かれん

青木ぬかり

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10月2日(日)

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 午前8時にセットしたアラームで真琴は目が覚めた。
 睡眠時間は充分なはずなのに、なんだか体か重い。
 昨日がちょっとハードだったかな……。それとも気持ちが疲れてんのかな。

 カレンがどうなっているのか掲示板を見てみようかとも思ったが、昼のバイトのことを思い、もう1時間だけ眠ることにした。

 念のためカレンのトップページだけ確認するが、新しいお知らせはなかった。
 真琴は安心して二度寝に臨み、1時間のまどろみを愉しんだ。

 そうして9時過ぎに起きた真琴は、ゆっくりと朝食をとり、のんびりと身支度をして家を出た。

 バイトが始まる10時半までにはかなり余裕があるが、早めに来ているバイト仲間がいればカレンのことについて話すのも有益だろうと思っての行動だった。

 もっすバーガーの駐輪場に自転車を置き、鍵をかけてから裏口に向かう。
 ドアを開けて中に入ると、バイト隊長の伊東が椅子の上で胡座をかいて携帯を弄っていた。

「おはようございますっ。早いですね隊長」

 伊東が手を止めて顔を上げる。

「お、おお古川か。……お前こそ早くないか? 俺はいつもこの時間には来てるぞ」

「さすが隊長、ご精勤でありますっ。それで、なんで隊長は椅子の上で胡座なんですか?」

「ん? ああ、なんとなく考え事っぽい……だろ?」

「ああ、たしかにそう見えますね」

「見えるだけじゃない。考えてんだよ」

「失礼しました……って、何を考え込んでるんですか?」

「……ん? うん……カレンの……功罪、かな」

「功罪……ですか?」

「ああそうだ。功と罪……だよ」

 そう語る伊東の表情には、なんとなくいつもの元気がない。
 いや、元々落ち着いた人だから、いつもどおりといえばいつもどおりなんだけど。

「……隊長、何か困ってるんですか? カレンで」

 真琴の質問に伊東は意表を突かれたような表情をする。

「カレンで? いや、違う。あ、いや、そう……なのかな?」

「なんか歯切れが悪いですね。隊長らしくないです」

「そうか? ……じゃあ聞くけど、いつもの俺ってどんな風なんだ? 古川から見て」

「え? ええと……落ち着いてる、というか、動じない、というか……。まあ、大人ですね。私から見れば」

「……簡単に言うと、おっさん……か?」

「いえいえいえ、そんなんじゃないです。頼りになる先輩ですよ。〝おっさん〟じゃなくて〝おにいさん〟です」

「そう……か」

 本当にどうしたんだろう……。いつもの精悍な雰囲気、覇気がない。
 こんなに元気のない伊東先輩は初めてだ。

 隊長……伊東先輩は3年生……。
 そういえばサークルで野崎さんが言ってたな。「3年はそれどころじゃない」って。

「3年生は大変なんですか? カレンで」

「ん? う~ん……。それは人によりけり、だろうな」

「じゃ、隊長はその……大変なほうなんですか?」

「カレンで大変かって言われると……どうなんだろな」

「大変っていうのは、期限までに業を減らせない……とかですよね」

「ま、そうだろな」

「隊長も業を減らすのに苦労してるんですか?」

「俺か? 俺はそんな、焦るほどの業は……ない」

「だったらそんなに悩まなくていいじゃないですか。みんな心配しますよ、隊長がそんな調子じゃ」

「みんなって……バイトのみんなか?」

「もちろん」

「みんなってことは古川、お前もか?」

「もちろんでありますっ。隊長!」

 いつものノリで敬礼してみせた真琴に、伊東は力ない笑顔を返す。
 ……業のことじゃないなら、何をこんなに悩んでるんだろう。なんか気になるな。

「あ、そうだ。隊長はアレ……あの、運営からどんな肩書きを付けられたんですか?」

「肩書き?」

「はい、あの、カレンの画面でアバターの下、徳と業の数値の上にある称号みたいなヤツ」

「ああ、あれな。……そういう古川はなんだ?」

「ふふふ、私は〝優等生〟ですよ」

「お? おお……」

「はい?」

「気が合うな。俺と同じだ。……喜んでいいのか分かんないけどな」

「ああ……分かります。隊長、働き者ですもんね」

「……まあ自分でも、バイトは頑張ってる……と思う」

「バイト以外は頑張ってないんですか?」

「う~ん……。胸を張って言えるほど頑張ってないな。留年したりはしないけどな」

「じゃあいいじゃないですか。業で追い詰められてる人はもっと大変ですよ。きっと」

「ああ、それもあるんだよな。早くも何人か、しばらくバイト休ませてくれって言ってきた。シフトは組み直しだ。古川、おまえ当面の……10日までの予定はどうなってる?」

 悩んでたのはシフトのやりくりか? つまり夜のバイトを抜けたがる人が出てきたんだ。
 カレンコレクションのせいで……。

「特に予定はありません……けど、みんな、カレンコレクション……ですか?」

「そうだ。あれに希望を見ているヤツは多い」

 気になる言い方だな。含みがある。

「隊長は……違うんですか?」

「ん? あ、いや、なんだろうな。とりあえず、やらなきゃいけない感があるからやるけどな」

「これまた歯切れが悪いですね」

「まあ、あれはたしかに救いがあるのかもしれない……とは思ってる」

「チームは組んだんですか?」

「一応、ひとりは決めた」

「ひとり……。つまり今のところ2人チームですか」

「ああそうだ。そういや古川、おまえ今日、掲示板見たか?」

「いえ、新しいお知らせがないのだけ確認してから二度寝しました」

「そうか。……実はな、今、みんな1年狩りに躍起になってるみたいだ。だから古川も気をつけろ」

「……へ? なんですか? 1年狩りって」

「カレコレで敵が出してくる問題だよ。あれが大学入試レベルまできたとき、いちばん頼りになるのはつい半年前まで受験生だった1年生……。違うか?」

「……そうなんですか?」

「しかも下級生と組めば力関係だけは上にある。だから古川、バイトでもサークルでも気をつけろ。なりふり構わないヤツは、すでに結成された1年生チームを抜けさせてまで引き抜こうとしてる」

