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第1話 婚約破棄
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「ゴ、ゴホっ。令嬢ユリエ!! お前との婚約は破棄だ! 今すぐこの国から出て行け!」
茶会という皆の目があるというこの場所で、私の婚約者バッド王太子殿下が言い放つ。
最近会えないと思った矢先にこの仕打ちだ。
「婚約を破棄? どうしてですか?」
「当たり前だ。お前が呪いを振りまいているからな」
「呪い?」
こんな場所で、呪いなどと言い放つ。
世界中に蔓延しつつある呪い。
そんな重い物を口に出すとは、それなりの覚悟なのだろう。
たぶん。
バッド王太子殿下の傍らに現れた女——私の妹——が追い打ちをかける。
「姉さん、あたしは知ってるわ。姉さんが嫌いな人に呪いをかけていたことを。王太子殿下や、私を呪い殺そうとしていたことを」
「ああ……可愛そうに聖女ダリラ。熱もあるだろうに、手伝ってくれて」
「バッド王太子殿下、あなたは優しくて……素敵です」
歯の浮くようなセリフを吐きながら、二人は寄り添い合った。
いつの間に二人がくっついたのか、まったく気付かなかった。
元々、妹にはそういう性癖があることは気付いていた。
私のものを欲しがるという性格は、子供の頃から変わらない。
「というわけだ。我が国に呪いが広がっている。全てお前、ユリエの仕業だと聞いている」
唐突な発言の連続に、周囲はざわっとする。
下準備もせずにいきなりやったのだろう。
王族関係者や貴族たちが状況を飲み込めていないのは、私にとって幸いだった。
「そんな、どこに証拠が? それにダリラが聖女ですって?」
「その通りだ。お前はたかだか聖水の生成や祈りしかできないのだろう? お前の妹ダリラは病気の治癒や呪いの解除ができる。国の宝だ」
「はあ……確かに人より多くそれらの術が行使できることは知っていますが、果たして聖女というほど強力なのでしょうか?」
私は与えられた能力について努力をしてきたつもりだ。
聖水の生成が地味なものだったとしても、手を抜いたことは無い。
しかし、ダリラは強力な治癒の力を持て余していた。
「ふん、馬脚を現しおって。お前のそんな考えが浅ましいと言っているんだ。聖女ダリラさえいれば、王国中に広がる呪いなどすぐに晴れるだろうよ」
「いいえ。この呪いは特別なものです。ですが、聖水で体や屋内を清め、呪いの蔓延を防ぐために家の中で祈り——」
私の声が遮られる。
「バカな。そんな消極的なことで呪いが消えるわけないだろう!」
「いいえ。この呪いは、蔓延の防止こそもっとも大切なことです」
「ハッハッハ。皆様、分かったでしょう? このように、ユリエは悪しき者に誑かされ呪いの拡大をなすがままにしているのです。即刻、国外追放を!」
勝ち誇ったように周囲を見回すバッド王太子殿下。
呪いの蔓延により、国家は窮地に陥っている。
世界中に広がっていく人の体を蝕み、咳や熱を発し、動けなくなるという呪い。
本当に王太子の言っていることが正しいのなら、追放など手ぬるい。
処刑すべきなのだ。
結局、そこまで非情になれない中途半端なところにつけ込まれたのだろう。
私の元婚約者。
彼に王としての器が無かったことに、私は今は胸を撫で下ろす。
国家にとっては、不幸なことだろう。
「早くその女を連れていきなさい!」
ザッザッという足音に続き、衛士たちが何人か部屋に入ってくる。
私を捕らえるための衛士だけは、始めから仕組んであったのだ。
武器を持ち、いかつい表情で迫る衛士の姿を見て、私は体を強ばらせ目を瞑った。
乱暴に腕を掴まれるのは時間の問題——。
「では、私がユリエ様をお引き取りしてもよろしいでしょうか?」
ぐらっと世界が傾いたと思うと、ふわっと体が浮き上がる感覚があった。
んんッ?
