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本編
第8話 思い出しました。
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——疲れ果てたミーナは夢を見ていた。それは、子供の頃の失われた記憶。
「私は将来、王子様のお嫁さんになる!」
公爵家の娘として生を受けたミーナは、そう信じていた。
両親から、大人達から、メイド達から……いずれ王妃になるとずっと言われて育った。
そのため、結婚相手を選択するなどという発想がないまま育つ。
七歳になったとき、顔も知らない王子との婚約が決まり、その結果だけが知らされた。
「王子様は、とてもかっこよくて、お姫様抱っこしてくれて……」
少女は、いずれ会うであろう王子に思い焦がれた。
しかし、八歳になったとき、ミーナが聖女であるということが判明する。
その日から、全てが変わってしまった。
「王子様との婚約の話は無かったことになったんだ」
ミーナは意味が分からず、うんと答えるだけだった。
——仕方がない。
その一言でミーナは事実を受け止めたのだった。
この時から、あらゆることをたやすく諦めるようになった。
自分の思いと違うことがあっても、我慢するようになっていく。
だからといって無気力というわけでもない。
ただ、誰かと争うくらいなら、あっさり折れるような選択をするようになっていく。
一度目の婚約破棄を両親から告げられた翌日のこと。
退屈していたミーナは自室から、ぼんやりと外の景色を眺めていた。
すると、部屋から見下ろす屋敷の庭に、チラチラと何かが動いているのが見える。
目を凝らす。すると、白い布地に金色の刺繍が施された服を着た、男の子の姿が見えた。
シルバーアッシュの短い髪の毛が綺麗に整えられている。
ミーナと同じくらいの年齢、八歳くらいだろう。
でも、なんだか様子がおかしい。
周りを警戒し、物陰に隠れながら、館の入り口に近づいている。
門の警備をどうやって突破したのか分からないが、そんな可愛らしい珍客にミーナは目を奪われる。
暇を持て余していたミーナの足は、いつのまにか、彼に惹きつけられるように駆け出していた。
「ね、あなたは……誰?」
「わっ!」
周りを窺っている彼の背後から声をかける。
すると、まるでバッタのような勢いで、男の子が飛び跳ねた。
「ふふ……ビックリしすぎ!」
「驚かさないでよ! ……君はこの屋敷に住んでる子?」
少しむっとしつつも、ミーナの笑顔に少年は釘付けになった。
「うん。私はミーナ。あなたは……?」
「僕は…………ディア」
「ディア君か。何か御用?」
彼は、ミーナの問いにはっきりと答えず、とにかく隠れるところを、と言った。
ミーナは自分の部屋に来てもらうことを提案したのだが、彼は拒否した。仕方なく、庭師が管理する倉庫に二人はこっそりと入っていく。
「今日は、ここには誰も来ないはずよ」
「助かった。ありがとう」
倉庫の中には、大きなハサミや鍬など作業用の道具が置いてある。
壁際に長椅子があったので、二人は寄り添って座った。
「うんしょ……それで、ディアはどうしてここに?」
「僕は……。会いたい人がいるんだ。酷いことをしてしまった子を探している。会ったことはないけど、どうしているのか気になって。傷ついていたら、元気づけてあげたいと思って」
会ったことないのに、酷いことをしたってどういうことだろう?
