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【テイルと過ごす時間】
17.テイルという人
しおりを挟むテイルと過ごすようになって1週間と少しが経った。
といっても顔を合わすのは2日に一度くらいのものだ。テイルはヴィラよりも遠征に出ることが多いばかりか数日がかりの遠征もあるからだ。今日はその数日がかりの遠征へ行く日だ。だというのにテイルはソファに寝転がりながら呑気に欠伸をしている。既に準備は終えているとのことだから魔力の補充をしているのだろう。そう予想はついても本当にこれから遠征に行くのかと毎度疑ってしまう光景だ。
「樹、お茶」
そしてこれだ。
テイルは樹のほうを見もしないでそんなことを言ったかと思えば足をソファの背にのせる。椅子に座って本を読んでいた梓の口元がひきついた。
「お茶ならここにあるので自分で淹れたらどうです?」
「あーそこはあれだよ。お前が淹れるからうまいんだよ」
「ここまで心に思ってもない発言は久しぶりに聞いた。自分でどうぞ」
「ケチくせー」
良いのか悪いのか梓はすっかりテイルに慣れて猫かぶりも剥がれてきている。ある程度畏まった態度や敬語などは武器になるし相手と距離をとるのに有効だ。なにも会う人すべてにそんなことを考え生きてきたわけではないけれど、初対面の人や警戒すべき相手と話すときには使ってきた手段だ。
けれどテイルと接しているとそういう考えや気遣いはどうでもよくなってくる。
ダルイダルイと言いながらお茶をとりにきたテイルを見上げる。聖騎士なんてキラキラした言葉が似合わない格好もひとつの原因だろう。Tシャツにズボンとシンプルコーデは顔が良いから似合ってはいるが、問題はやはり髪だ。後ろで三つ編みにしているのにも関わらず腰まで届く長い黒髪は前髪も例外なく長くテイルの目を隠している。切らないと魔物討伐の支障になるのではと思うぐらいだ。そこに同級生のような言動をする点を加えると身構えるのが馬鹿らしくなってくる。
「なんだよ」
紅茶を淹れながらテイルが梓を見る。梓は本を持つ手を少し離して指をさした。
「前髪邪魔じゃない?」
「そういうお前もなげーじゃん」
テイルもカップを持つ手を少し離して梓の前髪を指さす。
「私は分けてるしよく見えるから問題ない」
梓の前髪は胸元に届くぐらいの長さだがセンターパートにしているからテイルのように視界を隠すようなことにはならない。いまもテイルの顔は半分くらい隠れている。まあ見えずともこれといって問題はないのだが、顔を合わせるたびにこれだと気になるのは気になる。
「せめて前髪あげたら?」
「なんでてめえらはそんなに顔見たがんだ?」
前髪をかきあげ呆れたように溜息を吐くテイルに梓は目をぱちくりとさせたが、梓も梓でテイルと同じように呆れた表情をする。
「多分意味合いは大きく違うとは思うけど、とりあえず見てて鬱陶しくなるから」
てめえらとはきっと神子のことだろう。そして神子が前髪をあげろというのは顔が見たいからなんだろう。まあ、でも確かにテイルも顔が整っている。見たくなる気持ちは出てくるものだろう。特に眼だ。テイルの瞳は見慣れない色をしている。
「へー。何色なんだろうって思ってたんだけどテイルの目って緑色?なんだね。黄色みが強いのかな」
綺麗な色だなと思いながら見ているとテイルの目が細くなる。うんざりといわんばかりの表情だ。きっとこれもてめえらによく言われることなのだろう。
梓は本を閉じて立ち上がるとテイルのほうに顔を寄せる。そして驚くテイルを見上げながら自分の目を指さした。
「何色か分かる?」
「あ?……茶色」
「うん、それだけの話しだよ」
にっと笑った梓はなにを言っているんだと言外に訴えてくるテイルを無視してまた椅子に座って本を開く。そしてさきほどまで読んでいた項目を見つけると背もたれに身体を預けてひとつ息を吐いた。
「……あ、この世界ではこの色って珍しい?」
「珍しいとまではいかねえけどあんまみねえな」
「へー」
「聞いたくせにそれかよ」
「んー」
ペラ、と本の頁をめくる梓はもはや繕うことなく適当な返事だ。
何だコイツは。
テイルは自分を無視して本を読み続ける梓を見下ろす。しばらくそうしていても梓は特に反応しない。これはどういうことだろう──いや、こちらを見た。だがその顔は不快に歪んでいる。
「あの、集中できないんで見るの止めてもらえません?」
舌打ちまでしかねない梓の態度にテイルはなにを思ったか梓の向かいの席に座った。梓が眉を寄せる。テイルはじっと梓を見ていて動かない。
なに考えてんだか……。
梓は反応するのを止めて本に意識を戻した。今読んでいる本は魔法の本だ。既に一度読んだ本だが、時間を置いたいま改めて読めばなにか発見があるかもしれないと思い書架からとってきたものだ。そして案の定、特に新しい発見はない。”魔法は男だけが使える”、”使える人は使える”、”いつの間にか”、”女は魔力を生む”、”明確な方法は分からない”これらの内容は絶対だった。
その原因が分かる魔法なんてものがあればいいのに。
「テイルはいつから魔法が使えるようになったの?というよりどうやったら使えるようになったの?」
「魔法?あー……」
我に返ったような顔をしたあとテイルは机に頬杖して思い出すように窓の外を見た。そして少し冷めてしまった紅茶を飲む。
「死にたくねえって思ったから、かな」
ツッコミ辛い。
梓は微笑みながらこっそり溜息を吐く。
「魔法が使えたのは……6歳ぐらい?か?」
「いや、私に聞かれても」
「あー、んじゃそれぐらい。覚えてねえわ」
本当に覚えていないようで頭をかくテイルは過去を振り返って自分の歳まで計算している。16年前のことだから──と言い出したところで梓が思わず声をあげた。
「テイルって何歳?」
「今度は歳かよ。あー…………多分24」
「にじゅうよん」
「……なんだよ」
「とてもじゃないが見えなくって」
「おい」
またしても正直に反応してしまった梓は危ない危ないと肩をすくめる。
──テイルはどんな人生を過ごしてきてこうなったんだろう。
大概失礼な気持ちを抱きながらテイルを眺めていれば、梓の表情が癪に障ったのかテイルが口煩く非難してくる。さっきまで黙っていたのはなんだったのだと思うぐらいで、非難が終わってもこんどは雑談が続く。
──テイルと過ごす間はゆっくり本を読めそうにないなあ……。
ようやく遠征に行くと言って部屋を出ていくテイルを見送ったときには、なんだかひどくくたびれてしまっていた。魔力というものが吸い尽くされたのかもしれない。そんな馬鹿なことを考えながら閉まったドアを見たあと本を手に持つが、どうも読む気にはなれなかった。
眠たい。
一度そう思ってしまうと頭は眠いで埋め尽くされてくらくらし始める。素直な足はまっすぐベッドへ向かって身体は力をなくす。─眠りが訪れるのは一瞬だった。
そして──変わった夢を見た。
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追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
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