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イーセカ人はだーれだ
83.ようこそ!【本編完結】
しおりを挟む「テストが終わったからって浮かれないように!それじゃあ、これでHR終了!」
海棠先生の声にクラスみんなにっこり笑顔を浮かべてきりーつ、礼。HRが終わった瞬間、みんな解放されたーって言いながら鞄に教科書を詰めたり近くの人たちと話したりしてご機嫌だ。
かくいう私もすでに用意し終わっていた鞄を持って立ち上がる。そしてそれは隣の席の波多くんも同じで、ぱちりと目が合った。
「……風紀?」
「うん!」
「そりゃよかった」
鞄を肩にかけた波多くんはフッと微笑む。珍しく眉間にシワのない優しい表情だ。
「波多くんもプールだよね?部活楽しんで!」
「おー近藤も」
それだけ言うと波多くんはさっさと教室を出ていった。その後に続こうとしたら、美加もちょうど生徒会室に行くらしくて、途中まで一緒に移動することにする。
「アイツと同じ顔してるわよ」
「波多くんと?ん゛~やっぱりそうかあ」
まあ、しょうがない。だって楽しみでしょうがないんだもん。
今更ごまかしてもしょうがないから笑ったら、美加が微笑んで「佐奈」と私を呼ぶ。止まる私に顔を近づけた美加は小さな声で耳打ちして。
「監視は必要ないって、一応言ったのよ?」
「ふふふ、親友だもんねー分かっちゃってた?」
「そうかもね」
「うわー!美加がデレた!へへへっ」
「はいはい」
目元を和らげた美加は最後に私の頭を撫でて「それじゃ」と背を向ける。
最近はその背中を見るたび寂しくなったり不貞腐れたりしたけど、私もすぐに自分の場所に行くことにする。歩いて、ちょっとだけ早く歩いて、歩いて……人通りが減っていく廊下を進んでいけば、ようやく風紀室が見えてきた。ドアは閉まってる。でも、いつだってここのドアは開いていた。
「失礼しまーす……あ」
「早いね、近藤さん」
「東先輩」
正直、できれば皆がいるところで会いたかった東先輩がにっこり微笑む。他の人がいないと色々聞いちゃいそうだし、言わなくてもいいこと言っちゃいそうだ。
話題を探して辺りを見渡せば、机に置かれていた書類を見つける。東先輩はソファに座りながら書類を眺めていたようだ。
ドアを開けたまま突っ立っていたら東先輩がソファから立ち上がる。
「話は剣が来てからだね。それまでお茶でもしようか」
「……それは賛成です。でも東先輩っ」
「なに?」
ポットに手を伸ばした東先輩の手を捕まえたら、驚いたように見開いた目がようやく私の顔を見てくれた。
「最初に言っておきますけど、私、風紀辞めませんよ。もう色々、本当に色々言いたいことはあるんですけど、後任も見つけられると思えないですし……あれ?今思ったんですけど城谷先輩は諸々の事情知ってるんですか?そういえば私とつぜん風紀の任命を受けたんですが……」
「……城谷は知らないよ」
「あ、そうなんですかーいや、それはそれでどうかと思うんですが……まあいいや」
脱線してしまったからなにを話そうとしたか忘れちゃった。
本当は建前を言ったあと、東先輩が「ごめんね」なんて言っちゃったら、これでもかってぐらいの文句を色々言ってみようと思ってたけど──覚えてるのはちょっとだけ。
「私、なんだかんだ風紀が楽しいんです。というよりここで皆と話してるのが楽しいんですよね。だから……私が辞めるって予想してたみたいですけど残念でしたねー!辞めません!なのであの書類はもう破こうとは思ってません!」
私を見下ろす東先輩はドヤ顔してるのが恥ずかしくなってくるぐらいじっと見てくる。引くに引けなくて我慢しながら見返してたら、視線がなにかに気がついたように後ろにそれた。
もしかして誰か来たのかな?
