となりは異世界【本編完結】

夕露

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散らばる不穏な種

11.マオウガアラワレタ。戦う?逃げる?──逃げたい

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「すっごくカッコいいよねー!」
「メッチャ美人」
「人間じゃない」
「自分の存在が悲しくなる」
「光ってる」
「閉じ込めたい」

……以上がよくあがる桜(おう)先輩についての評価だった。最後の言葉に関してはつっこんだら絶望しそうなのでなにも考えない。
美加が『美女がいる』って言ったのを聞いて先入観が出来てしまったからか、美女にしか見えなかった桜先輩。美女が男で美女はこれまで数々の逸話をつくってきた桜先輩。私のちっちゃな脳みそは簡単にオーバーヒート。
冷静になったあと情報収集してみたんだけど、色んな見方があるとはいえ人気なのは間違いないことだけ分かった。

「人気者って大変だなあ……」
「そんな人気者のボディガードになるあんたに私は心の底から同情するわ」
「あれ?おかしいな。視界が霞むや」
「佐奈ちゃん羨ましいぃ。変わってー!」
「いいなあ」
「しかもみーちゃんはみーちゃんで生徒会入るんでしょ?2人とも凄い」
「え」

前半、里香ちゃんと亜美ちゃんの会話に心の距離を感じて微笑みながら話を聞いていた。でも後半聞こえた驚きの言葉に頭の中が真っ白になる。
美加が生徒会に入る?
美加を見れば眉を寄せていた。

「入らないわよ」
「でも勧誘受けてるんでしょー?」
「面倒だから逃げてるのよ。お陰でろくに部活も見れてないんだから迷惑極まりないわ」
「すっご」

ああ、もしかして今日ずっとバタバタしてたのはそのせいだったんだろうか。納得して、なんだか変に寂しい気持ちになった。
私だけ知らなかったんだ……。

「なに不細工な顔してんのよ。すれ違って言えてなかっただけでアンタには話すわよ。……まあどうでもよすぎる話だから話さなかったかもしれないけど」

拗ねていたことに気がついた美加が私の頭を撫でながら呆れたように言う。わしゃわしゃヘアスタイルを乱されたけど気にならなかった。頬が緩んでしまう。

「うへへ」
「気持ち悪い」

親離れもとい美加離れはいつまでたってもできないなあ。美加の腕にしがみつきながらニヤニヤ笑ってしまう。

「二人ともほんと仲がいいよね」
「そうね。私が保護者で佐奈が幼稚園児ってところかしら」
「うへへ。え。せめて小学生ぐらいはいける気がするんだけど」
「そこ?」

ほわほわした気持ちのお陰で授業が始まっても──たとえ数学だったとしても──苦じゃなかった。でもニヤニヤ笑っていたら海棠先生に「授業聞いてたか?ここ答えは」と不意打ちであてられた。くそう。まったく聞いてなかったよ!オマケに問題を見ても答えが分からない。なにこれ暗号?
ちらり、とちょっと期待を込めて波多くんを見た。答えを教えて欲しい。切実な気持ちを瞳に込めて訴えてみたら、通じたのか波多くんは常時ぶっちょう面顔を緩ませ微笑んでくれた。

「分からん」

しっかりとそう動いた唇を見て私の頬も緩む。うん、私もだよ。

「分かりません」
「ちゃんと授業を聞いておくように。これは──」

ああ、これで眼をつけられることになりませんように。嫌味ったらしい海棠先生の言葉を聴きながら溜息を吐く。
だけどすぐさま感じた海棠先生の視線に息を止める。


「──になる。それで近藤ここの答えはどうなる」


数学なんて、嫌いだ。






*****


「ずいぶん海棠先生に気に入られたようね」
「まったく嬉しくない」
「気の毒に」


放課後、美加と廊下を歩いていた。廊下には他にも人がいて、それぞれ行きたい場所へ足早に向かっている。よほど大切な用事でもあるのか駆け足だ。タッタッタから、ダダダッと音が変わる勢い。ん?ダダダッ?凄い迫ってくる──わ。

