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イーセカ人はだーれだ
81.抜け駆け
しおりを挟む今日は朝から誤算続きだ。
剣くんたちがクラスに現れたうえ皆がいるなか勉強会に誘ってきて、集合場所に向かったら紫苑先輩がいて、刀くんは噂で誤解してたことを謝ってくれて、勉強会どころじゃない発見にあたふたしてたら、紫苑先輩も勉強会に加わるとのこと。
それだけでもお腹がいっぱいなのに、てっきり図書室の自習室にでも行って勉強会をするんだと思ったら颯太くんの家で勉強会をするらしい。
「佐奈ちゃんなに帰ろうとしてるの?」
「うっ……だってこれ非常によろしくない気がする。ただでさえ私って紫苑先輩の担当でジェラシー買ってるのに、颯太くんの家にお邪魔して勉強会したって知られたら私が裏庭に呼ばれる!大袈裟じゃなくて!」
「あーかもねー」
「え!やっぱりそう思う!?というか、やっぱりそう思うんならなんで、私を、引っ張ってるんですか、ねえ!」
家の前でごねる私の手を掴んだ颯太くんは、自分のファンの子たちに裏庭に呼ばれたときのように楽しそうな顔だ。前はもうちょっとこう、配慮してくれた気がするのに……っ。
地団駄踏む私を颯太くんはズルズルと引きずって、笑う。
「だから教室でも言ったけど、なんか佐奈ちゃん相手にあんまり気を遣わないほうがいいなーって思ってさ」
「気をつかって、ほしい、です!そして!他の人もどう思います!?こんなに嫌がってるのに勉強会強制なんておかしくないですかね!?」
「うーん、でもせめて今日ぐらいは参加してあげてほしいなあ」
「お、俺からもお願いです」
「俺は面白いからなんの問題もないと思ってまーす」
剣くんは最初から最後まで問題だけど、悲しいことに全員異論はないらしい。くそう……っ!
「というか、ここでジタバタしてたら学校の人に見られるんじゃない?」
「あ、はいなるほど。よし、じゃあ早く中に入りましょう」
「佐奈ちゃんのそういうとこ好きだなー」
「私は颯太くんの強引なところ嫌だなー」
「マジで?ショックー」
颯太くは適当なことを言いながら笑ってマンションの暗証番号を入力した。開くドアを見て、改めてマンションを見上げる。
高そう……。
物理的な高さもそうだけど、お値段的にもいいところなのは間違いない。気後れする私と違って剣くんと颯太くんは慣れたように中に入っていく。私と紫苑先輩は目配せしたあと、2人のあとを追うことにした。紫苑先輩はこのマンションの雰囲気に加えて、後輩の家に行くっていう要素も追加してるからよけい緊張して──うーん、どうだろう。案外、紫苑先輩は人懐っこいからなあ。後輩の家でお勉強会っていうイベントを心から楽しんでそうだ。
気になって様子を窺ってみたら、バチっと視線が合ってしまった。そして驚いた目がそれて、また戻って。
「お勉強会、楽しみですね!」
「うーん……そうですね。場違い感がすごいですけど、逆にそれが楽しくなって……うーん……」
「そ、そうですか……あの」
適当に合わせて「そうですね」って言っておけばいいのに、煮え切らない返事をしてしまった。当然、紫苑先輩は落ち込んでしまって言葉を探してしまう。気がついたときには遅くて、慌ててフォローしようとしたら、じっと私を見る瞳を見つけた。
「実は今日、近藤さんが参加するって話を聞いたので無理を言って勉強会に参加させてもらったんです」
「え、そうなんですか?」
「俺も謝りたかったんです」
「ええ?」