「……分かりました。気をつけます」

「ところで古川はどこまで進んだんだ? カレコレ」

 カレコレ……か。まったく違和感のない呼称……まるで愛称だ。
 きっともう、掲示板ではこの呼び方が定着してるんだろうな。

 呪われた、忌むべきゲームなのに……。

「じつは、あんまり進んでないんです。用事が入ったんで」

「そうか。まあとにかく気をつけろ。さ、そろそろ他の連中も来る時間だ」

「あ、そうですね」

 真琴は腕時計を見る。そこに、タイミングを計ったように3年生の先輩が入ってきた。

「伊東ちゃんおはよー。あれ、古川じゃん。早くね? いつもより」

「はい、ちょっと早めに出てきました」

「あのさ、古川はもうチーム組んだ?」

「はい、サークルの友達と」

「友達ってことは、みんな1年生?」

「です」

「うおお、最強じゃん。古川、ソッコーでクリアしてみてよ」

「クリア……ですか?」

「うん。だってさ、クリアしたら現実にいいことがあるって保証……ないじゃん、今のところ」

「そういえば……そうですよね」

「だろ? クリアすればきっと、カレコレ内では大学の呪いが解けてハッピーエンドだよ。でも、だから何? リアルにはどんな影響あんの? って思うだろ」

「たしかに」

「だからさ、俺はその……なんだっけ? 伊東ちゃん」

「ん? 1年狩りのことか?」

「それそれ、そんな野蛮なことは言わないから、さっさとクリアして、その先にどんな救いがあるのか教えてよ」

 これには伊東も同調する。

「……そうだな。とっとと誰かがクリアしてみせればいろいろ分かるよな。よし古川、隊長命令だ。全速力でクリアしろ」

「はっ! 了解しました! でも隊長、バイトのやりくりはどうするんですか?」

「ああそうだった。くそっ」

「なに伊東ちゃん、バイト休むって言ってるヤツがいんの?」

「ああ、いる。けっこう悩ましいカンジでな。でも置かれてる状況によっては深刻だから、あんまり無理も言いにくくてな」

「伊東ちゃん……。それは人が好すぎだよ。もうシフトは組んだんだから」

「分かってるよ。でも俺のところで調整しないと、立場が弱い奴に直接交渉する奴がでてくる。そうなるとバイト内の雰囲気が悪くなると思ってな」

 伊東先輩はやっぱり気が利く。バイトの掌握を任されているのは伊達じゃない。

 そして私もお人好し……。この優しい隊長を見て、何もせずにはいられない。

「隊長、わたし、入れてもらっていいですよ」

「……分かった、助かる」

 そうしているうち、10時半からのシフトのバイト仲間たちが次々とやって来た。真琴も着替えに向かう。

 ロッカールームで着替えながら真琴は考える。
 伊東先輩の悩みは業じゃない……。
 バイトのやりくりで頭を痛めているようだけど、なんだかこう……もっと深い苦悩が見えた。

 ……カレンの功罪。そうだ、功と罪、伊東先輩は確かにそう言った。
 先輩がいうカレンの「功」とはなんのことだ?

 学生を縛り付けた上でカレンコレクションを打ち出して、運営は独善的に学生を再教育しようとしているようだけど、被害者……学生から見てカレンに功なんかあるのか?


 功か……。今になって気になる。
 二人だけのうちに聞いておくんだったな。
 また機会を窺って尋ねてみよう。

 真琴は制服をまとい、気持ちを切り替えてカウンターに向かった。

 午後2時半、パートの女性と交代して真琴はレジを離れた。
 昨日ほどではなかったものの、やはり週末……昼の飲食店は過酷、そして勤務を終えた解放感は格別だ。

 伊東の様子が気になっていた真琴は、勤務の初めにチラチラと伊東を観察したが、仕事に臨む伊東はいつもと変わらず的確に業務をこなし、バイトを統率していた。
 すぐに客のピークがきて伊東を観察している余裕はなくなり、真琴は業務に集中した。

