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第二章:変わる、代わる

79.ルトという人

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低い梓の声に流石にまずいと思ったのかルトが僅かに身を引くがそれだけだ。

「抱くほうが確実だがお前は嫌だろう?」
「はあ?……仰る通りですがなんでそんな話になるんですか」
「検証だ。身体を重ねるほうが魔力の回復量と効率の良さが上がるというのはお前にも適用されるのか知りたい」
「別に知らなくてもいいことじゃ」
「それに俺はこれからこの腕輪のような道具を作って検証に役立てたいと思っている。そのためにも魔力は必要だ。口づけで効率よく回復するならそれに越したことはない……すべての魔力が回復すれば色々作れるな」

最後の言葉は言うつもりはなかったのだろう。ニヤリと笑みを浮かべながら呟いたルトはジト目で見てくる梓に気がついて視線を逸らす。
梓はそんなルトの手を握った。

「祈りで回復したぶんじゃ足りませんか?」
「……そうだな話しておくべきだった。お前が最初祈ることをせず俺に触れたときだが、それだけでも魔力の回復の速さは異常だった。具体的には女を抱いたあと魔力が10%回復するとしたらお前は触れるだけで1%は回復した」
「例えは本当にどうかしてると思いますが分かりやすいです」
「女といた時間が2時間でお前の手に触れたのは今で2分ぐらいか?」
「ルトさんって無神経ですよね」
「なにを言っている。これは驚異的なことだぞ」
「そうですね」

ルトはこういう人なのだと言い聞かせて梓は痛くなってきた頭をおさえる。ルトはあくまで研究で得た成果を話しているだけで梓が恥ずかしさを覚える必要はない。それが分かるから梓もそこまで顔を赤くしてはいないが、慣れない話題なのは変わらず溜息を吐く。実際に魔力を回復している男側からの貴重な意見のうえ分かりやすいのが悩ましい。

「確かに凄いことですがもしかしたらそれは神子だからかもしれません」
「いや断言しよう、それは違う。お前には分かり辛いのかもしれないがこれは異常だ。聖騎士は何か言っていなかったか?この異常に気がつかないわけがない」
「特には……あ」
「お前に触れて妙に驚いたり……そうだな、必要以上と思えるぐらい身体に触れてきたり身体を重ねたがる」
「そもそも私魔法をかけてもらっていて、一応、聖騎士は私に触れないようになってるんです」
「お前の傍に居たがる……どういう意味だ?」

熱のこもっていた声がクエスチョンマークに満たされている。梓はなぜだか気まずくなって頬を掻きながら答えた。

「聖騎士の1人に厭うものを拒絶できるよう魔法をかけてもらってるんです」
「厭う者……?」
「はい。えっとそうですね、私がそう思った人は私に触れないという魔法です」
「……おかしなことを言う」
「そうですね」

たっぷりの沈黙のあと繋がれた手を見てルトは眉を寄せる。これには梓も笑うしかない。ルトは厭うものを拒絶できる魔法について考えこんでいるのか黙り込んでしまい、梓も梓でルトの発言を思い返していたら嬉しい発見に気がついて1人感動していた。


──ヴィラさんが私によく触るのもキスしようとしてくるのもこれが原因だったんだ……っ!


梓はずっと分からなかった。ヴィラはおかしな言動をとる理由を説明してくれたがどうしても信じられず納得できなかった。けれどこれは納得できる。魔力が必要な世界でそのために召喚した神子。聖騎士は魔物と戦って消耗した魔力の回復のため、魔物討伐後には精神を削ろうが神子とともに過ごして魔力の回復に努める。

──触れただけで魔力が驚異的な回復をするならそんな神子重宝するに決まってる。厭う対象になったら思うように回復が出来なくなるから嫌われないようにするだろうし、いつかセックスで効率よく回復するのを目的に私に好きになってもらうよう努力するはずだ。

梓はようやくヴィラの言動が納得できて最近のストレスはなんだったのかと安心に溜息を吐いた。ヴィラ以外にも思い当たることが多かったせいかこれ以上の正解はないと妄信したのだ。

「続きだが」
「あ、はい」
「効果がなかったほうの祈りでは回復量は同じだったが、効果があったほうの祈りでは回復量は3%だ」
「確かに違いますね」

正直なところそれほど多い差だとは思えなかったが、魔法を用いて魔物と戦う者ならばその差を大きく感じるだろうことは分かる。

「だがその量で回復し続けるという訳じゃないらしい。祈りが途切れたからなのかもしれないがお前の祈りによって起きた異常な回復はすぐに消え通常の、お前でいう通常の1%毎の回復量になった」
「持続性はないんですか。それは残念ですけど大きく回復できるのは強いですよね……やっぱり祈ることと祈る内容が鍵……?」
「そうだな。だがそれはまた別の機会に話そう」
「え?」
「あまりこの店に長居はしてほしくない」
「それもそうですね」

