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宴
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これで……これで成仏……。
業の深い〝運営〟が生まれ落ちた理由、そして成し遂げたかった思いはこれで結実したんだ。
大観衆の前、真琴はなにはばかることなく泣く。
愛……。
そうだね。捕まえたんだよね、今。
突然のできごとに会場が静まりかえるなか、顔を覆ってうずくまる真琴の肩に誰かの手が置かれた。
真琴が手の置かれた方を見上げると、そこには穏やかな笑みをたたえた愛がいた。
「……こんな人前で泣きじゃくれるのも真琴ならでは、だね」
……なによ。
人を泣き虫みたいに……。
愛だって……愛だって……。
……泣いてんじゃん。
ちょっとだけ。
「さ、立とう真琴」
「あ……」
真琴は、愛に腕を掴まれるような格好で立ち上がる。
そして真琴は、この強く聡明な友人と抱擁を交わす。
互いの息づかいを肌で感じているところ、真琴の耳元で愛が告げる。
「……まだ泣くときじゃないよ。真琴」
「…………え?」
なに?
どういうこと?
これでぜんぶ終わり……じゃないの?
「ええと、失礼します。記念に3人並んだ写真をよろしいでしょうか」
そう言ってデジタルカメラを構えていたのは司会の男性だった。
その言葉を愛が受ける。
「はい。おねがいします」
真琴は慌てて頬を隠して訴える。
「え……いや、私……こんなだし」
「だいじょうぶだよ真琴、嬉し涙に見えるから。それに……さ」
「……それに?」
「もうダメ……。私も無理」
結果、感涙の女子ふたりで、張りついた笑みの学長を挟むというショットとなった。
司会者に促され、真琴と愛は肩を抱き合いながら退場する。
そそくさと対面へ引き返す学長とのコントラストは、象徴的な印象を観衆に投げた。
それは、多くの学生にとって中身の見えないものであったが、なにか『決着』のようなムードだった。
会場が静かな興奮に包まれる。
「……さすがにこれで終わり……よね?」
ステージの袖に戻った真琴は、まだ泣くときではないと断言した愛に尋ねた。
「……さあ、どうかな」
「どういう意味よそれ。この集会ってミツ……あ、黒幕のAIが段取りしたんでしょ?」
ここで愛が真琴を見つめ返す。
その顔は、とても今しがたまで泣いていた者とは思えぬほどに冷静だった。
……なに? まだなんかあるっての?
てか、愛はなに知ってんのよ。
愛は無言でステージへと目を向ける。
その表情と視線に導かれ、真琴もそれに倣う。
見るとステージの端で、司会者が携帯電話を操作していた。
え……と、これ……なに?
なによこの『間』は……。
次に何が行われるのかという学生の視線を一手に受けながら、司会の男性はしばらくそのまま携帯電話を操っていた。
そして充分に注目を集めてのち、男性は携帯電話を置いてマイクを取る。
「……え~、たった今入ったお知らせです。学生のみなさんと、そして県警の方々に……です」
ドクン……。
真琴は得体も知れぬ動悸を覚えて身をすくめる。
「今回の騒動の首魁として、15歳の少年A女を保護……つまり身柄を確保しました」
虚を突く言葉に理解が及ばず、真琴は呆けた顔になる。
首魁って、高山先生じゃ……。
ん? カレンじゃなくて……『騒動』の……首魁?
15歳って……。
…………あ。
ミツキか…………。
真琴はふたたび崩れ落ち、盛大な打ち上げ花火の音を背中で聞いた。
ミツキ……。
ミツキは首を用意したんだ。
自分の……首をもって。
15歳って……。
そりゃセーラー服着てたけど、なんなのよミツキ、アンタは……。
誰もアンタに責任取れなんて言ってないじゃん。
……いや、言ったかも。
私、けっこうヒドいこと言ってたかも。
…………ミツキ。
真琴の頭は、この数日で築いたミツキとの絆が思いのほか深いことを知り、途方に暮れる。
そんな真琴を、愛はわずかに悲しげな顔で見守る。
その愛に、誰かが声をかけてきた。
「最高の式次第だね。大神さん」
「だったらいいんですけど……。真琴、また泣いてますし」
…………この声は……松下さん?
