かれん

青木ぬかり

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10月5日(水)

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「買ったよ、徳。次はどうしたらいいの?」

「ああ、え……と、どこだったかな……。今回はもう、マップ全体なんだよな……」

「そういえば、この工学部ステージの主役ってどれ?」

「自分だよ」

「自分?」

「うん。そのロボットが主役」

「なるほどね。じゃ、なにを探せばいいの?」

「なんて言ったらいいのかな……。そのロボットでいろんな人に話しかけるカンジ」

「わかった。じゃあ、とにかくウロウロしてみるよ」

「うん。……そうだな、たしか……反時計回りの方が効率がいい」

「ん、わかった」

 現在地が法学部近くの食堂、つまりマップの北端なので真琴はチームを西に向かわせる。
 途中、理沙が「ゲッ」という声をあげ、とうとう「りさ」が「超りさ」になり、画面の中のチーム全員がロボットになった。
 見慣れてくるとかわいいな、これ……。



『けっこう泣ける本読むよね、まことって』

 ・はい
 ・いいえ



 本の趣味まで……。
 泣ける本ってなによ。
 主観も混ざってるの?
 まあ、買ったものを知られてるなら、当然その趣向だって割り出せる。
 これがビッグデータか……。

 ロボットになった仲間たちの言葉に空恐ろしさを感じながら教育学部の前に着くと、2人の学生キャラがいた。
 チームを近付けると、セリフが表示される。


学生C『ジャ~ンケ~ン、ポイ』

学生D『イエー』

学生C『クソッ』

学生D『じゃあ頼むわ、ホイ』


 そこで「超まこと」が話に割り込む。


超まこと『ねえねえ、なんのジャンケン?』

学生C『出席だよ。講義の』

超まこと『代返ってこと?』

学生D『違うよ。レポート提出』

学生C『出席とらないんだ。その講義』

超まこと『レポート出せばオッケーってこと?』

学生C『そうそう』

学生D『まあ、そのレポートも先輩のまる写しだけどね』

超まこと『そうなんだ』


 真琴は、ここで「超まこと」がロケットパンチを繰り出す展開を予想した。
 しかしその予想は外れ、ワープするような演出とともに場面が切り替わる。
 表示されたのは小さな部屋で、室内には白衣のキャラと「超まこと」がいた。
 ん……どうなるんだ?これ。


教授『え? ちゃんと出欠をとれって?』

 ・はい
 ・そうそう

 …………。
 もうツッコミを入れる気にもならない。
 どっち答えても一緒じゃん。
 しかし真琴は、仮にも「教授」という目上の人が相手であることを考慮して「はい」の方を選ぶ。


教授『学生は、学ぶために大学に入ったんだろ?』

 ・そうですね
 ・だからなに?


 教授の言わんとするところは解る。
 でも学生の会話のとおり、レポートを提出すればよく、しかもそのレポート内容すら先輩からの引き継ぎ……つまり毎年おんなじ内容の講義をしているというのなら、心情としては下段……「だからなに?」と言いたいところだ。
 これまで可能なかぎり危ない橋を渡らずにきたが、真琴は正直に「だからなに?」を選んだ。


教授『自学自習、知識や教養を身につける手段は自由だよ』

 ・そうですか
 ・詭弁ですね


 これは……ちょっと悩むな。
 詭弁といえば詭弁、単なる手抜きのようでもあるけど……。
 
 実態をぜんぶ承知のうえでそういう講義をしているのなら……。
 真琴は教授の言葉にもある意味筋が通っているような気がしてきた。

 勉学の礎は自学自習……。
 大学はそれを提供する場……。
 する人はする、しない人はしないんだ。

 しかしここで真琴の頭に浮かんだのは理沙の言葉だった。
 そうだ、理沙は言った。「そういう状態でいられることが問題」だと。
 そして「そういう状態」なのは、こういう講義で単位が取れることだ。
 やはりこれは手抜き……。言ってることはもっともらしいけど、要は学生を惹きつける講義ができない教授が人気取りに使う手段だ。
 すこし勇気を要したが、真琴は「詭弁ですね」の方を選んだ。


教授『心外だね。けっこう評判いいんだよ』

 ・そうなんですね
 ・それでいいんですか?


 もう後に退けない真琴は「それでいいんですか?」を選ぶ。


教授『仕方がないんだ。本業は研究、講義は割り当てだから』

 ・大変ですね
 ・承伏できません

 本業は研究か……。
 翻せば講義は本業にあらずと言っているも同然だ。

 でも大学の主体は学生、それが世の常識のはずだ。
 教授の主張にも理はあるような気がする。
 でもそれなら問題があるのは大学の姿勢だ。
 たしかに高校までの「授業」とは違うだろう。
 でも、講義を疎かにしていい理由には不足だ。
 たぶんこれが最後の回答だろうと思いながら真琴は「承伏できません」を選んだ。
 

教授『解ってもらえなくて残念だ。帰ってくれ』


 今度は選択肢の表示がない……。
 やはりこのシーンは終わりみたいだ。
 真琴がそう思ったとき「超まこと」が目からビームを発射する。
 教授は丸焦げになった。
 ゲームだからいいけど、もう兵器じゃん。「超まこと」……。

 そして場面が切り替わって教育学部の前に戻った。
 ジャンケンをしていたキャラは消えていた。

 なるほどね。今回はこうやって話が進んでいくんだ。
 ドラゴンパールはもう6個あるから、これが最終ステージなのかな。

 真琴は、さらにストーリーを進めるべく、今度は教育学部から総合科学部の方に向けてチームを南下させる。
 すると今度は、なにやら携帯電話のような物を手にした学生が3人いた。


学生E『これこれ、めっちゃ便利』

学生F『うおっ、チョー簡単じゃん』

学生G『これがありゃ充分だな』


 なんの話をしているのか分からないが、ここでも「超まこと」が割って入る。


超まこと『ね、ね、なんのハナシ?』

学生F『ん? 便利なアプリがあるんだよ』

超まこと『へえ、どんなアプリ?』

学生E『どんな動画もダウンロードできるんだ』

学生G『音楽もバッチリだよ!』

超まこと『でもそれって違法じゃないの?』

学生F『いいんだよ。みんなやってるんだから』

学生E『マンガが置いてあるサイトもあるよ』

超まこと『え? ……タダで?』

学生E『もちろん』

超まこと『それじゃマンガ売れないじゃん』

学生G『漫画家の心配なんかしてらんねえよ』

学生F『そうそう、どうせガッポリ儲けてんだし』


 今度は違法ダウンロード……著作権のハナシか。
 あんまり大っぴらに話すことじゃないよね。
 でも、そもそもそういうのを紹介する本も売ってるよな。
 自己矛盾……っていうのかな。

 結局このシーンでも「超まこと」は正論をぶちまけ、相手の学生を興ざめさせた。


学生E『えと、じゃあ帰るわ。ウチら』

超まこと『うん。ばいば~い』


 さわやかなトーンで学生と別れたかと思うと「超まこと」は学生たちの背中に向かって口から火を吐いた。
 学生たちは「アッチー!」と言いながら逃げていった。


超まこと『……ばいば~い』


 怖いな……「超まこと」
 曲がったことが許せないみたいだ。
 運営とはまるで逆……。

 いや、逆じゃない。
 むしろ同質だ……運営と。

 運営は、超法規的な方法で運営なりの「正義」を遂げようとしてる。
 絶対的な「力」を盾に。
 
 その後も不正や卑怯を許さない「勧善懲悪」を貫く「超まこと」の進撃は止まらなかった。
 強引なナンパで女の子が嫌がっている場面では分身の術を見せ、逆に男たちをナンパし始めたし、若い女性助手が教授のセクハラに困っている場面ではボディタッチの瞬間を写真に収め、「これはセクハラではありません」と見出しをつけて構内の掲示板に貼り付けた。

 それらはあまりに痛快で、真琴をして「こんな行動力のある人がいたらいいな」と思わせるほどだった。
 それぞれのシーンで、必ず「超まこと」が悪者を懲らしめて終わるので、真琴はこの「超まこと」の活躍を楽しみ、そして「超まこと」に好感を持つようになった。

 一方で、引き連れている「超りさ」と「超なおっち」は徐々に蝶に似た質問をしてくるようになった。
 典型的だったのは「超なおっち」が聞いてきた「ねえまこと、りさの短所ってなんだと思う?」だ。
 自分ではなく仲間の短所を述べろというのはなかなか貴重な体験だった。

 これまでチームというものに意味があるのか不明だったが、ここにきてチームの団結の強さを試されているような気がする質問が多かった。

 そうしていろいろな場面に遭遇しながら構内をほぼ1周し、東テニスコートを通りかかったときに次の場面が始まった。


学生R『ホント下手すぎ。つまんねえ』

学生S『だな。辞めちまえよ、お前』

学生T『そんな、初心者歓迎って……』

学生U『センスがねえんだよ、センスが』

学生T『でも、サークルなんだし』

学生R『ウチらはガチのサークルなんだよ』

学生U『そそ、体育会にも負けない』

学生T『じゃあ体育会に入ればいいんじゃ……』

学生S『時間がねえだけだよボケ』

学生T『…………。』


 学生4人がテニスコートで揉めている。
 揉めているっていうより、3人で1人を虐めてる流れだ。
 例によって「超まこと」が乗り込む。


超まこと『私も入れて!』

学生R『なんだお前、テニスできんのか?』

超まこと『うん。強いよ!』

学生U『おもしれえ、やろうぜ』

超まこと『やったぁ!』


 そして「超まこと」を交えてテニスの試合が始まる。
 この頃になると真琴は先の展開が見えるようになっていた。
 そして、真琴の予想どおりの展開が繰り広げられる。
 「超まこと」が繰り出すサーブは、銃弾のように直線的な軌道で学生を1人ずつはじき飛ばしていったのだ。


超まこと『私の勝ちだね!……だよね?』

学生T『たしかに……そうだね』

超まこと『わ~い』


 相変わらずの超展開だ。
 これでこのシーンは終わり、真琴は「超まこと」が列の先頭に戻ったあとでチームを北上させる。
 そろそろ工学部……「まこと」が囚われて「超まこと」と入れ替わった場所だ。

「ん?」

 チームの進行方向に、キャラの人だかりができている。
 いっぱいいる。これは……いきなりエンディングか?