「おい!園田!」
「……?美加、呼んでるよ」
「ああ、無視していいのよこんな存在」
「う、うっす」

険しい表情で走り寄ってきた男子が腕一つ分の距離で美加を呼んだのに、美加は振り向きもしない。突然のことに戸惑ったけど、とりあえず男子が呼んでるのは美加で間違いなさそう?
だから私からも声をかけてみれば、美加はびっくりするぐらい満面の笑顔で男子をこんな存在呼ばわりした。思わず体育会系になってしまった。

「てめえ無視してんじゃねえよっ。今日は集会あるっつっただろーが!」
「生徒会入るつもりないって言ったじゃないですか。頭わいてるんですか?」
「問答無用だ。めんどくせー女だな」
「めんどくせーのはあんたの思考回路でしょ」

ドッゴーン!バリバリバリー……なんて効果音が二人から聞こえてくる。バックには雷も見えた。うわあ……関わりたくないや。
幸いなことに二人は周りが見えていないようだ。よしっ!私は先に帰ろう。
美加は冷めた物言いだけど男子が大声で怒鳴ってるせいで注目を集めてる。野次馬まで出来始めた。

これは噂になるんじゃないだろうか。

生徒会も生徒会で風紀委員と同じぐらい注目を集めてる場所だ。スカウト制で入りたいと思ってもそう入れる場所じゃないんだよね、確か。
ふふふ、私も少しは情報収集してるんだからね!


「ん?電話?」


鞄の中から聞こえた着信音に携帯を出せばキラキラ光っていて、着信があることを伝えていた。そしてディスプレイには東(ひがし)先輩という文字。さあっと嫌な予感がした。東先輩。そういえば風紀委員で自己紹介を受けたあとメアド交換をした。連絡がとれるようにということで納得したんだけど、今更ながら止めておけばよかったかもしれない。

「もしもし?近藤です」
「あ、近藤さん?ごめん言い忘れてたことがあって。いまから集会あるから風紀室来てね」
「え。あー。じ、実はもう家でして」

うわあ、行きたくない。
素直な心はするりと簡単に嘘を吐いた。え?嘘ついちゃ駄目だって?いやだって参加したら風紀委員ですって認めることになるじゃないですか。もう風紀委員ってことになってるみたいだけど、やっぱりなんというか──



「へえ?おかしいな。目の前に近藤さんがいるんだけど」



──悶々と自問自答していたら、静寂を保っていた受話器から恐ろしい言葉が耳に飛び込んできた。
俯いていた視線を起こす勇気がない。とりあえず視界にちらほら映る野次馬の足元をチェックする。そして残念なことに目の前に立っているのは男子だということが判明した。これがスカートだったらまだ救いはあったのに。
もう怖いもの見たさで顔をゆっくり起こす──やっぱり東先輩でした。


「ずいぶん広い家をお持ちのようで」
「へ。あは、は。しかもグランドつきですよ」
「風紀室もある」


にっこり柔らかく笑う東先輩を見て悟る。この人を怒らせてはいけない。それでも「さあ行こうか」と差し出された手──というより拘束しようと伸びてきた手──を避けて後ろに逃げてしまう。

「わ」
「っ。なんだよ」
「ははは。ひどいな、近藤さん」

あいもかわらずにこやかな東先輩と、後ろにさがった拍子にぶつかってしまった美加に怒鳴っている男子が視界に映る。今日は厄日だろうか。


「ああ、そうだ。佐奈が生徒会に入るなら私も生徒会に入るわ」
「へ」


そこに美加まで加わって、さあっと血の気がひく。

「さなあ?この女か」

険しい顔が私を見下ろしてきてふっと気が遠くなった。おうちに帰りたい。



 
 
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