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4 現実
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「じゃ、また連絡するよ。古川さんも、何かあったら僕の携帯にいつでも連絡して」
「分かりました。失礼します」
松下刑事からの事情聴取を終え、真琴は事務室を出た。
カレンについて真琴が知っていることは全部……「徳」と「業」の話から掲示板での騒動に至るまで全部を話した。
そもそも1年生である真琴はカレンを半年間しか使っていなかったので、提供できる情報は少なかった。
一方、教え得ることは少ないと言われながら、真琴は松下から多くの情報を得た。
どうやらアップデートされたカレンは、アプリ自体はすっかり安全なものに変わっているらしい。
携帯を遠隔操作したり、携帯内の情報を抜き取るような悪質な機能がなくなっているというのだ。
そして、アプリは今でもダウンロードできるが、新たにカレンのアカウントを作成することができないらしく、従前からアカウントを持っていた者しか今のカレンを使用できないというのだ。
つまり、アプリの分析はできても、警察はユーザーとしてカレンに潜入することができないというのだ。特にこの点について真琴は継続した協力を求められた。
運営の思惑に乗るようで気分はよくないが、徳を貯めれば新たな機能が使えるようになるという部分についても警察は強い関心を持っていて、現時点でかなりの徳を持つ真琴は可能な限り徳の蓄積に努めてもらいたいと依頼されたのだ。
また、松下がこぼした言葉で真琴が気になったのは「本当に、どうして今なんだろ」というものだ。
真琴も思う。運営は、数年に渡って仕掛けた花火にどうして今、着火したんだろう、と。
単に充分な人質が集まっただけとも考えられるが、きっと何か、今じゃなきゃならない理由がある……。
真琴はそう考えた。
学生棟を出ると、そこにはまだ相当な数の学生がたむろしていた。
……心細いだけなんだろうな、この人たちは。
出てきた真琴の方を見て何か聞きたそうな顔をしているが、遠巻きにするだけで声をかけてこない。
大学生にもなって、ひとりじゃ何もできない人たち……。
こんな人ばかりじゃないのは解っていても、真琴は再び情けない気分にさせられた。
理沙もいないし、真琴の友達はもういなくなっているようだったので、とりあえず家に帰ろうとして自転車でサークル棟の近くまで来たとき、真琴はサークル棟の前に10人ほどの集団を認めた。
制服の警察官がいる……。真琴は即座に、この集団がアプ研……アプリ開発研究会に押しかけてきた人たちだということを理解した。
警察官がいるということは、まさか警察までアプ研を疑っているんだろうか。
掲示板の、匿名を傘にしたくだらない書き込みを本気にしたというのか。
これじゃ野次馬だな、とは思いながらも、気になった真琴はその集団に近づく。
声が聞こえるところまできて、真琴はそれがどういう状況なのかをおおむね理解した。
学生がかなりヒートアップして揉めており、警察官はそれを止めようとしているのだ。見るとアプ研の部屋のドアが凹んでいる。
「やってねえなら証拠出せやコラ」
「やってない証拠なんかあるわけないだろ、やってないんだから。馬鹿じゃねえの?」
警察官に制止されながらも罵り合っている。アプ研らしき人の方がやや冷静だ。
「お巡りさん、これ器物損壊でしょ。もう連れてってよ、こいつら」
警察官も困っている。困りながらも押しかけてきている集団をたしなめている。
真琴はしばらく留まって様子を見ていた。やがて集団の興奮は警察官の説得により収まり、一人ずつ名前と連絡先を聴かれたあとで帰されていた。
そして警察官も帰っていったあとで、真琴はアプ研の部屋の前に立ち、ドアをノックする。
「なんだよ」
室内から、やけくそ気味の声がした。別口の押しかけだと思われたようだ。
「あの、私、教理1年の古川と言います。……その、大変……でしたね」
名前を名乗ったことで、押しかけではないと判ってくれたようだ。内側からドアが開く。
「……何の用?」
顔だけを出し、真琴を頭から足元まで眺めたあとで無精髭の男子学生が尋ねてきた。
無愛想な感じだけど……無理もないか。
「いえ、用っていうか……その、大丈夫かな、と思って」
「……これ、なんの騒ぎ?」
「え……知らないんですか?」
「知らないよ。さっきの奴らはカレンがどうとか言ってたけど、俺にはサッパリだ。カレンがどうかしたのか?」
知らないんだ、この人は……。つまり、もともとカレンを使っていなかったということか。
「え……と、簡単に言うと、カレンが豹変してみんなを脅し始めたんです」
「ああ、そういうことか。つまり、カレン運営の正体がアプ研だと疑ってんのか、さっきの奴らは」
あんまり驚く様子がない。そのことに逆に真琴が驚いた。
「……驚かないんですか」
「別に。アプ研の中じゃカレンは『絶対にインストールしてはいけないアプリ』という位置付けだったしね」
「そうなんですね……」
「だから驚きはしないけど、どんなことになってんのかは知りたいね。よかったら聞かせてよ。入る?」
「はい、失礼します」
アプ研の部屋はきれいに片付いていた。何台かの大きなパソコンと大きなディスプレイが並んでいて、たくさんのファイルが収められたキャビネットがあるが、それ以外は湯沸しポットが置かれた台がある程度で、中央に大きなローテーブルとソファが陣取っている。
会社の応接室……。そんな感じだった。
「まあ座ってよ」
無精髭を生やした小太りの男子学生が言うので真琴はソファに身を沈める。
このソファ……かなり上等だ。
「以外とおしゃれな部屋……だろ?」
「はい、そうですね」
真琴は正直に答えた。無精髭がコーヒーを出してくれた。
「それで? カレンがどうなったって?」
「あ、はい。昨日、カレンは朝から予告なしの定期メンテナンスに入って、それが終わった20時にカレンを立ち上げたら、まったく別物に変わってたんです」
「……別物?」
「はい、それはもう」
真琴は、実際に視てもらった方が早いと思い、携帯を手にとってカレンを立ち上げ、携帯を差し出した。
「え、いいの?」
「はい、どうぞ」
「ええと……。あ、そうだ俺、情報工学の小暮っていうんだ。いま3年。えっと……何だっけ、名前」
「古川です。教理の1年です」
「古川……よし、覚えた。……ホントにいいのか?携帯見ても」
「大丈夫です。やましいことはありません。……携帯には」
「なんか意味深だな。じゃ、遠慮なく」
そう言って無精髭の小暮先輩は真琴の携帯を受け取った。真剣な顔でカレンを操作する。
「なんだこりゃ、とんでもないとばっちり……酷い言われようだな。ウチは」
アプ研を犯人扱いする掲示板を開いたのだろう。小暮が嘆く。
「ひどいですよね。匿名だとこんなに簡単に話が逸れる……」
小暮が真琴の方を見る。
「古川は、単にアプ研が心配だからという理由だけでここにきたわけじゃない。……違うか?」
「え……いえ、そんなに深くは考えてないんですけど……。そうですね。私はアプ研は犯人じゃないと思いましたし、むしろカレン運営に立ち向かえる可能性があるのがアプ研なんじゃないかと思って……どんなところかな、と思って来ました」
「そうか……。古川、実はな」
「はい」
「アプ研は、カレンが広まり始めた頃も戦ったんだよ、3年前……俺が1年のときに」
「……そうなんですか?」
「ああ、アプ研は、カレンを見てすぐその悪意……というか危険性に気付いた。だから一生懸命それをみんなに呼びかけたんだ。構内のあらゆる掲示板に貼り紙をしたし、チラシ配りもやった」
「でも、止められなかったんですね」
「ああ、カレンはあまりにも優れものだったんだ。正直、アプ研のような学生集団が作れる代物じゃない。みんなの反応は『え? でもこれって大学の公式アプリでしょ』って感じだった」
「たしかに……クオリティーは高かったですよね。今はもう見る影もないですけど」
「2年目になると、カレンを批判するとかえって異端児……危険分子みたいな目で見られた。だから俺たちは戦うのを諦めた。自分たちは絶対に使わないけどな」
「大学側には何かアクションを起こさなかったんですか?」
「もちろん訴えかけたよ、学生課に……何度も。でも学生課の対応は、警察を大学に呼んで『危険なアプリをインストールするのはやめましょう』ってな講習会をしてもらう程度の一般的な注意喚起しかしてくれなかった」
「…………。」
「今思えば大学側に危機感が足りなかったよな、絶望的に。まあいいや、ウチらももう一度なにかできることがないか、みんなで考えてみるよ。今さらだけどな」
そう言って小暮は真琴に携帯電話を返した。
「はい、お願いします、小暮先輩」
真琴はそれから、アプ研の普段の活動などについて話をし、小暮と連絡先を交換してからアプ研の部屋を出た。
掲示板では「女っ気ゼロ」「エロゲばっか」「キモデブ」などと散々な言われようだったが、現実はまったく異なっていた。
アプ研は、物書き志望の文学部の子が書いたストーリーに教育学部第四類の子が描いた絵と音楽を乗せて立派なノベルゲームを作って世に出していた。
その作業は何度も打ち合わせを重ね、力を合わせて物を生み出す創造的な営みであり、ひとつの作品が完成した暁には大々的に打ち上げをするらしい。
小暮は「俺たちは基本、女子が創作した作品をひとつにまとめてるだけだよ」と言っていたが、話を聞いて真琴はアプ研というサークルが相当な数の女子を束ねる団体のように感じられた。
無精髭で小太りの小暮にも、ちゃんと恋人がいるらしい。
私の方がよっぽど異性に慣れてない……。真琴はそんなことを思った。
そういえば、小暮先輩も松下刑事と同じことを言ってたな……。
〝なんで今なんだろうな〟……と。
真琴がアパートに着いて携帯を見ると、カレンが「お知らせ」の新着を告げていた。
開いてみると、それは明日の学生説明会の案内だった。
ご丁寧に学部ごとの会場まで記載してあり「必ず出席しましょう」という言葉で締められていた。
余裕だ……。運営は……。
残暑にも関わらず、真琴は汗が退いていくのを感じた。
翌日午後、真琴は総合科学部の講堂の一席にいた。間もなく学生説明会が始まる時刻だ。
昨日、松下刑事やアプ研の小暮先輩と話をして夕方に帰宅した真琴は、前日に一睡もしていなかった疲れから食事も取らずにベッドに倒れこみ、今日の昼近くまで泥のように眠っていた。
危うく学生説明会に遅れるところだったが、学科の友達からの電話で起き、その友達と一緒にランチをしてから講堂に入った。
昼食を共にしたのは真琴が学科でいつも一緒にいる2人の友達、大神愛と山本早紀で、教理1年という区分ではそもそも真琴を含めてこの3人しか女子がいない。
教育学部は文系の教科であれば女子の比率も高いが、理系教科に女子は少ない。
特に今年、真琴の学年は例年よりもさらに少なかった。
そんな事情もあって学科ではいつもこの3人で行動しており、同じ学科の男子たちからは、女性3人組の芸人の名前に由来して「三中」という愛称を与えられていた。
いつもはとりとめのない馬鹿話で盛り上がる3人だが、この日の昼食はさすがに口が重かった。
なんとか確かめられたことは、3人が3人とも、とても人には見せられないものをカレン運営に握られたということと、何があっても3人は一緒に頑張ろうということだった。
学食を出て講堂まで歩いているとき、愛が真琴に「島田くんっていう人のこと、どうするの?」と聞いてきた。
真琴は2人に「サークルで気になる男子がいる」ということは打ち明けていたので、意に反して掲示板に晒され、図らずも両思いであることが判った真琴の恋に興味が抑えられないようだった。