 そして結局、いつもどおり伊東の支えを背中で感じながら真琴は戦線を守り続けた。


「く~。かなりハードだったな、今日」

 着替えを終えて休憩室に入った真琴に、先輩のひとりが声をかけてきた。

「はい~。でも、昨日よりはちょっとマシでしたよ」

「マジで? 昨日どんだけ忙しかったんだよ」

「昨日は……ヤバかったですね、正直」

 ここで伊東が話に加わる。

「そりゃ古川、お前のブランクのせいだ。そこまで言うほどの忙しさじゃなかったぞ」

「え~、そうですか? わたし昨日、いっぱいいっぱいでしたよ。はじめから終わりまで」

 伊東が笑う。今日はじめて見せる笑顔らしい笑顔だ。

「だからブランクだよ。2ヶ月近くのブランクがあったにしては奮闘してたよ、古川は」

「う~ん。なんとなく悔しいっす、隊長」

「ん? 誉めたんだぞ、俺は」

「……でも、自分ではそんなに鈍ってないつもりでしたし……」

「だから奮闘してたって。……看板娘としてな」

「う~」

 真琴はいたずらに伊東を睨んでみる。そんな真琴の視線を伊東は優しく受ける。

「そうムキになんなよ。たいした戦力だよ、古川は」

「わかりました。でもまあ、隊長が元気になったみたいでよかったです」

「ん、そう……か」

 伊東がしみじみと言う。やっぱり、いつもとどこか……なにかが違う。
 軽い沈黙が走り、場が重くなりかけたのを察したのか、先輩のひとりが話題を変える。

「ああ……今日もまた強制ゲームだよ」

 カレンコレクションのことだ。私は昨日、30分しかやってないけど、他の人たちはもっと進めてるはず……。

 ゲーム内の理学部で光の欠片に触れて、あのゲームが内包する毒…その怖さはなんとなく解ったけど、どうやって大学にかけられた呪いを解くのかが分からない。みんなはどうなんだろう。

「先輩はどのくらい進んだんですか? カレコレ」

「いや、進んでんのかどうなのかサッパリ分かんねえ。とりあえず片っ端から話しかけて、敵からの出題に答えてる。まずは業を500まで減らさねえとな」

「先輩はその……業はどのくらいあるんですか?」

「俺? 俺は660くらい……だな」

「それって多い方なんですか? 3年生では」

「いや、かなり少ない方だよ。俺のまわりには千を超えてる奴がザラにいる。ランキングに入ってるような知り合いはいないけど、運営が示した処刑の最低ライン……500はみ~んな超えてる。ホント、み~んな」

 そうか……。運営が示した期限は10月10日……。そして特典という名の処刑は業が500以上のものから用意されているから3年生はみんな、まずは業を減らす作業が優先なんだ。
 チームを組む前に理沙はそれなりに敵からの出題を消化していたみたいだし、もしかしたら、そんなに遅れをとっているわけではないのかもしれない。

 ……あれ? 私、何か大切なことを見落としてるような……。
 あ、そうだ、そもそもカレンコレクションでどうやって業を減らすんだ?

「あの……先輩」

「ん?」

「業って……カレコレで何をすれば減るんですか?」

「なに古川、知らないの?」

「はい、昨日……カレコレに気付くのが遅かったんで」

「売店だよ。池の近くの売店で買うんだよ」

「買うって……何をですか?」

「カルマトール」

「……え?」

「業が減る薬……だそうだ。3,000円で売ってる」

「3,000円……。それで、どのくらい業が減るんですか? その薬で」

「アイテムの説明では2~5、だそうだ」

「……高いですね、それじゃ。10個……3万円使っても50も減らない。運が悪ければ20しか減らないですよね」

「ああ高い。減る値がランダムなのもムカつく。でも仕方ないだろ?」

 仕方がない……のか。でもそれなら、掲示板に書き込んだ方がよっぽど効率が良さそうだけど……。

「掲示板に書き込みをした方がよくないですか? 業を減らすだけなら」

「そうかもしれないけど、掲示板は掲示板で基準が分かんねえんだよ。勇気を出して書き込んでも、減ったり減らなかったりだ。もっとも、カレコレが閉じてる時間は掲示板で減らす努力はしてるけどな」

 これが野崎さんが言ってた「3年はそれどころじゃない」の実態か……。

 先輩の口ぶりからすると、ほとんどの3年生が500を超える業を抱えていて、期限までに安全圏に滑り込もうとしている。

 多くの3年生にとって今、カレコレは業を減らす場……。
 だから謎解き……つまりゲームのクリアは二の次のように聞こえる。
 伊東はそんな真琴の心を見抜いたのか、バイト前に言ったことを繰り返す。

「古川、これが3年の実態だ。だから戦力的なこともあるけど、背負ってるものが比較的小さい1年生に期待がかかってる。掲示板では陰険な1年狩りの話題もあるけど、その裏で1年生に期待する書き込みも多い」

「そうなんですね……」

「だから、古川が夜のシフトに入ってくれる申し出はありがたいけど、なるべく入れないつもりだ。クリアしちまえよ。あんな……フザけたゲーム」

「それは荷が重いです。隊長」

「お前ならできる……気がする」

「はい……がんばります」

「じゃ、俺は帰る。シフトの件は……また追って連絡するから、そのときは頼むよ」

「了解しましたっ」

「え、伊東ちゃん、もう帰んの? なんで?」

「ああ、今日はちょっとヤボ用だよ」

「……ホントに?」

「……どういう意味だ?」

「あ、いや、べつに……」

「じゃあ、お疲れさん」

 妙な余韻を残して伊東は帰っていった。
 いつもならこの休憩室で延々と談笑するのが伊東先輩の日常のはずなのに……。
 残された真琴は、隣でポカーンとしている先輩に尋ねる。

「なんか……おかしかったですよね。今日の隊長」

 声をかけられた年長者は、ハッとしたように応じる。

「え? あ、ああ……うん。なんか……な」

「なんか悩んでるみたい。今日、初めからヘンでした」

「ま、いろいろあるんだろ。じゃあ俺も帰ろ。古川、お疲れ」

「あ、はい。お疲れ様でした」

 昨日に続いて、なんとなく後味の悪さを感じながら真琴は帰途に着く。

 サークルの前に警察の詰所……松下さんのところに行って警察の携帯電話を借りる約束だ。


 過ぎた軽装を松下から指摘されたことを思い出し、真琴はサークルで着る服はスポーツバッグに詰めて、サマーセーターにジーンズという身なりで家を出た。

 昨日よりは涼しいな……。空は高いけど。

 真琴は秋の匂いを嗅ぎながら、袖を抜ける風に涼を見た。

 秋風を抜け、真琴は警察の現地本部……工学部の食堂に着いた。
 真琴は松下の指示どおり携帯の電源を落としてからガラス扉を押した。
 エアコンの冷気が真琴の気を引き締める。