 真琴がチームを人だかりに近付けると、どのキャラのものか判らないが『!』という短いセリフが表示された。
 そして「超まこと」がチームを離れ人だかりに向かう。

『いたぞ!コイツだ』

『よし、やっちまえ』

 そんなセリフとともに「超まこと」は人だかりに飲み込まれ、いわゆる袋叩きにされているような表示が出る。

『なんだコイツ、ロボットじゃねえか』

『どうりで強いはずだぜ』

『ロボットが服きてんじゃねえよ。ナマイキに』

 今まで懲らしめた人たちからボコボコにされる「超まこと」……。
 完全なフィクションだと理解しながらも自分の分身……。
 真琴はなんだか切ない気持ちになってきた。
 
『へっ。これでもう悪さできねえだろ』

 キャラの人だかりが引いていく……。
 「超まこと」がやったのは「悪さ」なの?
 ポツンと残された「超まこと」は見るも無惨な姿……。
 服がはぎ取られてロボットの体が剥き出しにされ、そして……首が落ちていた。

 ……ヒドい。
 たしかに「超まこと」はやり過ぎだったかもしれないけど……。
 可哀想だ……こんなの。
 
 
 哀れな分身の姿に真琴が心を痛めていると、画面にセリフが表示される。 
 
超まこと『う……う……』


 首だけで喋ってる……。
 真琴は画面に集中した。


超まこと『私が……わるイの?』

 ・はい
 ・いいえ


 真琴は考えることなく「いいえ」を選ぶ。
 もはやゲームに感情移入していた。


超まこと『……ヨカッ……タ』


 そして「超まこと」の頭はズズッと左に動く。
 その先にあるのは……池だ。


超まこと『死にタク……ナイ』


 死にたくないって、アンタそもそもロボットでしょ……。

 そう思いながらも真琴は、自分の目が潤んでくるのを感じた。
 ひとマスずつゆっくりと「超まこと」の頭は池に向かう。


超まこと『まこ……と、アりガトう』


 あ……。
 最期に「ありがとう」と言い遺して「超まこと」の頭が池に落ちた。
 その瞬間、池が七色に光り出す。

 なに? どうなんの?
 真琴は1回だけ目を拭って画面を注視する。

「島田……くん。もしかして私、クリアしちゃうかも」

「ん? もしかして池に落ちた?」

「そう、それそれ。見ないでいいの?」

「いや、見なくちゃ」

 この反応……。ホントにエンディングみたいだな。

「エンディング、なんだね? ……その反応は」

「エンディングかどうかは判らない……けど、とにかく解析結果はここまでなんだ」

「私も混ぜてよ」

 そうして理沙も加わり、真琴の携帯電話の画面を見る。
 島田が発した「解析結果」という言葉にも理沙は無反応だった。
 詮索しないのがいいところだけど、理沙はどう思ってんのかな。
 私と島田くんの状況を……。

「なにこれ光ってんじゃん」

「うん。ロボットの私が壊されて池に落ちたんだ」

「ああ、やりすぎたから恨まれたカンジ?」

「そう……。ボコボコにされた」

「まあ、仕方ないかもね。正しいことやってそうだけど、極端だし」

 そっか、理沙も「超りさ」になったからロボットの振る舞いは知ってるんだ。

「あ……玉」

 理沙が言うので視線を画面に戻すと、地面に残されたボロボロの「超まこと」の体に白い玉が浮かび、画面の上に登っていった。
 ……どこ行くんだろ。
 そう思っていたところで画面が切り替わった。

 そして場面は「まこと」が監禁されていた研究所のような場所を映す。
 真琴を監禁してロボットを起動させたキャラはいない。
 出られないじゃん。これじゃ。

 そう思いつつ画面を見ていると、上から光の玉……7個目のドラゴンパールが落ちてきて真琴に重なる。

 ピコーン……。

 効果音と同時に画面全体が光り「まこと」を閉じこめていた檻が消えた。
 真琴は躊躇なく「まこと」を建物の外に出す。

 これでドラゴンパールが7個揃った。
 光ってる池……そして「超まこと」はどうなるんだ?

 閉じこめられていたのが工学部の建物だったので、出た場所はまさに惨劇の現場……「超まこと」が破壊され、頭部が池に落ちた場所だった。

 まだ池は光ってる……。
 そして「超まこと」の本体はすっかり鉄くずの様相だ。
 真琴は光る池のほとりに「まこと」を向かわせる。

 そうして「まこと」が池のほとりに着くと、池の光が消えて画面がスライドし、大きな池の全体を映す。
 いよいよなにかが出てくる……。そういう雰囲気だ。

 3人が見守る中、池の中心に大きな渦巻きが現れ、大量の水しぶきを伴って何かが
水中から出てきた。

 これ……は、なんだ?
 そんな真琴の疑問は直後に表示されたセリフによって晴れる。


例の龍『さあ、願いを言え』

 ・大学の呪いを解いて
 ・パンツをください


 ……例の龍って、アレじゃん。
 でもこれ、ツチノコにしか見えないし。
 いや、問題はそこじゃない。
 願いは二択、まともなのは「大学の呪いを解いて」だけだ。
 これって、下のヤツ選んだらどうなんの?

「……これ、上のヤツでいいん……だよね」

「まあ……そうだろうな」

「パンツ要らないの?」

「理沙、それはアンタがクリアしたときにやってみてよ。……ぜひとも」

「間に合ってるし、パンツ」

「……じゃ、上でいくよ」

「うん」

 真琴は上の願い「大学の呪いを解いて」にカーソルを合わせて決定ボタンを押した。


例の龍『たやすい願いだ』


 龍のそのセリフを合図に、ポッ……ポッ……と白い点が池の水面に現れ始めた。
 点はみるみるうちに増えてゆっくりと上空に登っていき、無数の白い火の粉が舞い上がるような幻想的な場面を演出した。
 そして画面でいえば左下……ちょうどみっちゃんが溺れた場所から、天使の輪を載せた真っ白な服の女の子がゆっくりと登っていく。

 ……これ……みっちゃんだ。


 最後に「ズズズ」という効果音とともに、ひときわ大きな光の玉が出現して空に登る。
 画面はその玉に合わせてアングルを変え、今度は空を映す。
 空はカレコレ開始時の設定のまま、すべての星を吸収した球体が映し出されており、そこに向かって小さい光と大きな玉、そして「みっちゃん」が吸い込まれていった。

 そして、ぜんぶを吸収した天の球体は、ちょっと間を置いたのち、いきなり破裂する。
 まるで爆発のような演出で画面が真っ白になったが、そのあと現れたのは満天の星空だった。

 ……つまりこれで、大学の呪いが解けたの?
 半信半疑の真琴によそに演出は続く。
 空が青みがかり、夜が明け始めたのだ。

 通常のゲームであれば、まさにエンディングと呼ぶに相応しい演出……。
 真琴は島田に尋ねてみる。

「ねえ、なんかホントにエンディングみたいだけど……間違ってないよね、私」

「うん、間違ってない……と思う」

「だよね。パンツの方を選べって情報はなかったよね」

「なにが言いたかったの? ……運営は」

「……ひとことでは言えないこと、だろうけど……」

「この先は解析結果にないんだね?」

「うん。この先があるのかもしれない。だからよく見とこう」

 そうして画面がすっかり青空になったところで、厳かなBGMとともにカレコレの今までのシーン……主にドラゴンパールを入手した場面が回想のように次々と浮かびあがる。

 飛び降りた教授、天に召されるたかしのお母さん、ゴミ捨て場に佇むオオクワ研究会の会長、砕け散るつよしのラケット……。

 そして溺れるみっちゃん、部屋でお腹を撫でる助教授、池に向かう「超まこと」……。

 今さらながらに、よくもここまで救いようのない物語を見せられたものだと思う。


 そして、「超まこと」の回想場面が消えたあと、画面に文字が浮かび上がる。


     か
     れ
     ん


 本格的にエンディング風だけど、なにか解決すんの? ……これで。
 そう思いながら文字を眺めていると、表示される文字が変わる。


     可

     憐
     
     

 ……カレンって、この「可憐」のことだったの?
 CURRENTなんて会社を名乗ってたから意識したことなかったけど。
 思考停止……。真琴がただ眺めているしかない状態でいると、さらに表示が変わる。
 
 
     可
      レ
     憐
      ゚


「あわれむべし……か」

「……言っちゃってるね、ひとことで」

「……言っちゃってるな、たしかに」


 呆然とする真琴と島田、そして黙って見ている理沙の前で、画面は再び地上の「まこと」を映す。
 フィールドはすっかり昼間、明るい緑色が多い。

 そこでひとりの黒服を着たキャラが「まこと」に近付いてきた。


うんえい『おめでとうございます』

 ・はい
 ・どうも


「なにこれ、エピローグ?」

「まだ判んないな。これじゃ」

「とりあえず『はい』にするよ」

「うん」


うんえい『あなたに関する情報は、すべて責任をもって抹消しますのでご安心ください』

 ・おねがいします
 ・ちょっとまってよ


「これ……は、どうなの?」

「おねがいしますの方を選んだら、それで終わっちゃいそうだな」

 ずっと黙っていた理沙が神妙に口を開く。

「アンタたちのやってることがなんなのか詳しくは知らない……てかぜんぜん知らないけど、終わっちゃう方選んだら後悔するんじゃないの?」

 この言葉に、真琴も島田も理沙を見る。
 理沙の表情は、真琴の記憶にないくらい真剣だった。

「終わっちゃいそうな方……『おねがいします』ってヤツは、それこそ自分ひとりを助けるのが精一杯の人が選ぶ選択だよ。でもアンタたちは違うんでしょ?」

 そう、理沙の言うとおりだ。
 自分のデータが抹消されて、自分の安全を確保するのは私の道じゃない。
 真琴は決心した。

「いくよ島田くん。……読めない方に」

「よし、いこう」



「真琴……いいの?」

「え?」

 ここで口を挟んだのは理沙だった。

「口はさんどいてアレだけど、これ……けっこう覚悟が要るんじゃないの?」

「それは……解ってるつもりだけど……」

「これでデータを抹消してくれるってハナシがパーになったら、せっかく安全圏にいたのに処刑されるかもしんないじゃん」

 あ……そうか。
 これ、この回答は明確な「運営への叛意」なのか。
 処刑される可能性がある……。その覚悟はなかったな。

「島田くん……」

「……古川が決めることだ」

 島田くんは強制しない……。
 どんなステータスであれ、クリアすればこの質問にたどり着くなら、考えようによっては業の嵩に関係なくすべてのユーザに「処刑を免れる道」が示されたことになる。
 それを掲示板に書き込めば、きっとみんな急いでカレコレをクリアしようとするだろう。
 つまり、私が身を呈して危険を冒さずとも、誰も処刑させずに済むかもしれないんだ。


 真琴は今までのカレン騒動……いや、運営を振り返る。

 警察が捜査に入るのは計算済み、むしろ運営が警察を招いたんだ。

 改変アプリで3日間、学生の不安を煽ったところでカレコレ開始。

 カレコレは、学生が暗い気分になるような話を学生に見せてきた。
 あ、そうか、蝶が出現する前のカレコレは教養を試すものだった。
 今の時点でも「お勉強問題」を消化できていない人はいるだろう。