愛はこの件を「カレンが落とした唯一の明るい話題」と言ったが、真琴は「まだ何も考えてないよ。それどころじゃないし」と答えた。
そうして3人並んで講堂の後ろの方に陣取り、黙って学生説明会が始まるのを待っていたとき、真琴の右に座る早紀が「痛っ」と言った。
右を見ると早紀が後ろを振り返っており、その視線の先には同じ学科の男子、平野がいた。平野は一人で来ているようだった。
「……なにすんのよ、いきなり」
「いや、こんなときでも三中は仲がいいなと思ってな」
「だからってちょっかいださないでよ、いつもいつも……。アンタ、私のこと好きなんじゃないの?」
「あれ、バレた?」
「……もう、どっか行ってよ。あっちにウチの男子が固まってるから」
「へいへい。……なあ、お前ら、どんな爆弾持たされたんだ?」
「……いいからさっさと行ってよ、うっとおしい」
早紀の剣幕に押され、平野は教理の男子たちがいる方に歩いていった。
……爆弾、か。一昨日の夜にカレンが豹変して1日半しか経っていないが、掲示板などではカレン運営に握られたプライベートのことを「爆弾」と呼び、それを晒されることを「処刑」と呼ぶのが定着していた。
あっという間にこの呼称が浸透したのは、この呼び方がそれだけ的確に学生たちの心境を表していたからだろう。
カレン運営は業の嵩によって10月10日から順次処刑すると宣告しているが、運営の意に背けばいつでも処刑されるということは2人の犠牲者が身をもって教えてくれた。
真琴は思う。みんなはアップデート時に見せつけられたものを自分の爆弾だと考えているふしがあるけど、きっと爆弾は一人にひとつじゃない、と。
カレンでの検索履歴が爆弾になり得るということは既に公になったし、それであれば真琴にも同種の爆弾が用意されているはずだ。
それに、従前のカレンはSNS機能を持っていたから、そこでのやり取り……ガールズトークも充分に爆弾になり得る。
さらに言えば動画だって絶対にひとつじゃないはず……。ひとつだけだと考える方がおかしいんだ。
本当に、運営に抗う術などあるんだろうか。対抗手段を何も思い浮かばない真琴は、警察の捜査が唯一の望みと考えていた。
予定の開始時刻を過ぎたが、まだ説明会が始まる様子はない。
講堂はほぼ満員、そして黙っている人はほとんどいない。皆、落ち着いて黙ってなどいられないのだ。
皆が囁くような小声で話をしているが、囁き声も集まればかなりの騒がしさとなる。
そんな中、前方のドアが開き、学科の首席教授を先頭に何人かの大学職員らしき一団が入ってきた。首席教授は背広を着ていて、その表情はいつになく硬い。
その一団の中には真琴が見たことのない人もいたし、知っている人……学生課の白石もいた。
入って来たのは全部で8人で、演壇の横に置かれた机に着く。
首席教授の高山教授が登壇した。説明会が始まるようだ。講堂内が一気に静まり返り、学生たちの視線が高山教授に集まる。
「皆さん、今日集まってもらったのは他でもありません。すでにご存じのとおり、悪質な携帯電話アプリによって、かなりの数の学生が事実上の脅迫被害に遭っています。既にプライベートを公表されて深い傷を負った学生もいますので、皆さん不安が大きいと思いますが、明日から大学は後期日程に入ります。大学が混乱に陥らぬよう、後期日程が始まる前に急遽、こうして集まってもらいました」
そう切り出した高山教授は、カレンというアプリが大学とは無関係であること、3年前から毎春にテントを設けて家財を販売していた業者は名義を貸していた者であって、真相は警察が捜査中であることを説明した。
そして、幸い一命をとりとめたが、脅迫ネタにショックを受けた学生1名が自殺未遂をしたことを報告した。
一度は静かになっていた学生たちだったが、高山教授の説明中に再びざわめき始め、そのトーンは次第に高まりつつあった。
真琴の後ろにいる学生も「マジ無責任じゃね?」などと言っている。高山教授は一旦間をとってから「皆さん、落ち着いてください」と制した。
「大学側の責任、これについて私はどうこう言える立場ではありませんが、皆さんが大学を責める気持ちは解ります。ですがそれは、この騒ぎが解決をみてから追及すればいいと考えます。まずは問題を解決すること、それが第一です。そのために、これから警察の方から皆さんに説明と指示がありますので、よく聞いて冷静な行動をお願いします」
そう言って高山教授は演壇を降りた。そして演壇の横の机に着いている男の一人に軽く礼をした。
それを受けて男が席を立ち登壇する。
刑事だったのか……。どうりで見たことがないはずだ。
そう思いながら真琴は、登壇した刑事の言葉を待つ。
刑事は壇上から学生たちを一瞥する。刑事の年齢は40代半ばといったところか、昨日の松下刑事とは違い、神経質そうな、ピリピリした空気をまとっている。
「みなさん、こんにちは。県警本部の国際捜査室の室長補佐をしております大塚といいます。早速ですが、今、皆さんを不安に陥れている事件について、捜査の状況などについてご説明させていただきます」
室長補佐……どれくらいの立場にいる人なんだろう。真琴は警察という組織のことなどまったく知らないので、この大塚という人が偉い人なのかどうかもよく分からない。
ただ、雰囲気はかなりの重さがある。ざわついていた学生たちも一斉に口を閉じた。
大塚という室長補佐の話は、概ね真琴が松下から仕入れた情報のとおりだった。
松下がこの事件を評するのに用いた「大学を標的にしたテロ」という言葉を大塚も使った。
講堂の後ろの方に着席していた真琴は、大塚の話が進むにつれ学生たちに絶望的な気配が降りていくのが見てとれた。
なにしろまったくもって明るい材料がない。そして国際捜査室の刑事をして、犯人の拠点が中国にあることが捜査の大きな足枷であり早期解決は困難であるというのだから、この上ない説得力だ。
真琴の両隣にいる愛と早紀も顔色が悪い。
「とにかく、犯人たちがサーバの拠点を中国に置いたのはあくまで捜査を困難にするためで、犯人の主体は日本人に間違いないとみています。ですので警察は皆さんからの情報を広く求めます。ただし、今回の事件の性質上、携帯電話などの電子機器を用いた連絡は可能な限り慎まなければ危険が伴います。このため今日の午後……ちょうど今作業に取りかかったところですが、構内……工学部の学食を警察が借り上げ、当面のあいだ捜査の現地本部とします。情報提供はその現地本部にいる捜査員にアナログ、つまり口頭でお願いします」
現在のカレンはアプリ自体に危険はないものの、犯人たちがどんな手段を取るか予測できないということだろう。
警察が大学構内に常駐するなど大学自治に過敏な日本ではまさに異常事態だが、やむを得ないことだと真琴も納得した。
「この事件については、今のところ犯人像も不明なら、その目的も不明です。目立った行動は危険、それしか申し上げることができませんが、今後捜査に進展があり、お知らせできることがあれば皆さんにお知らせしますので、どうか取り乱すことなく、冷静な行動をお願いします」
旅客機がハイジャックされたとき、人質に求められるのは「犯人を刺激しないこと」だ。大塚補佐はそれと同じことを言っている。
……蛮勇は命を落とすぞ、と。
それにしても、ハイジャックにしろ誘拐にしろ大抵の場合この種の犯罪では犯人から何らかの要求があるものだけど、今回の事件ではそれがない。
……いや、本当に何の要求もあっていないのだろうか。もしかしたら警察には何か要求が告げられていて、学生たちにそれを言えない状況ということもあり得る。
本当に、犯人の目的はなんだろう。
「私からの話はこれで終わりますが、このあと、今回の事件の規模と概要を正確に把握するために皆さんにアンケートをします。無記名ですので、どうか正直なところを記入してください。……なにかご質問はありませんか」
講堂が沈黙する。大塚が「ないようでしたら……」と言い始めたとき、前の方にいる男子が一人、挙手をした。
大塚が「どうぞ」と言い、その学生が起立する。
「あの……カレンのサーバが中国にあって、いろいろ難しいことは解りました。それで、動画サイトのパオドゥも中国系のサイトなので削除させるのに手間がかかるのも解ります。だったらブラウザ側で、なんかこう、フィルタリングみたいな方法で動画が閲覧できないようにはならないんですか」
大塚補佐はしっかりとうなづきながらこの質問を聴いた。そして間を置かずに答える。
「今お尋ねがあったことについては既に昨日、内閣に相談をしています。しかしこれもなかなか難しい問題を孕んでいて、ブラウザ側でパオドゥという動画サイトそのものを遮断することは、動画サイト……つまり広告収入を得ている企業と、ブラウザ……広告手段を提供している企業の利益の問題になるので、そこに介入するためには警察ではなく経済産業省、つまり国として企業に要請する必要があります。しかも今回の場合、その相手はどちらも外資企業です。既に公表されてしまった動画については犯罪にあたるものとして警察から削除ないしフィルタリング依頼をすることができますが、削除依頼については相手が中国企業ですし、フィルタリング依頼についてはひとつの動画を閲覧できなくするためにブラウザを逐一アップデートするという非現実的なイタチごっこをすることになります。大手検索サイトに依頼して検索にヒットしないようにするのが一番手っ取り早いですが、それも数多ある検索サイトに協力を求めなければならないうえ、パオドゥという動画サイトそのものを検索から除外するには利益が絡んできます」
つまり莫大な、国家的損失と言ってよい規模の費用がかかる……。だから現実的には無理だと言っている。
真琴はそう理解した。
経済大国たる日本は、技術はあるのに情報の分野では弱小国なんだ。アメリカにも、中国にさえも遅れをとっている。
そして物ではなく情報がカネになる時代に日本の行く末は暗い。
世界一のスーパーコンピューターを造る技術よりも、確たる純国産の通信網を築く必要があったのではないか。
地方の一学生に過ぎない真琴をしてそんなことを考えさせるほどに、大塚補佐の回答には補佐自身の苦悶……悔しさ、やりきれなさのような感情が滲んでいた。
他の学生たちも真琴と似たようなことを考えているのか、非情ともいえる内容の大塚補佐の回答に誰一人として反論しない。
そして大塚が降壇したのを合図に、それまで黙って着席していた職員たちがアンケート用紙を配り始めた。真琴はその用紙を見る。
アンケートはいたってシンプルな内容だった。
カレン使用の有無及び使用期間、特設テントでの家電購入事実の有無、そして運営から見せられた爆弾の内容と、現在の徳と業の数値だった。
回答者に関する事項は学年と性別だけの無記名だったので、真琴はありのままを回答した。
さすがに爆弾の内容で
□ 性に関するもの
という部分にチェックを入れるのには少し抵抗を覚えたが、事態はそれどころではないと思い、正直にチェックを入れた。
職員の一人が、アンケートが終わった者は用紙を畳んで回収箱に入れてから帰ってよい旨を告げた。
学生たちは一斉に席を立ち、列を作って順番を待つ。
事実上散会となったが、このタイミングで職員が学生の列に向かって
「心配事がある人は、学生課が24時間体制で相談を受けるので、前にいる職員に申し出て連絡先を交換してから帰ってください」
と言った。
そんなことは散会の前に言うべきじゃないのか? ここにいる全員が心配なんだから……。
真琴は初めそう思ったが、直後に、これは既に自殺を図った学生がいることへの対応……ケアだと分かった。
そもそもこの説明会の主催は警察だったんだ。
警察への挑戦……その舞台としてたまたま広大が選ばれた……。その可能性もゼロではないな、真琴はそんなことを思った。