 女性の刑事が声をかけてきたので、松下と約束している旨を告げた。昨日と同じ部屋に通される。

 ほとんど待たされることなく松下が入ってきた。その顔には疲労が刻まれている。

「お待たせ。携帯の電源は切ってる?」

「はい」

 松下は椅子に深く腰掛け、大きく伸びをした。

「ああ、なんだか歳を感じるよ。大学の中だからかな。いきなり年寄りになった気分だよ」

「……お疲れみたいですね。さすがに」

「ああ、うん、さすがにね。逃げ込んできた気分だよ。この部屋に」

「え? どういう意味ですか?」

「捜査本部の空気が重いんだ。あっちにいたら息が詰まる」

「そうなんですね……。それって、捜査が思うように進まないから……ですか?」

「う~ん……。進んでは……いる。と思うんだけどね」

 なんとも微妙な答えだ。進んでいるなら、もっとこう、なんというか、溌剌としていてもいいような気もするし、なにより現地本部全体に活気がない。
 本当に進展してるんだろうか? それが真琴の率直な印象だった。

「あの……本当に捜査は進んでるんですか?」

「ん? ああ、もしかして……そんな雰囲気がしないかな?」

「ええ、そうですね。煮詰まってる……。そんな風に見えます」

「……そうだよね。歯痒いよ、ホント」

「と、言うと?」

「〝これだけ進んでます〟ってみんなに言いたいけど言えない」

 これまでにも松下が言っていたとおり、警察の捜査とはそういうものなんだろう。
 そして、それをあえて尋ねるのは駄々っ子だ。
 真琴はひとり合点して、捜査の状況に触れるのをやめた。

 松下が、黒い二つ折りの携帯を机上に置いて真琴に差し出す。

「これ、古川さんが持ってて。この事件……カレンに関することならなんでも、いつでも電話してよ。ホントに…いつでも」

 真琴は、その洒落っ気のない携帯を見つめて松下に尋ねる。

「……これを受け取ったら……私は正式に協力者になるんですか?」

「うん? ああ、いや、違うよ。そんなに深く考えなくていいんだ。僕らはとにかく、学生の状況を知らせてくれる人が必要なんだ。ちゃんとした……と言うと語弊があるけど、興味本意で捜査状況を詮索しない人をね」

「分かりました。お借りします」

 真琴は携帯電話を取り、スポーツバッグのポケットに納めた。

「それで、古川さんの方は何か変わったことはある?」

「それは……世間話ですね?」

「そう」

「サークルの友だちとチームを組みました。……カレンコレクション」

「そうなんだ。チームは1年生だけで?」

「はい」

「そりゃ頼もしい。どんどん進めちゃってよ」

「進めた方が……いいんですよね、やっぱり」

「うん。それは間違いない」

「私の友だちは、これが運営の本命……そう言ってました」

 ここで、これまで元気の無かった松下の疲れた顔、その眼に精気が宿る。

「そう言った友だちは〝賢者〟だ。違う?」

 賢者……? あ、ああそうだ、カレンコレクションを本命と断じたのは愛……。
 愛は〝賢者〟だ。愛が運営から受けたこの肩書きにはやっぱり特別な意味があるということか。

「なにか……特別な意味があるんですね? 賢者には」

「おそらく……だけどね」

「……でも愛……あ、いえ、私の友だちの〝賢者〟は、この前もお話ししたとおり、特別な子ではないですよ」

「そう……そうだろうね」

「いったい何が特別なんですか?」

「まだハッキリとしたことは分からない。でも何かある……。僕らはそう睨んでる」

「分からないって……本当ですか?」

 上目遣いの真琴の視線を松下が受け止める。
 その顔は努めてポーカーフェイス……。真琴にはそう見えた。

「参ったな……。ところで古川さんは、その子とチーム組んだの?」

「え? あ、いえ、その子とは別です。チームは」

「チーム……は?」

「はい、似た者同士でチームを作るより、多様性があった方がいいとかで。その子は、チームは別々にした上で協力しようって」

 ここで松下が黙る。何か真琴の想像の及ばないところに思考を巡らせているようだ。

「……賢者が、古川さんと組むのを嫌った?」

 え? いや、そんな感じではなかった……はず。真琴は思ったままを答える。

「いえ、そんなことはないです。私が組みたいというなら組む、とも言ってましたし」

「そうなんだ。じゃあ、チームは別でもこれからも友だちなんだね。その……賢者の子とは」

「はい、それはもう。なんというか、カレンへの対処はその子の方が私よりずっと冷静で頼りになるカンジなので」

「……そうか。じゃあ古川さん、その賢者の子の言葉にはちょっと関心を払ってもらえるかな。不自然な……というか、みんなが知らないようなことを知ってたりしないか」

「……どういうことですか? 〝賢者〟っていうのは運営と繋がってるんですか?」

「う~ん……。それはたぶん違う。繋がってはいないけど、操られてる可能性がある……と言った方がいいのかな。

でも、まだよく分かんないんだよ、ホントに」

「運営の一味……ではないんですね?」

「ああ、それは絶対にない。悪じゃないよ、賢者は」

「分かりました。……よく分かりませんが。それはその……こっそりと、ですよね」

「うん。できれば本人には気取られない方がいい」

 愛が運営と繋がってる? まさかそんなことはないだろう。目立つことを極端に警戒していたんだから。
 とはいえ、今回の騒動を受け止める姿勢という点で、愛はひときわ冷静だ。たしかに何かあるのかもしれない。
 真琴は松下の言うとおり、これからの愛の言動に注意してみることを決めた。

