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イーセカ人はだーれだ
80.ちゃんと向き合いましょう。
しおりを挟む数学のテストが終わったあと剣くんと勉強会なるものの連絡をとりあっていたら、どうにかして家に帰ろうとする私の愚痴に飽きたのか刀くんと颯太くんのいるグループに招待されてしまう。うう……連絡先が知れてしまったからもう逃げられない……。
それからというもの休み時間の合間に通知が入って、結局、放課後に学校から少し離れたコンビニで待ち合わせることになった。ちょっとは私に配慮してくれたらしいけど、そんな配慮ができるならクラスで波風立たせるようなことはしないでほしかった。クラスにあがる話のネタにされるのはまだいいけど、不穏なヒソヒソ話は生きた心地がしなかった。亜美ちゃんたちの視線に厳しいものを感じたのは気のせいじゃない。
ふふふ。
思い出したらもう、笑うしかない。こうなったら風紀関連で知り合ってから仲良くしてまーす!そりゃしょうがないですよねーって感じで開き直ったほうがいいかもしれない。でもどこかで颯太くん扮した女の子のようなことになりそうで怖いんだよなあ。
そんな不穏な未来を想像してしまったのは、待ち合わせ場所にいた剣くんたちが、なぜか紫苑先輩と楽しそうに話している光景を見つけてしまったからだ。
一応目を擦ってからもう一度確認してみたら、やっぱり紫苑先輩だった。それならもう諦めて突撃するしかないだろう。
「皆さんお揃いですねー紫苑先輩もこんにちはー」
「近藤さん!……お久しぶりですっ」
「あははーちなみにどうしてここに???」
私を見た瞬間ぱあっと表情を明るくした紫苑先輩は、涙ぐむまではいかないけど興奮のせいか声がうわずっていた。
1週間ぐらい会ってなかったってだけなのにこの喜びようはなんなんだろう……。
ちょっと引きながら気になってることを尋ねてみれば、口ごもった紫苑先輩はすっと視線を落とした。懐かしい光景に遠い目をしてしまう。紫苑先輩は相変わらずらしい。
そんな私を見て刀くんは苦笑いして颯太くんは笑ったけど、剣くんが呆れたような顔して非難してくる。
「前から思ってたんですけど、近藤さんって人の心なくしてるんですかねー?もうちょっと再会の感動に浸らせてあげてもいいんじゃないですかー?って、おい!アンタ最近すぐに殴ってくんのなんなんですかね?!」
「剣くんなら大丈夫かなって」
「はあ!?」
「えー?剣って佐奈ちゃんとすっごい仲いいじゃーん。俺は駄目だったのに勉強会してたみたいだしー?」
「えっ、そ、そうなんですか……?」
「いちいち誤解を生むようないいかたウゼー」
颯太くんの発言に驚いた紫苑先輩は悲しそうな顔で私と剣くんを見た。じっと顔を見てくる紫苑先輩に耐え切れなかったのか、剣くんはうんざりした様子でその勉強会には美奈先輩と辰先輩もいたことを説明したけど、それはそれで驚き案件だったらしく、結局剣くんはイーセカのことを誤魔化しながら事情を説明するというとてつもなく面倒なことをする羽目になっていた。大変そうだな~。ふふふ。
笑っていたら刀くんが顔をのぞきこんできて、不穏な空気を感じるほど微笑んだ顔をにっこり緩ませる。
「内緒って分かってるけど、やっぱり寂しかったよ」
「あー、そうですかー」
内緒。
颯太くんもいるし、そもそも刀くんとだってイーセカの話をしても大丈夫なのか分からないから聞けないけど、勉強会に誘われても断ったことだけじゃなくて、イーセカ関係のことを含めての話らしい。
私も曖昧に流すしかなくてへらーっと笑っていたら、私に向き直った刀くんがいつも笑ってばかりの顔を真面目に変えた。ビックリして思い出すのは刀くんが落ち込んでいたときのことだ。思わず抱き着かれないように身構えたら、刀くんは噴き出すように笑った。
あ、よかった。いつもの刀くんだ。
あれ?そういえば刀くんって私より背が高いんだ。
楽しそうな表情を見上げていることに気がついて、不思議な気持ちになる。不思議な気持ち。
「もとはといえば僕が勘違いしてたせいなんだけどね」
「……え?」
「本当はね、勉強会もしたかったんだけど……まずは謝りたかったんだ」
不思議な話。
ついていけなくて首を傾げていたら、ずるいと後ろから声が聞こえた。そして颯太くんの口を塞ぐ剣くんの姿と、眉を下げてオロオロする紫苑先輩。