職員の指示を受け、パラパラと学生が列を外れて今度は職員の前に小さな列を作り始めた。
その中にあって、その場にいる唯一の女性職員、白石のところには誰も並ぶ者がいなかった。
普段「口うるさいおばちゃん」と学生から陰口を叩かれている白石さんは、こんなときこそ頼りになりそうなのに……。
白石の前に列ができないのは、本当に嫌われているからなのか、女性には相談しづらいからなのか、その両方なのかは真琴には判らなかったが、いつになく疲れきった顔で席に着いている白石を見て、真琴はなんとなく、いてもたってもいられなくなり、愛と早紀に「ごめん、先帰って」と告げて列を離れた。
愛は「目立つよ」と言って止めようとしたが真琴は止まらなかった。
列を離れた真琴は歩きながら考える。目立つよ……か。
そうか、女子で職員に相談するほど心配だということは、それだけ恥ずかしい爆弾を抱えているという証左なのか。
そういえば職員前の列には女子が一人もいない。
真琴は急に周りの男子の視線が気になり始めた。
あいつ、きっと相当エロいもの撮られてるぜ……。無言の視線がそう言っているようで、真琴は自分の動画を思い出しそうになったが、なんとか平静を保って白石の前に着いた。
白石が驚いた顔で真琴を迎える。
「え……と、あなたは……たしか、古川さん?」
「はい。お疲れですね、白石さん」
「ええそうね。疲れてるわ、たしかに。そんなことよりあなたが相談に来るとは思わなかった」
「……どうしてですか?」
「私の記憶では、あなた、かなり真面目な子だと思ってたし、それに……こんな場所じゃ女子はなかなか並びにくいだろうし」
「白石さんは学生みんなの名前、憶えてるんですか?」
白石が笑う。しかし、その笑顔も疲れていた。
「まさか。……そうね、憶えてるのは主に留年ギリギリでこっちから連絡してあげなきゃいけないような子ね。あとは……あなたみたいな、目立って真面目な子」
「目立って真面目な子……なんですか? 私は」
「うーん……。憶えようとして憶えてるわけじゃないから、言われてみればいい加減ね。でもね、長年この仕事してると、案外と見誤らないものよ」
「そうなんですか」
「ええ。それより……大変ね、みんな。あなたも巻き込まれてるわけね」
「はい、巻き込まれてます」
白石さんが大きく溜め息をつく。
「あなたみたいな子まで苦しめるなんてホントに悪質ね。許されることじゃない。プライベートは誰にもあるんだから」
「はい、そう思います」
「あなたなら何でも相談に乗るわ。でも、この場所でいつまでも男子の好奇に晒されることはない。交換しましょ、連絡先。ラインでいいかしら」
「はい」
そうして真琴は白石とラインIDを交換した。
そういえばラインだって国産じゃない……。今さらながらそんなことを思った。
「いつでも連絡して。私、あなたなら心から相談に乗れる」
「ありがとうございます。学生課の方はもう落ち着いたんですか? その、警察の捜査は」
「全然、まだまだよ。カレンというのが凄く良くできたアプリだったらしくて、必ず大学に内通者がいると警察は睨んでるみたい。でも、できるだけ混乱を抑えて予定どおり後期日程に入りたいという点では大学と警察の意見は一致してるから、今日が山場ね。明日から通常業務に入れるように、多分夜通しで捜査が入るわ」
「それは……お疲れ様です」
「私の心配してる場合じゃないんでしょ。くれぐれも目立った行動は禁物よ。なにがなんだか分からないんだから。……今はまだ」
「分かりました」
「さ、ここに長居は無用よ。あとで……といっても明日以降がいいけど、連絡して」
「はい、よろしくお願いします」
真琴は白石の疲労を案じながら、アンケート提出の列に戻った。
真琴が先陣を切ったからか、そのあと白石は何人かの女子から相談を受けていた。
アンケートを提出した真琴はひとり講堂を出る。
総合科学部の前のピロティには昨日の学生棟前と同じような雰囲気で多くの学生たちが残っていた。別の会場から出てきた学生も混ざっているようで、後期が始まる前日にして構内は学生だらけだ。
愛と早紀も残って学科の男子たちと話していたので、真琴はそちらへ足を向ける。
愛たちは真琴が出て来るのを待っていたようで、出入口に真琴の姿を認めると駆け寄ってきた。
「真琴、どうだった?」
「どうだったって……何が?」
「おばちゃんと何話したのかってことよ」
白石さんのことか。愛も早紀も、白石さんのことは単なる学生課のおばちゃんという認識なんだろうな。
「別に……なにも。連絡先を交換しただけだよ。いつでも相談できるように」
「……そうなんだ。根掘り葉掘り聴かれたのかと思った」
「そんな訳ないじゃん。いい人だよ、あの人は」
「悪い人じゃないのはわかるけどさ……うるさくない? なんか」
そう言ったのは早紀だった。真琴は聞き返す。
「なんかって……なんか言われたことあんの? 早紀は」
「ううん、ないけど……でも、学生課に提出ものに行くと、いっつも誰かがなんか言われてるから……その……私は、あのおばちゃんに当たらないように、おばちゃんが忙しそうなタイミングをみて書類出してた」
真琴は内心で呆れた。なんだか余程やましいことがあるみたいじゃないか、それじゃ。
「早紀……」
「あ。真琴がお母さんの顔になってる」
「お母さんは情けないよ早紀。アンタ、仮にも教育者の卵なんだろ?」
「あぁ……お母さんごめんなさい。早紀が悪いの。もうしません」
早紀に乗せられてお母さんになってしまった。でもまあ、早紀の気持ちも解らなくはない。誰だって嫌なことを言われたくはないんだ。
そして自分は白石さんから気に入られている希少な部類だから何も言われない。だから白石さんに悪い印象はない。
それだけなんだ。
でも、学生の中でも特に自分たち……将来教鞭を執るという志を抱く教育学部の学生であれば、あえて嫌なことを言う白石さんの姿から学ぶべきことは少なくないんじゃないだろうか。
たぶんこれは私の頭が固すぎるんだろう。一昨日に見た理沙のステータスは徳も業も私とは違ったけど、カレン運営からの評は〝普通の人〟だった。
そして生活の中でも「学び」を共にしている早紀を見る限りでは、早紀は理沙よりも私に近い……と真琴は思う。早紀は決して不真面目な学生じゃない、と。
……いや、いけない。そもそも徳と業を物差しにして何かを判断しようとすれば、それこそ運営の思うつぼじゃないのか。
例えば〝勉強するために大学へ行ったんだから、勉強だけに専念しろ〟なんて極論は成り立つはずがないんだ。
私たちは学生であると同時に〝若者〟なんだから。
真琴の難しい顔を見て心配になったようで、早紀が今度は愛の後ろに隠れて
「……愛姉ちゃん、お母さん、まだ怒ってるよ」
と言った。真琴は慌ててとりなす。
「怒ってなんかないわよ。私のかわいい早紀……おいで」
早紀が「お、おかあさ~ん」と言いながら抱きついてきた。その猿芝居に今度は愛が呆れ顔だ。
そういえば愛は割と冷静だな。……まあ、いつものことだけど。
でも、私が列を外れようとしたときに間を置かず「目立つよ」と言って止めるあたり、愛は、ある程度の客観的な視点をもって今回の騒動を受け止めているようだ。
「ねえ愛、愛は今回の騒ぎ、どう思ってんの?」
愛が首をかしげて考える。
「うーん……。どうって言われてもね……。よく分かんないから、身動きしないのが一番って感じかな。私たちに何かをさせたいなら、いずれ運営から何かしらの指示があるだろうし」
「……運営の次の動きを待つってこと?」
「いや、ああ……うん。……ま、そういうことになる……のかな?」
「とにかく運営には逆らわない方がいいってこと?」
「ああ、それはそうだね。……真琴、運営は私たちにとっては間違いなく悪だけど、自分を悪だとは思ってないよ、絶対」
「……うん、そうだね」
「私たちはそんなおかしなヤツらに囚われた人質。さっき警察の人が言ったとおりだよ。いつまでかは判んないけど、私たちはもう、おとなしくするのが役回りなんだと思う」
「おとなしくすれば安全ってこと?」
「ううん、違うよ真琴。そうだな……うーん……。 ん? あ、運営からお知らせだ。えっと…。え? 『教理1年の古川真琴は今すぐに服を全部脱いで、みんなの前でウンコしろ』……だって」
愛の表情が急に真剣になり、真琴を見据える。
「……え?」
「5分以内にやらないと、みんなの爆弾を晒す。周りの者は絶対に古川真琴から目を逸らすなって書いてある」
「え? え?」
真琴は慌てるが、愛は携帯の画面を見ながら続ける。次に愛は周りをキョロキョロし始めた。
「ヤだ、みんな集まってきたよ真琴。まだ口には出さないけど『早くしろ』って顔に書いてあるよ。……どうする?」
「…………分かった。愛の言いたいことは分かったから……もうやめて」
愛がいつもの優しい顔に戻る。
「……真琴、戦争の裏じゃこんなの日常だよ。人質どうしで何かやらせて尊厳を奪って惨めにさせる。殺し合わせたり、汚し合わせたり……。恐怖で縛らなきゃいけないから。選ばれるのは、ただ単に目についた人。『あ、おい、そこのお前』ってカンジ。……気まぐれだよ」
「目立っちゃいけないんだね。……みんなのためにも」
「うん、そう。私たちはみんな同じ……人質だよ」
ここで早紀が口を挟む。
「でもさ愛、運営はなんか私たちをステータスで差別してそうじゃん。それはどうなんの?」
「だから判んないよ。でもね早紀、もし運営の目的が『大学を機能不全にして潰すこと』だったとして、私が運営だったら、優等生から処刑するよ」
……そうか、愛の言うとおりだ。真面目なお利口さんが処刑され始めたら大学は一気に大混乱だろう。
そして、運営の目的がまったく判っていない以上はその可能性は低くないんだ。
運営から与えられたステータスや称号をどのように解釈しようが今は意味がないんだ。
意味がないと理解しながら真琴は、理沙が持つ〝普通の人〟という称号が最も安全じゃないのかという方向に思考が流れた。
本当に、目立たないことが第一だ……。〝優等生〟なんて、安全でもなんでもない。
命運は運営の気分次第なんだ。
足元が急に危うくなった心地でいる真琴に、聡明な友人が続ける。
「私ね、思うんだ。アプリとは別のルートで警察か大学か、もしかしたらそれ以外の思いもよらないところに私たちの身代の対価が請求されてるんじゃないかって」
「なんで……そう思うの? ……愛」
「だって、こんだけの大事件なのに、明日から普通に後期日程に入るっていうんだよ? おかしくない? たぶん運営の指示だよ、大学を動かし続けるのは」
思慮の深さは違えど、理沙と愛の結論は同じ。……そして父とも。
真琴は、もしかしたら自分のような中途半端な者こそ一番危ういのではないかと考えた。
真琴は黙りこみ、視線を地面に放り投げて思案に耽る。愛も早紀もしばらくそれを見守り、真琴が何か言うのを待っていたが、真琴が顔色悪く黙り続けていることが心配になったようで、堪り兼ねたように愛が言う。
「……真琴、ゴメン。意地悪だったね。さっきのは」
愛の声に真琴はハッとする。
意地悪? ……ああ、さっきのやつか。
「ううん。そんなことない。ビックリしたけど、自分たちがどんなことになってんのかよく解った。私、かなり甘く考えてたみたい。私が列を外れようとしたとき、愛は止めてくれたのにね」
「ああ、あれ。……ま、とにかく私は目立っちゃ駄目ってことだけ考えてたからね」
「サークルの友だちも愛とおんなじ、『目立たないようにしなきゃ』って言ってたんだ。……考えてっていうより、本能的にって感じだけど」
「真琴、考えるのは悪くないんだよ。どんなことが起こっても対応しなきゃなんないもん。でもね、責任は持てないけど、ホント言うとね、私、今のところは……と言っても期限付きだけど、目立ちさえしなきゃ今はまだ大丈夫なんじゃないかって思ってんだ」
