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第二章:変わる、代わる
99.誰にとっての理不尽か
しおりを挟む深い眠りに落ちた身体はだらりと力が抜けている。
布団に守られた暖かな空間は梓に冬を忘れさせ夢のなかを春にしたらしい。梓は色とりどりの花が一面に咲く丘の上に立っていた。黄色、赤色、ピンク色、青色、白色──大小さまざまな形をした花々は誇らしげに身体を伸ばしていて見ているだけで心が洗われる。視界を遮るビルや大きな建物がないから青い空もよく見えて梓は大きな深呼吸をした。目をあければ眩しい太陽の光。憂いを吹き飛ばす光景に自然と溜息が出て、遠くに見つけた大きなお城と森に息を飲む。最近見慣れたペーリッシュの城とは違う。ペーリッシュの城は魔物からの攻撃に備えているせいか少々物々しい雰囲気があるが、遠くにあるお城はまるで御伽噺に出てくる美しさを持つ城だった。
──あ、モンキチョウ。
元の世界と同じ蝶を見つけて梓の口元が綻ぶ。ぱたぱた羽を動かして花から花へと移動する姿は愛らしく思わず手を伸ばしてしまう。ぱたぱた、パタパタ。逃げていくモンキチョウを見上げていたら温かい風が肌を撫でてきた。ここはなんて素敵な場所だろう。
心安らげる美しい光景、気持ちがいい温かな場所。
──ここで寝たらすごく気持ちよさそう。
観光地で花畑を見るたび密かに抱いた憧れが梓を誘惑する。梓は考えるように俯いたがしばらくしたあとキョロキョロと辺りを見渡した。そして悪戯をするように身を縮こまらせつつも期待に口元を震わせて花畑に座り、ごろんと寝転がる。花を潰してしまうことは気になったが肌に触れる柔らかな感触は、目の前に映る可愛い小花は、それこそ夢にまで見た瞬間だ。花畑の中で身体を丸くして寝転がった梓はおかしなことをする自分を笑いつつも幸せそうな表情だ。
──テントウムシだ。
葉っぱの上でのそのそ動くテントウムシ。じっと観察していたらゆっくりとした動きに梓の瞼が落ちていく。可愛い花たち、御伽噺のように美しい光景、柔らかな草花の感触、甘い香り──
「どこで寝てんだよ」
誰かの声が聞こえて目を開ければ暗い景色。眩しい太陽の光はどこにもなくてなにも見えない。伸ばした手は何も掴まなく──いや、固いなにかにぶつかる。なにか分からずその輪郭を辿れば脈打つ心臓を見つけた。手が掴まれてその冷たさにパチリと目が覚める。
「……寒い」
「んなとこで寝るからだろ」
「テイルの手が冷たいから」
「そうかよ。ほら、こい」
掴まれた手が引っ張られてテイルに起こされてしまう。まだ寝ていたかったのにテイルは手だけじゃなくその身体も冷たい。そんな身体に抱き上げられてしまえばヒュッと寒さに息をのんでしまうのも仕方がないことだろう。テイルは何がしたかったのか梓を抱き上げたかと思うとまたベッドにおろす。布団を大きく動かすせいで空気が動いて梓は冬を思い出してしまった。
「テイルのせいで目が覚めたんだけど」
かけられた布団は梓の頭をすっぽり隠してしまう。そこに潜りこんで梓と向き合うように横になったテイルは梓の文句を聞いて笑った。
「そりゃ悪かったな?」
「思ってもないくせに」
「まあな」
口を尖らせる梓の頬をつまんだ指は言葉通り謝罪の気持ちはないらしい。冷たい手はぐにぐにと頬を動かして引っ張ってと楽しそうに遊んでいる。その手を掴まえても別にそれはそれでいいらしい。暗闇に慣れた目に見えたのは悪戯する子供のように微笑む顔だ。ドキリとして、視線を逸らす。捕まえた手は両手で握ってもまだ温かくならない。それでも肌を撫でていたら少しずつ熱を持ち始めて──テイルの指が梓の指に絡む。
「なに考えてんの」
「え?……別に」