「きゃっ!」
「おっと、失礼」
思っていた衝撃と違う。
腰や足を、優しい手つきで支え私にウインクを見せる男性。
この人は——。
「これはこれは、ベルナール王子。島国の王族が何用で?」
「いえ、素敵な女性が酷い目に遭いそうでしたので、微力ながらお救いできればと参上しました」
私を抱えたベルナール王子が、私の元婚約者バッド王太子殿下と火花を散らす。
彼は海を越えた先の島々を治める王族の一人。
長い黒髪が特徴的で颯爽としている。
今までの慎ましげな彼の印象から、この大胆さは想像できない。
「ふん、根暗だったのに急に茶会デビューを始めたやつが何を言う? 女をやるなどと誰が言った?」
「国外追放なさるのでしょう? 我が国が引き取っても、問題ないと思いますが」
私を軽々と抱え、尊大なバッド王子殿下と一歩も引かぬ話しぶり。
ベルナール王子は、数年前まで引きこもりがちで茶会など参加はしていなかったはずだ。
私が茶会に参加するようになったのと同じ頃から、彼も活動を開始。
時々殿下のお姿を拝見することがあった。
何度か一緒に踊ったこともあったけど、繊細で細やかな気遣いが印象的だった。
今、この瞬間、彼の印象ががらっと変わる。
あまりの衝撃に心臓が高鳴った。
「ユリエ様。あのように仰っていますが、構いませんね?」
「あ、はあ……」
私はつい曖昧な返事をしてしまった。
ベルナール王子殿下のことをよく知るわけでは無い。
でも、この状況から逃れられるなら、彼に連れ去られる方がよっぽどマシだ。
そんな葛藤が曖昧な返事に繋がった。
「よかった。実は、ご両親にも連絡済みです」
「えっ?」
「心配することは何もありません」
彼は満面の笑み、魔性の笑みを私に向けた。
この地方では黒髪は珍しくバカにされることもあった。
でも、むしろこの人には黒髪が似合うのではないか。
「おい、何を勝手なことを言っている?」
「そ、そうよ……せっかく姉さんから奪ったのに、これでは」
オイ。妹よ、失言が過ぎると思うぞ。
「では皆様、お騒がせして申し訳ありません。失礼します」
私を抱えたまま挨拶をし、茶会の会場を立ち去るベルナール王子。
慌てて口を押さえる妹とその相方の男を置いて、ベルナール王子は風のように私を連れ去ったのだった。
茶会という皆の目があるというこの場所で、私の婚約者バッド王太子殿下が言い放つ。
最近会えないと思った矢先にこの仕打ちだ。
「婚約を破棄? どうしてですか?」
「当たり前だ。お前が呪いを振りまいているからな」
「呪い?」
こんな場所で、呪いなどと言い放つ。
世界中に蔓延しつつある呪い。
そんな重い物を口に出すとは、それなりの覚悟なのだろう。
たぶん。
バッド王太子殿下の傍らに現れた女——私の妹——が追い打ちをかける。
「姉さん、あたしは知ってるわ。姉さんが嫌いな人に呪いをかけていたことを。王太子殿下や、私を呪い殺そうとしていたことを」
「ああ……可愛そうに聖女ダリラ。熱もあるだろうに、手伝ってくれて」
「バッド王太子殿下、あなたは優しくて……素敵です」
歯の浮くようなセリフを吐きながら、二人は寄り添い合った。
いつの間に二人がくっついたのか、まったく気付かなかった。
元々、妹にはそういう性癖があることは気付いていた。
私のものを欲しがるという性格は、子供の頃から変わらない。
「というわけだ。我が国に呪いが広がっている。全てお前、ユリエの仕業だと聞いている」
唐突な発言の連続に、周囲はざわっとする。
下準備もせずにいきなりやったのだろう。
王族関係者や貴族たちが状況を飲み込めていないのは、私にとって幸いだった。
「そんな、どこに証拠が? それにダリラが聖女ですって?」
「その通りだ。お前はたかだか聖水の生成や祈りしかできないのだろう? お前の妹ダリラは病気の治癒や呪いの解除ができる。国の宝だ」
「はあ……確かに人より多くそれらの術が行使できることは知っていますが、果たして聖女というほど強力なのでしょうか?」
私は与えられた能力について努力をしてきたつもりだ。