「……どして?」
「だって今のところ、処刑されたのは逃げようとした2人だけで、それも再三警告したけど聞かなかったから、でしょ。まあ、運営に言わせれば……だけど」
「……うん」
「だから運営は、私たちを虜にしたままで、それを武器に何かをしようとしてると思うんだ。少なくとも運営が示したルールに背かない限りは、運営が言うとおり10月10日まではもう誰も処刑されないんじゃないかな。あくまで運営の機嫌次第だけど」
「愛がそう言うと、ホントにそう思えるね」
「だから今はおとなしく運営に囚われながら、心が折れないようにすることが大事だよ。考えすぎて思い詰めちゃうくらいなら、いっそ考えない方が賢明かもよ」
「そっか……うん、解った。愛、ありがと」
「真琴は考えすぎるから……そうよ、島田くんって人のことをどうすんのか考えてるくらいがちょうどいいよ」
「え……」
「そうそう、それそれ。どうすんの真琴」
話題が切り替わったことを察知した瞬間に早紀が食い付く。
早紀……。コイツも強いよな、ある意味で。
「え、ええと……どうしよう。まだ何も考えてないよ」
愛が大袈裟にため息をついてみせた。そして言う。
「……真琴、アンタほんとに考えすぎよ。私だったらそっちで頭がいっぱいだよ。なんたって、いきなりカップル成立なんだから」
「カップル成立って……。掲示板に書かれてからまだ話もしてないのに」
「じゃあ話そう。話そうよ、真琴」
「早紀……アンタ楽しそうね」
「え? だってあの真琴に彼氏ができるんだよ」
本人を前にして「あの真琴」はないだろ、早紀……。
「あの真琴って、どの真琴よ」
「ほら、あの、ガチ乙女の」
「……なによその、ガチ乙女って」
早紀が放った真琴評に、愛が大笑いしている。
「なによ愛まで……。あ、そうだ。愛と早紀はなんだったの? あの、運営からもらった肩書きは」
「う……」
早紀がダメージを受けたジェスチャーをする。
……そんなにヒドい肩書きなんだろうか。
「人のこと聞く前に自分で名乗ろうよ。はい真琴から」
「え……私は、〝優等生〟……だよ」
早紀と愛が顔を見合わせる。早紀は「だてに真琴じゃないね」とかワケの分からないことを言っている。
……そうだよ、だいたい他にはどんな肩書きがあるんだろう。
「さ、私は言ったよ。じゃあ次は……愛から」
「私? 私は……〝賢者〟」
「……へ?」
「何それなんてゲーム?」
「……知らないよ。じゃあ最後、早紀の番だよ」
「ねえねえ、うちの男子たちの肩書き……気になんない?」
「ごまかしても無駄よ早紀、言いなさい」
「……どうしても?」
「いいから早く」
「うう……」
「なによ早紀、そんな大層な肩書きなの?」
「そうじゃないけど……」
「だったら早く言いなさいよ」
「…………〝わんぱく〟」
今度は真琴と愛が顔を見合わせた。
「……ぶふっ」
愛が吹き出す。早紀は「だから言いたくなかったのにぃ」と言っているが、真琴もつられて笑う。
「なによ真琴まで。くそう、いつか運営にスカウトされたらヒドい目に遭わせてやる」
なんだ、称号は一直線上にあるものじゃないのか。
理沙と自分のしか知らなかったから格付けのようなものだと思っていたけど、格付けというより、まるで人物評じゃないか。
運営が何を考えてるのかますます解らなくなったものの、このことは凝り固まった真琴の心を心をほんの少しだけ柔らかくした。
運営にも血は通っている。その色はまだ見えないけど……。
真琴は初めてそんな感想を抱いた。
わずかに心を軽くして愛たちと別れた真琴は自転車で構内を横切る。
そして工学部の学食の前に差し掛かったとき、5台のワゴン車が停まっていた。
警察の車だ……。列を成す車の一台、そのリアハッチのところで作業服姿の松下刑事が額に汗をかきながら荷物を台車に降ろしているのを見つけた。
その顔に笑みはなく、とても話しかけられるような雰囲気ではなかった。
真琴は無意識に速度を下げ、松下の邪魔をせぬよう距離をとって通り過ぎた。
過ぎざまに食堂の方に視線を投げると、入口の近くには先刻に講堂で演壇に立った高山教授や大塚補佐を含む背広姿の一群があった。こちらの表情は一層深刻で、笑みはおろか微塵の余裕も窺えない。
食堂……捜査の現地本部にするとか言ってた。その準備が整い次第、会議が始まるんだろう。
若い松下刑事と背広の一群との違い、それは責任の重さだ。それは真琴にもすぐに判った。
松下刑事は自分の任務を遂行し、立場ある年配の人たちには目に見えぬ計り知れない責任が乗せられたんだ。
そんな渦中にあって囚われの真琴たちは、むしろ笑い合う程度の余裕がある。真琴はその事実に気付き、理屈抜きに自分を恥じた。
揃いも揃って生け捕られて、なまじ母体が大きいせいで危機感に欠ける学生らを、この人たちはどんな思いで守ろうとしているんだろう。
自分だったら……。果たして自分だったら素直に同情だけを注げるだろうか。社会人経験がないだけに想像が及ばない部分の方が大きいが、自分が警察、あるいは大学教授だったなら、今の学生たちの姿には歪んだ感情を禁じ得ないだろうと真琴は思った。
家に帰ってきた真琴は、洗濯機で乾燥をかけていたタオルを1枚抜き出して汗を拭きながら片手で冷蔵庫を開け、林檎ジュースをらっぱ飲みしてからベッドに腰を降ろす。そうして携帯電話でカレンを開く。運営から新たな知らせはない。
ステータスにも変化はない……。最初の夜、時間割を入れたり、もょもとに向けて書き込みをしたりして徳と業が少し増減しただけだ。
287718B
優等生
徳:206
業:041
……優等生、か。愛と早紀の肩書きに比べれば、なんの面白味もない肩書きだな。
理沙の〝普通の人〟よりはいくらかマシだけど。
考えてみれば不思議だ、と真琴は思う。理沙と自分だけの世界であれば二人の肩書きは優劣をもって語られるけど、ほんのちょっと他の世界に触れてみればその優劣は掻き消される。
これ、世の中の全部に当てはまることなんじゃないかな……。
小さな画面を見つめながら真琴は、まだ見ぬ広い世界、まだ知らぬ無限の世界に思いを馳せた。
掲示板を開くと、板の数がかなり増えていた。
そういえば、板を立てることができるのは徳が200を超えている人と……運営だ。
板の数は既に50を軽く超え、ざっと見たところ70くらいと思われた。運営がどんどん板を立てているのか、それとも徳の多い学生が増やしているのかは判らない。まあ、板のタイトルをよく見れば判るかもしれないけど……。そんなことを考えながら真琴はタイトルの一覧をスクロールさせる。
……いや、これは案外判らない。真琴はタイトルの一つひとつを確認していくが、学生が立てたものか運営の手によるものか判別できないものの方が多かった。
〝大学の責任を考える板〟
〝運営の正体について〟
〝肩書きを書いて立ち去るだけの板〟
どれも判別は容易じゃない。大学の責任を問うことなど、学生の意思でもあり得るし、運営の目論見……誘導である可能性もある。他も然りだ。
これは……マズい。真琴は直感した。
学生が立てる板の中に運営が立てる板が紛れる……。
さらには学生の書き込みの中に運営の書き込みが紛れ込む。
特定の方針を示す板を立てるだけでも学生の意思は誘導されるし、運営がたて続けに書き込んで板の流れを変えてしまうことも簡単だ。匿名なんだから。
極端に言えば、運営が立てた板で、書き込みの全部が実は運営の自演だったとしても学生には判らないんだ。
そしてその板が盛況であるかのように見せれば、学生はそれを多数の意見であるかのように誤解する。
運営は学生総意を誘導する。
その予感に真琴は戦慄した。
そして、ある板のタイトルで真琴の指が止まる。
〝白石っておばちゃんが内通者じゃね?〟
何かを踏みにじられる感触……。
真琴は運営に抗う術を心中で模索し始めた。
白石さんが内通者……。なんて短絡的な発想だろう。
〝嫌い〟と〝悪い〟はイコールじゃないのに……。
そんなことも分からないんだ、この板を立てた人は。
立てたのが運営か学生か判然としない板が多い中で、この板からは学生の臭いがする。
書き込みの中身もそう、根拠のない白石さんの誹謗中傷ばかり……。アプ研のときと同じ、単なる不安の捌け口として白石さんに目を付けたのがよく判る。
無責任の悪意は、本来は重いはずの個人の尊厳を、いとも軽い気持ちで踏みにじる。
……匿名を傘にして。
デブ、不細工、更年期……。本質と関係ないじゃないか、こんなの。
〝化粧が中国っぽい〟って……もう、なにが言いたいのかも判らない。
〝ゼッタイ貰い手いないよな〟って……。私は知ってる。白石さんにちゃんと家庭があって子供もいることを。
いつだったか白石さんは私に「うちの子もあなたみたいにまっすぐ育つといいんだけどね」って言ったんだ。
……母を侮辱されたような気分だ。ホントにこれがウチの……国立大学の学生が書き込むことだろうか。程度が低すぎる。こんなひどい内容ならむしろ、これが運営による書き込みだと思いたい。
真琴はそう思いたかったが、見れば見るほど書き込みの内容は、それが学生によるものであることを示していた。
内容が具体的……。そう、具体的かつ幼稚なんだ。
〝この前コピー機の前でつまずいて書類の束ぶちまけてやんの。マジどんくさい〟とか……。
〝私、あんなつまんない大人にはなりたくない〟って……。じゃお前は誰で、何様なんだよ。
真琴は、一瞬とはいえ運営のことを忘れ、沸き上がる憤りに心を預けた。
やがて憤りは沸騰し、そして真琴は沸騰したままの心で考える。
……この感情はどこに向ければ治まる? いや、どこに向けるべき感情だろう。
冷めぬ心はあらゆる場所を巡り、そして探ったが、矛先を向けるべき対象として真琴が導き出したのは結局「運営」だった。
そうだよ……。すべての元凶は運営なんだ。
醜い書き込みも、その原動力はおそらく「業の消費」……。
何かを書き込まずにはいられない人が少なくないんだ。
そして匿名の掲示板であっても、良識ある運営ならこんな個人に対する攻撃は直ちに削除されるのが通常だ。
だけどカレン運営には良識なんか望むべくもない。
……抗おう。処刑されるわけにはいかないから何ひとつ行動はできないかもしれないけど、心まで運営に屈しないように。
そう……心だけでも抗おう。そうしないと処刑されなくても潰される……。
真琴は怒りに促されながら掲示板を眺め続け、失望し続けていた。
ふと液晶画面の時計を見ると19時近く……。窓越しに外を見やると、もう暗くなり始めていた。
明日から10月……これが夏休み最後の夜、か。
明日から大学が後期日程に入るといっても、今日は金曜日、だから初日の明日は土曜日だ。講義はない。
上の学年であれば、曜日などお構い無しにゼミや研究室が本格稼働を再開するが、まだ1年生の真琴は講義がなければ実質は休みに近い。
始まるのは……そう、せいぜいサークルとバイトくらいだ。
サークルが始まる……。それなら島田くんと顔を合わせることになる。
最初に会ったとき、私はなんて言えばいいんだろう……。
少しのあいだ真琴は、サークルで島田直道に会った場面を想像しようとしたが、ささくれ立った心は明るいイメージを描かない。
心はまだ運営に囚われていた。
理沙もサークルに行くだろうから理沙に電話をかけようか……。そうも思ったが、真琴は、その前に母に電話をしておくことにした。
お母さん、きっと心配してる。
真琴は母の携帯電話ではなく、家の電話にかける。コール2回目で電話がつながった。
(はい、古川です)
「え……お父さん?」
意図に反して電話に出たのは父だった。いつもならこんなに早く帰ってこない……はず。
(お、なんだ真琴か。どうだ、無事なのか?)