「……そういえば、カレコレのプログラムも解析してるんですよね?」

「うん。解析チームは徹夜だったよ。でも、プログラムそのものは小さかったから、朝には終わった」

「え……終わったんですか?」

「うん、終わったよ」

「じゃ、なにか分かったんですね?」

 松下が渋い表情になる。

「いや……分かったことは少ない。ゲームを攻略する上で役に立つ情報は手に入ったけど、ゲーム内で発生するいろんなイベントは、その都度サーバと交信するみたいで、肝心なことはあんまり分かってないんだよ」

「じゃ、あの……光の欠片に触れたときにパパパッて表示された写真は? あれは何だったんですか?」

「ああ、あれね。あれは……うん、画像は抜き出したけど、見せられない」

「見せられない……ですか」

「ゴメン。古川さんが協力者として設定されたなら必要に応じて見せることができるけどね。今のところ捜査情報という扱いなんだ」

「一瞬しか見えませんでしたけど、あれは脅しですよね? その、なんか……エッチな写真もありました」

「ああ、あった。そうだな、他のみんなにはまだ内緒だけど、あの中にあった猥褻な画像は市販のアダルトビデオから抽出したもの。つまり学生の画像ではないよ」

「そうですか。……よかった」

 真琴は心から安堵した。ほんの一瞬表示されただけとはいえ、誰かが新たに晒された可能性を危惧したからだ。

 でも、それなら……。

「みんなには言えないんですか? これを聞いて安心する人は多いと思いますよ」

「言えない」

「……どうしてですか?」

「運営を阻害するからだよ。みんなの心はまだ、生かすも殺すも運営の気分ひとつだよ。それを忘れちゃいけない」

「松下さん、もう単純に、例えば単純に運営が拠点にしているサーバを攻撃してダウンさせるということはしないんですか?」

「……それをやったら、どうなると思う?」

「……怒って別のサーバからバラ撒きますよね。……当然」

「そう、人質はデータ……つまりバックアップを取って別に保管しておけばこちらは手が出せない。そしてこんなに周到な運営がそれに備えていないはずがないんだ」

「そうですよね……。もう、ホントに何が目的なんですか? 運営は」

「鍵はカレンコレクション……。警察もそう考えてる」

「あんな模倣の集大成みたいなゲームがほんとに運営の目的に繋がってるんですか?」

「見た目はそれこそ模倣だらけ……。でもシナリオは完全にオリジナルだよね」

「……まあ、たしかに」

「だからシナリオを進めてもらいたいんだ。プログラムの解析だけじゃ足りない。必要の都度にサーバからデータを受け取る仕様だからね」

「分かりました。努力します。でも、まず頭の火を消さないと……」

「ああ、今、掲示板はその話で持ちきりだね。古川さんの頭にも火が着いた?」

「いえ、チームのひとりに」

 ここで松下は机上に視線を落とし、少し間をとった。

「そうか……。……古川さん」

「はい」

 真琴は少し構えて松下の言葉を待つ。

「古川さんのチームがシナリオを進めることに、警察は全面的に協力する」

「それは……どういう……」

「カレコレでおカネを貯めると、所持金に応じて売店で買えるアイテムが表示される」

「……そうなんですか?」

「うん。それで、29,800円で消火器が買えるんだ。それで頭の火は消える。チーム全員ね」

「……なんで誰もそれを知らないんですか?」

「まだ誰もそこまでおカネを貯めてないから、だよ」

「そうなんですか……」

「まあもっとも、カウントダウンが終わるまでに火を消せなかった場合にどうなるのかも、プログラムの解析では不明なんだ。何か悪いことが起こるとは思うけど、それがなんなのかは……おそらく運営しか知らない」

「そうですか」

「だから今夜のカレコレの流れは、誰かが解決方法を見つけてから掲示板に書き込んで、みんなが必死にお金を貯めて消火器を買う。たぶんそんな感じになるよ」

「そうですね。もう完全にからかわれてますよね、運営に」

「実はもうひとつ、火を消す方法があるんだ」

「え?」

「理学部の3階……奥から4番目の部屋に落ちてるんだよ。消火器」

「……そうなんですか? それならみんな、それを拾えば無駄におカネを遣わなくて済みますね」

 喜びを含んだ真琴の声色に、松下が微妙な表情をする。

「売店の消火器については今日、ゲーム内でヒントが出る。だけど、落ちてる消火器のことはノーヒントなんだ」

「それが……どうしたんですか?」

「今日の18時、真っ先に消火器を拾いに行けば運営の目に留まる」

「そんな……そこまで……」

「無いと言い切れる?」

 ……いや、言えない。落ちている消火器を拾うなら、それこそ時間をかけて他の部屋を探し回って、たまたま見つけたようにしないと不自然だ。
 ゲームの中でも目立ってはいけない……ということ?