なんで? なんで松下さんが……愛と話してんの?
沸いた疑問で涙を止め、しゃがみ込んだままの姿勢で真琴は愛と松下を見上げる。
そして、精一杯の表情で疑問符を叩きつけた。
「古川さん」
「……はい」
「この集会の段取りは、ミツキが大神さんに委ねたんだよ」
「え……。私は……ミツキにするように言ったのに……」
松下の瞳はいつにも増して優しい。
「そのミツキが、大神さんに託したんだよ。なにか不都合があった?」
「……いえ、でも……ミツキは、自分の首を差し出したんですよね。……その、責任を取って」
真琴の問いに、松下が間をとり言葉を選ぶ。
「たぶんそれは、たった今……この場で決まったことなんじゃないかな。だよね大神さん」
「そうですね。そういうことになります」
……なに? どゆこと?
予定になかったってこと?
ミツキが……捕まるのは。
真琴の頭上のクエスチョンマークを見て、松下が捕捉する。
「古川さん、あの司会の人は外務省の官僚……たぶんミツキを管理してる人だよ」
「そうなん……ですか? たしかにミツキは自分で、外務省の職員扱いとは言ってましたけど、でも……」
〝でも、AIなんでしょ? あくまでも〟
そんな言葉を真琴は飲み込んだ。
それは、その言葉がなぜかミツキをひどく傷付けるもののように感じられたからだった。
あれ? そういえば……。
真琴は、ふと浮かんだ疑問を口にする。
「松下さん」
「ん? なに?」
「松下さんは、ミツキ……っていうか、あのAIの存在を知ってましたよね」
「え、ああ、うん。そうだね」
「でも松下さんは、運営の正体が高山先生だってことは知ってても、その……詳しいことは知らなかったんですよね。9月28日のことだけじゃなくて、いろいろと」
「うん」
「じゃ、ミツキの存在も知らないはずじゃないですか」
「古川さん」
「はい」
「本部で僕がどこに所属してるか、憶えてる?」
え……と。
たしかサイバーなんとか。
ああ、もしかして……。
「もしかして、お仕事の関係で?」
真琴の反応に、松下は大きくうなづきながら答える。
「そうなんだ。サイバー対策にいるから、嫌でも知っちゃうんだよ。その……この国に特別なAIが産まれたこととかも。もちろん機密なんだけどね」
そうか、そういうことか。
だから松下さんは、高山先生から知らされなくても知ってるカンジだったんだ。
もしかしたら当の高山先生よりも具体的に……。
感心事が移った真琴は落ち着きを取り戻し、続けて愛に問う。
「それで? 愛が考えたこの式次第で黒幕たるAIを処罰することにしたの?」
「違うよ真琴、さっき松下さんが言ったじゃん。たった今決まったんだよ。この場で」
「……この……場で?」
どういうことかと問い返す前に、真琴は後ろから声をかけられた。
振り向くと、司会の男性がいた。
司会の男性は、集会が花火大会へと変わると同時に役目を終え、ステージを去って真琴たちがいる袖に来ていた。
真琴が振り返るやいなや、深々と頭を下げる。
「この度はご迷惑をおかけしました。そして、ありがとうございました」
思いもかけぬ言葉に真琴は戸惑う。
……なに? どういうこと?
今回の騒ぎはぜんぶミツキの独断だったんでしょ? なんでこの人が私に謝るの?