刀くんに続いて紫苑先輩も私に謝りたいとか、いったい私が風紀室から出たあとどんな話をしたんだろう。
「学園祭のときのことなんですが……近藤さんが告白されたってみんなにバラしちゃったんです……俺だって告白されたとかそういう話を人にされるのは好きじゃないのに」
「あ、あーいやーうん、はい。でも事実ですし、まあ、出会う人みんなに言って回ってるんだとしたらどうかしてると思いますけど……きっと、つい喋っちゃった感じですよね?」
告白の呼び出しがかかったとき一緒にいたわけだし、イーセカの話を聞いて風紀室を飛び出した私と入れ替わりで現れた紫苑先輩が私のことを話題にするのは当然だと思う。あの場にいた東先輩たちもイーセカの話題を避けようとしたはずだ。となると、狼狽えてただろう紫苑先輩はちょうどいいターゲットになっただろうし、つっつかれて私のことを話しちゃうのなんて──う~ん、見てたように想像できる。
うんうんと頷いていたら案の定そうだったらしく、紫苑先輩はもう一回謝ってくれた。ひえええ。やっぱり謝られるのって慣れない。
「大丈夫です、それに、なんだったら私のほうが悪いです。先に風紀室に行ったとき紫苑先輩が一緒にいない理由を聞かれたんですが……紫苑先輩が告白ラッシュになったからはぐれたんだろーって言われたのに便乗しました。その、告白されたっていうのを言うのが恥ずかしくて適当に合わせたんです。ごめんなさい」
「ええ!?そんな、謝らないでください!ぜんぜん大丈夫です!本当のことですし!」
「……え?じゃあ別れたあと、本当に告白ラッシュにあってたんですか?」
「あ……うう、はい、そうなんです」
「うわー凄い。流石です」
「そ、そんな」
なにを褒められたのかよく分からないと目をぱちぱちさせつつも照れ笑いをする紫苑先輩はイケメンになったのに可愛かった。藤宮くんじゃないけど揺れるボブヘアーを見てしまう。あんまり藤宮くんにいろいろ言えないなあ。
「えー、なに。しいちゃんまで抜け駆けー?」
「わあっ!ビックリしたあ!」
久しぶりのやりとりに和んでたら、颯太くんの声がすぐ近くで聞こえてきて心臓が飛び出そうなほど驚いてしまう。後ろを振り返れば不機嫌そうな顔。見慣れない表情に紫苑先輩は慌てたのかなにやらいろいろ言っている。なんだなんだ……?喧嘩するのはいいけど私がいないところでしてほしいんだけど……って、んん?抜け駆けってなに?
「抜け駆けって……え?なになに、颯太くんも私に謝りたいことがあるの???」
続く謝罪にもしかしてと思って聞いてみれば、ジト目で見られてしまう。そんな顔されても困るんですけど……。とりあえず肩をすくめながら無罪を主張して手をあげておく。
颯太くんはしばらく私を見下ろしてたけど、とうとう、重い口を開いた。
「まあ、そんな感じですけどー?特に佐奈ちゃんになにかしたってわけじゃないけどー……なにもしなかったからかな。噂を真に受けて誤解しちゃったから……ごめん」
「ひえ……いやもう本当に気にしないで……噂を真に受けるなんてよくあることだしそんな……はい!大丈夫です!わたし近藤、もうぜんぜん気にしてません!」
怒るのも拗ねるのもしんどいけど、謝られるのってすっっごいしんどい!人間やっぱりあんまり気にしないほうが楽しく生きられるんだね!分かった!私もうあんまり気にしない!
ふざけて聞いただけなのに本当に颯太くんからも謝罪をもらってパニックだ。パニックついでに私は大丈夫だと必死に訴えたんだけど、ちゃんと伝わったんだろうか?