「え……う、うん。まあ、無事……だと思う。それより早くない? 帰ってくんの」
(ん? ああ、金曜だしな。で、あれから何かあったのか?)
まあ、カレンの件は、相談するならお父さんの方がいいかもしれない。心配してるのはお父さんも同じだし。
真琴はこれまでの出来事を父に話すことにした。
掲示板のことと理沙のこと、2人の犠牲者のこと、もょもとのこと……。
父は時折相槌を入れるだけで、真琴の話を遮ることなく聴いた。
松下刑事のこと、アプ研のこと、学生説明会のこと……。
このあたり、おそらく父の意に背いているから叱られると思ったが、父の相槌に怒りの響きは生まれない。
そして愛と早紀のこと、白石さんのこと……。
真琴があらかたの経過を話し終えたと判断した父が真琴に問う。
(その〝賢者〟という子は何者だ?)
賢者? ……ああ、愛のことか。何者って……ただの友だちだし。
真琴は思ったままを答える。
「何者って……。同じ学科の友だち、何者でもないよ」
(なんだ……お前はその程度なのか?)
「え……どういう意味?」
(……真琴、お前は何者だ?)
「…………。」
(お前もまた、何者でもないのか?)
「…………。」
真琴は答えに窮する。父は思わぬところを責めてきた。
(いいか真琴、よく聴けよ。この世の中に何者でもない人間なんか、いない。まずそれを理解しろ)
「……わかった」
言いたいことはなんとなく解るけど……私、今それどころじゃないんだよ。
そんな言葉が喉元まで来たが、なんとか飲み込んだ。
(お前のことだ。どうせあれこれ考えてるんだろうが、お前の周りにいるみんなも同じようにあれこれ考えてるんだ。掲示板にくだらない書き込みをしてるやつでさえも、だ)
「う、うん」
そうなのか? いまいち同意できないけど、今日の父は反論を認めない感じだ。
(知恵があったり洞察が深いやつはそういう者なりに、そうでない者もそうでないなりに全力で考えてる。聞こえは悪いだろうが、俺から言わせればお前の考えることも、しょせん〝真琴なりに〟なんだ)
「……だったら、だったら助けてよ。お父さん」
(俺はお前に処し方を伝えたはずだ。だけどお前はそのとおりには振る舞わない。お前なりの考えで、だ)
「……ごめんなさい」
(ん? 勘違いするなよ。俺は怒ってるわけじゃないんだ)
「え……違うの?」
(ああ、正直なところ、真琴がおとなしく言うことを聞くのは難しいだろうなとは思ってた)
「そうなの?」
(これでもお前の親だぞ、俺は。それくらい分かる。あのときお前に言ったことは、しょせん〝お父さんなり〟の意見だ)
しょせんって、そんな……。そんなことは思ってない。
真琴が黙ったので父が続ける。
(しょせんっていうのは、悪いっていうことじゃない。物差しの種類もあるし、物差しの当て方もある。俺が言うことは……そうだな、たとえば〝しょせん部外者〟〝しょせんオッサン〟の意見なんだ)
「……ああ、なんとなく解る」
(さらに言うとな、物差しは逆さまにも当てられるんだ。しょせんお利口さんには、とか、しょせん偉い人には、とかな。くだらない書き込みをしてる人の気持ちは、しょせん〝優等生〟のお前には解らないと思われてるかもしれない)
……そう、たしかにそうだ。
「……何者も侮るな」
(お? おお、かなりいい線だな、それは。うん。いいぞ真琴)
変なところで感心されても、いまいち嬉しくない。それより、お父さんは助けてくれないつもりなのか。
「お父さん、お父さんは助けてくれないの?」
(ん? そりゃ……できることがあるなら、なんでもするぞ)
「なにかないの? できること」
(そうだな……まあ、さっきお前から聴いた話をあとでよく考えておく。でも、たぶん……できることは、ない)
「そうなの?」
(ああ。相談だけならいつでも大歓迎だけどな。なんせ自分が渦中に身を置いてないから、なんとも判断できん。それにお前だって、自分が渦中にいて、そこの空気を知ってるから俺の言うとおりにできないんだろ?)
「……うん、そうだね」
(それにな、真琴)
「なに?」
(もし俺やお母さんが勝手に何かをして、その結果お前がヒドい目にあったとき、お前は親を恨まなきゃならない。恨まれる親も辛いが、親を恨まなきゃなんないのも……けっこう辛いぞ。自分の人生を親のせいにするのはやめた方がいい)
「……わかった」
(どう転ぶか判らないが、悪い転び方をしたときはちゃんと引き受けてやるつもりだ。だからお前の考えで納得のいく行動をしろ。だけどまあ、今のところ、お前の友だちの〝賢者〟の方が無難な動きに見えるけどな、俺には)
「わかった。ありがと、お父さん」
(念を押すようだが、どう転んでもこれがお前の人生……リハーサルじゃないんだぞ。慎重にしろよ)
「……はい」
電話が切られた。今日の父はいつになく饒舌だった。
この機会に何か大切なことを教えようとしている……。そんな印象すら覚えた。
そういえばお腹減ったな……。真琴はなにか作れないかと冷蔵庫を開ける。そのとき携帯電話がメッセージの着信を告げる。
メッセージは母からだった。
〝びっくりしたでしょ。真琴が心配で、ここんとこお父さんの帰りが早いのよ。真琴、くれぐれも気を付けてね〟
お父さんもお母さんも、何もしてくれないんじゃない。どうにかしたいけど身動きできないんだ。
そうだよな……。人質の家族は、ただひたすら無事の救出を祈るんだ。
冷蔵庫の中にめぼしい物がなかったので、真琴は結局、理沙に電話をかけた。
(真琴、いよいよ明日……サークルだね)
「うん、そうだね。ねえ理沙、もう晩ごはん食べた?」
(食べてないよ。どっか行く?)
「じゃあ、もっす行かない?明日からバイトも始まるから、一回顔出しときたいし」
(オケー。よし、作戦会議だ)
「……なんの?」
(なんのって……。島田くんのでしょ)
「……そう。まあいいや。私、先に行って店長に挨拶してるから、着いたら呼んで」
(はーい)
真琴は携帯電話をショルダーバッグに納め、玄関を出て自転車をバイト先……もっすバーガーに向けた。
店はもうラッシュの時間を過ぎていて、店長は明るかった。お世辞とは思うけど「看板娘が帰ってくる」と言って歓迎してくれた。
バイトの先輩は「古川、看板にも色々あってな……」と言っていた。
理沙は理沙で、店に来て席に着くなり話題は明日のサークルのことばかりだった。
理沙いわく「ワクワクが止まらない」らしい。
真琴が「カレンのこと、気になんないの?」と聞くと、「気にしたらどうにかなんの?」と返された。
お父さん……。考えてないヤツがいるよ、ここに……。
アパートに帰ってきた真琴はシャワーを浴び、薄手の青いパジャマに着替えてテレビを点けた。
たいして興味を惹く番組がなかったので、明日に備えて寝ることにした。
久しぶりに音楽でも……と思い、真琴はテレビ台のひきだしからイヤホンを引っ張り出して携帯電話に挿し、真琴の好きな女性ボーカルの曲を奏でさせた。
そしてそのままベッドに横になった真琴は目を閉じる。
父、店長、先輩、そして理沙……。夏休みの最後に触れた人たちの心は真琴のささくれを癒し、音楽は灰色の心に彩りを蘇らせるようだった。
そして真琴は明日……サークルでの展開を思い描きながら穏やかに眠りに落ちた。
「分かりました。失礼します」
松下刑事からの事情聴取を終え、真琴は事務室を出た。
カレンについて真琴が知っていることは全部……「徳」と「業」の話から掲示板での騒動に至るまで全部を話した。
そもそも1年生である真琴はカレンを半年間しか使っていなかったので、提供できる情報は少なかった。
一方、教え得ることは少ないと言われながら、真琴は松下から多くの情報を得た。
どうやらアップデートされたカレンは、アプリ自体はすっかり安全なものに変わっているらしい。
携帯を遠隔操作したり、携帯内の情報を抜き取るような悪質な機能がなくなっているというのだ。
そして、アプリは今でもダウンロードできるが、新たにカレンのアカウントを作成することができないらしく、従前からアカウントを持っていた者しか今のカレンを使用できないというのだ。
つまり、アプリの分析はできても、警察はユーザーとしてカレンに潜入することができないというのだ。特にこの点について真琴は継続した協力を求められた。
運営の思惑に乗るようで気分はよくないが、徳を貯めれば新たな機能が使えるようになるという部分についても警察は強い関心を持っていて、現時点でかなりの徳を持つ真琴は可能な限り徳の蓄積に努めてもらいたいと依頼されたのだ。
また、松下がこぼした言葉で真琴が気になったのは「本当に、どうして今なんだろ」というものだ。
真琴も思う。運営は、数年に渡って仕掛けた花火にどうして今、着火したんだろう、と。
単に充分な人質が集まっただけとも考えられるが、きっと何か、今じゃなきゃならない理由がある……。
真琴はそう考えた。
学生棟を出ると、そこにはまだ相当な数の学生がたむろしていた。
……心細いだけなんだろうな、この人たちは。
出てきた真琴の方を見て何か聞きたそうな顔をしているが、遠巻きにするだけで声をかけてこない。
大学生にもなって、ひとりじゃ何もできない人たち……。
こんな人ばかりじゃないのは解っていても、真琴は再び情けない気分にさせられた。
理沙もいないし、真琴の友達はもういなくなっているようだったので、とりあえず家に帰ろうとして自転車でサークル棟の近くまで来たとき、真琴はサークル棟の前に10人ほどの集団を認めた。
制服の警察官がいる……。真琴は即座に、この集団がアプ研……アプリ開発研究会に押しかけてきた人たちだということを理解した。
警察官がいるということは、まさか警察までアプ研を疑っているんだろうか。
掲示板の、匿名を傘にしたくだらない書き込みを本気にしたというのか。
これじゃ野次馬だな、とは思いながらも、気になった真琴はその集団に近づく。
声が聞こえるところまできて、真琴はそれがどういう状況なのかをおおむね理解した。
学生がかなりヒートアップして揉めており、警察官はそれを止めようとしているのだ。見るとアプ研の部屋のドアが凹んでいる。
「やってねえなら証拠出せやコラ」
「やってない証拠なんかあるわけないだろ、やってないんだから。馬鹿じゃねえの?」
警察官に制止されながらも罵り合っている。アプ研らしき人の方がやや冷静だ。
「お巡りさん、これ器物損壊でしょ。もう連れてってよ、こいつら」
警察官も困っている。困りながらも押しかけてきている集団をたしなめている。
真琴はしばらく留まって様子を見ていた。やがて集団の興奮は警察官の説得により収まり、一人ずつ名前と連絡先を聴かれたあとで帰されていた。
そして警察官も帰っていったあとで、真琴はアプ研の部屋の前に立ち、ドアをノックする。
「なんだよ」
室内から、やけくそ気味の声がした。別口の押しかけだと思われたようだ。
「あの、私、教理1年の古川と言います。……その、大変……でしたね」
名前を名乗ったことで、押しかけではないと判ってくれたようだ。内側からドアが開く。
「……何の用?」
