神滅の翼カイルダイン

冴吹稔

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ACT1:闘技場都市の支配者

五歩

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(さて、どう戦うか?)

 操縦籠《クレイドル》の中央に立ち、『モルドヴォス』との間に横たわる市街地の映像を見渡す――スラムめいた裏路地を別にすれば、それほど立て込んだ街路ではない。輜重械バルクラストが通ることを考慮して、道路自体も広めに作られている。

 だが、身長30mの巨大ロボットが通れるかとなると、話は別だ。普通に地上を移動すれば、街に甚大な被害を及ぼしてしまうだろう。

 現時点でもあの物質化した光の投槍『欺陽槍ソアル・ランサー』は使えたはずだ。だがあの廃墟で戦った時とは違う。マリオンが残した『魂跡華ロートス』は使い切り、威力の下がった状態。
 しかも映像面に表示される霊力――カイルダインの通常使うエネルギーは、現状さほどのプール量がない。

「カイルダイン、光槍ランサーは何本撃てる?」

〈現在の霊力プールでは十本がいいところです〉

「心細いな」

〈威力の面でも、モルドヴォスを破壊するにはいささか足りないかと〉

「じゃあやっぱり殴らなきゃダメか」

 カイルダインの戦闘スタイルはどう見ても格闘メイン。マッシブな拳と、俊敏さを形に示す脚部がそれを雄弁に物語っている。強敵相手であればなおのこと接近戦を挑むべきだ。

(何を考えているのかは、分かります。あれに接近する方法、ですね?)

「そうだ。街を壊さずに――やれるか?」

(お任せ下さい。駐械場からここまでより距離がありますので、流石に一回のジャンプでは無理ですが――)

 キィィイイイイイイイン――

 操縦籠に鋭い音が共鳴する。1テンポ置いて、目の前の映像面に独鈷杵どっこしょのような形のマークが表示され、それがこちらとモルドヴォスとの間へ次々と移動した。

 実際の空間にそれがあるわけではない。ちょうどアクションゲームで表示されるヒントのようなものだ、と俺は理解した。

「なるほど、このマークの位置が、カイルダインで踏める場所か!」

(そうです。市街地の地盤を走査したところ、私の重量と着地の衝撃に耐えうる区画がいくつか特定できました。意識を集中して、「跳ぶ」と念じてください。場所によってはかなりの距離があいていますが、できます――助走なしで)

「解った。行くぜ!」

 表示された―マーカーは五個。平均すれば一歩400mスケールの、三プラス二段跳び。

 一歩目ホップ
 カイルダインの巨体が鉄色のちぎれ雲となって宙に舞う。

 二歩目ステップ!!

 市場の中央を占める円形の広場に、差し渡し5mを超える足跡が深々と印され、崩れた石畳の間から粘土層が露出して――

三歩ジャンプ!」

 もっとも間の空いた部分を一気に飛び越える。
 空中を進むカイルダインの影が幾重にも折り重なった屋根の上に落ち、その凹凸に合わせて影の輪郭がざわめくように動く。

キィイック四歩!」

 次の着地点は家畜の水やり場になっている、タイルで飾られた掘割の前。着地から切れ目なく踏み切った軸足を後方に高く振り上げ、やや前傾姿勢でカイルダインが跳ぶ。

 間近に迫るその姿に、モルドヴォスは一瞬たじろいだように腕を動かした。肘関節のあたりから肉色の触手が伸び、腰の装甲に取り付けられていた突剣ジャマダハルを絡めとる。

 伸びる触手に操られたその剣が、左右からカイルダインを襲った。装甲の隙間を狙って突き入れられようとする切っ先を、背部に折りたたまれた翼のパーツを展開して弾いた――カイルダインと共鳴した俺には、その情報は自身の一部のような直感的な認識として捉えることができた。

(見える! いや、感じるぞ! |お前を通じてあらゆる情報が俺の中に!)

 配管を流れる蒸気と熱水の動きが。絹糸束筒内で収縮する撚糸の軋みが。装甲の表面を吹き抜けていく風が。すべてが俺のものとして感じられる。

(そう、 私たちは今、一つです!)

 独鈷杵マークの最後の一個はモルドヴォスの前方30m。神殿前の広場だ。着地と同時に地を蹴って、カイルダインの械体が滑るように突進する。

――食らえ!