 運営には必ず目的がある。
 私は善悪を超えて運営と向き合うんだ。
 きっと……愛だったらこんなところで迷わない。
 
 今日、まだ連絡を取っていない愛……。
 愛ならもう、この「エンディングみたいな場面」を終えているかもしれない。
 
 自分の頭に浮かんだ言葉に、真琴はなにか重要なことに気が付いた感覚がした。
 そうだよ、こんなのエンディングじゃない。
 エンディングみたいな「なにか」だ。

 これも運営の罠……試されてるだけなんだ。
 きっと……。

「島田くん」

「お、決めた?」

「正解は決まってるみたい。だってこんなのエンディングじゃないもん」

 そう言いながら、迷いのない滑らかな動作で真琴は「うんえい」を名乗るキャラに「ちょっとまってよ」と回答した。


 理沙の忠告は間違ってない。
 自分が助かることを最優先にするなら「うんえい」に逆らう選択肢はないだろう。
 でもそれじゃ隊長が望む「運営を成仏させる」という道は閉ざされるし、松下さんから託された「今の運営の目的を探る」という期待からも遠ざかる。

 回答した真琴に「うんえい」というキャラが答える。


うんえい『……なにか?』
 ・なにがしたかったの?
 ・ほかの人のデータも消してよ


 これはまた……悩ましい選択だな。
 下の方、「ほかの人のデータも消してよ」を選べば、学生みんなが救われるかもしれない。

「これ……どっちよ」

 真琴は理沙と島田、二人の顔を見ながら尋ねる。
 先に答えたのは島田だった。

「決めるのは古川だ」

「そだね。責任取れないし」

 そんな他人事みたいに……。
 いや、そうじゃないんだ。
 私が決めなくちゃいけないんだ。
 これからの道は、私が考えて決めなくちゃいけない。
 そのために私は、島田くんの言うとおり「素の感想」を築いてきたんだ。

「島田くん」

「ん?」

「確認だけど、この……今のシーンは解析結果には無かったんだよね?」

「うん。プログラムの解析は7個目のドラゴンパールが手に入る場面、つまりロボットの物語で終わってる。だから、龍の質問以降の展開はぜんぶ、サーバから追加でダウンロードされたんだ」

 ということは、さっきのエンディングみたいなヤツも、データを消してもらうという選択肢も、いや……そもそもこうして「うんえい」を名乗るキャラが登場するのも人によりけりなのかもしれないんだ。
 だって、みんな同じなら最初からプログラムに組み込んでおけばいいんだから……。

 大げさにいうならつまり、これは単なるプレイヤーではなく、「私」に用意された展開なんだ。

 下の方……「ほかの人のデータも消してよ」を選んで、学生みんなの爆弾が消えるなら、それはそれでハッピーエンドかもしれない。
 でもきっと、運営が望んでいるのは上の方だ。

 真琴には上の「なにがしたかったの?」が、「聞いてくれ」という運営の心の叫びに見えてきた。

 そして真琴は心を定める。
 ここでも真琴は、もうひとりの期待の星……愛を思い浮かべた。

 愛なら……絶対に上を選ぶ。
 あとで愛と連絡を取ってみようと思った。
 愛……どこまで進めてるんだろ……。

 心の整理が着いた真琴が上を選択するのに、もはや迷いはなかった。


うんえい『……それは言えないな』


 え? ……なに? 教えてくれないの?
 
 期待を裏切られて唖然とする真琴の視界で「うんえい」は右に向きを変えて立ち去ろうとする。
 しかし「うんえい」は画面の端で止まった。
 そして右を向いたまま後ずさる。
 次に画面右に現れたのは学生と思われるキャラの群れだった。


うんえい『なんですか、あなたたちは』

がくせい『おまえが犯人か』

がくせい『このやろう、よくも……』

うんえい『い、いや、ちょっとまって……』

がくせい『命乞いか? 見苦しい』

がくせい『まずはデータを消してもらおうか』


 学生の集団が「うんえい」ににじり寄る。
 この思わぬ展開に真琴は黙って成り行きを見守る。

うんえい『いいんですか? 私に逆らって』

がくせい『それはこっちのセリフだろ』

うんえい『よ~くわかりました』


「あ……」

 声を漏らしたのは真琴ではなく、真琴の背後から画面を覗き込んでいる理沙だった。
 不穏なセリフを吐いた「うんえい」の頭の上にプロペラのようなものが出現したのだ。
 そして「うんえい」は画面の上に消えた。

「飛んでっちゃった……」

「これ、だいじょぶなの?「真琴……」

「わかんないよ、そんなの」

「いや、古川の選択に間違いはないだろ。まだ先があるよ。たぶん」

 3人でそんな話をしていると、新たな場面が表示された。
 なにやら宮殿のフロアを連想させるような模様の床だ。
 画面の上端には広い机が半分だけ表示されている。
 そこに、頭にプロペラを付けた「うんえい」が着地する。


うんえい『申し訳ありません』

くろまく『ここから見ていました。一部始終を』

うんえい『なにとぞお許しを……』

くろまく『私は失敗も言い訳も、やり直しも認めない』

うんえい『いえ、今度こそは……』


 なによこの「くろまく」って……。
 運営のさらに上がいるの?
 真琴は黙ってセリフを追う。


くろまく『さらばだ。うんえい』


 その「くろまく」のセリフと同時に「うんえい」の横の床に四角い穴が空く。


うんえい『…………。』


 え……。もしかして失敗したのか? 「くろまく」って人は……。


くろまく『ええと今のは……そう、ビックリさせただけだ』


 ん? もしかして言い訳してんの? ……この人。


くろまく『じゃあ改めて……と』

うんえい『ぎゃー!』


 今度は「うんえい」の足元に穴が空き、叫びをあげながら「うんえい」が落ちていく。
 失敗して、言い訳して、やり直したよな……。この「くろまく」って人。
 机が半分しか見えないから姿が見えてないけど……。
 まあ、姿が見えたところで正体が分かるワケじゃないし。
 カクカクのドット絵なんだから。

 ……でも、それにしても「くろまく」ってなによ。
 そもそも飛べるんでしょ? 「うんえい」は。
 なんで落ちんのよ、わざわざ。


くろまく『くくく……』


 宮殿のような場所での茶番はそこで終わり、画面はフィールドに戻る。
 ゲーム内では呪われた夜が明け、すっかり昼間だ。

 明るいBGMが流れ、いかにも平和が戻ったという雰囲気……。
 しかし、チーム「つるぺた」は未だに列を組んで画面の中心にいた。
 
 試しに真琴はチームを移動させてみる。

 ……動く。
 
 なにをすればいいんだろ。
 これから……。
 
「島田くん。なにすればいいのかな? ……これから」

「黒幕って……なんだ?」

「……聞いてんのは私なんだけど」

「分かってる。でも、この先は俺も知らないから古川と同じ気分だ。なにすりゃいいんだろうな、これから」

「なに言ってんのアンタたち。『くろまく』ってのがラスボスなんでしょ? やっつけるんじゃないの? そいつを」
 
 ラスボス……「くろまく」か……。
 理沙が抱いた感想はもっともだ。あらかじめの情報が少ない分、これは「一般的」な意見に近いだろう。

 でも私は……しっくりこないな。
 
「……黒幕ってなに?」

「黒幕っていったら黒幕でしょ? なによアンタら、二人揃っておんなじこと言って」

 おんなじこと? ……ああホントだ。島田くんも「黒幕ってなんだ?」って言ったばっかりだった。

「古川」

「ん?」

「ひとつの案として、今の状況を警察に報告するのも悪くない」

「え……今?」

「うん。追加のプログラムをダウンロードしたんだから、古川のケータイからプログラムを抜き出して解析してもらえばいい。今、どのみち警察は寝ずに働いてるはずだし」

「たしかに……そうだね。でもそれ、島田くんの本心じゃないよね」

「え? ……そう、なのかな。なんでそう思うんだ?」

「……なんとなく」

「なんとなく、か。うん、そうかもしれない。……それこそ、なんとなく」

「なに二人だけの世界を創りあげてんのよ。そういうのは余所でやってくんない?」

「ああそうか。清川がいた」

「私の部屋でそのセリフ……。なかなかやるね、なおっち」

「そっか。理沙がいたんだ」

「ぐ……真琴まで。追い出すよ、アンタたち」

 この数日で理沙に対する印象は大きく変わった。
 私がやってきたこと、それと今の状況を理沙に話したら、理沙は何を思うだろう。
 絶対にヘンな答えはしないはずだ。
 ……真剣に話せば。
 
「結局さ、なんにも聞けてないよね。せっかく『なにがしたかったの?』って方を選んだのに」

「そうね。だから今度は『くろまく』が敵なんじゃないの?」

「でもさ理沙、そもそもカレコレに『うんえい』なんてキャラが出てくる方がおかしくない?」

「ん? ……ああ、ゲームなのにってこと?」

「そうそう、カレン運営っていう生々しいものを憎んでるのは現実の学生であって、カレンコレクションっていうゲームとは関係ないはずでしょ? ……本来なら」

「まあ……言われてみればそうだけど……。でもカレコレやらされてる私たちからしたら敵は運営、それで自然じゃないの?」

 真琴は理沙と運営について語り、そして探る。
 理沙が現状をどれだけ理解して、どれだけ真剣に話を聞いてくれるかを……。

「あわれむべし……か」

 ここで島田が割って入った。
 エンディングに込められたメッセージ……。
 運営……いや、カレコレを考えた人は「カレン」を「可憐」に置き換え、さらにそれを「あはれむべし」と読ませてみせた。

 真琴はなにかを口にしようとして島田を見たが、島田は理沙を見ていた。
 
 島田くん……。
 たぶん私とおんなじだ。
 島田くんも今、理沙を量ってる。
 真琴は黙って考え込むフリをして、理沙の言葉を待った。

「ああ、もしかして……運営を……ってこと?」

「かもしれないし、ちがうかもしれない」

「そうだとしたら、ほんの一部かもしれないね。言いたいことの」

「でも現実がそのとおりなのかもしれないだろ?」

「ま、そりゃそうよね。みんなから目の敵にされてる運営にも、実はさらに上がいて、しぶしぶやらされてるんです。だから憐れんでくれってことね」

「そうそう」

「ま、総理大臣にも上がいるしね。でもそれじゃ、そんなメッセージ流したら怒られるじゃん。それこそ、上に」

「だから、なにもかもひっくるめてのひと言だろ? ストレートに運営だけを憐れんでくれとは言ってない」

「宗教っぽい。てかもう宗教だよ、それ」

 ここまでテンポよく理沙と話をしていた島田が真琴の方を向く。
 その目には期待の色があった。

「古川」

「うん」

「清川にも話そう。ぜんぶ。俺たちが見落としてることがあるかもしれない」

「そうだね」

「なにこのヤなカンジ」

「清川、あのな……」

 まさに島田が話を切り出そうとしたそのとき、理沙は島田に手のひらを突き出して言葉を遮った。
 たしかに昨日、理沙は「私に話そうとしたら耳を塞ぐ」と言ってたけど……。
 ……まさか理沙、ホントに聞かないつもり?