顔だけを出し、真琴を頭から足元まで眺めたあとで無精髭の男子学生が尋ねてきた。
無愛想な感じだけど……無理もないか。
「いえ、用っていうか……その、大丈夫かな、と思って」
「……これ、なんの騒ぎ?」
「え……知らないんですか?」
「知らないよ。さっきの奴らはカレンがどうとか言ってたけど、俺にはサッパリだ。カレンがどうかしたのか?」
知らないんだ、この人は……。つまり、もともとカレンを使っていなかったということか。
「え……と、簡単に言うと、カレンが豹変してみんなを脅し始めたんです」
「ああ、そういうことか。つまり、カレン運営の正体がアプ研だと疑ってんのか、さっきの奴らは」
あんまり驚く様子がない。そのことに逆に真琴が驚いた。
「……驚かないんですか」
「別に。アプ研の中じゃカレンは『絶対にインストールしてはいけないアプリ』という位置付けだったしね」
「そうなんですね……」
「だから驚きはしないけど、どんなことになってんのかは知りたいね。よかったら聞かせてよ。入る?」
「はい、失礼します」
アプ研の部屋はきれいに片付いていた。何台かの大きなパソコンと大きなディスプレイが並んでいて、たくさんのファイルが収められたキャビネットがあるが、それ以外は湯沸しポットが置かれた台がある程度で、中央に大きなローテーブルとソファが陣取っている。
会社の応接室……。そんな感じだった。
「まあ座ってよ」
無精髭を生やした小太りの男子学生が言うので真琴はソファに身を沈める。
このソファ……かなり上等だ。
「以外とおしゃれな部屋……だろ?」
「はい、そうですね」
真琴は正直に答えた。無精髭がコーヒーを出してくれた。
「それで? カレンがどうなったって?」
「あ、はい。昨日、カレンは朝から予告なしの定期メンテナンスに入って、それが終わった20時にカレンを立ち上げたら、まったく別物に変わってたんです」
「……別物?」
「はい、それはもう」
真琴は、実際に視てもらった方が早いと思い、携帯を手にとってカレンを立ち上げ、携帯を差し出した。
「え、いいの?」
「はい、どうぞ」
「ええと……。あ、そうだ俺、情報工学の小暮っていうんだ。いま3年。えっと……何だっけ、名前」
「古川です。教理の1年です」
「古川……よし、覚えた。……ホントにいいのか?携帯見ても」
「大丈夫です。やましいことはありません。……携帯には」
「なんか意味深だな。じゃ、遠慮なく」
そう言って無精髭の小暮先輩は真琴の携帯を受け取った。真剣な顔でカレンを操作する。
「なんだこりゃ、とんでもないとばっちり……酷い言われようだな。ウチは」
アプ研を犯人扱いする掲示板を開いたのだろう。小暮が嘆く。
「ひどいですよね。匿名だとこんなに簡単に話が逸れる……」
小暮が真琴の方を見る。
「古川は、単にアプ研が心配だからという理由だけでここにきたわけじゃない。……違うか?」
「え……いえ、そんなに深くは考えてないんですけど……。そうですね。私はアプ研は犯人じゃないと思いましたし、むしろカレン運営に立ち向かえる可能性があるのがアプ研なんじゃないかと思って……どんなところかな、と思って来ました」
「そうか……。古川、実はな」
「はい」
「アプ研は、カレンが広まり始めた頃も戦ったんだよ、3年前……俺が1年のときに」
「……そうなんですか?」
「ああ、アプ研は、カレンを見てすぐその悪意……というか危険性に気付いた。だから一生懸命それをみんなに呼びかけたんだ。構内のあらゆる掲示板に貼り紙をしたし、チラシ配りもやった」
「でも、止められなかったんですね」
「ああ、カレンはあまりにも優れものだったんだ。正直、アプ研のような学生集団が作れる代物じゃない。みんなの反応は『え? でもこれって大学の公式アプリでしょ』って感じだった」
「たしかに……クオリティーは高かったですよね。今はもう見る影もないですけど」
「2年目になると、カレンを批判するとかえって異端児……危険分子みたいな目で見られた。だから俺たちは戦うのを諦めた。自分たちは絶対に使わないけどな」
「大学側には何かアクションを起こさなかったんですか?」
「もちろん訴えかけたよ、学生課に……何度も。でも学生課の対応は、警察を大学に呼んで『危険なアプリをインストールするのはやめましょう』ってな講習会をしてもらう程度の一般的な注意喚起しかしてくれなかった」
「…………。」
「今思えば大学側に危機感が足りなかったよな、絶望的に。まあいいや、ウチらももう一度なにかできることがないか、みんなで考えてみるよ。今さらだけどな」
そう言って小暮は真琴に携帯電話を返した。
「はい、お願いします、小暮先輩」
真琴はそれから、アプ研の普段の活動などについて話をし、小暮と連絡先を交換してからアプ研の部屋を出た。
掲示板では「女っ気ゼロ」「エロゲばっか」「キモデブ」などと散々な言われようだったが、現実はまったく異なっていた。
アプ研は、物書き志望の文学部の子が書いたストーリーに教育学部第四類の子が描いた絵と音楽を乗せて立派なノベルゲームを作って世に出していた。
その作業は何度も打ち合わせを重ね、力を合わせて物を生み出す創造的な営みであり、ひとつの作品が完成した暁には大々的に打ち上げをするらしい。
小暮は「俺たちは基本、女子が創作した作品をひとつにまとめてるだけだよ」と言っていたが、話を聞いて真琴はアプ研というサークルが相当な数の女子を束ねる団体のように感じられた。
無精髭で小太りの小暮にも、ちゃんと恋人がいるらしい。
私の方がよっぽど異性に慣れてない……。真琴はそんなことを思った。
そういえば、小暮先輩も松下刑事と同じことを言ってたな……。
〝なんで今なんだろうな〟……と。
真琴がアパートに着いて携帯を見ると、カレンが「お知らせ」の新着を告げていた。
開いてみると、それは明日の学生説明会の案内だった。
ご丁寧に学部ごとの会場まで記載してあり「必ず出席しましょう」という言葉で締められていた。
余裕だ……。運営は……。
残暑にも関わらず、真琴は汗が退いていくのを感じた。
翌日午後、真琴は総合科学部の講堂の一席にいた。間もなく学生説明会が始まる時刻だ。
昨日、松下刑事やアプ研の小暮先輩と話をして夕方に帰宅した真琴は、前日に一睡もしていなかった疲れから食事も取らずにベッドに倒れこみ、今日の昼近くまで泥のように眠っていた。
危うく学生説明会に遅れるところだったが、学科の友達からの電話で起き、その友達と一緒にランチをしてから講堂に入った。
昼食を共にしたのは真琴が学科でいつも一緒にいる2人の友達、大神愛と山本早紀で、教理1年という区分ではそもそも真琴を含めてこの3人しか女子がいない。
教育学部は文系の教科であれば女子の比率も高いが、理系教科に女子は少ない。
特に今年、真琴の学年は例年よりもさらに少なかった。
そんな事情もあって学科ではいつもこの3人で行動しており、同じ学科の男子たちからは、女性3人組の芸人の名前に由来して「三中」という愛称を与えられていた。
いつもはとりとめのない馬鹿話で盛り上がる3人だが、この日の昼食はさすがに口が重かった。
なんとか確かめられたことは、3人が3人とも、とても人には見せられないものをカレン運営に握られたということと、何があっても3人は一緒に頑張ろうということだった。
学食を出て講堂まで歩いているとき、愛が真琴に「島田くんっていう人のこと、どうするの?」と聞いてきた。
真琴は2人に「サークルで気になる男子がいる」ということは打ち明けていたので、意に反して掲示板に晒され、図らずも両思いであることが判った真琴の恋に興味が抑えられないようだった。
愛はこの件を「カレンが落とした唯一の明るい話題」と言ったが、真琴は「まだ何も考えてないよ。それどころじゃないし」と答えた。
そうして3人並んで講堂の後ろの方に陣取り、黙って学生説明会が始まるのを待っていたとき、真琴の右に座る早紀が「痛っ」と言った。
右を見ると早紀が後ろを振り返っており、その視線の先には同じ学科の男子、平野がいた。平野は一人で来ているようだった。
「……なにすんのよ、いきなり」
「いや、こんなときでも三中は仲がいいなと思ってな」
「だからってちょっかいださないでよ、いつもいつも……。アンタ、私のこと好きなんじゃないの?」
「あれ、バレた?」
「……もう、どっか行ってよ。あっちにウチの男子が固まってるから」
「へいへい。……なあ、お前ら、どんな爆弾持たされたんだ?」
「……いいからさっさと行ってよ、うっとおしい」
早紀の剣幕に押され、平野は教理の男子たちがいる方に歩いていった。
……爆弾、か。一昨日の夜にカレンが豹変して1日半しか経っていないが、掲示板などではカレン運営に握られたプライベートのことを「爆弾」と呼び、それを晒されることを「処刑」と呼ぶのが定着していた。
あっという間にこの呼称が浸透したのは、この呼び方がそれだけ的確に学生たちの心境を表していたからだろう。
カレン運営は業の嵩によって10月10日から順次処刑すると宣告しているが、運営の意に背けばいつでも処刑されるということは2人の犠牲者が身をもって教えてくれた。
真琴は思う。みんなはアップデート時に見せつけられたものを自分の爆弾だと考えているふしがあるけど、きっと爆弾は一人にひとつじゃない、と。
カレンでの検索履歴が爆弾になり得るということは既に公になったし、それであれば真琴にも同種の爆弾が用意されているはずだ。
それに、従前のカレンはSNS機能を持っていたから、そこでのやり取り……ガールズトークも充分に爆弾になり得る。
さらに言えば動画だって絶対にひとつじゃないはず……。ひとつだけだと考える方がおかしいんだ。
本当に、運営に抗う術などあるんだろうか。対抗手段を何も思い浮かばない真琴は、警察の捜査が唯一の望みと考えていた。
予定の開始時刻を過ぎたが、まだ説明会が始まる様子はない。
講堂はほぼ満員、そして黙っている人はほとんどいない。皆、落ち着いて黙ってなどいられないのだ。
皆が囁くような小声で話をしているが、囁き声も集まればかなりの騒がしさとなる。
そんな中、前方のドアが開き、学科の首席教授を先頭に何人かの大学職員らしき一団が入ってきた。首席教授は背広を着ていて、その表情はいつになく硬い。
その一団の中には真琴が見たことのない人もいたし、知っている人……学生課の白石もいた。
入って来たのは全部で8人で、演壇の横に置かれた机に着く。
首席教授の高山教授が登壇した。説明会が始まるようだ。講堂内が一気に静まり返り、学生たちの視線が高山教授に集まる。
「皆さん、今日集まってもらったのは他でもありません。すでにご存じのとおり、悪質な携帯電話アプリによって、かなりの数の学生が事実上の脅迫被害に遭っています。既にプライベートを公表されて深い傷を負った学生もいますので、皆さん不安が大きいと思いますが、明日から大学は後期日程に入ります。大学が混乱に陥らぬよう、後期日程が始まる前に急遽、こうして集まってもらいました」
そう切り出した高山教授は、カレンというアプリが大学とは無関係であること、3年前から毎春にテントを設けて家財を販売していた業者は名義を貸していた者であって、真相は警察が捜査中であることを説明した。