パァアンチ五歩目!!!!」

 落雷を思わせる衝撃音とともに、鉄拳がモルドヴォスの装甲に激突。表面を覆った銅系合金の細かな破片が宙に舞う。保存護令械の巨体が弾かれてよろめき、十数mほど後方へ下がって神殿の半壊した壁にもたれかかった。

「硬い! なんて装甲だ、前に戦った渉猟械とは比べ物にならない!!」

 あの時はいとも簡単に拳が敵の背面へ突き抜けた。だが目の前の械体にはまだ、わずかな凹みと傷がついた程度だ。
 (これは予想以上でした。古いだけあってよく出来ています。堅牢さでは私に匹敵しますね)

 モルドヴォスは神殿の瓦礫に手を差し入れ、付属の武器らしい大型の鎚矛メイスを引き出した。体勢を立て直し――
 踏み込んできた。重い一撃が肩の装甲にヒット、衝撃が操縦籠まで伝わる。

「くっ!」

 凄まじい速さ。重量のある槌頭の慣性をねじ伏せ、鋭い角度で切り返して立て続けに襲い掛かる。カイルダインは猛攻の前に数合の間、防戦を強いられた。

〈ずいぶんと……楽しませてくれる!!〉

 カイルダインが怒りをあらわにする。

「お、おい。大丈夫なのか!?」

〈この程度……傷もついていませんとも。ですが、完全械態マキシマではない今の段階では、あれと戦うには少々仕込みが必要のようですね〉

「それにこの場所じゃ、あまり大きな動きはできない――市外に広がる台地に、やつを誘い出そう」

 神殿の東側にはわずかな空き地と民家、それに市壁の東門が見える。まだ避難中の市民もいる。これらを出来るだけ守りながら、モルドヴォスを城壁の外へ出さねばならない。

         * * * * * * *

 アースラは駐械場へ駆け込み、専用械サーガラックの乗械壇を駆け上がった。

「姫様! サーガラック、異状ありません!」

 交代で警備に当たっていた兵士が彼女に挙手礼をとって叫ぶ。

「ご出座なさるので?」
「うむ、ご苦労! ペイリスもすぐに『ザインガルス』で出る。装具を預かってやってくれ」
「承りました!」

 兵士は一礼して乗械壇を駆け下り、渉猟械ザインガルスの位置まで走っていった。

 サーガラックの操縦籠は彼女が鎧を着けたまま搭乗できるように設計されている――というより、この鎧そのものがサーガラックの操縦籠の『一部』ともいえる。
 騎士ペイリスのザインガルスをはじめ、一般の遊猟械は鎧の一部を外して軽装にならねば、かさばった部位がつっかえて操縦できない。
  
 アースラは操縦籠を内側から閉鎖し、鎧ごと鞍に収まった。操縦桿の間に突き出た台座の上に取り付けられたヒスイの擬宝珠に手をかざし、詠じて曰く――
我観われかんず、万尋ばんじんの深淵より来たれ竜王――サーガラック、顕現アクチュア!」

 オオオオオオオオ……

 くぐもった咆哮が械体を震わせ、闘将械ガングリフター『サーガラック』が起動する。
 蓋の裏側とその両隣の壁面が暗転し、外部の光景が映し出された。

 サーガラックの眼から送られるその映像には、翼あるもののように滞空し街の上を駆け抜ける、銀色の巨体が捉えられていた。

「なッ……!?」

 絶句する。
(あのような動き、いかなる護令械にもできたということを聞かぬ! いったい何なのじゃ、あれは)
 
 十数秒の後、ヴォルターの操る械体は、歩数にして五歩のうちに千三百タラットの距離を収め、モルドヴォスに鉄拳の一撃を見舞った。

〈ペイリス、今のを見たな!〉

 伝声管を通して増幅されたアースラの声が響いた。

〈は、この目でしかと。ですが、見たものが信じられませぬ〉
〈妾もじゃ〉

 この時、アースラは直感していた。

 何としてもあの械体と、これを佩用する騎士ヴォルター――否、恐らくは真正なるメレグの修道僧であるあの青年を、王国の陣容に加えねばならぬ。自らの手元に置き、妖魔王の侵略に対する防衛戦力の一角を担うものとせねばならぬ。どのような手段に訴えてでも。

――そのためにもまずは! モルドヴォスを、ロランド・ナジのなれの果てを討たねばならん!

 操縦桿を握る手に否応なく力がこもる。 

〈とにかくあの男だけに任せて我らが手をこまねいていてよいわけはない。行くぞ! 市壁の外に出て、神殿の裏手まで走る!〉
〈は、しからば拙者、僭越ながら先陣仕ります!〉

 応、と叫んでサーガラックを突進させ、城門を潜り抜ける。市外の台地はその大重量を受け止めてなお崩れない強固さと、それゆえに耕す者を受け付けない不毛さを併せ持って拡がっていた。
 ペイリスの遊猟械ザインガルスが先に立ち、軽量な械体を利して疾走する。その背中をにらみつつ、サーガラックが走る。

 その手に携えるのは生身のアースラと同じく、両手持ちの巨大な鋼の斧だ。
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