「アイスタイムだよ。なおっち」

 そう言ってスッと立ち上がった理沙は台所に向かい、冷蔵庫を開けた。
 島田が買ってきていたアイスを物色しながら、軽い調子で真琴に聞く。

「ねえ真琴、アンタも同じ?」

「ん? なんのこと?」

「なおっちが言ったことよ。ぜんぶ私にも聞かせようってハナシ」

「うん。おんなじだよ」

 理沙は人数分、3個のアイスを手に取りながら「そっか」と言う。
 そして戻り、ガラステーブルにアイスを置いてから真琴を見る。
 
「じゃあ……さ、まずは真琴から聞きたいな」

「え? なんで?」

「なおっちにも話してないことがありそうだから」

 表情こそ普段と変わらぬものの、理沙の言葉は真琴の覚悟を問うものだった。


 ここで動揺を見せれば理沙の思うツボ、返事に詰まっても怪しまれると感じた真琴は反射的に言葉を返す。

「なによそれ。私が隠しごとしてるっていうの?」

「そうよ。違う?」

 理沙は真琴から目をそらさない。
 ちょっと客観的な意見を……と思って理沙に話を振ったところが思わぬ展開だ。
 まだ理沙を甘く見ていたということだろうか。
 理沙のストレートな質問に、さすがに真琴は答えを濁す。

「隠しごとしてるつもりは……ないよ」

「善意だもんね」

 理沙の反応は速い。
 まるで台本……。真琴が次に発する言葉を知っているかのようだ。

「……善意っていうか、言う必要がないっていうか……」

「それ、そこの部分を知りたがってるんじゃないの? なおっちは」

 理沙が島田に視線を投げる。
 それに倣い、真琴もすがるように島田を見る。

「まあ、古川を問い詰めるつもりはないんだけど、清川の言ってることは……うん、ハッキリ言っちゃえばそんなカンジだな」

「ほらね真琴、洗いざらい話しなさいよ。私が聞きたいのは、そもそもなんで真琴がこんな騒ぎに夢中になってんのか、からだよ」

「え、なんでって……そりゃ大学の一大事だからじゃないの?」

「なんでそのために真琴が率先して解決しなきゃなんないの?」

「え? え? ……なんかおかしい? ……私」

「おかしいよ。ねえ、なおっち」

「う~ん……まあ、聞いてみないことにはなんとも……かな」

「島田くんまで……」

 なんだ? ここにきてこの質問攻め……。
 私……なんかヘンかな?

「古川」

「ん?」

「古川は本来、傍観しててもいい身分だったはずなんだ。それは解るだろ?」

「ああ、うん。業は少なかったからね」

「それが今、なんでここまで首を突っ込んで、なんでカレコレでわざわざリスキーな回答してんのか、そこから聞きたがってんだよ清川は」

「それって……ずいぶんさかのぼるよね、ハナシが」

「でも大事なトコロなんじゃないのかな。古川はもともと特別だったのか、それとも途中から特別になったのか俺にも分からない」

「特別って……。運営にとって、てこと?」

「運営ってのがなんなのか、ここにきてもハッキリしないけど、まあそうだ」

「私が運営にとって特別かどうかなんて、今でも分かんないじゃん」

「悪あがきはやめようよ真琴。なおっちの王佐って肩書きは特別だよ。王佐ってことは真琴が特別だからじゃん」

「あ、そうだ」

「なに?」

「ステータス見てみよう。古川の、今の」

「……変わってるかもしれないってこと?」

「うん。徳も買ったし、買った分だけじゃなくて自力で増やした分もあるだろうしね」

「……わかった」

 言いながら、真琴はゆっくりとした動作でカレコレを閉じる。

 頭の中は自分のステータスよりも、この質問攻めの状況をいかに切り抜けるかということで占められていた。
 隠しごとなんてしてない……つもりだった。
 隊長のことは、たしかに島田くんには言いにくかったから言ってなかったけど……。
 それがそんなに重要なの?
 必要なことは話してきたつもりなのにな……。

 そして真琴は、見慣れたステータス画面を確認する。


  287718B
  知る者
  徳:922
  業:0


「うおっ、業ゼロじゃん真琴。すごくね?」

 画面を覗き込んでいた理沙が言う。
 たしかに業がゼロになっていたのは意外だった。
 でも、その他は予想どおりだ。
 星で買った徳は300……。それに加えて蝶への回答やカレコレ内での行動で増えたことを考えれば、うん、これは予想の範囲だ。
 そして肩書きも変わってない。

「肩書きに変化なし、か。でも徳が900超えてんなら……トップじゃないのか? もしかして」

 そう言ったのは島田だ。
 端から真琴の業には興味がないようだ。
 島田は自分の携帯を操作しはじめる。
 どうやらカレコレを閉じてランキングを確認するつもりらしい。

「……やっぱりトップだ。ダントツ……でもないか」

 ダントツではないのか。
 まあ昨日の時点で1位の人は700を超えてたんだから、私が900を超えてトップになったとしても、ズバ抜けての首位じゃないのかもしれない。

 ここまでくるともう、重要なのは順位じゃないような気がしてくる。
 実際「今の運営」と思われる「委ねる者」は3位だった。
 まあ1位と2位、そして4位は「助言者」だったから上位4人を「今の運営」と言っても間違いではないような気もするけど、明らかに決定権は「委ねる者」にありそうだ。

「お、1年もけっこう入ってきてるぞ。ランキングに」

 手元でランキング表示を追っている島田が続けて言った。
 これも傾向としては自然……驚くことじゃない。
 集合として1年生はカレンが変わった9月28日時点の初期値、つまり徳の前身であるSTDの値が少なかったんだ。
 これは単にカレンを使い始めて日が浅かったからだ。
 そしてカレンが変わってからの振る舞いは、きっと1年生の方が冷静だったんじゃないかな。
 それに蝶が出現するまでの「お勉強問題」は1年生有利だったし、ここにきて学年の違いというハンデが埋まったのかな、全体としては。

「ん、なんか思わせぶりな肩書きの1年がいるぞ」

 ランキングに入ってる1年生のステータスを確認してんのか、島田くんは。
 じゃあ私はカレコレに戻ってウロウロしてみようかな、この隙に。

「なおっち」

「ん?」

「なに余計なことしてんのよ、今やるべきは真琴イジりでしょ」

「ああ、そうだったな」

 島田が思い出したように手を止める。
 理沙……。余計なのはその口じゃないの?

「島田くん、思わせぶりな肩書きってなに?」

 真琴は理沙の追及を逃れるべく島田の言葉に食い付いてみる。

「ん? ああ……大賢者ってヤツ。なんかありそうだろ?」

 愛……か。
 愛もランクに入ってきたんだ。
 
「……知ってたみたいだな。古川」

 しまった。
 表情で気取られた。
 どういう表情をするのが自然だったんだろ……。

「ほらね旦那、コイツまだまだ隠してますぜ」

 間髪入れずに理沙が島田をそそのかす。
 どのみちそういう流れになるワケね。
 ただ単に理沙の客観的な意見を聞こうという発想は完全に覆った。

「で、なに隠してんの? 古川は」

 これまたストレートなお尋ねだ。
 島田くんらしいといえば島田くんらしい。

「いや……なんにも隠してないし」

「嘘だっっ!」

 理沙がいきなり立ち上がって叫ぶ。
 もはや真剣なのかフザケているのか判らない。
 まあ、もともとそんなカンジだけど。

「……なんの真似よ。じゃあ逆に聞くけど、私から何を聞き出したいワケ?」

「え、それ……は、その、なんかこう……修羅場っぽいってか、真琴の裏側ってヤツ?」

「それって……単純に興味本位じゃないの?」

「そうよ悪い?」

「悪い……と思うんだけど、私だけ? そう思うのは」

「古川だけだ」

「おお島田さん、分かってますな」

「島田くんまで……」

「さすが清川だよ。聞き出すなら俺じゃなくて古川だ」

「そんな……」

「でしょでしょ? さあ真琴、吐きな」

「吐きなって……。なんにも隠してないって言ってんでしょ」

「じゃあ、大賢者ってなんだ?」

「知らないよ」

「でも古川は驚かなかった。少なくともこれが誰だか知ってる顔だった」

「そうそう」

「理沙……アンタ覚えときな」

「きゃーコワい。助けて島田さん」

 理沙は大げさに口を覆い、島田にすがるような素振りをする。
 理沙の悪ふざけと真琴の困惑を見て、島田は少し考えるような顔になった。

「そうだな……古川、なんかひとり嬉しそうにしてるのがいるけど、基本的には最初に言ったとおりだよ。俺たち、てか古川が知ってることを清川に聞かせて、なにか見落としがないか、あと、これからなにすりゃいいのか考えるんだ」

 島田の顔にイタズラな気配はなかった。
 理沙の顔とは好対照に。
 ならば、と真琴は島田に問う。

「でも、なにをどう話していいのか分かんないし」

「そうなんだよな、時間ももったいないし。こういうの、ホントならカレコレができない昼間にするべきハナシかもな」

「えっ、そんな……こんなにオモシロいのに……」

「理沙、私を困らせて楽しいの?」

「楽しいよ。……この範囲ならね。それにアンタたちが言い出したんじゃん。私に聞かせてみようって」

「それはそうだけど……」

「私は真琴のモテモテ武勇伝が聞きたいだけ。でもって、それが大学を救うことになるかもしんないんだから、いいことづくめじゃん。違うの?」

 モテモテ武勇伝って……。
 理沙、ホントはなにもかも知っているんじゃないの?
 このゴシップ好きの理沙なら。

 真琴はそんな気さえしてきた。
 
「でも、たしかに古川の言うとおり、なにをどう話せばいいのか分かんないよな。それに時間ももったいない」

「なおっち、まさか逃がすの? ……この女を」

 島田がなにか方針を決めたようだ。
 理沙の雑音を無視して真琴は島田の次の言葉を待つ。

「清川刑事、取調べだ。徹底的に」

「ブラジャーです。班長」

「……なによその、取調べって」

「ああ、取調べっていうより聞き込みってカンジかな。清川も古川も、そして俺もカレコレを進めながら話をしよう。じゃないと肝心のカレコレが進まない」

「……どういうこと?」

「カレンが変わった9月28日から今日まで古川がなにをしてきたのか、清川とガールズトークしながらカレコレやればいい。それだけだよ」

「それは名案であります、班長」

「……名案、なの?」

「俺は空気になるよ。ま、聞き耳を立てながらだけどね。それで清川、清川もロボットになったんだから早くロボットの話を終わらせて古川に追い付こう。もしかしたら古川とは違うエンディングが出てくるかもしれない」

「ああ、なるほどね。それなら真琴のエンディングが特別だったのかどうかも判るね」

「……理沙、アンタが特別なのかもしんないよ」

「……あり得るね、それも。あ、でも私、なおっちと交代してたおかげで徳が100近くになったんだよ」

「そっか、じゃあ普通じゃん」

「徳がゼロでクリアしたらすごいエンディングが出てきそうだね。たしかに」

「清川ならゼロにできるだろ、今からでも」

「……やれっての? ……私に」
 
「いや、それはリスクがあるからやめとこう。とにかく早く進めよう、古川と話しながら。で、古川」

「なに?」

「古川のカレコレは先の展開が読めない。でもひとつだけやるべきことがあるんだ」

「あ、もしかして……売店?」

「そう。パチンコで稼いだカネを使うんだ」

「分かった」

「それからは……そうだな、なにしたらいいのか自分で見つけるしかないな。俺もなるべく急いで追い付くけど」

「うん」

「じゃあ、そういうことで。俺は今からしばらく居ないものと思っていいよ」

 そう言って島田はさっそく携帯電話を操作し始めた。
 なんだか取り残されたような感覚で真琴は理沙と向き合う。
 居ないもの……カレコレしながら理沙とガールズトークしろって、いきなりそんなの無理に決まってんじゃん。