ぼおっとした頭はどうやら完全に目が覚め切っていなかったらしい。もしかしたらこれも夢なのかもしれない。絡んだ指に力を込めていたらテイルが動きだす。あわせて動く布団がときどき布団の外の世界を映した。どうやら月が部屋を照らし始めたらしく外の世界は眩しい。
「また俺がいない間になにか余計なこと考えてたか?」
布団が沈んで外の世界が見えなくなる。一瞬はっきりと見えたテイルは微笑んでいた。
自分の腕を枕に梓を見るテイルはなにを考えているのだろう。静かな問いかけはなにか色んなものを孕んでいる気がした。
「……余計なことじゃないもん」
「へえ?」
「ねえ、テイル……答えたら死んじゃうなら答えないで。聖騎士を魔法で縛ってるのは神様?」
握っていた手が驚いたようにビクリと動いた。テイルはなにも話さず、黒い輪郭はもうぴくりとも動かない。
訪れた沈黙は長く梓は視線を伏せるが、笑う声に顔を上げる。
「誰だ?それを言った奴」
そして囁かれた言葉に思い出したのは広場でテイルと話した時のことだ。自分の神子以外の神子と会ってはいけないのではと質問したときにテイルは同じことを言っていた。聖騎士を魔法で縛っているのは神様で合っているのだろう。
きっとあの状況とかけただろうテイルを見て梓も微笑みを作る。
「言えない」
「へえ?」
手が強く握られて、布団が動く。暗がりに差し込む光はまたテイルの顔を映し出した。何故だろう。片側の唇吊り上げて笑うテイルはもどかしそうに眉を寄せていた。
「妬けるな」
悔し気な声、テイルにしては温かい手、この世界の人には似合わない聞き慣れない言葉。そのせいで梓はやはりこれは夢だったのかと思い緊張に強張った身体の力を抜く。そうすればあっという間に意識は暗闇に落ちてしまって、取り残された男は鼻で嗤うしかない。
「どいつと、どこにいた?」
梓の髪についていた見慣れない花をつまんでテイルは低く囁く。答えない梓は腕のなか規則的な呼吸をしていてもう起きてはくれなさそうだ。テイルは花を空間に消して目を閉じる。
朝目が覚めるとテイルはいなかった。
──聖騎士って忍びなんだろうか。
いつの間にか部屋を出ていることが多い彼らのことを思い出して梓は眉を寄せるが、部屋の寒さにそんな疑問は吹き飛んでしまったらしい。服を着替えた梓はそのまま走りに出ようとしたが、そういえば、まだ早い時間だ。
──麗巳さん今日は一緒に走れるかな。
初めて一緒に走ってからというものの数こそは多くないが麗巳は時々梓と走るようになった。1人でだと限界まで走ることが出来るが、2人だと何もかも忘れて走りこむのではなく楽しく走れる。だから梓は麗巳が来るのを毎朝楽しみにしているのだが、麗巳はどうなのだろうか。
──麗巳さんはなんで私と一緒に走ろうって思ったんだろう。
ただ単に気が向いただけなのだろうか。いや、麗巳は梓に興味があると言っていた。なぜなのだろう。
『あなたは私に似てると思ってたのよ』
力なく呟いた麗巳の言葉を思い出して、違和感。
『私たちは魔物を倒す聖騎士を支えるための神子。それが出来ないようなら神子ではないわ。聖騎士をたぶらかすなんてもってのほかよ』
花の間で集まったときのことだ。
聖騎士であるアラスト個人を望んだ千佳を麗巳は批判した。批判?そうなのだろうか。
『この世界に召喚されたときの絶望をずっと見続けるのよ。幸せだったのに私からすべて奪ってまだ足りないのよ。だからやり返すのは酷いかしら?』
この世界の人へ吐いた麗巳の怒りは本物だった。それなら何故あのとき麗巳は聖騎士を支えるための神子だなんて言ったのだろう。神子に振り回されて人生を変えられたアラストの姿は嫌いなこの世界の人の哀れな末路でどうでもいいものに思えたはずだ。あれほどの怒りを持つ人が聖騎士をたぶらかすなんてと言いはしないだろう。
──麗巳さんが嫌いなのは、誰?