「開始してすぐじゃなければ、目立ちませんよね」

「うん。もしかしたらホントに偶然に誰かが見つけて掲示板に書き込むかもしれない。そうなったら迷わず手を出していいよ。だけどノーヒントのうちに古川さんのチームが見つけるというのは、できれば避けたい」

「分かります。バックを疑われる……。そういうことですよね」

「そう。古川さんが警察に通じていることは、できればチームメイトにも感付かれないのが理想だよ。口に戸は立てられないからね」

「……そうですね」

 答えながら、真琴の頭の中は理沙の顔で埋め尽くされた。
 あの口に戸は立たない。……絶対。

 それから真琴は、掲示板で話題になっている1年狩りのことや、カレンコレクションというゲームの本質がアドベンチャーゲームに近いことなどを松下と話してから部屋を出た。

 松下は別れ際に、これからは主に携帯で連絡を取り合って、なるべく真琴は現地本部に顔を出さない方がいいと言った。
 目立つから……と。

 今日はたいして収穫がなかったとも言えるが、現地本部に入ったときの印象とは異なり、警察の捜査は自分が想像するよりもずっと進んでいるのではないかという感想を抱いた。


 人質はデータ……。それがネックなんだ……きっと。
 唯一の……そして最悪の。

 午後3時45分、サークルが始まる15分前に真琴は体育館に入った。
 早く来た人が卓球台を3台出してラリーを始めているが、やはり平時より人の集まりは悪い。

 真琴は女子更衣室に入り、サマーセーターとキャミソールを脱ぎ、そしてジーンズを脱ぐ。そこに理沙が入ってきた。

「あっ、こんなとこにいた。って……なに脱いでんのよ。いやらしい」

 たしかここは更衣室だった……はず。理沙の言葉はいつも真琴に軽い混乱を投げる。

「更衣室で着替えて何が悪いのよ」

「なんでわざわざ着替えるようなカッコで来んのよ。なんのプレイよ?」

 プレイとはなんだ? まあいいか、いつまでも下着姿でいるのもおかしいし、こんな理沙は無視してさっさと着替えよう。

「ああっ!」

「……なによ今度は」

「アンタ……もしかしてサークル終わったら、なおっちと何処かに消えるつもり?」

 この女……。私だってまだ「島田くん」としか呼べないのに。

「なおっちって……なにいきなり距離縮めてんのよ。だいたい島田くんはわたしの……」

 そこまで言いかけて止まる。しまった……理沙の罠にかかってしまった。
 言葉に詰まる真琴を見て、目を輝かせた理沙が言う。

「わたしの? ねえ、わたしの……なあに?」

「うるさい。だいたいサークル終わったらカレコレやんなきゃなんないでしょ」

「……やっぱりやんの? あの、お勉強ゲーム」

 お勉強ゲーム……か。たしかにそれは大きな要素のひとつには違いない。
 昨日はまだ小3の問題までしか出てきてないけど、敵が出す問題はこれからどんどん難しくなるんだろう。

「やんないなら別にいいよ。頭に火が着いてんのは理沙だし」

「うわあ、そうだった。お願い助けて、真琴」

「……だったらアンタもやるのよ、一緒にね」

 一緒に、と聞いて理沙が軽く首をかしげる。

「……なおっちはどうすんの? ラブラブの二人でやるんじゃないの?」

「まだ決めてないよ。だいたい、カレコレに気付いたのも島田くんが帰ってからだったし」

 言いながら真琴は、昨夜最後のメッセージで島田が〝火を消す方法の見当がついた〟と書いていたのを思い出した。
 携帯を手に取ってそのメッセージを確認する。
 ……うん。やっぱりそう書いてある。
 〝おそらく〟と付け加えているから確信はないみたいだけど……。

「まあ、今日は島田くんもサークル来るって言ってたし、会ってから決めればいいよ。どうせ6時になんないとカレコレはできないんだし」

「ええと、順当に考えて、3人揃ってやるなら真琴の部屋……だよね?」

「そうなるのかな? まあ私は別に構わないけど」

「じゃあそれでいこう。なおっちには真琴から言ってよね」

「わかった」

 話しながら着替えを済ませた真琴は、理沙と連れ立って更衣室を出る。

 島田は卓球台の近くでシューズを履いていた。真琴は近付いて小声で話しかける。

「島田くん。今日、どうする? カレコレ」

「ああ、集まろう。誰の家でもいいよ。俺んちでも古川んちでも……清川んちでも」

 理沙の部屋……そうだよ、そういう選択肢もあっていいはずだ。

「じゃ、3人でジャンケンしよっか」

「お、いいねそれ。お~い清川~」

 島田が大きな声で理沙を呼んだので真琴はドキッとした。思わず周りを見渡す。
 島田とのこと……。真琴はまだ地に足が着かない気分だが、一方の島田の振舞いはいつもと何ら変わりがない。
 呼ばれた理沙がニコニコしながら駆け寄ってくる。

「なになに~?」

「清川も今日、やるだろ? カレコレ」

「……あんまりやりたくはないけどね」

「それはみんな同じだろ。んで、誰の家でやるかジャンケンな」

「ええっ! なんで?」

 理沙が驚く。本気とも演技ともつかない素振りだ。
 きっと理沙の中でも半々……。本気であって演技を含むんだ。
 理沙との付き合いはわずか半年とはいえ親密……。考えていることはおおよそ分かる。
 理沙は私の家でやりたいんだ。