 しかし真琴のそんな憂慮は、理沙のリードによってすぐに消える。

「ねえ真琴、売店になにがあんのよ」

「ああ、カレコレの売店って、持ってるおカネで買えるものしか表示されないんだ」

「うんうん」

「でね、いちばん高い品物が買えるんだ。今なら」

「なにそのいちばん高いものって」

「真実」

「は?」

「『しんじつ』ってのが2千万で売ってるんだよ。だからそれ買うの」

「それゴールじゃん。もう」

「そんなに単純じゃないんじゃない?」

「そう? ……まあ、おカネで買えちゃうんだもんね」

「私も初めはそう思ったんだ。でも、2千万って額は裏パチンコ当てなきゃ手に入らなくて、しかも裏パチンコ当てるには条件があるみたいだから、ゴールではないだろうけど意味はありそう」

「そんな情報を、いやらしい真琴となおっちは私にナイショにしてたってワケね」

 それは今までの理沙の行いが……という言葉を飲み込んで真琴は話を続ける。
 島田に言われたとおり、話をしながらも画面上のチームは売店を目指す。
 理沙もカレコレをやりながら話をしていた。

「それは……あ、そうか。刑事、松下さんから言われたんだ。島田くんには見せていいよって」

「……見せていいって、なにを?」

「カレコレの解析結果」

「おおっ、そんなズルいもの持ってたの? アンタたち」

「理沙もなんとなくは知ってたでしょ? もう昨日あたりから隠すつもりなかったから解析結果って言葉も出してたし、私」

「まあね。でもそれ、話の流れからすると警察が本気で解析したんでしょ? 単なる攻略本とは次元が違うじゃん」

「うん、たしかにそうみたい」

「ん? みたいってどゆこと?」

「私……読んでないんだ、それ」

 理沙が首をかしげる。
 無理もないかと真琴も思う。
 なので真琴は補足する。

「解析結果をくれた松下さんっていう刑事がね、島田くんにだけ見せて、私は見ないままカレコレやってみろって言ったんだよ」

 理沙の首の角度がさらに傾き、ほぼ真横になる。
 その姿勢のまま、理沙は真琴に疑問を投げる。

「……なんのため? ……それ」

「解析結果を見て進めるのってさ、普通のゲームでいえば……それこそ攻略本片手に進めるようなもんじゃん」

「そりゃそうね。で? それのなにが悪いの?」

「うん……。松下さんが言うにはね、知らないまま進めた感想が意味を持つかもしれないって」

 ここで理沙の首が元に戻る。
 納得したということか。

「ふ~ん。もっともらしく聞こえるけど……。それをバカ正直にやるとでも思ったのかな。その刑事は」

「でも実際、島田くんはそのとおりにやってきたんだよ。私はイライラすることもあったけどね」

「ああ、バカ正直だもんね。なおっち」

「おい」

「あ、空気が喋った」

「……悪口言われても黙っとけってのか?」

 この島田の抵抗を理沙は軽くあしらう。

「なおっち、ガールズトークなんてこんなもんだよ。バカ正直なんて悪口のうちに入んないよ。男子だけで話すときなんてもっとエグいんじゃないの?」

 さすがの島田にも身に覚えがあるのだろう。
 反論の余地がないようだ。

「……分かった。黙っとく。でもアレだ。カレコレの手を止めるなよ。時間も貴重なんだから」

「おけー。ガンガン聞き出すよ。この腹黒女から」

「理沙……私の悪口は要らないんじゃないの?」

「いや、まだ真琴には自覚がない。私は今、アンタが隠してることを暴く使命に燃える女刑事だからね」

 理沙の言葉、その内容と口調はいつもどおりだ。
 だけど、いつにないヤル気が込められている。
 感じ取れる気配はイタズラではなく、どちらかといえば善意だ。
 まあ、単なる興味なのかもしれないけど……。

「それで? 真琴が刑事とねんごろになったのは、あのアレ……カレンが変わった次の日に私と一緒に行ったとき?」

「そう。……よく憶えてんのね、理沙」

「割と記憶は良い方だよ、私。あのとき真琴、すごい剣幕で男子に割って入っていったじゃん」

「それ……は、だって理沙も一緒に見たじゃん。あの、警察に駆け込んでくれた人の書き込み」

「ああ……勇者って呼ばれてた人ね」

「そう、それ。あ、そっか……。どうしよう。ハナシが飛ぶな……」

「なんのこと?」

「あのね理沙、初日に掲示板で勇者になってた『もょもと』ってヤツ、あれね、警察の自演だったんだよ」

 真琴の言葉を受けて、理沙が背筋を伸ばして目を閉じる。
 すこし前置きがあったとはいえ、理解が及ばないようだ。

「ゴメン、よく解んない」

「……だよね。私もけっこう後になって聞かされたんだけど、めっちゃビックリした」

「じゃ、とりあえず忘れよっか。それ」

「うん、わかった」

「真琴は最初に刑事と話したとき、なに言われたの?」

「教えてもらったことは学生説明会でみんなが聞いたことと同じ。私は警察への協力を頼まれた」

「協力ってなによ。ウチらにできることなんてあんの?」

「カレン運営がなに考えてんのか判んないし、ああそうだ、個別に脅されたりしてないか心配してた。被害に遭ってても言い出せないかもしれないって。だから当面、学生の実情を教えてもらいたい……って頼まれたかな」

「被害ならあったじゃん。いきなり初日に」

「……それって、午後8時にいきなり見せられた……ウチらの『爆弾』のこと?」

「ああ、それもあるけどホラ、晒されたじゃん。2人も」

「……その2人ね、そのときはもう、警察に逮捕されてたんだ」

 理沙の頭がゆっくりと前に倒れていく。
 ついには床におでこが着いてしまった。
 そのままの姿勢で理沙がつぶやく。

「……ねえ真琴」

「……なに?」

「頭から湯気が出そうなんだけど、私の頭が悪いのかな」

「ううん、正常な反応だと思うよ」

「だよね。そうだよね」

「うん。誰だって理解不能だと思う。いきなり聞かされたら」

「なら判んないまま聞くけどさ……そういうのって、学生みんな知らないよね」

「そうね」

「でさ、真琴が男子を掻き分けて刑事に話しかけたのってさ、真琴が単細胞だからだよね」

 単細胞……。
 まあ、あの時の感情は……そうだ。
 当時の勇者、もょもとからの「警察に協力しよう」っていう頼みを裏切るような学生の群れに頭にきたからだ。
 真琴は理沙の言葉を真摯に受ける。

「そうだね。男子たちの態度があんまり情けなかったから、頭に血が上った勢いだったね、あれは」

「……じゃ、あの時点では真琴は特別じゃなかったんだ」

 そう、たしかに理沙の言うとおりだ。
 あの時点では私は特別じゃなかった。
 ……警察にとっては。
 
「そういうことになるね。たしかに」

「しかも運営にとっても特別じゃなかった」

「……え?」

「初日に見せ合ったじゃん。わたしが『普通の人』で、あんたが『優等生』だった」

「ああ、ステータスね。うん、たしかに私は『優等生』だったね」

「おい、そこの空気」

「……なんだよ」

 理沙が突然、島田に呼びかけた。
 理沙……。なにを聞くつもり?

「なおっちは、いちばん初めの肩書き……なんだった?」

「……優等生」

 初めて聞く情報だ……。
 たしかに島田くんが「優等生」であっても違和感はない、だけど……。
 
「ほらね。真琴は運営にとっても特別じゃなかったんだよ。……最初は」

 理沙が断じる。
 この作業、思わぬ結論に至るかもしれない……。

 そんな感触を感じはじめた真琴が思い出したのは、「物差しは反対からもあてられる」という父の言葉だった。

 この時点で、もう真琴は説明をする立場になかった。
 理沙に尋ねられたことに答えるべく、理沙の次の言葉を待つ。
 そうして理沙がゆっくりと頭を上げた。
 視線は床に投げたままだ。

「いつ特別になったんだろね。真琴は」

 そうか、当初が特別ではないなら、特別になった瞬間があるのか。
 いや、でも待てよ……。

「理沙、もしかしたら私、今の時点でも特別じゃないのかも」

「ん~。それはないんじゃない? さすがに」

「だって私、いろいろ……。理沙に言ってないこといろいろ知ってるけど、なんにもできないよ。この騒ぎのために」

 理沙が再び黙る。
 しかしその風情は素早く思考を巡らせているようで、先刻に言ったような「湯気が出そう」な雰囲気はなかった。
 そして、わずかに首を傾けて言う。

「セットがお得……」

「え?」

「もしかしたら、そこの空気と合わせて特別になるのかも……」

「空気って……。島田くんのこと?」

「そう」

 なんだ? なにを言い出すんだ理沙……。
 違う視点って、ここまで斬新なもの?


「どういう意味よ? 理沙」

「だって、その刑事に話しかけたのは真琴の気まぐれ……たまたまでしょ?」

「……だから?」

「でもって、その刑事は、なおっちに見せろって言ったんでしょ?」

「え、うん……。見せろっていうか、まあ、見せてもいいよってカンジ」

「見せるよね。そりゃ」

「……そうね。ゼッタイ見せるね」

「なんでなおっち? ……私じゃなくて」

 それは私が理沙のことを「口が軽い」って説明したから……。

 ……それだけ……だったかな?

 いや、あのとき松下さんは島田くんのことを聞いてきた。
 そして私が説明した島田くん像は……「口が堅い」ことと「法学部」ってことくらいだよな。

「私が島田くんのこと、口が堅いって説明したから……かな」

「ひるがえすと私の悪口が聞こえてくるね……」

「悪口じゃなくて事実、でしょ」

「ものは言いようだね。真琴」

 む……。今までなら容易く言い負かしてたけど、この数日の、とりわけ今の理沙とは口で勝負したくない。
 真琴は話を先に進める。

「まあでも、ひとりに見せて、私は見ないでカレコレやってみるのもいいって言われたんだよ。とにかく」

 そう、見ないまま進めるのもいいって松下さんが言って、それをそのまま島田くんに言ったら、島田くんもそれに乗ったんだ。

「見ないまま進めた感想が大切、だけど早く進めてもらいたい。そんなところ? その刑事が言ったのは」

「早く進めろとは言われてないような気がするけど……。まあ、やれって言うからには、そうなんだろね」

「ふ~ん。じゃあさ、逆でもよかったよね。真琴となおっち」

「え? ……どういうこと?」

「真琴がその、解析結果? ってヤツを見て、逆になおっちが見ないで進めるの」

 そういえば、そういう提案はなかったな……。
 解析結果を受け取ったのは私なんだから、私がサクサク進めて島田くんにヒント出すようにすれば、そもそも解析結果の存在自体を私ひとりの秘密にできたんだからリスクは半減したはず……。
 あ、そうか……。

「なんかね、私にはムズかしいかもしんないんだよ。その、解析結果の書類」

「ん? どゆこと?」

「松下さんが言うには、解析結果の書類は警察がつくった報告書だから上手じゃないし堅苦しいとかなんとか……」

「で、なんでなおっちなのよ」

「ああ、法律の文章に近いから、とも言ってた」

「……おかしくない? それ」

 理沙が疑問を呈する。
 言葉と、表情で……。

「おかしい……かな」

「ホントに見てないんだね。真琴は」

「え……うん」

「アンタもバカ正直……。てか、そこまでとは思わなかったね、私も」

 私もバカ正直、か。でも、ホントに見てないもんな……。

 でも、言われてみればそうだよな。
 私、なんで全然見てないんだ?