『あの日はとても楽しかったわ。聖騎士はどんどん死んだし城下町の奴らもメイドも、たっくさん死んだわ』
12年前の事件を微笑みながら話した麗巳を思い出す。なぜ。この世界に連れてこられたから。なぜ。贅沢もなにもかも自由な神子。なぜ。嘘を吐いていた。なぜ。いや、あれは嘘じゃない。言わなかっただけだ。なぜ。本心を偽って聖騎士と神子を語ったのだろう。なぜ。
「あ、樹おっはよー……って、酷い顔」
「白那……」
花の間に入れば朝食をトレイに載せてこちらを見る白那がいた。朝から明るい白那が梓の顔を見て心配そうに眉を下げる。傷のない綺麗な手が梓の額に触れた。
「熱はないみたいだけど、どしたの」
「ねえ白那ちょっといい?」
「……アンタの部屋でいい?」
「うん」
「そんじゃおっさきー」
なにか察したらしい白那が困ったように微笑んで、まだ開いたままだったドアの先に続く梓の部屋に入っていく。梓はその背を追いかけ、メイドはその背に頭を下げていて。
「それで?どしたの」
椅子に座った白那は手を合わせたあとご飯を食べ始め、立ち尽くす梓に訊ねる。暗い表情をする梓はなにを悩んでいるのか泣きそうな目をしていた。
──また余計なこと考えてそ。
ヴィラやテイルのことといった幸せな悩みではなさそうだ。であるならば梓がここまで悩みそうなことはやはり余計な類のものになるだろう。
白那は笑うしか出来ない。
「聖騎士と神子の関係って変だと思わない?……この世界には神様がいるんだって。聖騎士の人たちにはルールがあるのって白那は知ってる?」
脈絡のない話はごちゃごちゃしていて普段の梓らしくない。それは本人も自覚しているのか言い終わったあと「違う」と呟いてもどかしさに頭を掻いている。そんな姿を見て白那はなんだと気が抜けてしまった。
──樹ってほんとに私と同い年なんじゃん。
必死な梓を見て白那は場違いにそんなことを考える。深入りしないように微笑んで一歩引く梓はときに近づきがたい印象を受けるが、この世界の人たちと……ヴィラたちと向き合おうとして悩み混乱する姿は親近感を覚えるものだ。けれどいつものように微笑んではっきり物を言う梓のほうが好きで、白那は困ったと梓のように頭を掻いてしまう。
「知ってるよ。多分、まあ、間違いなく?アンタより知ってる」
「……知ってる?それなら教えて、なんでこんな「駄目だよ」
続けようとした言葉が遮られてしまう。白那は急く梓を置いてパンを食べてスープを飲んで、はあと幸せそうに溜息。
そして梓を見上げたまっすぐな視線ははっきりと断言する。
「きっとアンタは許せない」
「許せない?」
「そ。ご馳走様」
手を合わせた白那が立ち上がる。
その手を掴んだ梓は必死に食い下がった。
「お願い知ってることを教えて。それになんで白那は知ってるの?」
「アンタと違うから?かな」
おかしなことに嫌味を言うようなニュアンスではなく、白那は困ったように笑っている。
そのせいで感情のままに続けようとした言葉は消えてしまって。
「聖騎士は答えたら死んじゃうんでしょ?……どうやって」
力なく呟くしか出来ない。
どうやって。梓が今までしてきたように白那も会話から予想をつけたということなのだろうか。顔に出やすいイールなら答えを読み解くのはたやすそうだ。もう一度白那に訊ねようとしたが、そういえば、普段次から次に話題をふってくる彼女にしては珍しく微笑むだけで言葉を続けない。黙って梓を見続ける姿。
「まさか白那も縛られてる?嘘、ごめんそんなっ大丈夫?」
「ははっ違う違う、そんなんじゃない……けど約束したんだよね。ごめん」
約束。
『私、約束したことは守るよ』
内緒にしてと話したことは話さないと言った白那。梓と約束を交わしたように白那は他の人とも約束をしているのだ。
──私に話さないでと約束させたのは誰?なんでそんなことをしたんだろう。
白那には話せて梓には話せないこととはなんだろう。分からない。部屋を去ろうとする白那を梓は追うことが出来なかった。そんな梓を見かねたのだろうか。部屋を出る間際振り返った白那はにいっと笑みを浮かべて笑った。
「花の間で話さないでここで話したのは私にもメリットがあったからなんだよなー」
「え?」
「あはは!また美海さんと3人で女子会しよーよ」
じゃあねと部屋を出る白那。
きっとヒントをくれたのだろうが謎が増えたようにしか感じられない。それでも1人になった部屋のなか梓は明るい白那の笑顔に笑ってしまったし、再び花の間に移動したときには前を見て歩くことが出来た。