見てみようとしたら、視界の端になにかが通り過ぎるのが見える。それは東先輩のもとに飛んで行って、綺麗な弧を描きながらその手に収まった。書類だ。間違いなく、さっき机の上に置かれていた書類の1枚で、透けて見える文字の中には私の名前が見えた。この風紀室で空気にのまれてサインした震えた字。
あれ?
机を確認すればやっぱり書類が1枚なくなっていた。そして風紀室には私と東先輩のほか誰もいないままで、でも、東先輩の手には書類があって──もしかしてこれは、魔法なのでは?
一瞬で移動した書類に子供じみたことを思っていたら、答え合わせをするように書類が目の前で消えた。
魔法だ……!東先輩はこういう場面で手品とかドッキリをする人じゃないし、絶対にそうだ!
感動する私に振ってきたのは落ち着いた声。
「本当に、怖くないんだね」
最近よく聞くようになった言葉にハッとした瞬間、私を見ていた東先輩と目が合った。こういうことは早く片付けたほうがいいってピーンときてすぐに断言する。
「あの事情のことですか?だから怖くありませんよ」
「……ここだったらイーセカの話をしても大丈夫だよ」
「え?そうなんですか?じゃあ、気になってたんですけどイーセカに住む人たちって「おはようございまーす」って言ったあとにでも包丁振り回してくるような人がいるんですか?」
「……???いない、かな……?」
「だったら怖くないですよー。でもまあ多分……怖い人もいるんだろうなあ、とも思います。でも、はい。そもそもこの世界だって人を傷つける人とか怖い人だっているし、怖いこともあるじゃないですか。それは世界が変わったって、そういうものじゃないんですか?」
「近藤さんって意外とシビアだよね」
「意外と現実見てますよー……私、よくいろんな場面を目撃しちゃうんですが、それって結構、人のいやーなところとか見ちゃうことも多くって……おかげで人間観察が得意になったんです!危なそうなことにはすぐセンサーが働きますよ!」
神頼みにしてしまうぐらいにはいろんなことを目撃しちゃうのは嫌だったけど、なんだかんだ楽しんでもいるし、良いことも悪いこともお互い様なんだと思う。
ぜんぶ自分が思った通りの、なんの発見もない毎日なんてつまらないって分かったしなあ。
我ながらいい性格とは思えないけど、やっぱり落ち込んだりするより気が向くまま覗き見して、ときどきは片足突っ込んでみちゃうほうが楽しい。
「怖かったら手なんか握れませんよ!」
だから安心してください!
そう続けたはずだけど、何故か昨日の千代先輩を思い出してしまって自信がない。尻すぼみになっていったのは声だけじゃなくて前向きな気持ちもだったらしい。私は前言撤回して東先輩の手を離して逃げたくなった。
東先輩はにっこり微笑む。
「俺がイーセカ人だって口を滑らせた奴は誰かな?」
「エ、エエ?ソウナンデスカ?東先輩ってイーセカ人だったんですか??」
「……まあ、誰か見当はつくけどね……近藤さんはいい友人を持ったね」
「え?じゃあやっぱり美加って確信犯だったんですね」
「鏡さんも言うつもりじゃなかっただろうしね」
「あ、そういえば私お茶菓子持ってきたんです。皆が来るまで一緒に食べませんか?」
「……まあ、流されてあげるよ」
溜め息を吐きながらも怒ってはいないようだ。セーフ。東先輩が紅茶を淹れてくれるあいだ私は机にお菓子を広げておく。風紀室にあるお菓子も合わせればお菓子パーティーができそうな量だ。
「トール」
「え?」
「俺の名前。ちゃんとした名前はトールって言うんだ」
トレイにティーカップ2つとポット1つ。たっぷりの量がはいって重たそうだけど、東先輩はそんな顔せずに机に並べていく。
カップが私の前におかれて、お礼を言うと微笑んだ東先輩は向かいにあるソファに座った。
「トール……徹?」
「この国だと徹のほうが受け入れやすそうだったから、そう手続きしたんだ」
どうやら東先輩は本当にイーセカ人らしい。それにしても、トール?