 理沙が続けて「その書類、今どこにあんのよ」と言うので、真琴は自分の家にある旨を答えると、理沙はそのまま思案顔になった。
 その間をみて、真琴も自分の行動を振り返る。
 そして、解析結果を受け取った日のことを思い出す。

 そうか、そうだった……。
 それどころじゃなかったんだ、あの日の私は。
 松下さんから解析結果を受け取った直後に「賢者」の正体を聞いて、帰る前に立ち寄ったアプ研の部屋で隊長に会ったんだ……。
 そして、その場で隊長の述懐を聞いちゃったから、あのときの私にとって、解析結果の中身なんて、ハッキリ言ってどうでもよくなってたんだ……。

 こうして考えると、理沙に言ってないことって山ほどあるな。
 でも理沙の発想は島田くんが言ったとおり、私たちが見落としているものを気付かせてくれそうな雰囲気に溢れてる。
 理沙が本物の刑事とかだったら聞き出す要領もムダがないんだろうけど、さすがにそこまで期待するのは強欲だ。
 私も考えなくちゃ……。聞かれるのを待つだけじゃなくて。
 そうなると重要なのは順番、だよな……。やっぱり。

「空気くん」

「……ん?」

「そんなにムズい書類だったの? その、解析結果ってヤツ」

 なるほど。私が読んでないから、実際に読んだ島田くんに聞くのか。
 真琴が感心していると、島田が即答する。

「いや、すげえ分かりやすかったよ。それこそゲームの攻略本なんかよりも」

「……そうなの?」

 真琴は思わず反応していた。

「うん。そもそもさ、カレコレを難しく説明する方が難題じゃねえの? 敵が出す問題とか蝶のこととかは含まれてない……ってかプログラムにないんだから」

「……そっか、ゲームとしては一本道の安っぽいゲームだもんね」

 でも……たしかに松下さんは言った。
 島田くんに見てもらった方がいいと。

「これは……。怪しいんじゃね? ……その刑事」

「え? ……松下さんが?」

 それはない。松下さんにかぎってそれはない。
 真琴の心は全力で理沙の言葉を否定した。
 それは今まで松下と接してきた真琴の確信だった。
 なので真琴は続けて否定する。

「理沙、それはないよ。松下さんはいい人だよ。絶対に」

「いい人かどうかなんて関係ないじゃん」

「それ……は……」

「めっちゃ極端なこと言えばさ、この騒ぎ起こした張本人だって、もし会ったら『いい人』だよ、きっと」

 畳みかける理沙の言葉は、乱暴なようで反論の余地がない。
 それだけ的を射抜いているのか? ……正確に。
 それでも真琴は理沙の真意を質す。

「じゃ、怪しいってどういう意味よ」

 これには理沙も少し間をとって考える。
 そして一段と顔を上げ、真琴と目を合わせて言う。

「少なくとも真琴を特別に仕立てたのはその刑事だと思う」

「え……」

「刑事なんだから、もしかしたら真琴以外にもアプローチしてた学生がいるかもしんない。てか、たぶんいるよ。だけどその中で真琴を選んだんだよ。きっと」

 理沙の言葉が真琴に刺さる。
 乱暴な口調の言外に「ひとりの刑事が相手にする学生はひとりじゃない」という当たり前のことを失念している真琴の思い込みを指摘する響きがあったからだ。

 これは認めるしかない勢いだ。
 1年生の中で徳が突出していた事実は、もしかしたら私を取り込む材料に過ぎなかったのかもしれない。
 だって「優等生」という肩書きは特別じゃなかったんだし、そもそも徳の突出は隊長というひとりの「賢者」の手によって生じた単なるエラーみたいなものだったんだ。

「……じゃ、理沙の言うとおりだったとして、私を選んで特別な存在にしてどうするつもりだっていうのよ」

「その刑事はなんて言ってんのよ」

「え……と、ひとりのカレンユーザとして、今の運営の目的を探ってほしいって」

「……案外ショボい任務だね。それ」

「……そうかな?」

「うん。なんかもっと、こう……学生みんなに呼びかけてさ、こういう雰囲気にしてくれとか……。そういうのかと思った」

 理沙のトーンがすこし落ち着いたところで、真琴が操るチームつるぺたが売店に着いた。
 中に入り店員に話しかけると品書きが表示される。
 さすがに所持金が4千万を超えているだけあって購入可能な品物も多く、いちばん下にまでいくのにスクロールさせる必要があった。
 真琴はスクロールさせながら理沙に答える。

「もし警察がそういうことをさせたいんなら、きっと選ばれたのは私じゃないよ。私、そんなキャラじゃない」

「ん……。それもそうだね」

「それに運営の目的を探るって、けっこう重要なことみたいよ。だって運営は、なんの要求もしてきてないんだから」

 そこまで言ったとき、品書きの矢印が最下段に達した。

 →しんじつ 20,000,000円

「島田くん」

「…………。」

「島田くんってば」

「真琴、今コイツは空気なんだよ」

「でもアンタ、さっきからちょくちょく話しかけてんじゃん」

「おい空気、被疑者がお呼びだ」

「……なんか刑事ドラマになってないか?」

「お、イイね、その設定。なおっちが『空気』なら、わたしは……『ピチピチ』?」

「拡声器……『トラメガ』でどうだ?」

「ボツ。ソッコーでボツ。……おいツルツル」

「……ツルツルじゃないし。ってか私、刑事じゃないし」

「あ、そっか。……犯人にも愛称ってあったっけ? 刑事ドラマ」

 いきなり話題がどうでもいいことに切り替わる。
 でも理沙の中で混乱はないんだろうな……。
 かなり高性能な頭脳だよな、ある意味じゃ。

「そんなことより売店着いたよ。……買っちゃうよ、しんじつ」

「お、着いた? 買おう買おう」

 島田が理沙に「空気、ちょっとだけ中止」と断ってから真琴の携帯電話を覗き込む。
 わざわざ断りを入れるところが島田くんらしい。

「うむ、よかろう。だいじなことっぽいもんね」

 それにわざわざ許可を与える理沙も理沙らしい……。
 そんなことを思いながら、真琴は購入するために決定ボタンをタップする。


『ああ、それはお取り寄せになりますね。いいですか?』

 ・はい
 ・いいえ


 ……なによ、お取り寄せって。
 段ボールに入って送られてくるものなの?真実って。
 真琴はつい「世の中のすべて」とかいう分厚い本のセットのようなものを連想した。

「まあ仕方ないな。とにかく買うんだ古川」

「……分かった」

 そうして真琴は「はい」を選ぶ。
 すると「配達先を入力してください」というメッセージと共に入力フォームが表示された。
 真琴は自分の住所と名前を入力しようとして手を止める。

「そういえばさ、この送り先どうしよう。ってか私、いつまで隠れてなきゃなんないのかな?」

「……自分の住所でいいだろ。うまくいけば今夜で終わるかもしれないし、それに古川はもう……隠れきれる立場じゃない」

 ……隠れきれる立場じゃ……ない?
 なにそれ、どういう意味?