「いってらっしゃいませ」
梓の行く先が分かっているメイドが頭を下げる。
「いってきます」
それに梓も応えて広場へと向かう。分かっている。今日もリリアを見なかった。分かってしまった。花の間に常に居るメイド。きっと正解なのだろう。ああ。
「……ヴィラさん」
「樹」
以前と同じ場所に居たヴィラを見つける。今日は色んな事があった。いや、最近だろうか。オカシナことが沢山ある。その1つであるヴィラを見ながら梓は悲しさに微笑んだ。
ヴィラは白那のようになにかを察したのか、以前とは違い動くことなく梓を見続ける。
「聖騎士は自分の神子以外の神子に会ってはいけないんじゃないですか?」
「そうだな。だが麗巳の言伝を預かっているし気兼ねすることはない……何が知りたい?」
答えられないくせに。
微笑むヴィラを詰りそうになって梓は唇を噛み締める。冷たい風が吹く回廊。そんな場所に突如響いた声は場違いな明るさを持った声だった。
「やあ、また会ったね」
茶色の髪に黒い瞳の男。気取った話し方をする男は今日も贅を凝らした服を着ている。
『やっぱ当たりか。ヤレねーのが残念』
以前去り際に言われた不愉快なことを思い出して梓は眉を寄せる。こんな朝早くに活動していることにも驚くが一目見て分かる不穏な雰囲気をしている梓達に話しかける無神経なところにも驚く。男はヴィラの姿が見えていないように梓を見ていて、梓と目が合うとニタリと軽薄な笑みを浮かべた。違和感。
「ご機嫌よう神子。こんな場所にいたら冷えるだろう。俺の部屋に来いよ」
無遠慮に伸びてきた手は梓に触れず、目をぱちくりとさせた男がもう一度と手を伸ばすがやはりその手は梓に触れない。驚く男の姿に懐かしいなと思っていたら突如男は高らかに笑い出した。
「なるほどお前が樹か!」
豪快に笑う姿はおもちゃを見つけたような顔をしていて……違和感はなくなる。
梓の前に立ったヴィラが静かに話し出した。
「神子の八重があなたはどう過ごされているのかと話していましたよ」
「っ!嫌なことを言うんじゃねえよ糞が」
男とヴィラの話し方に梓は視線を落として嗤った。
──この世界に王様はもういない。
貴族などの階級は残っているんだろうか。分からない。けれど確かなことは1つある。この男は貴族でも兵士でもこの城の人間でもない。
「あなたは、誰なんですか」
分かっている。
梓の問いかけに男は「はあ?」と首を傾げ、ヴィラを見上げた。梓にはヴィラの顔が見えない。
「ああそっかナイショなんだっけ??あれ……聖騎士様俺を黙らせなくていいのか?」
「知りたいというのなら俺に邪魔する権利はない。邪魔するつもりもない」
「へえ?面白いな。ああ、のけものにして悪いな樹。初めまして、俺は神子の相本浩平(あいもとこうへい)だ。同じ同郷のよしみだ仲良くしようぜ」
「神子……」
分かっていた。
『神子は本当にここにいるだけか?』
先延ばしにしたテイルへの質問を思い出して梓は手を握り締める。
『私は神子で!』
『神様の子供ですか』
莉瀬と話していて浮かんだ疑問。女神ではなく神子とした理由はきっとそのせいだろう。なにも神子は女だけが召喚される訳じゃない。男だって召喚されていたのだ。
相本が神子。だから、同じ神子だから畏れ敬われる神子に暴言を吐けた。初めて会ったとき相本を見てなにも言動を改めない梓を見て、だから相本は梓を同じ神子だと分かった。だから、あんな台詞を吐いた。
神子。
いま、梓達は魔力を提供するため聖騎士とひと月を過ごしている。
男の神子ならばどうだろうか。
この城で見ない女性のことを思い出してしまう。
「いい顔するねえ」
「相本」
「いいのか?神子様に逆らって?」
「彼女も神子であることはお前も承知だろう」
「ああああ可哀想な奴らだ。またね樹ちゃん」
馴染みのない服を着ているから分からなかったが同じ日本人だと言うことが分かると彼がこの世界の人ではないのだということが分かる。違和感の答えが分かったところでどうしようもない。
「ヴィラさん……男も女も含めて神子はいまこの城に何人いるんでしょう」
「9名だ」
「そうですか……私が知ってる女性5人以外でですよ?知らない神子はあと3人で……男性なんですか?」
「そうだな」
「なんで教えてくれなかったんですか」
「聞かれていないからだ」
「そんなの、ズルい」
ずるい。
けれどそれがルールなのだとしたら?だとしたら何故そんなルールは作られたのだろう。尋ねれば、分かれば、答えてくれる。それまでは口にせず黙り続ける真実。