そして、幸い一命をとりとめたが、脅迫ネタにショックを受けた学生1名が自殺未遂をしたことを報告した。
一度は静かになっていた学生たちだったが、高山教授の説明中に再びざわめき始め、そのトーンは次第に高まりつつあった。
真琴の後ろにいる学生も「マジ無責任じゃね?」などと言っている。高山教授は一旦間をとってから「皆さん、落ち着いてください」と制した。
「大学側の責任、これについて私はどうこう言える立場ではありませんが、皆さんが大学を責める気持ちは解ります。ですがそれは、この騒ぎが解決をみてから追及すればいいと考えます。まずは問題を解決すること、それが第一です。そのために、これから警察の方から皆さんに説明と指示がありますので、よく聞いて冷静な行動をお願いします」
そう言って高山教授は演壇を降りた。そして演壇の横の机に着いている男の一人に軽く礼をした。
それを受けて男が席を立ち登壇する。
刑事だったのか……。どうりで見たことがないはずだ。
そう思いながら真琴は、登壇した刑事の言葉を待つ。
刑事は壇上から学生たちを一瞥する。刑事の年齢は40代半ばといったところか、昨日の松下刑事とは違い、神経質そうな、ピリピリした空気をまとっている。
「みなさん、こんにちは。県警本部の国際捜査室の室長補佐をしております大塚といいます。早速ですが、今、皆さんを不安に陥れている事件について、捜査の状況などについてご説明させていただきます」
室長補佐……どれくらいの立場にいる人なんだろう。真琴は警察という組織のことなどまったく知らないので、この大塚という人が偉い人なのかどうかもよく分からない。
ただ、雰囲気はかなりの重さがある。ざわついていた学生たちも一斉に口を閉じた。
大塚という室長補佐の話は、概ね真琴が松下から仕入れた情報のとおりだった。
松下がこの事件を評するのに用いた「大学を標的にしたテロ」という言葉を大塚も使った。
講堂の後ろの方に着席していた真琴は、大塚の話が進むにつれ学生たちに絶望的な気配が降りていくのが見てとれた。
なにしろまったくもって明るい材料がない。そして国際捜査室の刑事をして、犯人の拠点が中国にあることが捜査の大きな足枷であり早期解決は困難であるというのだから、この上ない説得力だ。
真琴の両隣にいる愛と早紀も顔色が悪い。
「とにかく、犯人たちがサーバの拠点を中国に置いたのはあくまで捜査を困難にするためで、犯人の主体は日本人に間違いないとみています。ですので警察は皆さんからの情報を広く求めます。ただし、今回の事件の性質上、携帯電話などの電子機器を用いた連絡は可能な限り慎まなければ危険が伴います。このため今日の午後……ちょうど今作業に取りかかったところですが、構内……工学部の学食を警察が借り上げ、当面のあいだ捜査の現地本部とします。情報提供はその現地本部にいる捜査員にアナログ、つまり口頭でお願いします」
現在のカレンはアプリ自体に危険はないものの、犯人たちがどんな手段を取るか予測できないということだろう。
警察が大学構内に常駐するなど大学自治に過敏な日本ではまさに異常事態だが、やむを得ないことだと真琴も納得した。
「この事件については、今のところ犯人像も不明なら、その目的も不明です。目立った行動は危険、それしか申し上げることができませんが、今後捜査に進展があり、お知らせできることがあれば皆さんにお知らせしますので、どうか取り乱すことなく、冷静な行動をお願いします」
旅客機がハイジャックされたとき、人質に求められるのは「犯人を刺激しないこと」だ。大塚補佐はそれと同じことを言っている。
……蛮勇は命を落とすぞ、と。
それにしても、ハイジャックにしろ誘拐にしろ大抵の場合この種の犯罪では犯人から何らかの要求があるものだけど、今回の事件ではそれがない。
……いや、本当に何の要求もあっていないのだろうか。もしかしたら警察には何か要求が告げられていて、学生たちにそれを言えない状況ということもあり得る。
本当に、犯人の目的はなんだろう。
「私からの話はこれで終わりますが、このあと、今回の事件の規模と概要を正確に把握するために皆さんにアンケートをします。無記名ですので、どうか正直なところを記入してください。……なにかご質問はありませんか」
講堂が沈黙する。大塚が「ないようでしたら……」と言い始めたとき、前の方にいる男子が一人、挙手をした。
大塚が「どうぞ」と言い、その学生が起立する。
「あの……カレンのサーバが中国にあって、いろいろ難しいことは解りました。それで、動画サイトのパオドゥも中国系のサイトなので削除させるのに手間がかかるのも解ります。だったらブラウザ側で、なんかこう、フィルタリングみたいな方法で動画が閲覧できないようにはならないんですか」
大塚補佐はしっかりとうなづきながらこの質問を聴いた。そして間を置かずに答える。
「今お尋ねがあったことについては既に昨日、内閣に相談をしています。しかしこれもなかなか難しい問題を孕んでいて、ブラウザ側でパオドゥという動画サイトそのものを遮断することは、動画サイト……つまり広告収入を得ている企業と、ブラウザ……広告手段を提供している企業の利益の問題になるので、そこに介入するためには警察ではなく経済産業省、つまり国として企業に要請する必要があります。しかも今回の場合、その相手はどちらも外資企業です。既に公表されてしまった動画については犯罪にあたるものとして警察から削除ないしフィルタリング依頼をすることができますが、削除依頼については相手が中国企業ですし、フィルタリング依頼についてはひとつの動画を閲覧できなくするためにブラウザを逐一アップデートするという非現実的なイタチごっこをすることになります。大手検索サイトに依頼して検索にヒットしないようにするのが一番手っ取り早いですが、それも数多ある検索サイトに協力を求めなければならないうえ、パオドゥという動画サイトそのものを検索から除外するには利益が絡んできます」
つまり莫大な、国家的損失と言ってよい規模の費用がかかる……。だから現実的には無理だと言っている。
真琴はそう理解した。
経済大国たる日本は、技術はあるのに情報の分野では弱小国なんだ。アメリカにも、中国にさえも遅れをとっている。
そして物ではなく情報がカネになる時代に日本の行く末は暗い。
世界一のスーパーコンピューターを造る技術よりも、確たる純国産の通信網を築く必要があったのではないか。
地方の一学生に過ぎない真琴をしてそんなことを考えさせるほどに、大塚補佐の回答には補佐自身の苦悶……悔しさ、やりきれなさのような感情が滲んでいた。
他の学生たちも真琴と似たようなことを考えているのか、非情ともいえる内容の大塚補佐の回答に誰一人として反論しない。
そして大塚が降壇したのを合図に、それまで黙って着席していた職員たちがアンケート用紙を配り始めた。真琴はその用紙を見る。
アンケートはいたってシンプルな内容だった。
カレン使用の有無及び使用期間、特設テントでの家電購入事実の有無、そして運営から見せられた爆弾の内容と、現在の徳と業の数値だった。
回答者に関する事項は学年と性別だけの無記名だったので、真琴はありのままを回答した。
さすがに爆弾の内容で
□ 性に関するもの
という部分にチェックを入れるのには少し抵抗を覚えたが、事態はそれどころではないと思い、正直にチェックを入れた。
職員の一人が、アンケートが終わった者は用紙を畳んで回収箱に入れてから帰ってよい旨を告げた。
学生たちは一斉に席を立ち、列を作って順番を待つ。
事実上散会となったが、このタイミングで職員が学生の列に向かって
「心配事がある人は、学生課が24時間体制で相談を受けるので、前にいる職員に申し出て連絡先を交換してから帰ってください」
と言った。
そんなことは散会の前に言うべきじゃないのか? ここにいる全員が心配なんだから……。
真琴は初めそう思ったが、直後に、これは既に自殺を図った学生がいることへの対応……ケアだと分かった。
そもそもこの説明会の主催は警察だったんだ。
警察への挑戦……その舞台としてたまたま広大が選ばれた……。その可能性もゼロではないな、真琴はそんなことを思った。
職員の指示を受け、パラパラと学生が列を外れて今度は職員の前に小さな列を作り始めた。
その中にあって、その場にいる唯一の女性職員、白石のところには誰も並ぶ者がいなかった。
普段「口うるさいおばちゃん」と学生から陰口を叩かれている白石さんは、こんなときこそ頼りになりそうなのに……。
白石の前に列ができないのは、本当に嫌われているからなのか、女性には相談しづらいからなのか、その両方なのかは真琴には判らなかったが、いつになく疲れきった顔で席に着いている白石を見て、真琴はなんとなく、いてもたってもいられなくなり、愛と早紀に「ごめん、先帰って」と告げて列を離れた。
愛は「目立つよ」と言って止めようとしたが真琴は止まらなかった。
列を離れた真琴は歩きながら考える。目立つよ……か。
そうか、女子で職員に相談するほど心配だということは、それだけ恥ずかしい爆弾を抱えているという証左なのか。
そういえば職員前の列には女子が一人もいない。
真琴は急に周りの男子の視線が気になり始めた。
あいつ、きっと相当エロいもの撮られてるぜ……。無言の視線がそう言っているようで、真琴は自分の動画を思い出しそうになったが、なんとか平静を保って白石の前に着いた。
白石が驚いた顔で真琴を迎える。
「え……と、あなたは……たしか、古川さん?」
「はい。お疲れですね、白石さん」
「ええそうね。疲れてるわ、たしかに。そんなことよりあなたが相談に来るとは思わなかった」
「……どうしてですか?」
「私の記憶では、あなた、かなり真面目な子だと思ってたし、それに……こんな場所じゃ女子はなかなか並びにくいだろうし」
「白石さんは学生みんなの名前、憶えてるんですか?」
白石が笑う。しかし、その笑顔も疲れていた。
「まさか。……そうね、憶えてるのは主に留年ギリギリでこっちから連絡してあげなきゃいけないような子ね。あとは……あなたみたいな、目立って真面目な子」
「目立って真面目な子……なんですか? 私は」
「うーん……。憶えようとして憶えてるわけじゃないから、言われてみればいい加減ね。でもね、長年この仕事してると、案外と見誤らないものよ」
「そうなんですか」
「ええ。それより……大変ね、みんな。あなたも巻き込まれてるわけね」
「はい、巻き込まれてます」
白石さんが大きく溜め息をつく。
「あなたみたいな子まで苦しめるなんてホントに悪質ね。許されることじゃない。プライベートは誰にもあるんだから」
「はい、そう思います」
「あなたなら何でも相談に乗るわ。でも、この場所でいつまでも男子の好奇に晒されることはない。交換しましょ、連絡先。ラインでいいかしら」
「はい」
そうして真琴は白石とラインIDを交換した。
そういえばラインだって国産じゃない……。今さらながらそんなことを思った。