颯太くんは目をぱちくりさせるどころか口をぽかんと開けて間抜け面だ。
「え、なにその宣誓」
だけど呆然と呟いたあと、口とお腹を抑えて肩を震わせた。
案外、颯太くんは笑い上戸なのかもしれない。ミスミスター控室で大笑いしたときのことを思い出して、ちょっと恥ずかしくなる。
「だ、だって、謝られるとよく分かんない罪悪感でもう、なんていうかこうお腹いっぱいって感じで、だから、うん。もう大丈夫ですってことで」
「う、うん……わかっ、分かった。ごめん、分かった」
「……本当に分かってるんだったら私の顔見て」
「っ!あはははっ!」
分かったって言いながら謝るから、ちょっと意地悪で言ってみたら私のほうがモヤモヤする羽目になった。くそう。
「紫苑先輩、近所迷惑な人は放っておいて先に行きましょー」
「え、で、でも」
「ひーっ!あはっ、俺っ、俺の家なのに俺おいてくの……?あははっ!」
「剣くんたちに家の場所でも聞きましょっかー」
エレベーターの前らしき場所でつまらなさそうに立っている剣くんと、私たちに気がついて手を振る刀くんがいる。戸惑う紫苑先輩を連れていこうとしたら、伸ばそうとした手が捕まれた。
顔をあげれば颯太くんが楽しそうに笑っていて。
「ちゃんと案内したげる」
捕まった手がひかれて、歩き出す颯太くんに合わせて私も歩いて。
「え、いや、手を繋ぐ意味ないですよねー」
ハッと我に返って言えば、先を歩いていた颯太くんが振り返る。
それから「うーん」と悩むそぶりを見せながらゆっくり歩くから、伸びきった手はだらりと垂れて、颯太くんは隣になった。それなのにまだ手は離してくれない。
「だって佐奈ちゃん逃げるでしょー?でもどうしよっかなー。佐奈ちゃんお腹いっぱいかー」
「逃げないですし急になんですかー」
「お詫びってことで買った限定のお菓子とケーキがあるんだけど食べられないかなーって」
「え?」
「勉強会中に食べようと思ってたんだけどなー苺がたっぷりのったケーキだったんだけどなー」
「さっきのは気持ちの話で個人的にはすっごくお腹空いてる」
「あはは!佐奈ちゃんのそういうとこ好きだなー」
「私もお菓子くれるひと好きだなー」
「お菓子くれる人って!あはははっマジで!?」
ごめんなさいはもうお腹いっぱいだけど、ケーキもお菓子も別腹だ。それに私のために用意してくれたものって聞いちゃったら、これはもう食べなきゃ失礼ってものだ。うん。
予想外なことは大変だけど、こういうことなら大歓迎。
我ながら単純だとは思うけど勉強会が楽しみになって、剣くんたちがいる場所に颯太くんを引っ張っていく。後ろからついてきていた紫苑先輩にも早くと声をかければ嬉しそうに笑って。
「──はい、どーぞ」
「わーい!遠慮なくいただきまーす!」
不思議な面子での騒がしい勉強会は遊んでるような感じで意外と楽しい。勉強あるあるの雑談からテストの傾向なんて真面目な話もして、勉強に疲れたらお菓子休憩だ。
これは最高過ぎる……。
「そういえば内緒話って言ってたけど、それってなに?」
苺ケーキを堪能してたら颯太くんが急にぶっこんできた。最初は何のことか分からなかったけど、話を聞いていくうちにイーセカの話だと勘づいてしまう。いや……うん。私はなにも気がつかなかった。苺ケーキが美味しい。それだけだ。
「前から刀はよく言ってたけど、最近は剣もだもんなー。しかも佐奈ちゃんもそれがなにか分かってるっぽいし」
「た、確かにそうですよね。徹もときどき言うんです……あ、もしかして風紀委員の方しか知らないことなんでしょうか」
ちらっと私を見た紫苑先輩に気がついて視線を逸らしてしまう。
あー苺ケーキおいしい。
そんな私を見て紫苑先輩はなにをどう結論付けたのか、悲しそうな表情を浮かべて変なことを言った。
「近藤さん、やっぱり徹と喧嘩したんですか……?」
んん?んんんん?
首を傾げる私に気がつかないのか、紫苑先輩は「俺のせいで」とも続けている。んんん?刀くんたちも知らない話らしく皆で首を傾げている。
どうやら紫苑先輩はまだ噂とかよく分からないものに踊らされてるらしい。
とりあえず確かなのは、苺ケーキがおいしいってことだけだ。
最後の一口をぱくりと飲み込む。
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