ルトと会ってから10分程とはいえ用心に越したことはない。ブレスレットのお陰で随分話しやすくはなったがそのぶんこれから時間にも気をつけたほうがよさそうだ。
梓はルトの手の上にのったままの手を解こうとして、失敗する。握られた手を見ながら首を傾げればルトは最初と違って気まずげに視線を逸らした。

「だからお前に口づけたい」
「……常識が私にも通用するかというより、私がここにいる短い時間の中で効率よく私から魔力を取って道具を作るためですか?」
「そうだ」
「そうですか」

梓も最初と違って冷静に頷いた。分かってしまえば恥じらいも抵抗も不要なことだった。ルトから貰った指輪もブレスレットも梓を助ける素晴らしい道具だ。指輪はルトとしか使えないがブレスレットにいたっては色んな場面で使えるアイテムになるだろう。そんな道具を魔力さえあれば作れるのだというならどんどん作ってほしい。
それに恐らくルトは魔力がほとんど無いのかもしれない。なにせずっと梓の手を離さないのだ。
だから梓は頷いた。

「分かりました」
「……本当か?」

梓が良しとするならなんの問題もないはずなのに、今までの梓の様子から許されるとは思っていなかったルトは疑いに聞いてしまう。
『それで聖騎士と身体を重ねればなお良いって感じですか』
ただの魔力回復でしかないというのにそこに意味を探し身体を重ねることを嫌がる。今までルトにつきまといこの世界の知識を得ようとしたのはこの件も関係しているのだろう。
『厭うものを拒絶できるよう魔法をかけてもらってるんです』
だというのに梓はルトに触れて、ルトも梓に触れることが出来る。そのうえ梓はルトの魔力が回復するように祈ったり感謝したりとおかしなこともする。


「はい。説明を聞いて納得したまでです」


──分からない。
ルトは梓を見て首を傾げてしまうが、梓の言い分に確かにと納得もした。説明があれば訳の分からぬことが起きてもいちいち真正面から受け取って労力を割くこともなくなる。あとは与えられた環境の中で一番良いと思う選択肢をとればいいだけだ。梓にとっては今回これがベターな選択肢だったのだろう。
──そういう考え方は好きだ。
昨日ああは言ったがルトは梓を思考できる人間だと思っていてその姿を好ましく思っていた。梓は周囲にいる誰より警戒心が強く言葉の裏を探り自分がとるべき選択肢を探そうとしている。だからこそ梓が投げやりな発言をしたことに驚くほど嫌悪感を持ってしまったのだが、梓が釈明せずともその真意は分かっていた。
──樹はそういう人間ではない。
思い出してしまった不快な記憶を消すようにルトは目を瞑る。


「本当に口づけてもいいんだな?」


ならば気に病む必要はないと静かに問いかけるルトに梓は戸惑いを覚えた。何度も確かめられれば果たしてこれは冷静な判断だったのか迷ってしまう。なのに既に気持ちを切り替えてしまったルトは梓の頬を撫でその髪を弄りながら梓を急かしている。
梓は黒い瞳を見上げる。何故だろう。目の前の男がする行動の理由はもう分かっているのに、ヴィラを前にしたときのような緊張を覚えてしまった。

「は、い……?っ」

──あれ、でも道具のためっていってもそこまで私が身を削らなくてもいいよね?
そんなことを思っていたら口づけられてしまう。触れた唇に驚いて反射的に閉じようとした梓の唇はルトが舌でこじ開けてしまう。

「ん、ん゛?!」

身長差につま先震わせていたら抱き上げられ柔らかな場所に座らされる。商品が置かれた机だ。梓は落ちてしまいそうな布に気がついて手を伸ばしたが取り逃してしまう。伸ばした手はルトに握られ絡む指はもう動かない──暗い店内の端で互いの息を奪い合う。店前に立つ兵士が幻覚に気がつくかもしれない。他の客が店に入ってくるかもしれない。それなのに互いの距離は近くなっていって。

「ルトさ」
「まだだ」

与えられた時間にもう終わりかと思えたのに、梓が息を吸うなりまた口づけられる。壁に押し付けられる身体が酸素を求めて啼けば解放され、非難を言おうとすれば封じられる。苦しいのとは違うもどかしさがあって、頭もどこかおかしくなってきているようだ。
──なんか、変。


「思った通り今までで一番回復している……だからか?もう少しこのままで居たくなる」


普段のそっけなさ崩して髪も息も表情さえも乱れているのにルトは研究報告をしているようだ。梓はまわらない頭に聞こえてくる声を頼りにルトを見るが口づけられてしまえばもう顔は見えない。
──やっぱりヴィラさんの言動はこのせいだったんだ。
首にまわされる手を感じて梓の身体がはねる。そのせいで梓を支えていた手が梓の太ももに触れ、その手は腰に、服の下に滑り込む。それなのに梓の手はルトを止めない。ルトの言っていることが自分でもよく分かったからだ。