 理沙の意を読みとりながらも、真琴はそのまま島田と理沙の掛け合いを見守ることにした。

「なんでって……清川も一緒にやるんだろ? チームなんだから」

「いやでもそのあの、ホラ、わたし……オマケみたいなもんでしょ、真琴となおっちの」

「ん? 一緒にやんないの? まさか清川、俺と古川に気を遣ってんの?」

「違うもん。一緒にやるし。邪魔するし」

「じゃあジャンケンな」

「いやいやいや、ホラ……私んちゴミ屋敷だし」

「……そうなの? 古川」

「ううん。キレイだよ、理沙の部屋」

「……おい清川、なんなんだ?」

 理沙が追い詰められる。見ていて楽しい。

「……なおっちを上げるの……恥ずかしいし」

 困った風な顔で理沙が放った一言に島田はため息をついた。
 理沙は島田を上目遣いで見ている。
 演技……。いや、これは本能か。

「しょうがないな。古川、どうする?」

「え?」

「え? ってなんだよ。清川は俺を家に上げるのが恥ずかしいらしい。仕方ないだろ」

 それは理沙の嘘だ。私には判る。理沙はそんなに繊細じゃない。
 でも、この掛け合いは理沙の勝ちのようだ。
 ……なんだか卑怯だけど。

 でもまあ、理沙は島田くんの家を知らないだろうし……。そう考えて真琴は諦めることにした。

「じゃあ私の部屋でいいよ。今日はね」

「そっか。じゃあ決まりな。サークル終わったらいっぺん解散して、家でシャワー浴びてから古川んちに集合だな」

「うん、分かった」

「ブラジャー!」

 理沙はなんだか嬉しそうだ。思惑どおり……顔にそう書いてある。


 午後4時になり、3年生の先輩がみんなに集合をかけた。
 そして先輩は、今日を含めて当面……10月10日までの間、サークルの全体練習を30分短縮して午後5時半で切り上げるという連絡をした。

 カレンコレクションへの配意……。その場にいる全員が理解したのだろう、何の説明もないが誰ひとり質問しなか

った。

 そうしてこの日の練習は台が3つのままで、1セット勝負のメニューはなかった。
 つまり依然として真琴は首位……。そして島田との勝負は持ち越しだ。

 予定どおり30分早く解散し、真琴は島田を呼び止める。

「……島田くん」

「ん?」

「今、着替えとか……持ってる?」

「あるよ。直行しようか?」

「うん。理沙が来る前にちょっと話がしたい」

「わかった、直行する。とりあえずは普通に一旦帰るフリ……だな?」

「うん……そう」

「じゃ、またあとで古川の家で。……清川に尾けられるなよ」

 さすがに察しがいい。もしかしたら島田くんもこの流れを想定していたのかもしれない。

 真琴は念を入れて6時半過ぎに来るよう理沙に伝えてから、自転車置場で理沙と別れた。



 真琴がアパートに帰り着くと、既に玄関前に島田がいた。

「おかえり」

「ただいま。早いね」

「そりゃ急いだからね。さ、早く開けてくれ」

 真琴は玄関を解錠する。……そういえば初めてなんだよな、男の子をこの家に上げるの。
 そう思いながらも真琴に緊張は芽生えなかった。

「島田くん、先シャワー浴びて」

 島田を招き入れるなり真琴は言う。へそ曲がりの理沙が早く来てしまうかもしれないからだ。

「分かった。すぐ出る」

 いろいろな説明が要らない。自分が考えていることが島田くんに溶けているような感覚だ。これを幸せというんだろうか。

 そんな言葉を授けるにはあまりにも拙い想いだとは理解しながらも、真琴は他に相応な言葉を見付けない。

 きっとこの延長上にあるんだろうな。本当の……幸せは。


 ものの5分で島田はシャワーを済ませ、今度は真琴が浴室に入る。
 初めての匂い……。ここにも幸せの欠片があった。

 真琴も手早くシャワーを浴び服を着て、髪をときながら部屋に戻る。
 島田はちゃぶ台の前で、あぐらをかいて携帯電話を弄っていた。

 真琴は自分の携帯電話の電源を切ってから、空いている方の手を島田に差し出す。

「携帯……貸して」

 島田は一瞬だけ怪訝な顔をしたが、何も言わずに携帯電話を真琴に手渡した。真琴はそれの電源も切る。

「……ずいぶんと警戒するんだな」

「昨日、カレンコレクションが始まったときのアップデートで、カレンは危険なものに戻ったの」

「そうか……なるほどね。今さら説明会のやり直しもできないだろうし……。運営の計算は大したもんだな、ホント」

「聞かせて。火の消しかた」

「カネを貯めれば売店に並ぶ。たぶんね」

「……すごい。どうして分かったの?」

「俺たち昨日、かなり出遅れたろ? だからカウントダウンが始まるのも遅かった。俺たちより早く火が着いた人たちは、かなり焦って探し回ってたんだよ。でも、まだ誰も火を消せてない」

「うん」

「カウントダウンは5時間……。例の道徳の問題が現れるのは、早くても開始後3時間だったみたいだ。掲示板を見る限りでは」

「……そうなんだ」

「だから、まだ誰も解決してないけど、誰もリミットを迎えてない。たぶん今日、ゲーム開始後に方法が示されるんだよ」

「それで、なんで売店?」

「こっからは俺の予想。たくさんの人が考えても探しても見つからないなら、昨日の段階ではまだ誰も満たしてない条件が解決方法なんだ。そしてステータスは星か……カネ」

「……そうだね」

「星もお金も、敵が出す問題を解くことで増えるみたいだ。掲示板によれば、星を貯めるのが火を消す方法だと見込んで問題を解きまくって星600を貯めたチームがあった」

「でも、その人たちも解決できてない」

「うん。その人たち、星は貯めたけど金は貯めなかった。貯まる前に消費しちゃったんだ。業を減らすために」

「ああ、なるほど」

「で、今日の6時にヨーイドンでもみんなが間に合う要素は……カネの方だ。カレコレの売店は、そのときの所持金で買えるものしか表示されないみたいだし。きっと〝火消し水〟とかなんとかいう、火を消すアイテムがあるんだよ、きっと」