「もう隠れきれないの? ……私」

「注目は集まる。まあ、取り囲まれるようなんじゃなくて、静かな注目かもしれないけど」

「そだね。ムリだね、もう」

 理沙は解ったみだいだ……。
 当の本人に自覚がないのに。


「ゴメン、よく分かんないんだけど……」

「古川は徳で頂点に立ったんだ、1年生ながら。みんな『こいつ何者?』って思うよ。まあ、今はまだみんなカレコレやってるから気付いてる人は少ないかもしんないけど」

「そうそう、ゼッタイなにかあるぞコイツって目で見られるよ」

「……そっか。そうかもね」

「だから身の安全が心配な状況が今夜のうちに解消されなかったら、それこそ警察に相談しなきゃ。そして安全を確保してもらうんだ」

「でも理沙も言ってたじゃん。警察が怪しいって」

「真琴、取調べはとりあえずこの配達先入力してから再開だよ」

 まだ続くのか、刑事ゴッコ……。
 まあ、たしかにまだまだ白状することはあるけど……。

 真琴は、島田と理沙、二人の視線を受けながら自分の住所と名前をフォームに入力した。


『ありがとうございますぅ~』


 二千万の買い物なのに、まるで大根を買ったみたいな気分になるセリフだ。
 ホント、なにが届くんだろ……。

「買っちゃったけど、なんなんだろ、真実って」

「たぶん、証拠……だよ」

「え? ……証拠? ……なんの?」

「あ、おれは空気だった。じゃ、あとは頼むぞトラメガ」

「うい」

「いやいやいや……。ちょっと思わせぶりすぎるよ、島田くん」

「おいツルツル。お前の相手はそっちじゃない」

 そんな……理沙まで……。理沙は気になんないの?
 真琴の困惑顔を見て、刑事になりきった理沙が続ける。

「空気課長は、ものごとには順序があると仰ってるんだ」

 島田くん、課長になってるし……。
 でも、ものごとには順序、か。
 たしかにそうかもしれない。

「あ、そうだ。なりきるのはいいけどカレコレ進めろよ」

 言いたいことは言うんだな、島田くん。
 空気とか言っときながら……。

「で、ツルツルよ。お前さんは自分がいつ特別になったと思うんだ?」

「……理沙、そのツルツルってのだけはやめてくんない?」

「チッ。わかったよ」

「私が自分を特別だと思ったのは……まあ、結果としては間違いだったみたいだけど、私の徳が1年生のなかでズバ抜けてたから、かな」

「それを刑事に見せられた?」

「うん、そう」

「真琴もなおっちも同じ『優等生』だったじゃん。最初は。どんくらいズバ抜けてたってのよ」

 真琴は松下から見せられた、学生説明会のアンケート結果を思い出す。

「え……と、たしか私ひとりだけ……50以上引き離してた、かな。いや、もっとだったかも」

「……真琴ひとりだけ?」

「うん、そう」

「どれくらいだったっけ、最初の真琴の徳って」

「理沙も一緒に見たじゃん。えっと……あ、そうか。一緒に見てるときに200の特典が来たんだから200くらいだよ」

「で、刑事から見せられたものでは、真琴の次はいくつくらいだったのよ」

「……たしか120とか130とか。それでもほんの数人。グラフで見せられたけど、人が多くなるのは100より下になってからだったよ」

「ま、私の数字で『普通の人』だったんだもんね、はじめは」

「そうだね」

「たしかにズバ抜けてるね。それ」

「でしょ? 私、それ見たときメッチャ怖かったもん」

「ん……。じゃ、やっぱり特別だったのかな。はじめから」

「いや違う。理沙が言うとおり、初めは特別じゃなかった」

「……やけに断言するんだな。ペチャパイ」

 ペチャパイ……。ツルツルとどっちがマシだろう……。

「理沙……。なんかこう、もっとカッコイイ呼び方……ないの?」

「う~ん……」

「…………。」

「じゃあ……モテモテ?」

 ……手強いな、理沙。
 フザケてるようで、これは追及だ。
 試しに私も被疑者になりきってみようか。

「なによその、モテモテって。べつに私モテてないし」

「ここまできてトボけるつもり?」

 ここまでって……。どこまでよ。
 まだ隊長のことは話題に出てない。
 なにを知ってるの? ……理沙。

「トラメガ、そいつには自覚がないのかもしれない」

「課長は黙っててください。空気なんだから」

 島田くんまで上司になりきってるし。
 ん? ……自覚が……ない?
 ということは……自覚がなくてもいいのか?
 それに乗ってみようかな。

「いやホント、モテたことないよ。私」

 理沙が恨めしそうに島田を睨む。

「あ~ホラ~。課長が余計なこと言うから……」

 理沙の糾弾に、島田は知らぬ顔で携帯電話を操っている。
 どうやら自分の都合によって「空気」になるらしい。
 理沙が次の質問を考えているようだったので、真琴は売店の商品を確かめるためにカーソルを上に戻していく。

 ん? なんだこれは。
 結果、気になるものが2つあった。
 ひとつは「弔花」、そしてもうひとつは……「例の雲」だ。
 弔花が100万「例の雲」は500万……。

 弔花はともかく「例の雲」ってヤツは相談抜きには買えない額だな。
 弔花っていうのがゲームのアイテムであるなら、当然ゲーム内でそれを使う場所があるということだ。
 右上の説明ウインドウには「死者を追悼できる」としか書かれてない。
 そして「例の雲」にいたっては、説明まで「例の雲」だ。
 まあこれもパクリ……7個の「ドラゴンパール」を集めて出現したのが「例の龍」なんだから、おおよその察しはつく。おそらく空を飛べるんだろう。
 でも、どこに行くっていうの? 空を飛んで……。

「おいモテモテ、アンタ刑事とどんな関係になってんのよ」

 刑事トラメガの取調べが再開した。
 真琴はとりあえず「弔花」を購入してから、チーム「つるぺた」を率いて売店を出る。

 このゲームで弔うべき対象は、記憶にあるかぎり2人しかいない。
 最初のステージで飛び降りた理学部の教授と……襲われて池に落ちた「みっちゃん」だ。
 この呪いが解けて夜が明けたフィールドで、そのどちらか、あるいは両方で使うんだ。
 うん、死者に「呪いは解いたよ」って報告するんだ。きっと。

 真琴はまず近い方、教授が飛び降りた理学部の建物の方に向かう。

 そうやってカレコレを進めながら、小賢しい刑事に返事をする。

「どんな関係って、協力を頼まれたから協力してるだけだよ」

「どんな協力よ。いやらしい」

「だからさっきも言ったじゃん。私が感じた学生の状況を報告することと、捜査の情報を聞きながら運営の目的を探るんだよ」

「それだけ? ……ホントに?」

「そうよ。なにを想像してんのよ」

「いやらしい想像に決まってんじゃん。30男と女子大生、なにも起こらない方が不自然だし」

 それは理沙の基準だろう……。
 どこまで本気で、どこまで興味本位なのか判らない。

「理沙、アンタどこまで本気で言ってんの?」

「ぜんぶ本気だよ。なんかおかしい?」

 この開き直りにも似た理沙の言葉に、思わず真琴は島田を見る。
 島田は相変わらず携帯電話と格闘している。
 ここは傍観と決め込んだようだ。
 まさか島田くんまでヘンなこと疑ってるんじゃないよね……。

「少なくとも私の常識の範囲にはないね。その視点」

「狭いなぁ」

「狭いんじゃなくて排除してんのよ。刑事と女子大生って、なによその三流ドラマ」

「あらそう? まあ、真琴にはなおっちがいるからね。でも、いなかったらトキメキ道中膝栗毛だったかもしんないよ。真琴だって」

「……まあ、素敵な人だよ。たしかに」

「そんなにカンタンに認められちゃうと、からかい甲斐がなくなるじゃん」

「え……と、なにしてるんだっけ、今」

「ガールズトークだよ。それを忘れちゃいけない」

「そっち本題?」

 話しながら「まこと」は総合科学部の建物の南、「みっちゃん」が転落した現場に着いた。
 理学部の教授が飛び降りた場所では特に何も見つけられなかったからだ。
 そして、「みっちゃん」の転落現場には「それらしい」雰囲気があった。

「ハナシは戻るけど、運営の目的を探れって依頼……ショボいよね……」

「……そう?」

 誘拐事件で犯人からの要求がないなら、断じてショボくないと思うけど……。
 今回の理沙の言葉は、真琴に向けられたというより、理沙の自問のような感じだったので、生返事をして真琴はカレコレを進める。
 なんだか重要な場面に思えるからだ。

 きれいに草が刈り取られ、石碑みたいなものが立ってる。
 これは……慰霊碑……か?
 真琴は「まこと」をその慰霊碑に向かわせる。

「これがドラマなら、警察から秘密の命令を受けた幼児体型コナンは、犯人を見つけ出すんじゃないのかな……」

 ……なにコナン……だって?
 まあいいか。無視しよう。
 慰霊碑の前に着いた真琴は、ウインドウを開いて、売店で買ったアイテム「弔花」を選ぶ。
 すると、ロボット……「超まこと」が落ちたときと同様に池が七色に光り始めた。

「ねえモテモテ、刑事は『犯人を見つけてくれ』とは言わなかったの?」

「言われてない。……それより、なんか起こりそう」

「え? なんのこと?」

「私のカレコレ。また池が光り出した」

 この言葉で場は一転し、島田も含めて3人で真琴の携帯電話を覗き込み、展開を見守る。

「ホントだ……光ってる」

「古川、これ、なにしたんだ?」

「売店で弔花ってのが売ってたから、それ使うならここかなって……」

「ああ、ここって、みっちゃんが落ちた場所……か?」

「そう。弔花なんてアイテム、使うなら理学部かここしかないでしょ」

 そうして3人が見守るなか、池の光は一点に集まった。
 その光の中から何かが出てくる雰囲気だ。
 ……みっちゃんの霊でもでてくるのかな。

 真琴がそんなことを考えながら見ていると、光が消えて姿を現したのは、「超まこと」に閉じこめられたはずの白い蝶だった。
 AI……。ロボットだった「超まこと」の「こころ」として捕らわれていた蝶は真琴の気質を知り抜くAIだ。
 いや、この蝶自体はAIじゃない……。
 どこかに……おそらく中国にあるというサーバにある超高性能のAIに私の情報が付加されたもの、それが正しい認識だろう。

 そして蝶はキラキラと光の粉を撒きながら、従前のように「まこと」の周りを舞いはじめた。


『ふふふ。ひさしぶりだね、まこと』


 ここで蝶が出てくるってことは、また始まるのか?
 蝶からの、人柄を試すような質問が……。

 真琴がそんな嫌な予感を抱き始めたとき、蝶が「まこと」の前に止まる。


『みっちゃんのこと憶えててくれたんだね。まことは』
 ・はい
 ・いいえ


 考える必要のない問いだ。真琴は「はい」と答える。


『……ありがとう。まこと』

 蝶はそう礼を言って飛び立ち、また「まこと」の周囲を舞う。
 しかしその舞い方が普段とは異なっていた。
 蝶が撒き散らす光の粉が多い……というか、消えないのだ。
 そのうち画面は光で埋まる。

「……なんだか知らないけど、いいことしたみた……い……」

 誰も何も言わないので、真琴がこのシーンの感想を言いかけたとき、場面が切り替わった。
 真琴は口を閉じ、画面に戻る。

 現れた場面は現在地のまま……「みっちゃん」が転落した場面だった。慰霊碑もある。
 違うのは、画面の色がセピア調であることと、そして見慣れぬ二人のキャラが慰霊碑の前にいることだった。
 そしてセリフが流れ始める。


『美月……。』

『さ、あなた。もう行きましょう』

『こんな、こんな慰霊碑建てたって美月は戻っちゃこない』

『あなた……』

『都会の大学より安心だと思った俺がバカだった。美月の希望どおりにしてれば……』

『……それは違うわ。あなたの意見を聞いて、美月が自分で決めたのよ』

『ちくしょう……。美月……』


 一連のセリフが終わり、キャラは二人で画面の外に消えた。
 画面が昼間のフィールドに戻り、チーム「つるぺた」を映す。
 アイテム「弔花」の使い方は正しかったようだ。


「またひとつ話が進んだカンジだね。これ」

「そうだな。しかもけっこう重要なシーンっぽかったな」

「うん。……でも、現実の構内に慰霊碑なんてない……よね」

「見たことないな、たしかに。でも、もしかしたら総科の建物の裏にひっそり建ってたりしてな」

「島田くん、みっちゃんの事故っていつのことだっけ?」

「え……みっちゃんってホントにいたの?」

「理沙、アンタ自分で記憶は良い方とか宣ってなかった?」

「ああ、取り込む情報は自動で選別する仕様になってんのよ。これがまた」

 なにが「これがまた」だ……。「減るもんじゃないし」って表現は理沙の口のためにあるんじゃないの?

「田中美月って子が溺れたのは、たしか平成7年の春だったな」

「1年生だったんだよね?」

「うん」

「これに関しては、実話な気がしない?」

「……実話?」

「溺れた原因」

「……襲われて、逃げて……ってことか?」

「……うん」

 島田が頭を垂れて考える。
 理沙は天井を見上げているが、これはこれでなにか考えているようだ。
 真琴の問いに島田が答える。

「でも今のシーン、たぶんみっちゃんのお父さんとお母さんだよな」

「そうだね。……セリフからすると、やっぱり事故っぽいね」

「うん……。これももう20年以上前のハナシだもんな」

「あ、ホントだ。あった」

「なによ……あったって」

「みっちゃんのハナシ」

 理沙は携帯電話を見ながら話している。
 つまり検索して見つけたのか。……田中美月の事故を。

「なんて検索したのよ、アンタ」

「ん? テキトーだよ。『広大生 女性 落ちて 死』だよ」

 島田が理沙の画面を覗き込む。

「ああ、うん、これだ。名前出てないけど。俺は図書館で昔の新聞記事データで探したんだ」

 真琴も釣られて理沙の画面を見る。
 たしかに、過去のできごとに軽く触れるようなページに記載がある。
 そして、その内容はやはり「事故」だ。
 まあ、もしカレコレで描かれたみっちゃんのストーリーが事実、つまり事件だったとしても、もう20年前のことだし、確かめようもないか……。


「トラメガ、再開だ」

「うい、ボス」

「え……。再開って、刑事ゴッコ?」

「ゴッコとはなんだ。この貧乳」

 また呼び方変わってるし……。
 もう終わりでいいんじゃないの?

