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第二章:変わる、代わる

86.面倒な人たち

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朝起きて梓はまず寒いと思ってしまった。それが不思議で目を覚まし軽い身体に違和感。布団を引き寄せながら縮む身体をさらに丸めて、違和感。

「あ」

その正体に気がついてしまった梓はパッチリ目が覚めてしまう。そして身体を起こしやはりヴィラがいないことを確認した梓は、ヴィラが原因だったことに頭を抱えた。

「抱き枕が普通になってたってどうなの……」

久しぶりに1人で寝て起きたことに違和感を覚えた自分に落ち込んでしまう。梓は重い溜息を吐きながら立てた膝にのせた顔を起こした。カーテンの向こうはきっと晴れているのだろう。眩しい日差しが見えて目を細める。
今日は絶好のランニング日和だ。


「着替えよっと」


ベッドから起きた梓は伸びをすると服を着替えてストレッチを始める。最近は筋トレをサボることも多かった。久しぶりに走るとすぐバテるだろうし筋肉痛にもなるだろう。しかも外は寒いし空気を吸い込むたびに身体が冷えそうだ。
それでも空のした走ることを想像すれば頬が緩んだ。
また始まった聖騎士との一月で最初の人がヴィラだということを考えれば次はテイルなのだろう。それならテイルを避けて止めたランニングも再開できるというものだ。
『また来る』
非難してきた緑色の瞳を思い出す。
──面倒なひと月になりそうだなあ。
テイルが知れば口元ひくつかせそうなことを考えながら梓はストレッチを終わらせる。そして立ち上がって弾む気持ちを表情に浮かべながらドアに向かって数秒。それはそれは大きな音を立ててドアが開いた。


「わっ!」


音に驚いて身体が弾む。
ドアを開けた人物、テイルの顔を見て目を見開いてしまう。

「え?え!ちょ、大丈夫?!」

最初のひと月と同じくドアを開けたまま動かないテイルは一言で言えばかなり汚れていた。泥に顔面から突っ込んでしまったのかいたるところ固まった土がついている。特に髪はひどく、それが本人も鬱陶しかったのだろう。長い前髪は後ろに掻き上げられた状態で緑色の瞳がよく見えた。
正直それだけならまだここまで動揺はしなかった。
けれど汚れる身体についているのは黒や茶色といったものだけではなく赤い点々があった。それどころか一面赤く濡れた場所さえある。最初それがなにか分からなかったものの、露わになっている顔に切り傷のように伸びる赤い線を見ていたらそれが血なのだと分かってしまった。慌てて駆け寄るがじっと見下ろしてくる緑色の瞳は傷に苦しむ様子はない。何故か梓の格好を見て不愉快そうに眉を寄せただけだ。

「血、出てるけど……え?血だよね?」
「俺のじゃねえ。魔物のだ」
「え?……良かった?」
「なんで疑問形なんだよ」

テイルの血じゃないことに安心はしたが魔物という生き物の血であるのは……それはそれで素直に喜べはしなかった。そんな自分に気がついた梓は自分のことながら困ったと笑うしかない。
──魔物っていっても生きてるんだし、だから。
言葉続けられない。思い出すのは角が生えた恐ろしく禍々しい魔物の姿。
──殺さないと殺される。
殺しちゃ可哀想だなんて言えるものではないのだ。襲ってくる存在にそんなことを思いながら無抵抗に殺される自分の姿は思い描けない。きっと目の前に魔物が現れたなら逃げまどい、その過程で武器を手に入れたならそれを魔物へ振りかざすだろう。
──この世界の人たちが魔法を使ったように。
そして手に入れた武器は大事に、大事に扱うはずだ。なにせそれは自分を守ることになる。
それだけのことだ。


「お前さ」
「はい?」


ぼおっとしていたら不機嫌そうな声が聞こえてきて梓は目を瞬かせる。そして視界に映ったのは伸びてくる手だ。きっと頬に伸ばしただろう手の感触はいつまでもない。空から舌打ちが降ってくる。

「もしかしなくとも今から広場にでも行くつもりかよ」
「はい」
「……今までまっったく来なかったくせに、わざわざ、今日から?」
「……偶然では?」
「トアが言うにはお前は部屋で筋トレしてたらしいな」

トア。
気まずさに視線を逸らしていた梓だが突然出てきた名前にテイルを見てしまう。そういえばトアはテイルのことを「テイルさん」と呼んで慕っているようだった。

「仲が良いんですね」
「それで今日からランニングを始めんの?俺を避けるにしても露骨だよな」
「……事実そうですし」
「で?その話し方なんだよ。まーた最初と同じようになりやがって」

避けていた事実を言い当てられて気まずいうえトアと似たようなことを言ってくる。だけどと梓は言いかけたがすんでのところで言葉を飲み込む。
──トアが見てたらまた非難してきたんだろうな。
それは分かるがここで感情的になるのは避けたかった。そのツケはヴィラのことで思い知っているうえ、そもそも、聖騎士にそこまで心を砕く必要はないはずだ。
『無能な神子』
親しくなれたと思ってもそうじゃなかった。でも別にそれでいい。
『……もういい』
テイルが梓に触れなくなったことにショックを受けていたことを思い出す。でも別にそれでいい。

「別に問題はありませんよね」
「ある」
「そうですか」
「クソッ!触れねえんだった」

苛立ちに伸びた手はまたしても梓を透り抜ける。梓はそんなテイルを見ながら眉を寄せてしまった。
──なんでそこまでこだわるんだろう。
そして、すぐ目を閉じる。別にそれはそれでいいのだから。どうでもいいことのはずだ。
それなのに言葉はまだ降ってくる。

「お前もそうなのかよ。ああそうだよなお前らにとって聖騎士は都合のいい存在なんだろうな。いいよな神子サマってのは」

不機嫌を全身で訴えて苦々しく口元笑っているのに、あのときのように眉は悲し気に下がっている。
胸を刺す罪悪感に梓は口を開きかけたが、やはり、閉じてしまう。
それを見逃さなかったテイルは溜息一つ吐き出したあと嗤った。



「人を弄んで楽しいか?神子サマ」



最初とは違いドアは静かに閉まった。
梓は待ち望んでいたはずの静かな部屋のなか、1人、暗い気持ちに顔を俯かせる。







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