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【閉ざされた、】

30.恋する人

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花の間にあるソファに身体を沈みこませながら紅茶を一口。砂糖の甘みが口元に広がって幸せな気持ちになる。
梓はふうっと小さな息を吐いたあと、浅く腰掛けじっとこちらを睨みつけてくる千佳をみた。千佳は感情を隠そうともせず苛立たし気に貧乏ゆすりまでしている。

「千佳、別に私が望んでアラストさんの神子になった訳じゃないよ」
「知ってるわよ!うっさいなあ!」
「だったら前も似たようなこと言ったけど私に怒ってもしょうがないよね」
「なんなの本当、アンタもウザい」
「いい加減私も千佳がウザいよ」
「はあ!?」

はいはい頷きながら話を聞いて千佳の心のケアをすることもできたけど、正直に対応するのと天秤にかけたらどっちもどっちで疲れるのが予想できたから正直に対応することにした。
──でも塩梅って大事なんだなあ。
怒りを吐き散らかす千佳を眺めながら梓はいつ話を進めようかと思案する。ある程度怒り疲れたあとのほうが話は早いと思うけれど、ひたすら暴言を聞かなきゃいけないのもしんどいところだ。加えて知ってなんの得にもならない情報だけが増えていくのも嫌な気分になる。昨日の下世話な予想は当たりだったらしく、アラストと情事を交わした相手が千佳だったということも分かった。千佳曰くアラストはどんなに離れていても私のものらしい。
──やっぱり紅茶に砂糖をいれておいて正解だ。気持ちがほんのり和らぐ……だけど。
いい加減我慢が出来なくなった梓はわざと音を鳴らしてカップを机に置く。罵声が止まったのを梓が見逃すはずはなく、すぐに口を開いた。

「千佳がアラストさんのことを好きなのはよく分かった」
「だったらなに!?」
「でもさ、私にも好みがあるの」
「それが……っ、はあ?」
「確かにアラストさんはカッコいいと思う。だけど私の好みじゃない」
「……アンタ目おかしいんじゃないの」
「ははは……」

突然の話に面食らったのか千佳の怒りが治まった。そしてなにか言いたげに口を開いたけれど、結局脱力してソファにもたれこむ。

「もっと言えば私この世界の人達好きじゃないよ。私達……私を誘拐した人だもん」
「……アラストは違う」
「ああうん。千佳はそれでいいと思うよ」
「だから!」
「だから私は千佳が危惧するような関係にはならないよ。帰れるまでこの世界で生きていくために一緒にいるっていう義務をこなしてるだけだし、それ以上は考えないよ。ね?そう考えたら私とアラストさんが過ごす一月は千佳にとってはラッキーなんじゃない?他の神子だったら千佳の考えるもしかしたらはありえるだろうけど私にはありえないんだから」
「……」

だから私に八つ当たりするのは止めてほしい。付け加えるのならアラストさんに目立つマーキングをしてよこさないでほしい……。
そんな梓の切実な願いがようやく千佳に伝わったのか、千佳は怒りの表情を緩めて無表情に、そしてなにを思ったか震え始め、ついには滝のような涙を流し始めた。


「わたっ、私は!私はアラストと一緒にいたいの!アラストがいいのに!」
「え……、あ、うん……」
「なんなのその反応―っうう、うーっ!」


顔を覆って泣き始めた千佳に梓はどうしたものかと焦ってしまうが、何度か声をかけても千佳は泣き続けるだけだ。梓にできることは限られていた。
近くでこちらの様子を伺っていたメイドを見て、声をかける。

「すみません、軽く食べられるご飯お願いしてもいいですか?」
「アンタほんっとうざい!ふつ、慰めっとか!」
「なに言っても聞かないじゃん。私なにも食べてないからお腹空いた」
「ううー!」

メイドが戸惑いつつも踵を返したのを一瞥したあと梓はまた千佳を眺める。今朝見た尖った表情がどこにもないことは喜ばしいのだが泣かれ続けるというのも困ったものだった。これは想定外だ。