「好きに呼んでくれていいよ」
「え?あ……ありがとうございます……トール」
「え」
「徹……トール……?トール!あは、あはははははっ!安直すぎませんか!?あはははは!イーセカって名前を聞いたときも思ったんですけど、イーセカ人って適当なんですかね?そのまんまじゃないですかっ!あはははっ!」
「その適当な世界の名前を決めたのも俺って言ったらどう思う?」
「あははははっ、あは…………げほっ。なる、ほど……いい名前です」
妙にツボに入って大笑いしちゃったけど、藪蛇だったらしい。微笑む顔にゾッとしてへらっと笑い返すけど、効いてるか分からない。にしても名前をつけたって……千代先輩が言っていたアノカタは東先輩で間違いない気がする。向こうの世界にお偉いさんがいるのなら、東先輩はそういう人なのかもしれない。これからは発言に気を付けよう。
「東先輩、このお菓子あげます」
「トール先輩って呼んでくれたら、流されてあげる」
「え?」
お気に入りのお菓子を献上しようとしたら、お菓子を持つ手が捕まれる。これじゃあさっきと逆だ。それに、これは覚えがある。
つい先日颯太くんにしたイジワルを思い出せば納得だ。
「トール先輩、このお菓子あげます」
「……」
「徹せん……トール、くっ!って、わあ!なんてことするんですか!」
東先輩も私みたいに意地悪失敗してモヤモヤした気持ちを味わえばいいって思ったのに、トール先輩って言うたびにおかしさがこみあげてきて私が失敗した。そのうえ頭をぐしゃぐしゃに撫でられてしまう。そんなに力は入れられてないけど、絶対、髪がぐしゃってなった!
「ごめんね。好きに呼んでいいよって言ったけど流石にイラっとしちゃって」
「あはは、もー、大変申し訳ございません」
「はい、俺もごめんね。ちょっと待って」
東先輩の微笑に勝てる人はこの学校にいるんだろうか。私はもれなく負けて、どうやら髪をなおしてくれるらしい東先輩に大人しく従うことにする。髪に触れた指が頭を撫でるように動く。
そういえばミスミスターのときもこうやって頭を撫でられた気がする。あれ?撫でられたんじゃなくって花びらを取ってくれてたんだっけ?
目を開ければ、目が合った東先輩が笑みを深めた。この笑い方は怖くないけど、なんだか落ち着かない。
「青春してるなー」
「わっ!ビックリしたー!あっ、神谷先輩お久しぶりです!」
ふざけた言葉に甘い笑みを浮かべるといったら神谷先輩だ。中に入ればいいのに、廊下に立ったままの神谷先輩は相変わらず学生には思えないホスト感のある雰囲気で安心する。
「おー、相変わらず元気だな。風紀続けるんだって?」
「はい続けます!」
「よかったよかった。剣も続けるって言ってたし安泰だなーほら、剣たちも入れって」
「えーシンプルに入り辛いんですけどー」
「なにがあったのー?」
神谷先輩をきっかけに剣くん、刀くんと続いて入ってくる。そして東先輩と剣くんが今後のことでちょっと話したあと、また書類が勝手に動いて東先輩の手元に収まった。私と同じように感動する剣くんの目の前で書類が消えた瞬間、東先輩がにっこり笑う。その顔が嬉しそうに見えるのはきっと気のせいじゃない。
東先輩は私たちがソファに座ると話し出した。
「それじゃあ改めてようこそ、風紀委員へ。先に紹介しようか。俺はイーセカの代表として地球に来ているトール。主になにかトラブルがあったさいの問題解決に動いてるよ」
ん?なんだか早速不穏な言葉を聞いた気がする。
トラブルに連想するのは生徒会が絡んだ事件?らしいものだけど、聞いてみようと思ったら剣くんと刀くんは東先輩がイーセカ人だったことに驚いているらしい。それぞれ驚いたり質問したりしている。
ふふふ、なんだか優越感。
私たち一年生ズが座るソファの向かいに座っている神谷先輩はもう諦めたように笑いながら廊下に向かって手招きしていた。誰かいるのかと思って見てみたら、何故か海棠先生が現れた。
なんだなんだ?私、なにか提出してないものあったっけ?