「島田くん。もうやめようよ、この遊び」

「この遊びって、刑事ゴッコ?」

「うん……」

「……イヤになってきたのか?」

「まあ、それもあるけど……。もういいんじゃないかなって……」

「まあ、もうちょっとだけ続けろよ。聞いててけっこう考えさせられるし、黙ってカレコレ進めるのも辛気くさいし、それに」

「……それに?」

「清川が楽しそうだし」

 理沙が楽しそう……か。
 まあ、言葉そのままの意味もあるだろうけど、ここにきて理沙の表情は生き生きしてる。
 悪い意味じゃなくて「ようやく役に立ってる」という実感みたいなものを感じる。
 ここで終われば隊長のことに触れずに済むんだけどな……。

 仕方がないか、これは。隊長のことだって、私に後ろめたいところはないんだし。

「分かったよ……。続ければいいんでしょ。で、なんのハナシしてたっけ?」

「その刑事が貧乳に命じたのは『運営の目的を探れ』だったんだな?」

「……よく憶えてんのね、理沙」

「だから記憶は良いって言ってんじゃん」

「…………。まあいいや。そうね、たしかに松下さんからは、今の運営の目的を探ることって言われたよ。でもショボくないよ。これ人質事件みたいなもんだし」

「人質事件、ね。たしかにみんなそう言ってるよね。じゃ、要求がないのはおかしいよね」

「うん。だから困ってるんだって」

「やっと理解が追いついてきたような気がするよ。初日の掲示板の勇者ってのは、警察が犯人からやらされたんだね?」

「そうそう、そんなカンジ」

「でもって、晒された二人が逮捕されてたってのは、それも犯人の指示?」

「そうみたい。あの日の昼に警察に届いた封書に二人の犯罪の証拠になるデータが入ってて、すぐに逮捕したみたいだよ。晒した理由は、カレンだと『アンインストールして警告に従わなかったから』ってなってたけど、つまりウチら学生がカレンから逃げないようにしたんだろうって。私も同感だった」

「なにやらかしたの? あの二人」

「ああ、それはさすがに教えてくれなかった。でも、うん、決して軽い罪じゃないって言ってたよ」

「なんかもう、正義じゃん。運営」

「え……」

「悪人を警察に通報して、しかも晒し者の刑にしたんでしょ。つまり」

「それはそうだけど……。犯罪じゃん。そしてウチら、被害者じゃん」

「犯罪かどうかなんて聞いてないし」

「え?」

「たしかに正義だな。運営は」

「ですよね空気課長」

「島田くんまで……」

 仮にも法学部でしょ……。
 そんな言葉が出かかった。
 しかし島田が真琴の言葉を遮る。

「古川は頭が堅いから、犯罪イコール悪、なんだろ?」

「そうよ。おかしい?」

「じゃあ、違法イコール悪、か?」

「……違うの?」

「その論調でいくと、法律をつくる存在は、まるで神だな」

「え……」

「古川は刑法犯罪に囚われすぎ。たとえば税率に関する法律とか、労働に関する法律とか、おっさんたちが国の都合でコロッコロ変えてる法律に違反するのも悪なんだな?」

「それ……は……」

 畳みかける島田に真琴は言葉を返せない。
 なんなのよ。空気になってみたり、急に攻めてきたり。

「法律は絶対的なものじゃない。生き物に近いんだよ、古川」

「……それ、ウチのお父さんにも言える?」

 真琴は辛うじて反撃した。
 だが、島田はまったく怯まずに「もちろん言えるよ、事実だし」と返した。

「じゃ、島田くんも理沙と同じで運営は正義だっていうの?」

「どうかな? ……でも、何回か言ったと思うけど、運営……ていうか犯人は、自分の正義を疑ってないよ。たぶん」

「…………。」

「あ、いや、疑ってはいるのかも……」

「……どういう……こと?」

「自分の正義を疑ってるから、こんなことになってんじゃないかな。うん。やっぱり効果あるよ。トラメガ刑事となんとか被疑者の取調べゴッコ」

「つまり、運営も自分の正義に不安があるから、こんな回りくどい手段で確かめてるってこと?」

「お、いい表現。俺の今の想像にピッタリだよ。よしトラメガ、再開だ」

「うい。って、あとなにか聞くことあんのかな?」

「それは刑事の腕の見せどころ、だろ。余罪を吐かせろ」

「へいボス。やってみます」

 理沙が真琴に向き直る。
 運営を「正義」だと断じるようなのが刑事役でいいのか?

「と、いうわけだ。吐きな」

「……なにを?」

「とぼけるな!」

 トラメガが真琴を指差して言う。

「……つまり、なに聞いたらいいか分かんないってことね?」

「疑惑のバイト……」

 く……。聞くことなくなったからって……。
 カマかけじゃん。まるっきり。
 それに、まだ話題になってない「賢者」については、それがなんであったのか島田くんには説明済みだ。
 このフザけた刑事役に答えなくてもいい。
 それよりも、そろそろみんなで考えるタイミングじゃないのかな……。

 島田くんは相変わらず携帯電話と格闘している。
 理沙も島田くんも、ホントにカレコレ進めてんの?
 まだ二人ともロボットじゃん。
 真琴はそれを口にする。

「私のことはさておきさ……二人ともちゃんと進めてんの? カレコレ」

 真琴の言葉に、理沙と島田の動きが止まる。
 いかにも「痛いところを突かれた」カンジだ。
 よし……反撃かな。

「私を散々イジっておいてさ、私はちゃんと進めてんのにさ、まだ二人ともロボットじゃん。早くクリアして確かめようよ。私と違うエンディングがあるのか」

 理沙と島田が無言で目を合わせる。
 どちらかというと、部下が上司に助けを求めてる雰囲気だ。
 そして、島田が理沙になにか耳打ちし、それに理沙がうなづいている。
 上司から作戦を授かり、トラメガ刑事が真琴を見据える。

「話を戻そうか。貧乳」

「……アンタ、そんだけ悪口連発して心が痛まないの?」

「そ……これも仕事、仕方がないんだ」

 ノリとはいえ、よくもまあここまでやれるものだと感心する。

「それで? 空気課長からなに言われたのよ」

「あんたが、いつ特別になったのか。それがまだ分からない」

「そこまで戻るワケ? ……でもそれって、警察にとって? それとも運営にとって?」

 理沙は真琴から目を逸らして島田を見る。
 明らかに聴くべきことを見失ってる。
 もう完全にポンコツになりつつあるぞ、この刑事。

「……警察に決まってるだろ」

「決まってるだろって……アンタ今、思いっきり困ってたじゃん」

「ちょっと空気を見ただけよ」

「……まあいいや。それが島田くんの関心事なのね。思い出すから理沙はクリアしてみてよ」

「ぐ……この……」

「いやホント、エンディングにどんだけ差があるのかも重要じゃない? ねえ島田くん」

「たしかに気になるな」

「だそうよ。私が考えてる間に進めてよ。カレコレ」

 理沙がつまらなそうにカレコレを再開する。
 状況として「真琴に質問をしながらカレコレを進める」が「カレコレを進めながら真琴のイジりかたを考える」に変わったようだ。

 これでひとまず質問責めから解放されそうだと真琴は軽くため息を吐いた。

 私に残された質問は、私が警察にとって「いつ」特別になったのか、か。
 言われてみればいつなんだろう……。
 真琴は松下と初めて話をしたときからを振り返る。

 初日のことはもう理沙に聴かれて話した。
 いや、でも理沙に話したのは触りに過ぎない。
 雑談の中でいろんな話をしたよな。
 あ、そうだ。松下さん、私に話を聞く前に「警察は嫌われ者」って話をしてくれたんだ。聴くだけ聴いて教えてくれないから、犯罪者だけじゃなくて結局みんなから嫌われるって……。
 うん、あの日、私が松下さんの説明に理解を示したとき、すごく感心されたよな。

 次に会ったのは10月1日のサークル前、もう工学部食堂が警察の捜査本部に変わってたんだ。
 そこで学生説明会のアンケート結果を見て、ビックリして、協力者を打診されて……。
 ということは、このときか? 特別になったのは……。

 いや違う。さっき理沙と話して、理沙に言われて感じたとおり、まだこの時点では警察にとって私は「たくさんいる」特別扱い候補のひとりに過ぎなかったはずだ。

 そのあとも、そう……10月2日も、10月3日も私は松下さんに会ってる。
 2日は……そうだ、カレン本体のアプリは安全になったけど、1日に始まったカレコレのプログラムはまた危険だって前の日に聞いたから、携帯電話を借りに行ったんだ。
 そして会ったとき、松下さんは「賢者」に関心を持ってた。
 正式な協力者じゃないとは言ってたけど、携帯電話を借りたくらいだから、この時か?
 別れ際は「賢者の言動に関心を払え」とも言ってた。

 けっこう込み入った話もしたし、正式じゃないっていうのは私の抵抗感を無くすためとも考えられるから、やっぱりこの日……2日に会ったときのような気がする。
 うん、事実上、私が本当に警察の協力者になったのは2日の夕方、工学部食堂だ。
 そう結論を出した真琴は理沙を一瞥したが、理沙が黙ってカレコレを進めているようだったので、この質問の出どころである島田に告げる。

「私が警察にとって特別……事実上の協力者になったのは、10月2日だと思う」

 この言葉に理沙が顔を上げたが、真琴が島田を見ていることを確認してカレコレに戻る。
 刑事ゴッコは終わりとみていいみたいだ。
 真琴は島田の反応を待った。

「……それは協力者として携帯電話を借りたから?」

「簡単に言うとそうなるのかな? ……まあ、カレンのこととか大学のこととか、この騒ぎのそのときの状況も結構詳しく教えてもらったし」

「ところで、なんで携帯電話……あ、そうか。そういや聞いたな」

「うん。ショボくなったカレン本体は安全だけど、カレコレのせいでまた危険になったって」

「そう、そう言ってたな。……ま、この話はまたあとで、かな」

「え……なんで?」

「その刑事の依頼、今日で解決する」

「え? なに言ってんの?」

「古川は一旦カレコレ閉じてステータス見てよ。あと……清川」

「ん?」

「あとどれくらいで終わる?」

「ロボットのハナシ?」

「うん」

「ん~。あと5分」

「よし。みんなでエンディングを見てみよう」

 島田くん……なにかの答えを見つけたみたいだ。
 言葉のすべてに確信が感じられる。
 だったら、私がすべきは口答えじゃない。
 言われたとおりにするだけ……。
 
 真琴は、島田に言われたとおりカレンコレクションを閉じ、カレンのメイン画面で自分のステータスを見る。
 
 そして絶句した。
 
 
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