「わっ、私にはアラ、アラストしかっ」
「凄いなあ……そういう感覚理解できない」
「アラストが好きで、なのに、アラストは他の女と!」
「最初から分かってたことじゃ……」
「だから私もって!でもやっぱりアラストがいいー!」
「うわあ……テレビで見るやつ……」
「なんなのアンタァー!」

罵声も泣き声も同じぐらい五月蠅いなと思ったところでメイドがおずおずと朝食を運んでくれた。梓は感謝を述べて受け取ったあと一人食べ始める。泣きながらも咀嚼音は聞こえたのか千佳の恨めしい声は増した。

「アンタなにがしたいのよ!」
「そのままそっくり返すよ。私にメンチきっても意味ないでしょって何回も言ってるのに……。ああ、それで?シェントさんには相談してみた?」

シェントと言ったところで千佳の泣き顔は真顔になる。そして怒りに表情が歪んだ。どうやら地雷を踏んでしまったらしいことに気がついて梓は紅茶を飲んだ。


「あんな奴……っ!本当、頭が固いし、なんなの……っ!ただ私はアラストだけがいいって言ってるだけなのに!聖騎士一人に神子一人のほうがどう考えたっていいじゃん!私なら義務とかじゃなくてアラストに魔力いっぱい上げるし大好きだもんっ!」


──多分ソウイウのを避けたいから許されないんだろうなあ。
梓は力説する千佳という証拠を見ながらシェントの考えを予想する。好意を寄せる相手だからこそ積極的に魔力を渡すようになるというのはメリットがあるだろうけれど、聖騎士の人数に対して神子が少ない場合はデメリットだ。一人だけにしてしまうと他の聖騎士、もっといえばその候補に魔力を移してほしい場合にその協力を得られない可能性がある。
それは困るはずだ。
きっとこの世界の女性は多くない。魔力を持つのが女性というのならこの世界の女性を聖騎士にあてがえばと普通は考えるはずだ。それなのにメイドとして働く少女は見ても同い年はじめ成人した女性を見ない。保護されているからなのかは分からない。確かなのはこの世界の女性では足りないと判断されたから召喚という誘拐を行っているということだ。たった数人の女性を攫うために五年に一度大勢の人による魔法を使っている。だというのにそんな手間暇かけた神子が魔力を渡す相手は一人だけと言い張ったのならたまったもんじゃない。

──道具は全員が使えるようにしたほうがいいだろうし。

予想が正解かどうかはおいておくにしても、その可能性があるのは間違いない。それは今までのことから十分分かることだった。だからこそ梓には千佳がアラストに恋してしまったことが理解できない。

──ああでも、私もテイルに魔力を渡した。

唇に指をあてれば柔らかい感触がし、途端に思い出してしまった光景に梓は目を閉じる。唇が困ったように笑った。

「……無理だろうけどさ、交換することはできないにしても一緒に過ごすことが出来たらそれはそれで千佳の望みというか安心できるかもね」
「え?」
「要は自分の聖騎士に魔力を渡すことは怠らなかったらいいんだしさ、過ごす場所はどこでもいいんじゃないかって。私と千佳とアラストさんと千佳の聖騎士さん同じ部屋で過ごせたらってこと」
「私とアラストと樹が……?」
「あともう一人ね。……結局一緒に過ごさなきゃいけないんだから一人増えようが二人増えようが私はどうでもいいし」
「アラストと一緒にいれる……?」
「シェントさんが賛成してくれるかはしらないけど」
「説得する!私今から行ってくる!ありがと樹ちょっと待ってて!」

ブツブツと呟いていた千佳の頭でなにかが結びついたらしい瞬間、千佳は目をキラキラとさせ物凄い勢いで立ち上がった。その反動で揺れた机をおさえながら梓は既に遠くなってしまった背中を見送る。


「いや、そもそもシェントさんがその決定を下す人かどうかも分からないし……」


千佳はもういないが言わずにはいられない。けれどここにまだ千佳がいたとしても梓の言葉に聞く耳はもたなかっただろう。

──あそこまでのめり込めるのもある意味羨ましい。

恋は盲目と言ってしまえばそれまでだが、アラストと一緒に過ごせられるよう全力を尽くす千佳の姿はほんの少しとはいえ梓の目に輝いて映った。




 
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