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最終話 魔を払う聖水と魔道具
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「いいえ」
即答する。
「よかった……。私は、転生前に大切な人を流行り病……いいえ、呪いで失いました。その過ちを、この世界で繰り返したくなかったのです」
「お辛い経験があったのですね……」
頭を垂れたベルナール殿下を私はそっと腕の中に包んだ。
彼が体重を預けてくる。
「もっとも転生前の記憶はもう霧の向こうにあって、あまり思い出せませんが。私の本来の性格は社交的なものでした。茶会に参加するうちに、君と出会い……次第に惹かれていったのです」
「そんな……」
今まで、そのような熱い感情は微塵も感じなかった。
彼はいつも紳士的で、優しく丁寧だった。
「だけど、もちろん君には婚約者がいて……。私の想いを告げたら、戦争にでもなったかもしれない。今では逆転してしまったけど、国力も負けていましたし」
彼はゆっくりと話をしてくれる。
まるで二人の記憶を紡ぐように。
「あの婚約破棄の現場に立ち会えたのは運命だと思いました。勝手に体が動き、君を抱えていました。呪いのことなんか正直二の次でした。君と二人きりで話すのが楽しくて仕方ありませんでした」
「あら、私は本気で呪いのことを話していたのに?」
「もちろん、呪いの解決こそ大切なことだったけど、一番大切なのは……君です」
「……わ、私……」
「できれば、将来もずっと、私の隣にいてくれませんか?」
ああ。
そうだ。
呪いに対することより何より。
私はこの言葉が欲しかったのだ。
私も、下心ありきで呪いのことを話していた……のかもしれない。
「爵位などいろいろ問題がありそうですが」
「そう考えてくださるって事は、OKだと考えても良いですか? 大丈夫、ウチは島国で小回りがききます」
「じゃあ、一つお願いがあります」
「何でしょう?」
「あの時のように、もう一度、抱えてもらえたら」
私の体が宙に浮く。
その力強さは前と変わらず、今はたまらず愛おしい。
あの運命の日に思いを馳せ、私はうっとりとしてしまう。
願いをあっという間に叶えてくださった王子に、私はキスをした。
その晩の星空は格段に美しかった——。
それからしばらく後のこと。
ふと、思い出したように夫となったベルナール殿下が仰る。
「ありがとう。君のおかげで世界が、国が、私が救われた」
「ふふ。何度目ですか、それ?」
「これからも何度も言うさ」
「私には、あなたの……あなたの知識と、この国に来てすぐ見せてくださった魔道具が、聖水と同じくらいの効果があったのではと思っています」
「二人の力。それと、そうか、あの道具か」
「はい。口を覆ってしまう魔法の道具」
「ああ、それは——」
やがて、その島国の特産物として二つの魔法的道具が有名になったという。
名実ともに聖女となった者が生成する「魔を払う聖水」と、「ますく」という名の薄くヘンテコな形をした魔道具が——。
即答する。
「よかった……。私は、転生前に大切な人を流行り病……いいえ、呪いで失いました。その過ちを、この世界で繰り返したくなかったのです」
「お辛い経験があったのですね……」
頭を垂れたベルナール殿下を私はそっと腕の中に包んだ。
彼が体重を預けてくる。
「もっとも転生前の記憶はもう霧の向こうにあって、あまり思い出せませんが。私の本来の性格は社交的なものでした。茶会に参加するうちに、君と出会い……次第に惹かれていったのです」
「そんな……」
今まで、そのような熱い感情は微塵も感じなかった。
彼はいつも紳士的で、優しく丁寧だった。
「だけど、もちろん君には婚約者がいて……。私の想いを告げたら、戦争にでもなったかもしれない。今では逆転してしまったけど、国力も負けていましたし」
彼はゆっくりと話をしてくれる。
まるで二人の記憶を紡ぐように。
「あの婚約破棄の現場に立ち会えたのは運命だと思いました。勝手に体が動き、君を抱えていました。呪いのことなんか正直二の次でした。君と二人きりで話すのが楽しくて仕方ありませんでした」
「あら、私は本気で呪いのことを話していたのに?」
「もちろん、呪いの解決こそ大切なことだったけど、一番大切なのは……君です」
「……わ、私……」
「できれば、将来もずっと、私の隣にいてくれませんか?」
ああ。
そうだ。
呪いに対することより何より。
私はこの言葉が欲しかったのだ。
私も、下心ありきで呪いのことを話していた……のかもしれない。
「爵位などいろいろ問題がありそうですが」
「そう考えてくださるって事は、OKだと考えても良いですか? 大丈夫、ウチは島国で小回りがききます」
「じゃあ、一つお願いがあります」
「何でしょう?」
「あの時のように、もう一度、抱えてもらえたら」
私の体が宙に浮く。
その力強さは前と変わらず、今はたまらず愛おしい。
あの運命の日に思いを馳せ、私はうっとりとしてしまう。
願いをあっという間に叶えてくださった王子に、私はキスをした。
その晩の星空は格段に美しかった——。
それからしばらく後のこと。
ふと、思い出したように夫となったベルナール殿下が仰る。
「ありがとう。君のおかげで世界が、国が、私が救われた」
「ふふ。何度目ですか、それ?」
「これからも何度も言うさ」
「私には、あなたの……あなたの知識と、この国に来てすぐ見せてくださった魔道具が、聖水と同じくらいの効果があったのではと思っています」
「二人の力。それと、そうか、あの道具か」
「はい。口を覆ってしまう魔法の道具」
「ああ、それは——」
やがて、その島国の特産物として二つの魔法的道具が有名になったという。
名実ともに聖女となった者が生成する「魔を払う聖水」と、「ますく」という名の薄くヘンテコな形をした魔道具が——。
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