「っ」
「触れたくなる」
「ルト、ちょっと待って」
「……抱きたくなる」
「ルトさんっ」

危ない発言に顔を上げるが、淡々と話していたのが嘘のように熱のある瞳を見つけてしまって息を飲む。服の下動く手が梓の腰を引き寄せた。

「だが触れるだけで気持ちがいい。お前に触れていると……」

言葉が見つからないのかルトは鼻先で固まって1人の世界に入ってしまう。梓は真っ赤な顔を恨めし気に変えながら小さく呟いた。

「満たされる」
「え?」
「満たされる感じ、ですか」
「そうだそれだ。……どういうことだ?」

適当な言葉が見つかったと笑み浮かべる顔が疑問に変わって梓を覗き込む。後ろに下がれない梓はせめて顔を逸らすが戻され、口づけられる。すぐに離れてくれると思ったのにルトは味わうように何度も唇を重ねてくる。水音に互いの息が混ざる。ルトの唾液が梓の口のなか落ちていく。梓の口から零れた唾液はルトが舐め上げて──ゾクゾクと腹の内が震えて梓は顔を真っ赤にした。ゴクリと欲を飲みこむ音が2人に響く。

「お前も──樹も満たされる感覚があるのか?」
「……」
「気持ちいいと思うのか?」

ルトはこういう人なのだろう。ほんの先ほどまで情欲に濡れた顔をしてそんな自分に戸惑いをみせていても、どうしても気になることがあれば恥じらいなく疑問を口にして打算なく梓を追い詰める。


「ならもう少し俺に時間をくれ」


いいか?
呟かれた声はほとんど消えそうなものだ。それでも音は確かに梓の鼓膜を震わせ、梓は逸らした視線をルトに戻す。梓は何も言えず──目を閉じた。

「っ」

薄く開かれた口にルトは身体が震えるほどの喜びを感じてしまう。自分のものではないような心臓の音だって聞こえてくる。動揺した指が梓の項を撫でてしまえば快楽に戸惑ったのか小さな手が震えた。未知の体験に怯えているのだろう。
それなのにルトに委ねた。ルトに満たされているというのだ。ルトは衝動に任せ濡れた唇に自分のものを重ね戸惑いに喘ぐ声もすべて飲み込もうと何度も、何度も──足りない。


「ルトさ、も、時間」


梓の正論は分かるのにすぐに頷けないことにルトは自分のことながら驚いてしまう。
──厭う魔法は樹にとっての幸いだな。
性欲が弱いルトでさえはっきりと自覚するぐらい梓に触れたいと思ってしまって、まだこの時間を続けたいと思うのだ。もし厭う魔法がない状態でこの特異な体質に目をつけられれば梓は身体を奪われ逃れることの出来ない快楽に溺れ一生を終わらせかねない。
そんな光景は想像しただけで吐き気がする。ルトは熱に浮かれた表情で自身を見上げる梓にたまらず口づけた。唇を重ね互いの舌を舐めるだけのキスだ。ただ梓を慈しむようにゆっくりと、梓の反応を見て、待って、誘うだけ──なのに梓は初めて恐怖を感じてしまう。
自分の気持ちが信じられなかった。自分の欲が分かる。腹の奥からの震えは快楽を感じ取っているのだろう。人の身体に触れてその温もりに安心するだけじゃなくて、その先を想像して身体が熱くなる。様子を窺うルトの視線は梓の頭をおかしくし、卑猥な音は身体を麻痺させる。おかしなことだらけだ。

──キモチイイ。

それを自覚してしまうことがひどく恥ずかしく、でも気持ちがいい。
ああそうかと梓は気がつく。大分前とはいえ梓は魔法を使ったことがある。だからもしかしたら今ルトによって梓の魔力も回復されているのではないだろうか。
──こんなにキモチイイなら、欲しくなる。
熱に酔った梓の手がルトの頬に伸びてその顔を引き寄せる。ルトが拒否する理由はどこにもない。むしろルトも喜んで梓を抱きしめ2人はしばらく互いの唇を味わった。







「樹様、やはり顔が赤いようですが……」
「……風邪を引いたかもしれません……帰ります」

店からようやく現れた梓を見て兵士が心配するが、梓に人を気遣える余裕はなかった。顔を隠せとルトから貰ったストールを顔に巻く梓は行きと違い兵士が無言でいることに感謝しながら店を去る。
1人残されたルトは店の奥に腰かけてもう手にない梓を思い出し混乱に溜息を吐いた。


「これも樹の特異な体質ということか……?」


胸を焦がす想いの理由がルトには分からない。







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