ミーナは不思議に思った。
ディアは視線を落とし、きゅっと目をつむっている。
その姿が、あまりに悲痛だ。
いてもたってもいられずミーナは、いつも母親がしてくれるように、彼の肩に手を置いた。ディアの体がビクッと震える。
その後は、二人は引き寄せられるように体をくっつけた。
ディアからは、上等そうな石鹸と……彼の匂い……太陽を思い起こす香りがした。
「ミーナ、温かい」
「ディアのほうが、温かいよ」
ミーナも、かつての婚約相手に会いたいと思っていたが、破棄により叶わぬ願いとなってしまった。
会いたいのに会えない。
似たような境遇のディアに、不思議な親近感を少女は抱く。
「私も、会いたい人がいたの」
「会いたい……?」
「うん。でもね、こんやくはきされちゃったの」
「はき……」
ミーナには結婚の約束がダメになった程度の意識しかない。婚約破棄の影響や、どういう意味があるのかということを知ったのは随分後のことだ。
「聖女だと、王子様のお嫁さんになれないんだって」
「君は聖女なの?」
うん、と頷いて、服のボタンを二つほど外し前をはだける。胸の上部にかすかに浮かびつつある薄紅色の痣。それが、聖女の証だ。
「こ……これが」
ディアは、震える手を少女の胸の痣に近づけた。
「ディア……そんなに……ジロジロ見ないで……」
「ご、ごめん」
急にミーナは恥ずかしくなった。
二人とも顔を真っ赤にし、互いに背を向けた。
ミーナが服を整える間、二人とも黙り込んでしまい、衣擦れの音がするだけの時間が流れた。
ボタンを閉じたミーナがディアの様子を見ると、うとうととしているようだった。
ディアの方に体を向け、ミーナは彼の頭を膝に置いた。
にもかかわらず、彼はまだ目を開けない。
ミーナは、ディアの体温が心地いいと思った。
「温かい……可愛い……」
微笑んで眠る彼の顔を見てミーナがつぶやく。
その寝顔を見ているうちに、ミーナもうとうととしていく。
「わっ……ミーナ?」
ディアが目覚め、膝枕されている状況に驚き叫ぶ。
その声に、ぼんやりとミーナは半分だけ目を開けた。
「おはよ……ディア」
慌てて彼女から離れるディア。耳の先まで真っ赤に染めて言う。
「なっなにしてたの?」
「ふふっ。何って膝枕だよ」
「いや……その……もういい」
ちょっとふくれっ面のディアが、やっぱりかわいいとミーナは思う。
打ち解けて、二人はいろいろな話をした。
ディアは自分のことを話したがらなかった。
それでも、同じ年頃の子と話す機会が殆どなかったミーナは、楽しい時間を過ごしたのだった。
「はあぁ……帰りたくないけど、もうそろそろ行かなきゃ。きっと、大騒ぎになってるだろうし」
屋敷の庭に現れた不思議な男の子。多分、それなりの身分なのだろう。身につけている白い服はとても上品なデザインで、金色の刺繍も美しかった。
ミーナはこの少年が立ち去ろうとしていることを感じる。心がざわめき、もっと彼のことを知りたいと思いはじめていた。
「また会えるかな?」
「うん。きっと必ず会いに来る。その時は、僕の——」
「じゃあ、待ってるね。探している人に会えるといいね」
「う……うん……そうだね」
ディアは、一瞬戸惑うような表情を見せた。どうしたのと、顔をのぞき込むと、ううん、と言ってミーナに手を差し伸べる。
ミーナがその手を取ると、何かひんやりとするものがあった。
「ペンダント……?」
「君に持っていて欲しい」
銀色のチェーンに、一粒の碧い宝石をあしらったペンダント。シンプルで落ち着いたデザインの装飾が、しっとりとした大人の雰囲気を醸し出していた。
「わぁ、すごく綺麗な碧い宝石! でもいいの?」
「もちろん。君のために持ってきた」
「えっ? あ、ありがとう。じゃあ、つけてくれる?」
イタズラっぽく笑うと、ミーナはチェーンの端を左右の手でそれぞれ持ち後頭部に寄せると、ディアに背を向けた。
顔を真っ赤にしながら、ディアはチェーンを受け取り、金具を留めようとする。その手は、ミーナが分かるほど震えていた。
