となりは異世界【本編完結】

夕露

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散らばる不穏な種

22.神よ……!

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さあ始まりました1週間!今日は月曜日だ。先はまだまだ長いねっ!
……本当に長いなあ。今週はなにを見るのかなあ。
空を見上げて先週のことを思い出し──やめよう。なにも起きていない今を、日常を楽しむんだ私。
教室に入って仲が良い子に挨拶をして席につく。波多くんはまだ来ていないみたいだ。珍しい。いつも早いのになあ。
鞄から教科書を取り出して机の中に閉まっていく。教室はがやがやと騒がしかったけど、美加はいない。することもないから閉まったままの窓を開けてみたら、すっごく気持ちいい風が吹きこんだ。
最近はぽかぽか良い天気が続いて、冷たかった風がこんなに幸せな気持ちを運んでくる。日光浴に最適な季節がやってきた。


「ん?」


素晴らしい朝を実感していたら、眼下に見覚えのある光景が見えた。あの色とりどりヘアーは1度見たら忘れない。上から見てもカラフルな女の子達は、やっぱりというか黒髪の女の子を囲っていた。おそらくあの黒髪の女の子は前に階段のところで見たおさげの子だろう。
可哀想に。あの子また絡まれてしまったのか……。もしかして絡まれ体質?
なんだろう、ジャンルは違えどちょっと親近感沸くなあ。

当の本人からすればたまったもんじゃないだろうけど、なんだかほのぼのしながらその光景を眺めていた。だけどそんな時間は一瞬だった。
チャイムが鳴る15分前と言いたいところだけど大体13分前という微妙な時間。下駄箱近くは人もまばらで早足で歩いている生徒が多い。そんななんかカラフルな女の子達に囲まれている黒髪の女の子。

なんの条件が揃ってしまったんだろう。

彼女たちはなにかもめていた。それが分かった次の瞬間、一人の女の子が黒髪の女の子を押した。黒髪の女の子は壁に身体をぶつけてしまう。どこか痛めたのか肩を抑えている。
間があった。


え?え。え?


もしここに波多くんがいたら「お前すげー顔してんぞ」って絶対言ってる。そんな馬鹿なことを考えながらパニックにならないよう気を紛らわせてみる。ついでに波多くんが苺チョコをジャグリングしている姿も想像してみる。足りない。足元に猫を走らせてみる。

いや、こんなこと考えてる場合じゃないって!

カラフルな女の子達はなにやら話し合ったあと、黒髪の女の子の手を引っ張ってぞろぞろと校舎裏に移動していった。
ジーザスッ!!!
叫びだしそうになったのをなんとか堪える。

集団VS個人、壁ドン?、校舎裏……。い、いいい、いじめ?

冷や汗が止まらない。確かあのカラフルな女の子達は颯太(そうた)くんっていう人の親衛隊のはずだ。そして黒髪の女の子は親衛隊の人たちが颯太くんを探す度にかちあってその度に助言?をしている。そんな関係のはずがなぜ校舎裏へ呼び出しに……。
いや、そんなことより!
時間を確認したところまだ余裕はある。走って教室を出た。


「佐奈ちゃんおはよー!」
「あ!亜美ちゃんおはよう!」


今日もかばんについてるマスコットが可愛いです、亜美ちゃん。癒される。
教室を出るときに会った亜美ちゃんに手を振って別れをつげたあと校舎裏に向かう。

あの女の子たちは下駄箱から校舎裏に周って行ったから、こっちからのほうが近道かな?

刑事さんのような気持ちで回り込んでみると、思い描いていた場所に彼女達はいた。なんてことだろう。状況も思い描いていた通りだった。
人気のない校舎裏、風に揺れる木の葉、不穏な言葉を孕んだ複数の声、俯く黒髪の女の子、そして桜(おう)先輩を城谷(しろや)先輩が覗き見ていた場所に同じように隠れて覗き見る私。


「あんたいままで絶対嘘言ってたんでしょ!?」
「なに?あんたも颯太のこと好きなの?笑えるんだけどー」
「つかダッサ!なにその眼鏡!」


お、おおう。これは完全にイジメだよ……。こういうの取り締まる人──先生。いないよね。あ、風紀委員は……私か!け、剣くーーーん!仕事してくださーい!
携帯を取り出してメール。ああまどろっこしい!電話をかける。ぷるるるる、ぷるるるる……。

ああ、こんなに剣くんに会いたいって思ったの初めてだよ……。

早く来てほしい。そしてごめんなさい黒髪の女の子。見てるのに私なんにもできない──あ。
バシッ
乾いた音が鳴った。黒髪の女の子が頬を思い切り叩かれた。
驚いて携帯を落としてしまう。


「い、った」
「ア、アウトーーッ!!」
「「は?」」
「あ」


まずいと思ったときには遅かった。当然、気がついても大声で叫んでしまった事実はなくならない。
壁から顔だけのぞかせて彼女たちを窺っていた私。彼女たちからは耳ダンボ状態で盗み聞きしている生首だけの私が見えていることだろう。
にっこり笑ってみる。ついでに身体も壁から出してみて「おはようございまーす」と挨拶をしてみる。返事はまったくない。嫌な汗が止まらなかった。とりあえず彼女達のほうに進んでみる。というよりそれしか出来ない。こうなったら流れに身を任せるしかない。

「やばいよ」
「つか誰あの子」
「あれ?もしかして新しく風紀委員になったとかっていう近藤じゃね?」
「あー近藤さん?」

流れに、身を、任せるしかない。
内心ガクブル状態を見せないように一生懸命笑顔を保つ。東先輩を思い出せ。東先輩になりきるんだ。あの微笑大魔神になるんだ……っ!

ですがなぜ私のことが皆様に伝わっているのでしょうか?