「佐奈ちゃん」
「え、はい」
「僕、噂話をいろいろ聞いてね、学園祭のときに佐奈ちゃんに彼氏ができたと思ったんだ。それで、その彼氏とすっごく仲が良いみたいって話も聞いて……だったら……あんまり話しかけないほうがいいのかなって、あの内緒話のこともあるし、僕もその……あははっ。佐奈ちゃんからそんな話を聞くにはちょっと、もうちょっと時間が欲しいなって」
「わ、ぁ、はい」
不思議な話。
照れたように話す刀くんに声が裏返ってしまう。
障害物リレーのときのこととか考えたらもしかして、なんて、ちょっと可能性は考えたけど、これは、ひえっ。
思わず後ずさる私に気がついた刀くんは視線を落としていた顔をあげると、目をぱちくりと瞬かせた。それで、嬉しそうに表情をつりあげて、でも、声をだそうとした口をぐっと堪えるように閉じて。
「……噂で聞いたんだけど、佐奈ちゃんって付き合ってる人がいるの?」
「い、いないです」
「学園祭が終わったあと風紀室で話があったでしょ?あの日、佐奈ちゃんが先に帰った後でね、しいちゃんから佐奈ちゃんが告白されたって聞いたんだ。それでそのすぐ後に聞いたんだけど、校門で佐奈ちゃんが彼氏らしい人に抱き着いてるって話を聞いたんだ」
「うう……その、告白されたのは本当ですけど、断りました。それで、はい……抱き着いたのは本当だけど、弟です……迎えに来てくれて嬉しかったので、はい、なので誤解です」
「……そっか。……そっかあ!」
うう、そんなあからさまに嬉しそうな顔をしないでほしい。
というか偶然が重なったとはいえ、よくよく考えれば誤解を招く行動をした私も悪い気がしてきた……っ!勝手に誤解して当たってくるのは普通に嫌だったけど、こんな、うう。
「僕、勘違いしてた。それで勝手に気をもんで……っていうより落ち込んで、距離をとってたんだ。でも、それが佐奈ちゃんに嫌な思いをさせてたってことを知ってすごく後悔した……ごめんね、佐奈ちゃん」
「わわ、そんな謝らないで!」
頭を下げる刀くんに罪悪感がふりきって、拗ねてた気持ちも怒ってた気持ちもなくなってしまった。やりばのない気持ちに思わず剣くんを見れば、楽しそうにニヤニヤしてて、なにか大きな声で叫びたくなってしまう。
「う゛―!私こそごめんなさい!正直、避けられてるんだって思ったとき拗ねたし、その理由が誤解なのかもって思ったときでもいい迷惑にしか思わなかったけど、でも、私だって思い込んでるところはあったし……そうだとしても別にいっかって……正直そこまで興味もなかったし」
弁解すればするほど、剣くんじゃないけど私には心がないのかって思えてくる。でも、それならそれで別にいっかーって思うのも本当だったしなあ。
パニックになる私と違って刀くんは「そっかあ」と穏やかに答えただけじゃなく楽しそうだ。拗ねたように笑った顔じゃない。
「もうちょっと僕のことに興味持って」
本当にただ楽しそうに──嬉しそうにそんなことを言うから、居心地悪いせいもあるけど私も悪かったし、刀くんは謝ってくれて、それで、だから。
「あー、うーん。はい、もうちょっと興味持ちます」
もうちょっと、向き合ってみたいなって思った。
だけど流すんじゃなくて、ちゃんと答えたことに後悔するのは早かった。
「やったあ!」
無邪気に抱き着いてくる刀くんの肩が顔に直撃して、鼻をおさえたいのにぎゅうっと抱きしめられてそれどころじゃない。
そういえばこのパピヨンって力が強かったんだった!!!
「わああああ油断した!だから抱き着かないでって!剣くん助けて!」
「だからこういうとき俺を呼ばないでくれません?」
「佐奈ちゃんは剣を贔屓しすぎー剣は刀を贔屓しすぎー」
「刀くん、女性にそんなことしちゃ駄目ですよ!」
最終的に剣くんから解放された颯太くんが私を助けてくれたけど、刀くんはニコニコにこにこ顔が五月蠅いままだ。
「刀くんは危ないので距離をとってくださーい。抱き着くのはもってのほかでーす」
「大丈夫だよー危なくないよー?」
「胡散臭さがすごい」
なにを言っても効果がない刀くんを見て、今度こそ刀くんを調子に乗らせることがないようにしようと心に決める。
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