聖水の生成が地味なものだったとしても、手を抜いたことは無い。
しかし、ダリラは強力な治癒の力を持て余していた。
「ふん、馬脚を現しおって。お前のそんな考えが浅ましいと言っているんだ。聖女ダリラさえいれば、王国中に広がる呪いなどすぐに晴れるだろうよ」
「いいえ。この呪いは特別なものです。ですが、聖水で体や屋内を清め、呪いの蔓延を防ぐために家の中で祈り——」
私の声が遮られる。
「バカな。そんな消極的なことで呪いが消えるわけないだろう!」
「いいえ。この呪いは、蔓延の防止こそもっとも大切なことです」
「ハッハッハ。皆様、分かったでしょう? このように、ユリエは悪しき者に誑かされ呪いの拡大をなすがままにしているのです。即刻、国外追放を!」
勝ち誇ったように周囲を見回すバッド王太子殿下。
呪いの蔓延により、国家は窮地に陥っている。
世界中に広がっていく人の体を蝕み、咳や熱を発し、動けなくなるという呪い。
本当に王太子の言っていることが正しいのなら、追放など手ぬるい。
処刑すべきなのだ。
結局、そこまで非情になれない中途半端なところにつけ込まれたのだろう。
私の元婚約者。
彼に王としての器が無かったことに、私は今は胸を撫で下ろす。
国家にとっては、不幸なことだろう。
「早くその女を連れていきなさい!」
ザッザッという足音に続き、衛士たちが何人か部屋に入ってくる。
私を捕らえるための衛士だけは、始めから仕組んであったのだ。
武器を持ち、いかつい表情で迫る衛士の姿を見て、私は体を強ばらせ目を瞑った。
乱暴に腕を掴まれるのは時間の問題——。
「では、私がユリエ様をお引き取りしてもよろしいでしょうか?」
ぐらっと世界が傾いたと思うと、ふわっと体が浮き上がる感覚があった。
んんッ?
「きゃっ!」
「おっと、失礼」
思っていた衝撃と違う。
腰や足を、優しい手つきで支え私にウインクを見せる男性。
この人は——。
「これはこれは、ベルナール王子。島国の王族が何用で?」
「いえ、素敵な女性が酷い目に遭いそうでしたので、微力ながらお救いできればと参上しました」
私を抱えたベルナール王子が、私の元婚約者バッド王太子殿下と火花を散らす。
彼は海を越えた先の島々を治める王族の一人。
長い黒髪が特徴的で颯爽としている。
今までの慎ましげな彼の印象から、この大胆さは想像できない。
「ふん、根暗だったのに急に茶会デビューを始めたやつが何を言う? 女をやるなどと誰が言った?」
「国外追放なさるのでしょう? 我が国が引き取っても、問題ないと思いますが」
私を軽々と抱え、尊大なバッド王子殿下と一歩も引かぬ話しぶり。
ベルナール王子は、数年前まで引きこもりがちで茶会など参加はしていなかったはずだ。
私が茶会に参加するようになったのと同じ頃から、彼も活動を開始。
時々殿下のお姿を拝見することがあった。
何度か一緒に踊ったこともあったけど、繊細で細やかな気遣いが印象的だった。
今、この瞬間、彼の印象ががらっと変わる。
あまりの衝撃に心臓が高鳴った。
「ユリエ様。あのように仰っていますが、構いませんね?」
「あ、はあ……」
私はつい曖昧な返事をしてしまった。
ベルナール王子殿下のことをよく知るわけでは無い。
でも、この状況から逃れられるなら、彼に連れ去られる方がよっぽどマシだ。
そんな葛藤が曖昧な返事に繋がった。
「よかった。実は、ご両親にも連絡済みです」
「えっ?」
「心配することは何もありません」
彼は満面の笑み、魔性の笑みを私に向けた。
この地方では黒髪は珍しくバカにされることもあった。
でも、むしろこの人には黒髪が似合うのではないか。
「おい、何を勝手なことを言っている?」
「そ、そうよ……せっかく姉さんから奪ったのに、これでは」
オイ。妹よ、失言が過ぎると思うぞ。
「では皆様、お騒がせして申し訳ありません。失礼します」
私を抱えたまま挨拶をし、茶会の会場を立ち去るベルナール王子。
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