親衛隊の方々には目の敵にされるというようなお話も伺ったことがありましたけれど、え?まさかそんな……。
カラフルな女の子達が1人2人と私の進行方向から移動して下さる。なんだかモーゼになった気分だ。あ、あれ?しかしまた1人2人と元の位置に戻っていく。
道が塞がれていく、だと?
どういうことだろう。私は黒髪の女の子の前に立っていた。先ほどの光景に私が加わったような状態だ。囲まれている。
あれ?どうしてこうなった。

「それで?なんのよう?」
「じゅ、授業始まるので呼びにきたんですよー。あははは、ね?」

おそらくリーダーらしきピンクさんに笑ったあと、後ろにいる黒髪の女の子に話しかける。
黒髪の女の子は背が高かった。私より頭1.5個分大きい彼女は大きな厚い黒縁眼鏡をかけている。長い前髪におさげ、真っ黒な髪。


「完璧だ……」
「なにが」
「ちょっとあんたなに話してんのよ」
「あ、すみません。独り言です」


私はいい加減思ってることを口に出す癖を直さなきゃいけない。
だけどこの子絶対あれだよ!?眼鏡外しておさげをファサッ☆てほどいたら絶対に美少女だ。厚いレンズだから目が小さく見える。でもそれだけで、このいかにもな眼鏡をなくしてしまえば絶対美少女って分かる顔立ちをしている。前髪でどんなに隠そうとしたって、私には分かるんだからね!伊達に人間観察して……ん?
あれ?デジャブ。

「えーっと、ということで失礼します」
「「はあ!?」」
「すみません」

地を這うような声だったから思わず謝った。くそう、駄目だったか……。変なことを考えるのは止めて黒髪の女の子を連れて教室に戻ろうとしたけれど、失敗に終わる。どうすればこの場は収まるんだろう。

「……では、どうされますか?」
「あんたに用はないのよ」
「私はこの子に用があるので、待ちます」
「先にすれば?待っといてあげるから」
「私の話はとても長いのでお先にどうぞ。ちなみにもう少しで予鈴が鳴ります」
「は?あんた何様」
「風紀委員です」

ピリッとした空気が流れる。黙る私にピンクさんが舌打ちした。

「なに?もしかしてあんた私達がこの女苛めてるとでも思ってるわけ?」
「とりあえず現状としては、人気のない校舎裏で集団で囲みながらお話をされているなあと思っています」

そういえばここ前に藤宮くんが告白されていた場所じゃないか。猫がいないのが残念だ。

「風紀委員だからって私達に喧嘩売ってどうすんの?で?どうするつもりなの?」
「どうしたいんですか」
「なにアンタ!さっきから鬱陶しいんだけど!いいからさっさと教室戻れっての!」
「アンタも颯太狙いなんじゃないの!?もしかしてそれで風紀に入ったわけ!思い知らせてやるわよっ!?」
「この女と一緒に颯太のスケジュール把握してたんじゃない?私達には教えないで嘘教えてさ!さいってい!」
「ほんと何様!?なにしてんのよ答えろよっ!」
「近藤です!立ってます!」
「……は」
「グッ、ッハ」

右から左、前から浴びせられる罵倒に頭が混乱していた。漫画でよくある、少年が少女をからかうやーいやーいとかいう野次とはまるで違う。

恋する女の子怖い!

もう泣きそうだ。というより半泣きになりながら、一番よく耳に響いた言葉に答えてしまった。叫んだあと周りに立つ親衛隊の方々と同じように「は?」と自分でも思ってしまった。近藤です立ってますって……なに言ってるんだ私……。少なくとも1人にウケたからいいんだろうか。
背後で口元を隠して笑う黒髪の女の子は案外肝が据わってる子なのかもしれない。引き笑いが辺りに響き渡る。さわさわ、風が吹いた。
ああ……教室で感じていた爽やかな気持ちが嘘のようだ。


「あんた達いい加減にしなさ「そこまで」


空に浮かぶ微笑む東先輩の幻に「すみません風紀委員辞めたいです」と願いをかけていたら、静かなアルトの声が聞こえた。静かな声だったのに一瞬で場を支配した声は、前聞いたときよりも少しだけ低い気がした。数人の親衛隊の人が「はあ!?」と言いながら前に進み出て、違和感に止まる。
ピンクさんは目を見開いて、叫びだしそうな口元を両手で隠した。真っ赤になったかと思えば真っ青になる顔色はどう見ても正常じゃない。

ぽんっと頭に手が置かれた。

強い力じゃなかったけれど、動揺していたから驚いて少しよろめく。振り返れば、絶妙な具合で太陽の日差しを浴びた眼鏡が光っているのが見えた。眩しくて目を細める。

「ごめんね?それとありがと。はい、いい子いい子」
「ど、どど、うも?」
「っう」

どもる私に黒髪の女の子はまたひとしきり笑う。そして嫌な予感に口元をひきつかせた私を見下ろし、ニヤリと笑った。
彼女は眼鏡を外して胸元にかける。
そして、あれだ。海にざっぱーんと入った男の人が濡れた髪をかきあげて、どやあといわんばかりのアングルで流し目をする、アイドルのポスターみたいな動作をした。キャアー!と悲鳴があがる。
ファサッ☆とほどかれるおさげ、じゃなくておさげがなくなる。ウィッグだ。黒髪ウィッグを片手に掴んで、邪魔くさいとばかりに空いた手で黄土色の緩いパーマがかかったボサボサの髪をかきあげる彼女──彼ですね。颯太ー!と聞こえる声からするに、噂の颯太くんだ。

予想通り眼鏡を取ってみれば美少女じゃなかったけれど美少年だった。ややこしいな。



  
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