「こ……これでいいかな?」
ようやく留めると、ふう、とディアは安堵した。
しかし、チェーンが長いためか宝石がミーナの胸の辺りまで下がってしまっていた。
「ありがとう。ちょっと大きいね。でもいつか……これが似合う素敵な人になれたらいいな」
「なれるよ……きっと!」
ディアもミーナも弾けるような笑顔を互いに向けた。
「うん!」
続いて、ディアはミーナの両手を掴み、急に真剣な顔になって彼の想いを告げる。
理解できなかったため、ミーナが忘れてしまった……彼の誓いの言葉。
「だから……君を救えるだけの力を持てたら……迎えに来る。きっと、必ず。僕は、そのためだけに生きる」
——夢が終わる。
ミーナが身につけていたペンダントは、この時にもらったものだ。
ディアの温もりと、太陽を思い起こす匂い、そして彼の魂から紡がれる言葉を少女は夢うつつに思い出していた。
「私は将来、王子様のお嫁さんになる!」
公爵家の娘として生を受けたミーナは、そう信じていた。
両親から、大人達から、メイド達から……いずれ王妃になるとずっと言われて育った。
そのため、結婚相手を選択するなどという発想がないまま育つ。
七歳になったとき、顔も知らない王子との婚約が決まり、その結果だけが知らされた。
「王子様は、とてもかっこよくて、お姫様抱っこしてくれて……」
少女は、いずれ会うであろう王子に思い焦がれた。
しかし、八歳になったとき、ミーナが聖女であるということが判明する。
その日から、全てが変わってしまった。
「王子様との婚約の話は無かったことになったんだ」
ミーナは意味が分からず、うんと答えるだけだった。
——仕方がない。
その一言でミーナは事実を受け止めたのだった。
この時から、あらゆることをたやすく諦めるようになった。
自分の思いと違うことがあっても、我慢するようになっていく。
だからといって無気力というわけでもない。
ただ、誰かと争うくらいなら、あっさり折れるような選択をするようになっていく。
一度目の婚約破棄を両親から告げられた翌日のこと。
退屈していたミーナは自室から、ぼんやりと外の景色を眺めていた。
すると、部屋から見下ろす屋敷の庭に、チラチラと何かが動いているのが見える。
目を凝らす。すると、白い布地に金色の刺繍が施された服を着た、男の子の姿が見えた。
シルバーアッシュの短い髪の毛が綺麗に整えられている。
ミーナと同じくらいの年齢、八歳くらいだろう。
でも、なんだか様子がおかしい。
周りを警戒し、物陰に隠れながら、館の入り口に近づいている。
門の警備をどうやって突破したのか分からないが、そんな可愛らしい珍客にミーナは目を奪われる。
暇を持て余していたミーナの足は、いつのまにか、彼に惹きつけられるように駆け出していた。
「ね、あなたは……誰?」
「わっ!」
周りを窺っている彼の背後から声をかける。
すると、まるでバッタのような勢いで、男の子が飛び跳ねた。
「ふふ……ビックリしすぎ!」
「驚かさないでよ! ……君はこの屋敷に住んでる子?」
少しむっとしつつも、ミーナの笑顔に少年は釘付けになった。
「うん。私はミーナ。あなたは……?」
「僕は…………ディア」
「ディア君か。何か御用?」
彼は、ミーナの問いにはっきりと答えず、とにかく隠れるところを、と言った。
ミーナは自分の部屋に来てもらうことを提案したのだが、彼は拒否した。仕方なく、庭師が管理する倉庫に二人はこっそりと入っていく。
「今日は、ここには誰も来ないはずよ」
「助かった。ありがとう」
倉庫の中には、大きなハサミや鍬など作業用の道具が置いてある。
壁際に長椅子があったので、二人は寄り添って座った。
「うんしょ……それで、ディアはどうしてここに?」
「僕は……。会いたい人がいるんだ。酷いことをしてしまった子を探している。会ったことはないけど、どうしているのか気になって。傷ついていたら、元気づけてあげたいと思って」
会ったことないのに、酷いことをしたってどういうことだろう?