「どうして……謝るんですか?」
「今回のことは私の監督不行き届きでした。まさかこんな勝手なことをするとは思わなかったんです」
監督不行き届き……。
管理に瑕疵があったと言いたいのか。
じゃあ、じゃあミツキは、もしかして……。
真琴はまるで親友を案じるようにして尋ねる。
「あの……」
「はい」
「もしかして、今回の件でミツキはその……消されたりしちゃうんですか?」
真琴の心配顔を見て、男性はわずかに口許を緩める。
その表情は慈愛に満ちていた。
「心配してくれてるんですか?」
「…………はい」
「ありがとう。でも心配は無用です。アイツを消したりはしません。アイツは……そうですね、しばらく謹慎といったところでしょうか。すこし反省してもらわなきゃ困る」
……よかった。
消されちゃうことはないみたいだ。
口ぶりからして、やっぱりこの人はホントに管理者みたいだな、ミツキの。
この人がこの集会の顛末を見届けて、そしてミツキに断を下したってことか……。
「あの……」
「はい」
「その……ミツキはなんで今回の件に首を突っ込んだんでしょうか。なんでも見えちゃうミツキなら、日本で起きた昔の事件なんて、言葉は悪いかもしれませんが取るに足らないことのような気がするんです。……あくまでもミツキにとっては、ですが」
この言葉を、男性は慈愛に哀しみを重ねた面持ちで受ける。
「アイツは、田中美月さんのような事件が許せないんです。その……親より先に子が死ぬような事件が」
断言する回答は、さらなる質問を拒む響きがあった。
なので真琴は二の句を継げずに沈黙する。
そしてその間をみて、司会の男性が続ける。
「だいじょうぶですよ。いつかまた会えます。……古川さんが望むなら、ですが」
その言葉を締めにして、男性は再度真琴に深く頭を下げ、「失礼します」と言って去った。
真琴はその背中を見送る。
男性が反対側の袖に消えてから、その暗がりを見つめたまま真琴は松下に問う。
「……松下さん」
「……なに?」
「私……私は……この10日間でなにか変わったんでしょうか」
「古川さんはどう思うの?」
「なんだかいろんなことを……知らなかったいろんなことを知ったような気がするんですが、変わったようで結局なんにも変わってないような、不思議なカンジです」
「……古川さん」
「はい」
「きっとそういうのを〝成長〟っていうんだよ。そうやって心は大人になっていくんじゃないかな。僕も偉そうなことは言えないけどね」
「おお、体より先に心が大人になるなんてカッコいいね真琴」
理沙……。
「なによ、体はもう大人だし」
「マッチ棒みたいなプロポーションでなに言ってんのよ」
理沙はあいかわらずの理沙だ。
でも、成長……。
成長……か。
気が付けばすぐ隣、島田が黙ってステージ背面の空を見上げていた。
真琴もそれに倣う。
神無月の空、分身を水面に映しながら鳴り止まぬ花火は、真琴の心を静かに満たしていった。
業の深い〝運営〟が生まれ落ちた理由、そして成し遂げたかった思いはこれで結実したんだ。
大観衆の前、真琴はなにはばかることなく泣く。
愛……。
そうだね。捕まえたんだよね、今。
突然のできごとに会場が静まりかえるなか、顔を覆ってうずくまる真琴の肩に誰かの手が置かれた。
真琴が手の置かれた方を見上げると、そこには穏やかな笑みをたたえた愛がいた。
「……こんな人前で泣きじゃくれるのも真琴ならでは、だね」
……なによ。
人を泣き虫みたいに……。
愛だって……愛だって……。
……泣いてんじゃん。
ちょっとだけ。
「さ、立とう真琴」
「あ……」
真琴は、愛に腕を掴まれるような格好で立ち上がる。
そして真琴は、この強く聡明な友人と抱擁を交わす。
互いの息づかいを肌で感じているところ、真琴の耳元で愛が告げる。
「……まだ泣くときじゃないよ。真琴」
「…………え?」
なに?
どういうこと?
これでぜんぶ終わり……じゃないの?
「ええと、失礼します。記念に3人並んだ写真をよろしいでしょうか」
そう言ってデジタルカメラを構えていたのは司会の男性だった。
その言葉を愛が受ける。
「はい。おねがいします」
真琴は慌てて頬を隠して訴える。
「え……いや、私……こんなだし」
「だいじょうぶだよ真琴、嬉し涙に見えるから。それに……さ」
「……それに?」
「もうダメ……。私も無理」
結果、感涙の女子ふたりで、張りついた笑みの学長を挟むというショットとなった。
司会者に促され、真琴と愛は肩を抱き合いながら退場する。
そそくさと対面へ引き返す学長とのコントラストは、象徴的な印象を観衆に投げた。
それは、多くの学生にとって中身の見えないものであったが、なにか『決着』のようなムードだった。
会場が静かな興奮に包まれる。
「……さすがにこれで終わり……よね?」
ステージの袖に戻った真琴は、まだ泣くときではないと断言した愛に尋ねた。
「……さあ、どうかな」
「どういう意味よそれ。この集会ってミツ……あ、黒幕のAIが段取りしたんでしょ?」
ここで愛が真琴を見つめ返す。
その顔は、とても今しがたまで泣いていた者とは思えぬほどに冷静だった。
……なに? まだなんかあるっての?