「すごいね、さすが島田くん」

「でも実際は分かんないよ。これはあくまで、今回は警告だっていうのが前提だからね」

 冷静な推理を聞き、真琴は改めて島田を頼もしく思った。

 ……島田くんとは秘密を共有していい。
 私が持つ情報を共有して、一緒に知恵を絞るんだ。
 ……理沙には悪いけど。

 真琴は自分が抱えるもの……一人では抱えきれなそうなものを島田に打ち明けることにした。

 覚悟が気配で伝わったのか、島田が機先を制する。

「俺が今言ったことは推測……運営に聞かれても支障ないんだから携帯を切る必要ないよな。つまり今から古川が言おうとしてるのは、さらに踏み込んだ話……だろ?」

「……うん、そう」

「ということは、古川は俺を試したんだ」

 そう、確かにそうだ。大好きで、これから一緒にいようと決めたのに、私は今、島田くんを試した。
 真琴は自省で思わず目を伏せる。

「そうだね。……ゴメン、いい気はしないよね」

「そうでもない」

「……え?」

「不思議だな。試されるのは好きじゃないけど、古川から試されるのは……なんかこう、悦びに近いものを感じるよ。……ヤバいな、このカンジ」

「なによそれ」

 知的な島田の顔に優しい笑みが浮かぶ。
 ああそうだ、この顔だ。私が惹かれてるのは。

「さあどうぞ。準備はオッケーだ。早くしないとアイツが来るよ」

 そう、時間はあまりない。急がないと理沙が来てしまう。
 真琴はちゃぶ台の上に二つ折の黒い携帯電話を出した。
 それに視線を落とした島田の横顔に向け、真琴は告白を始める。

「……29,800円」

「え?」

「売店で29,800円なの。……消火器。その携帯は警察から借りたもの。私、協力者になってほしいって言われてんだ。それでね……」



 しばらくしてインターホンが鳴り、真琴は時計を見る。理沙が来たようだ。真琴は話を中断する。

「理沙が来た。……島田くん」

「分かってる。清川に言えることは少ない。ちゃんと考えるよ」

「うん……でも、なんか後ろめたいね。理沙に」

「それは清川の日頃の行いの賜物……自業自得だろ」

「理沙に悪気はないんだけどね」

「分かってるよ。清川は悪いヤツじゃない。ああいうキャラ……性分なんだから仕方ない」

「そう……うん、そうだよね」

 真琴は理沙を出迎えに玄関に向かう。

 理沙が来るまでに真琴が持つ情報……とりあえず伝えなきゃいけないことは伝えた……と思う。
 松下刑事から仕入れた情報と、突出した徳のこと、そして〝賢者〟のこと……。
 それらを島田に打ち明けて、真琴は肩の荷が一気に軽くなった気分がしていた。

 よし、今からはカレコレに集中しよう。真琴は玄関を開けた。理沙は真っ先に部屋を覗き込む。

「ああやっぱり、なおっちが先に来てる。アンタら……二人で何してたのよ?」

「……何もしてないよ。島田くんも来たばっかだし」

「…………。」

 理沙が真琴の顔を覗き込む。その目は明らかに真琴を疑っていた。
 しかし事実を告げるわけにもいかない。真琴は徹底して惚けることにした。

「ホントだってば。私も島田くんも今から始めるんだよ、カレコレ」

「……今から?」

「そう、今から」

「もう6時半だよ。なんで先に始めてないのよ」

「それは……」

「清川、それを聞くのは野暮だろう」

「え?」

 割り込んだ島田の言葉に、思わず真琴が聞き返す。

「野暮って……まさか、アンタたち……もう……」

 ちょっと待て。
 〝もう〟ってなんだ。〝もう〟って。

「そのまさか……だよ」

 島田くんまで……。真琴はなんだか恥ずかしくなってきた。

「うわあああん。真琴の純潔がぁ~」

「あきらめろ清川、これは必然だ」

「ううう……真琴のえっち」

 これは……どうしたらいいんだ? この流れは。
 理沙はひとりで「あああ、あんなことまで……。うわああん、いやああ」とか言ってるし……。

「よし清川、余興は終わり。やるぞ、カレコレ」

「そだね、やろ」

 あれ? 話が終わった。どうやら私がひとりで慌てていたらしい。
 島田くんは理沙のボケに乗っかっただけ……。そういうことか。

 私は、理沙にとって最高にからかいやすい存在なんだろうな。

 さあ、気を取り直してカレコレを始めよう。
 真琴は、切っていた携帯電話の電源を入れる。

「あれ? 運営からお知らせが来てんじゃん」

 理沙が言う。真琴と島田の携帯は起動途中だ。理沙に話を合わせられない。

「すごい。もう650以上も星稼いでるチームがあるんだ」

「……ああ、俺たちも頑張らなきゃな」

 島田くんもまだ起動中のはず。話を合わせてるんだ。理沙に怪しまれないように……。


 ようやく携帯電話が起動してカレンを立ち上げると、理沙が言ったとおり運営からお知らせが来ていた。
 それはカレンのランキングコーナーに、カレンコレクションにおける星とおカネ……その上位チームのランキングを追加したというもので、開いてみるとそれぞれ上位20のチーム名とその数値が表示されていた。
 そこに自分たちは入ってない。真琴は自分の格好悪いチーム名が出ていないことに胸を撫で下ろした。

 そして真琴はカレンコレクションのボタンをタップする。

 10月2日……。明けない夜の呪いに挑むチームつるぺたの挑戦、その2日目が始まる。
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