この現状は誰にとっての理不尽なのだろう。
「樹」
伸びてきた手に驚いて後ずさってしまう。
以前触れたとき喜びさえしたその手が急に怖くなってしまった。
「触らないで」
「樹、俺を見ろ」
それなのにその手は梓の頬に触れて、その瞬間お互い息を飲む。
詰めた息を先に吐き出したのはヴィラだ。
「俺たちは聞かれない限り答えられない。だが聞かれても答えられないものがある。少なくとも俺はすべて真実を言ってきた」
「言わなかっただけですか」
「そういうことだ。許せとは言わない」
──またそれだ。
許す。事あるごとに出てくる言葉はその度に不穏なものを連れてくる。けれどそれも真実で嘘ではないのだ。ただ言っていないだけ。お互い様。
『お前だって省略しただろ?お互い様だ。俺としては言ってやってることに感謝してほしいぐれーなんだけど?』
わざわざ省略していること教えてきたテイルの言葉を思い出して納得する。梓はなにも言わず黙ったが、皆、なにか伝えようと足掻いていた。
真実。
『あー?…………セックス贅沢三昧権力争い?か』
『私誰ともシタことないわよっ!悪い!?』
嘘ではないのだ。
それなら頬に触れるヴィラの手に胸が高鳴るのも戸惑いを覚えてしまうのもひとつの真実なのだろう。知れば知るほど立場が二転三転するのは互いを責めるようだ。責める?
──私は最初この世界の人のくせにって、聖騎士のくせにって責めた。
梓を誘拐した人たち。
──なのにヴィラさんたちを悩ませる立場が嫌になった。
なんでも許されて畏れ敬われる神子。
──縛られる彼らに今は同情して……次は、どうなるんだろう。
頬にある手に甘えるように身を寄せれば肌を撫でる指。顔を上げれば梓を見下ろす黒い瞳。もどかしそうな口元はテイルにも見た顔だ。
この世界に連れてこられた当時の梓が今の梓を見れば信じられないと目を疑うだろう。それぐらいありえないことが起きてしまうのならば、また起きてもおかしくはない。
「私が知らないこと、教えてください」
「……悪いがそれだと答えられない」
「どう聞けば答えられるんですか?答えられないって……ルールですか?」
驚くヴィラ。
けれどその顔は徐々に緩んでいき。
「そうだな。俺にはこの意味が最初よく分からなかったが……今なら少しわかってやれる気がする」
後悔するような声はなにを思い出しているのだろう。分からない。
分からない。
──分かってやれなかった。
ヴィラは自身を見上げる梓に重なるはずのない姿を思い出して苦笑いを浮かべる。
本当ならもう既にルールを犯してしまっている。だがそれでもいいと思えるのはきっと梓に秘密を洩らした他の誰かと同じ気持ちのせいだろう。それでもすべてを言い切れないのはまだこの時間を失いたくないせいだ。
「ヴィラさんはなんで聖騎士として生きているんですか?」
続けられた質問に、だから駄目なのだとヴィラは言いそうになってしまった。
──だから、答えられない。
「光栄だな」
嬉しそうに笑うヴィラが不思議で梓は首を傾げる。
『へえ?俺に興味持ってくれるなんて光栄だな』
いや、テイルも同じことを言っていた。なにが違うのだろう。答えられる質問と答えられない質問の違いはなんだろうか。
分からない。
『俺はリスクを負える。この国に残してるものも夢も大切なものも何もない。やるべきことは……まあ、もういいだろ。ルールは守ることになるがリスクは背負ってやる』
ヴィラがこんな場所に居続ける理由はなんだろう。聖騎士を、ヴィラを縛るものはなんだろう。
「……シェントを残していけなかった」
そして続けられた言葉は思いがけないものだった。
──シェントさん。
残すとはどういうことだろう。シェントとヴィラは仲が良いのだろうか……そこまで考えて思い出したのは暗い牢屋だ。
『ヴィラと入れ替わりでの交換留学だったがシェントからずっと話に聞いていた』
蝋燭に照らされたヴィドは嘘を言っているようではなかった。そもそもあのタイミングで嘘を言いはしないだろう。交換留学でヴィドはシェントと知り合った?ヴィドはアルドア国の第二王子だ。
「ヴィラさんとシェントさんの関係は……?この国、あれ?」
戸惑う目を見て微笑んだ黒い瞳が閉じられる。離れていく手。
ヴィラを呼ぶ小さな声にヴィラは目を開け……
「次に会えるのを楽しみにしている」
梓は去っていく背中に声をかけることが出来なかった。
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