てか、愛はなに知ってんのよ。
愛は無言でステージへと目を向ける。
その表情と視線に導かれ、真琴もそれに倣う。
見るとステージの端で、司会者が携帯電話を操作していた。
え……と、これ……なに?
なによこの『間』は……。
次に何が行われるのかという学生の視線を一手に受けながら、司会の男性はしばらくそのまま携帯電話を操っていた。
そして充分に注目を集めてのち、男性は携帯電話を置いてマイクを取る。
「……え~、たった今入ったお知らせです。学生のみなさんと、そして県警の方々に……です」
ドクン……。
真琴は得体も知れぬ動悸を覚えて身をすくめる。
「今回の騒動の首魁として、15歳の少年A女を保護……つまり身柄を確保しました」
虚を突く言葉に理解が及ばず、真琴は呆けた顔になる。
首魁って、高山先生じゃ……。
ん? カレンじゃなくて……『騒動』の……首魁?
15歳って……。
…………あ。
ミツキか…………。
真琴はふたたび崩れ落ち、盛大な打ち上げ花火の音を背中で聞いた。
ミツキ……。
ミツキは首を用意したんだ。
自分の……首をもって。
15歳って……。
そりゃセーラー服着てたけど、なんなのよミツキ、アンタは……。
誰もアンタに責任取れなんて言ってないじゃん。
……いや、言ったかも。
私、けっこうヒドいこと言ってたかも。
…………ミツキ。
真琴の頭は、この数日で築いたミツキとの絆が思いのほか深いことを知り、途方に暮れる。
そんな真琴を、愛はわずかに悲しげな顔で見守る。
その愛に、誰かが声をかけてきた。
「最高の式次第だね。大神さん」
「だったらいいんですけど……。真琴、また泣いてますし」
…………この声は……松下さん?
なんで? なんで松下さんが……愛と話してんの?
沸いた疑問で涙を止め、しゃがみ込んだままの姿勢で真琴は愛と松下を見上げる。
そして、精一杯の表情で疑問符を叩きつけた。
「古川さん」
「……はい」
「この集会の段取りは、ミツキが大神さんに委ねたんだよ」
「え……。私は……ミツキにするように言ったのに……」
松下の瞳はいつにも増して優しい。
「そのミツキが、大神さんに託したんだよ。なにか不都合があった?」
「……いえ、でも……ミツキは、自分の首を差し出したんですよね。……その、責任を取って」
真琴の問いに、松下が間をとり言葉を選ぶ。
「たぶんそれは、たった今……この場で決まったことなんじゃないかな。だよね大神さん」
「そうですね。そういうことになります」
……なに? どゆこと?
予定になかったってこと?
ミツキが……捕まるのは。
真琴の頭上のクエスチョンマークを見て、松下が捕捉する。
「古川さん、あの司会の人は外務省の官僚……たぶんミツキを管理してる人だよ」
「そうなん……ですか? たしかにミツキは自分で、外務省の職員扱いとは言ってましたけど、でも……」
〝でも、AIなんでしょ? あくまでも〟
そんな言葉を真琴は飲み込んだ。
それは、その言葉がなぜかミツキをひどく傷付けるもののように感じられたからだった。
あれ? そういえば……。
真琴は、ふと浮かんだ疑問を口にする。
「松下さん」
「ん? なに?」
「松下さんは、ミツキ……っていうか、あのAIの存在を知ってましたよね」
「え、ああ、うん。そうだね」
「でも松下さんは、運営の正体が高山先生だってことは知ってても、その……詳しいことは知らなかったんですよね。9月28日のことだけじゃなくて、いろいろと」
「うん」
「じゃ、ミツキの存在も知らないはずじゃないですか」
「古川さん」
「はい」
「本部で僕がどこに所属してるか、憶えてる?」
え……と。
たしかサイバーなんとか。
ああ、もしかして……。
「もしかして、お仕事の関係で?」
真琴の反応に、松下は大きくうなづきながら答える。
「そうなんだ。サイバー対策にいるから、嫌でも知っちゃうんだよ。その……この国に特別なAIが産まれたこととかも。もちろん機密なんだけどね」
そうか、そういうことか。
だから松下さんは、高山先生から知らされなくても知ってるカンジだったんだ。
もしかしたら当の高山先生よりも具体的に……。
感心事が移った真琴は落ち着きを取り戻し、続けて愛に問う。
「それで? 愛が考えたこの式次第で黒幕たるAIを処罰することにしたの?」
「違うよ真琴、さっき松下さんが言ったじゃん。たった今決まったんだよ。この場で」
「……この……場で?」
どういうことかと問い返す前に、真琴は後ろから声をかけられた。
振り向くと、司会の男性がいた。
司会の男性は、集会が花火大会へと変わると同時に役目を終え、ステージを去って真琴たちがいる袖に来ていた。
真琴が振り返るやいなや、深々と頭を下げる。
「この度はご迷惑をおかけしました。そして、ありがとうございました」
思いもかけぬ言葉に真琴は戸惑う。
……なに? どういうこと?
