔法の恐ろしさをいまなお味わっているのだとしたら恐れ敬う姿に納得できる。現に、聖騎士は神によってルールに縛られている。聞かれない限り答えられず、聞かれても答えられず、自ら話してしまえば死んでしまうルール。
──でもすべて話してる訳じゃないにしても本当のことを言ってくれてる……言えるんだ。なんでルールはなにも話しちゃいけないってしなかったんだろう。
もしかしたらこれも知ってほしいことのひとつなのかもしれない。なにせルールは知ることを止めてはいないのだ。けれど梓が知らず白那が知っている差を考えれば、もしかしたらまだ他にもルールがある可能性はある。
──どうしたら助けられるんだろう。
神が降臨し魔物が現れ神子が恐れ敬われるようになった日に関係する麗巳が願ったことで、神子は魔法を使えるようになった。その神子が過ごす花の間に偏った情報を置いたのはきっとなにか知ってほしくて──助けてほしいのだ。私ならと考えてでた結論に梓は手を握り締める。
──なにか見落としてるはずなのに。
花の間にある本と、この世界で見てきたこと、手に入れた本になにか見落としがある。それは分かるのに、分からない。
歯がゆさに眉間にシワを寄せて考えていたら、コンコンと軽快なノック音が響いた。ヤトラだ。顔をあげればドアを開けて顔をのぞかせたヤトラが昼食を手に微笑みを浮かべていた。
「こんにちは、樹様。ただいま戻りました」
「こんにちはヤトラさん。お帰りなさい」
「今日も本を読んでいたんですか?」
「そうなんです。花の間にあった本ぜんぶ読んじゃいました」
「ええ?樹様って本当に本が好きなんですね」
万歳する梓にヤトラは驚きつつも笑いながら昼食の準備をする。梓も本を片付けて食器の準備。なんでもない会話をしながら梓はちらりとヤトラを盗み見し、ランチョンマットを広げる手を凝視する。段取りよく動く手は寒さのせいか白かったが、見続けているとオレンジ色の靄のようなものが浮かんできた。
──やっぱり、そうだ。
ヤトラに魔法の訓練をしてもらってから数日、梓は意識することで魔力を目で見ることが出来るようになっていた。ヤトラに寝かしつけられたときに見たものと夢での会話をヒントに探り探りで魔法の訓練をしていたら自分の体に浮かぶ白い靄を見つけ、魔法を使うことで減っていく靄にそれが魔力なのだと分かったときは少し感動したものだ。
「どうかしましたか?」
「え?あ、っと、今日は魔物討伐で魔法は使いましたか?」
「今日は使わずに倒すことが出来たんです。魔力は貴重ですしなるべく温存しておきたいので今日の成果は上々ですね」
「ふふっそれはなによりです」
得意げな笑みに肩の力が抜けてしまう。奇妙なこの環境でそんな時間を与えることができるのはヤトラならではだろう。そして柔らかな笑みを浮かべる梓にヤトラが嬉しさ口元に滲ませてしまうのは……。
「それでは」
「「いただきます」」
向かい合って座った2人は笑みを浮かべて手を合わせる。そして1人は赤ワインを楽しみ1人はパンを頬張って「そういえば」と話し始める。
和やかで、楽しくて、優しい時間。
それもあと少しで終わる。
「樹様は魔法の訓練を続けてるんですか?」
「はい。今度驚かせてあげます」
「……ほどほどにしてくださいね」
「……ちゃんと布団に入って寝てますよ」
「ならいいです」
いわんとすることが分かって口を尖らせばヤトラは鷹揚に頷いたあとイタズラっぽくウィンクして微笑みを浮かべる。かと思えば慣れないことをした照れ隠しにワインを飲むのだから笑みを浮かべずにはいられない。
──可愛い人だなあ。
あまり嬉しくないことを梓が思っているのをなにか勘づいたのかヤトラが探るように見てくる。梓はヤトラにパンを勧めてことなきをえたが、緩む口元はいつまでも戻らない。
「おいしいですね、樹様」
ヤトラの身体を覆うオレンジ色の靄はヤトラの笑みを輝かせるかのようにゆらめいていた。
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