ミーナは不思議に思った。
ディアは視線を落とし、きゅっと目をつむっている。
その姿が、あまりに悲痛だ。
いてもたってもいられずミーナは、いつも母親がしてくれるように、彼の肩に手を置いた。ディアの体がビクッと震える。
その後は、二人は引き寄せられるように体をくっつけた。
ディアからは、上等そうな石鹸と……彼の匂い……太陽を思い起こす香りがした。
「ミーナ、温かい」
「ディアのほうが、温かいよ」
ミーナも、かつての婚約相手に会いたいと思っていたが、破棄により叶わぬ願いとなってしまった。
会いたいのに会えない。
似たような境遇のディアに、不思議な親近感を少女は抱く。
「私も、会いたい人がいたの」
「会いたい……?」
「うん。でもね、こんやくはきされちゃったの」
「はき……」
ミーナには結婚の約束がダメになった程度の意識しかない。婚約破棄の影響や、どういう意味があるのかということを知ったのは随分後のことだ。
「聖女だと、王子様のお嫁さんになれないんだって」
「君は聖女なの?」
うん、と頷いて、服のボタンを二つほど外し前をはだける。胸の上部にかすかに浮かびつつある薄紅色の痣。それが、聖女の証だ。
「こ……これが」
ディアは、震える手を少女の胸の痣に近づけた。
「ディア……そんなに……ジロジロ見ないで……」
「ご、ごめん」
急にミーナは恥ずかしくなった。
二人とも顔を真っ赤にし、互いに背を向けた。
ミーナが服を整える間、二人とも黙り込んでしまい、衣擦れの音がするだけの時間が流れた。
ボタンを閉じたミーナがディアの様子を見ると、うとうととしているようだった。
ディアの方に体を向け、ミーナは彼の頭を膝に置いた。
にもかかわらず、彼はまだ目を開けない。
ミーナは、ディアの体温が心地いいと思った。
「温かい……可愛い……」
微笑んで眠る彼の顔を見てミーナがつぶやく。
その寝顔を見ているうちに、ミーナもうとうととしていく。
「わっ……ミーナ?」
ディアが目覚め、膝枕されている状況に驚き叫ぶ。
その声に、ぼんやりとミーナは半分だけ目を開けた。
「おはよ……ディア」
慌てて彼女から離れるディア。耳の先まで真っ赤に染めて言う。
「なっなにしてたの?」
「ふふっ。何って膝枕だよ」
「いや……その……もういい」
ちょっとふくれっ面のディアが、やっぱりかわいいとミーナは思う。
打ち解けて、二人はいろいろな話をした。
ディアは自分のことを話したがらなかった。
それでも、同じ年頃の子と話す機会が殆どなかったミーナは、楽しい時間を過ごしたのだった。
「はあぁ……帰りたくないけど、もうそろそろ行かなきゃ。きっと、大騒ぎになってるだろうし」
屋敷の庭に現れた不思議な男の子。多分、それなりの身分なのだろう。身につけている白い服はとても上品なデザインで、金色の刺繍も美しかった。
ミーナはこの少年が立ち去ろうとしていることを感じる。心がざわめき、もっと彼のことを知りたいと思いはじめていた。
「また会えるかな?」
「うん。きっと必ず会いに来る。その時は、僕の——」
「じゃあ、待ってるね。探している人に会えるといいね」
「う……うん……そうだね」
ディアは、一瞬戸惑うような表情を見せた。どうしたのと、顔をのぞき込むと、ううん、と言ってミーナに手を差し伸べる。
ミーナがその手を取ると、何かひんやりとするものがあった。
「ペンダント……?」
「君に持っていて欲しい」
銀色のチェーンに、一粒の碧い宝石をあしらったペンダント。シンプルで落ち着いたデザインの装飾が、しっとりとした大人の雰囲気を醸し出していた。
「わぁ、すごく綺麗な碧い宝石! でもいいの?」
「もちろん。君のために持ってきた」
「えっ? あ、ありがとう。じゃあ、つけてくれる?」
イタズラっぽく笑うと、ミーナはチェーンの端を左右の手でそれぞれ持ち後頭部に寄せると、ディアに背を向けた。
顔を真っ赤にしながら、ディアはチェーンを受け取り、金具を留めようとする。その手は、ミーナが分かるほど震えていた。
「こ……これでいいかな?」
ようやく留めると、ふう、とディアは安堵した。
しかし、チェーンが長いためか宝石がミーナの胸の辺りまで下がってしまっていた。
「ありがとう。ちょっと大きいね。でもいつか……これが似合う素敵な人になれたらいいな」
「なれるよ……きっと!」
ディアもミーナも弾けるような笑顔を互いに向けた。
「うん!」
続いて、ディアはミーナの両手を掴み、急に真剣な顔になって彼の想いを告げる。
理解できなかったため、ミーナが忘れてしまった……彼の誓いの言葉。
「だから……君を救えるだけの力を持てたら……迎えに来る。きっと、必ず。僕は、そのためだけに生きる」
——夢が終わる。
ミーナが身につけていたペンダントは、この時にもらったものだ。
ディアの温もりと、太陽を思い起こす匂い、そして彼の魂から紡がれる言葉を少女は夢うつつに思い出していた。
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