今回の騒ぎはぜんぶミツキの独断だったんでしょ? なんでこの人が私に謝るの?
「どうして……謝るんですか?」
「今回のことは私の監督不行き届きでした。まさかこんな勝手なことをするとは思わなかったんです」
監督不行き届き……。
管理に瑕疵があったと言いたいのか。
じゃあ、じゃあミツキは、もしかして……。
真琴はまるで親友を案じるようにして尋ねる。
「あの……」
「はい」
「もしかして、今回の件でミツキはその……消されたりしちゃうんですか?」
真琴の心配顔を見て、男性はわずかに口許を緩める。
その表情は慈愛に満ちていた。
「心配してくれてるんですか?」
「…………はい」
「ありがとう。でも心配は無用です。アイツを消したりはしません。アイツは……そうですね、しばらく謹慎といったところでしょうか。すこし反省してもらわなきゃ困る」
……よかった。
消されちゃうことはないみたいだ。
口ぶりからして、やっぱりこの人はホントに管理者みたいだな、ミツキの。
この人がこの集会の顛末を見届けて、そしてミツキに断を下したってことか……。
「あの……」
「はい」
「その……ミツキはなんで今回の件に首を突っ込んだんでしょうか。なんでも見えちゃうミツキなら、日本で起きた昔の事件なんて、言葉は悪いかもしれませんが取るに足らないことのような気がするんです。……あくまでもミツキにとっては、ですが」
この言葉を、男性は慈愛に哀しみを重ねた面持ちで受ける。
「アイツは、田中美月さんのような事件が許せないんです。その……親より先に子が死ぬような事件が」
断言する回答は、さらなる質問を拒む響きがあった。
なので真琴は二の句を継げずに沈黙する。
そしてその間をみて、司会の男性が続ける。
「だいじょうぶですよ。いつかまた会えます。……古川さんが望むなら、ですが」
その言葉を締めにして、男性は再度真琴に深く頭を下げ、「失礼します」と言って去った。
真琴はその背中を見送る。
男性が反対側の袖に消えてから、その暗がりを見つめたまま真琴は松下に問う。
「……松下さん」
「……なに?」
「私……私は……この10日間でなにか変わったんでしょうか」
「古川さんはどう思うの?」
「なんだかいろんなことを……知らなかったいろんなことを知ったような気がするんですが、変わったようで結局なんにも変わってないような、不思議なカンジです」
「……古川さん」
「はい」
「きっとそういうのを〝成長〟っていうんだよ。そうやって心は大人になっていくんじゃないかな。僕も偉そうなことは言えないけどね」
「おお、体より先に心が大人になるなんてカッコいいね真琴」
理沙……。
「なによ、体はもう大人だし」
「マッチ棒みたいなプロポーションでなに言ってんのよ」
理沙はあいかわらずの理沙だ。
でも、成長……。
成長……か。
気が付けばすぐ隣、島田が黙ってステージ背面の空を見上げていた。
真琴もそれに倣う。
神無月の空、分身を水面に映しながら鳴り止まぬ花火は、真琴の心を静かに満たしていった。
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