眉を寄せている私を見た海棠先輩が悪戯っ子みたいにニヤリと笑う。
「風紀委員が揃ったってことだから、ようやくの自己紹介だ。風紀委員の顧問、海棠拓也。イーセカのことは勿論、これからの活動で大人が必要になるときは俺に相談よろしく」
風紀委員の顧問!
いてもおかしくないだろうけど、海棠先生が顧問!ひえええ。なんだか気まずい。というか指導室とかでちょくちょく相談めいたことをしてたのって、美加と同じように監視してたんだろうか。ひえええ。この学校こわい。
「ちなみに俺はこの世界の人間で、元ここの生徒。もっといえば風紀の対象だったんだけど、その経緯で秘密を知ってこの学校の先生になったってわけ」
「へええええ!」
「それで学校の先生に……?」
「うわーそれって秘密を知ったからにはって感じですかね」
続く先生の暴露に剣くんがふざけて言ったら海棠先生はにっこり笑って黙った。
え、この学校、怖すぎません……?
「察しのいい子が多くて助かるよ」
凄くいい笑顔の東先輩に私たちは顔を見合わせる。
これはまずい。本当に怖い話だった。
「でももうこんなことでいちいちめげませんけどねー!」
「まあ、暇にはならなさそうだし俺も別にいいですけどー」
「そうそう!僕、イーセカにも行ってみたい!」
「「イーセカに……??」」
刀くんの発言に辰先輩の許可発言を思い出す。剣くんの似たようなものなんだろう。天井を見ていた顔と目が合って、にっと笑ってしまう。
「2人はどう?」
東先輩に聞かれたときには気持ちはもう決まっていた。
「行けるのなら行って見たいです!」
「魔法とかあるんですよね?俺、絶対行きたい!」
「それじゃあ夏休みにでも行こうか」
明日の天気を話すみたいな気軽さでそう言った東先輩に思わず私たちはハイタッチしあう。テンションが高くなるのもしょうがないって話だ。
なにせこことは違う世界、イーセカ!海外旅行とは訳が違う!魔法って私も使えたりするのかなあ?
「今年は楽ができるー」
「人手は多いほうがいいしな」
神谷先輩と海棠先生の話は聞かなかったことにして、夏休みの計画を立てることにする。
風紀委員の仕事を建前に作っていくスケジュールは見事、遊ぶ予定だらけだ。
そこに、おずおずとした様子ながらも風紀室に遊びに来た紫苑先輩と、便乗して現れた颯太くんも加わればスケジュールはますます埋まっていく。
「佐奈、風紀つづ──あら、颯太たちも来てたの!」
「あー美奈先輩じゃーん。辰先輩に明人もいるしーって、つづーなんですかー?」
「内緒よ!」
「あ!またそれ!!それって風紀委員だけが知ってるやつじゃないわけ??」
「細かいこと気にしてたらモテないわよ!そんなことより紫苑!アンタ勝ち逃げなんて許さないから」
「えっ、ええ!?」
「佐奈、これから宜しく」
「あ、はい辰先輩。こちらこそこれから宜しくお願いします」
「え??いつの間に名前呼び????」
「ちょっとあなた、このスケジュールはなんですか?」
「あ、夏休みの予定ですよー」
「夏休みの予定?」
わいわい、ガヤガヤ。
みんな好きなように喋って五月蠅い風紀室。量が多すぎだと思ったお菓子は皆で分けたらちょうどいい量で、スケジュールは真っ黒になった。
やっぱりこうでなくっちゃなー。
五月蠅い風紀室で笑いながらお菓子を食べた。あー幸せ。
••┈┈┈┈┈┈┈••
これにて本編完結です。
完結には数年を要しましたが、話の中では数カ月。えらいこっちゃ。また時間ができたときにでも、各ルートのお話を書いていこうと思います。
その場合は章分けをして更新していくことになりますので、思い出したときにでも覗いてみてください。
とりあえず、近々改めて人物紹介を載せてから更新を一区切りとします。
書いててとても楽しかったお話ですが、本編完結までいけたのも一緒に楽しんでくれる人がいたからこそとも思います。
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。
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