「いつでも連絡して。私、あなたなら心から相談に乗れる」
「ありがとうございます。学生課の方はもう落ち着いたんですか? その、警察の捜査は」
「全然、まだまだよ。カレンというのが凄く良くできたアプリだったらしくて、必ず大学に内通者がいると警察は睨んでるみたい。でも、できるだけ混乱を抑えて予定どおり後期日程に入りたいという点では大学と警察の意見は一致してるから、今日が山場ね。明日から通常業務に入れるように、多分夜通しで捜査が入るわ」
「それは……お疲れ様です」
「私の心配してる場合じゃないんでしょ。くれぐれも目立った行動は禁物よ。なにがなんだか分からないんだから。……今はまだ」
「分かりました」
「さ、ここに長居は無用よ。あとで……といっても明日以降がいいけど、連絡して」
「はい、よろしくお願いします」
真琴は白石の疲労を案じながら、アンケート提出の列に戻った。
真琴が先陣を切ったからか、そのあと白石は何人かの女子から相談を受けていた。
アンケートを提出した真琴はひとり講堂を出る。
総合科学部の前のピロティには昨日の学生棟前と同じような雰囲気で多くの学生たちが残っていた。別の会場から出てきた学生も混ざっているようで、後期が始まる前日にして構内は学生だらけだ。
愛と早紀も残って学科の男子たちと話していたので、真琴はそちらへ足を向ける。
愛たちは真琴が出て来るのを待っていたようで、出入口に真琴の姿を認めると駆け寄ってきた。
「真琴、どうだった?」
「どうだったって……何が?」
「おばちゃんと何話したのかってことよ」
白石さんのことか。愛も早紀も、白石さんのことは単なる学生課のおばちゃんという認識なんだろうな。
「別に……なにも。連絡先を交換しただけだよ。いつでも相談できるように」
「……そうなんだ。根掘り葉掘り聴かれたのかと思った」
「そんな訳ないじゃん。いい人だよ、あの人は」
「悪い人じゃないのはわかるけどさ……うるさくない? なんか」
そう言ったのは早紀だった。真琴は聞き返す。
「なんかって……なんか言われたことあんの? 早紀は」
「ううん、ないけど……でも、学生課に提出ものに行くと、いっつも誰かがなんか言われてるから……その……私は、あのおばちゃんに当たらないように、おばちゃんが忙しそうなタイミングをみて書類出してた」
真琴は内心で呆れた。なんだか余程やましいことがあるみたいじゃないか、それじゃ。
「早紀……」
「あ。真琴がお母さんの顔になってる」
「お母さんは情けないよ早紀。アンタ、仮にも教育者の卵なんだろ?」
「あぁ……お母さんごめんなさい。早紀が悪いの。もうしません」
早紀に乗せられてお母さんになってしまった。でもまあ、早紀の気持ちも解らなくはない。誰だって嫌なことを言われたくはないんだ。
そして自分は白石さんから気に入られている希少な部類だから何も言われない。だから白石さんに悪い印象はない。
それだけなんだ。
でも、学生の中でも特に自分たち……将来教鞭を執るという志を抱く教育学部の学生であれば、あえて嫌なことを言う白石さんの姿から学ぶべきことは少なくないんじゃないだろうか。
たぶんこれは私の頭が固すぎるんだろう。一昨日に見た理沙のステータスは徳も業も私とは違ったけど、カレン運営からの評は〝普通の人〟だった。
そして生活の中でも「学び」を共にしている早紀を見る限りでは、早紀は理沙よりも私に近い……と真琴は思う。早紀は決して不真面目な学生じゃない、と。
……いや、いけない。そもそも徳と業を物差しにして何かを判断しようとすれば、それこそ運営の思うつぼじゃないのか。
例えば〝勉強するために大学へ行ったんだから、勉強だけに専念しろ〟なんて極論は成り立つはずがないんだ。
私たちは学生であると同時に〝若者〟なんだから。
真琴の難しい顔を見て心配になったようで、早紀が今度は愛の後ろに隠れて
「……愛姉ちゃん、お母さん、まだ怒ってるよ」
と言った。真琴は慌ててとりなす。
「怒ってなんかないわよ。私のかわいい早紀……おいで」
早紀が「お、おかあさ~ん」と言いながら抱きついてきた。その猿芝居に今度は愛が呆れ顔だ。
そういえば愛は割と冷静だな。……まあ、いつものことだけど。
でも、私が列を外れようとしたときに間を置かず「目立つよ」と言って止めるあたり、愛は、ある程度の客観的な視点をもって今回の騒動を受け止めているようだ。
「ねえ愛、愛は今回の騒ぎ、どう思ってんの?」
愛が首をかしげて考える。
「うーん……。どうって言われてもね……。よく分かんないから、身動きしないのが一番って感じかな。私たちに何かをさせたいなら、いずれ運営から何かしらの指示があるだろうし」
「……運営の次の動きを待つってこと?」
「いや、ああ……うん。……ま、そういうことになる……のかな?」
「とにかく運営には逆らわない方がいいってこと?」
「ああ、それはそうだね。……真琴、運営は私たちにとっては間違いなく悪だけど、自分を悪だとは思ってないよ、絶対」
「……うん、そうだね」
「私たちはそんなおかしなヤツらに囚われた人質。さっき警察の人が言ったとおりだよ。いつまでかは判んないけど、私たちはもう、おとなしくするのが役回りなんだと思う」
「おとなしくすれば安全ってこと?」
「ううん、違うよ真琴。そうだな……うーん……。 ん? あ、運営からお知らせだ。えっと…。え? 『教理1年の古川真琴は今すぐに服を全部脱いで、みんなの前でウンコしろ』……だって」
愛の表情が急に真剣になり、真琴を見据える。
「……え?」
「5分以内にやらないと、みんなの爆弾を晒す。周りの者は絶対に古川真琴から目を逸らすなって書いてある」
「え? え?」
真琴は慌てるが、愛は携帯の画面を見ながら続ける。次に愛は周りをキョロキョロし始めた。
「ヤだ、みんな集まってきたよ真琴。まだ口には出さないけど『早くしろ』って顔に書いてあるよ。……どうする?」
「…………分かった。愛の言いたいことは分かったから……もうやめて」
愛がいつもの優しい顔に戻る。
「……真琴、戦争の裏じゃこんなの日常だよ。人質どうしで何かやらせて尊厳を奪って惨めにさせる。殺し合わせたり、汚し合わせたり……。恐怖で縛らなきゃいけないから。選ばれるのは、ただ単に目についた人。『あ、おい、そこのお前』ってカンジ。……気まぐれだよ」
「目立っちゃいけないんだね。……みんなのためにも」
「うん、そう。私たちはみんな同じ……人質だよ」
ここで早紀が口を挟む。
「でもさ愛、運営はなんか私たちをステータスで差別してそうじゃん。それはどうなんの?」
「だから判んないよ。でもね早紀、もし運営の目的が『大学を機能不全にして潰すこと』だったとして、私が運営だったら、優等生から処刑するよ」
……そうか、愛の言うとおりだ。真面目なお利口さんが処刑され始めたら大学は一気に大混乱だろう。
そして、運営の目的がまったく判っていない以上はその可能性は低くないんだ。
運営から与えられたステータスや称号をどのように解釈しようが今は意味がないんだ。
意味がないと理解しながら真琴は、理沙が持つ〝普通の人〟という称号が最も安全じゃないのかという方向に思考が流れた。
本当に、目立たないことが第一だ……。〝優等生〟なんて、安全でもなんでもない。
命運は運営の気分次第なんだ。
足元が急に危うくなった心地でいる真琴に、聡明な友人が続ける。
「私ね、思うんだ。アプリとは別のルートで警察か大学か、もしかしたらそれ以外の思いもよらないところに私たちの身代の対価が請求されてるんじゃないかって」
「なんで……そう思うの? ……愛」
「だって、こんだけの大事件なのに、明日から普通に後期日程に入るっていうんだよ? おかしくない? たぶん運営の指示だよ、大学を動かし続けるのは」
思慮の深さは違えど、理沙と愛の結論は同じ。……そして父とも。
真琴は、もしかしたら自分のような中途半端な者こそ一番危ういのではないかと考えた。
真琴は黙りこみ、視線を地面に放り投げて思案に耽る。愛も早紀もしばらくそれを見守り、真琴が何か言うのを待っていたが、真琴が顔色悪く黙り続けていることが心配になったようで、堪り兼ねたように愛が言う。
「……真琴、ゴメン。意地悪だったね。さっきのは」
愛の声に真琴はハッとする。
意地悪? ……ああ、さっきのやつか。
「ううん。そんなことない。ビックリしたけど、自分たちがどんなことになってんのかよく解った。私、かなり甘く考えてたみたい。私が列を外れようとしたとき、愛は止めてくれたのにね」
「ああ、あれ。……ま、とにかく私は目立っちゃ駄目ってことだけ考えてたからね」
「サークルの友だちも愛とおんなじ、『目立たないようにしなきゃ』って言ってたんだ。……考えてっていうより、本能的にって感じだけど」
「真琴、考えるのは悪くないんだよ。どんなことが起こっても対応しなきゃなんないもん。でもね、責任は持てないけど、ホント言うとね、私、今のところは……と言っても期限付きだけど、目立ちさえしなきゃ今はまだ大丈夫なんじゃないかって思ってんだ」
「……どして?」
「だって今のところ、処刑されたのは逃げようとした2人だけで、それも再三警告したけど聞かなかったから、でしょ。まあ、運営に言わせれば……だけど」
「……うん」
「だから運営は、私たちを虜にしたままで、それを武器に何かをしようとしてると思うんだ。少なくとも運営が示したルールに背かない限りは、運営が言うとおり10月10日まではもう誰も処刑されないんじゃないかな。あくまで運営の機嫌次第だけど」
「愛がそう言うと、ホントにそう思えるね」
「だから今はおとなしく運営に囚われながら、心が折れないようにすることが大事だよ。考えすぎて思い詰めちゃうくらいなら、いっそ考えない方が賢明かもよ」
「そっか……うん、解った。愛、ありがと」
「真琴は考えすぎるから……そうよ、島田くんって人のことをどうすんのか考えてるくらいがちょうどいいよ」
「え……」
「そうそう、それそれ。どうすんの真琴」
話題が切り替わったことを察知した瞬間に早紀が食い付く。
早紀……。コイツも強いよな、ある意味で。
「え、ええと……どうしよう。まだ何も考えてないよ」
愛が大袈裟にため息をついてみせた。そして言う。
「……真琴、アンタほんとに考えすぎよ。私だったらそっちで頭がいっぱいだよ。なんたって、いきなりカップル成立なんだから」
「カップル成立って……。掲示板に書かれてからまだ話もしてないのに」
「じゃあ話そう。話そうよ、真琴」
「早紀……アンタ楽しそうね」
「え? だってあの真琴に彼氏ができるんだよ」
本人を前にして「あの真琴」はないだろ、早紀……。
「あの真琴って、どの真琴よ」
「ほら、あの、ガチ乙女の」
「……なによその、ガチ乙女って」
早紀が放った真琴評に、愛が大笑いしている。
「なによ愛まで……。あ、そうだ。愛と早紀はなんだったの? あの、運営からもらった肩書きは」
「う……」
早紀がダメージを受けたジェスチャーをする。
……そんなにヒドい肩書きなんだろうか。
「人のこと聞く前に自分で名乗ろうよ。はい真琴から」
「え……私は、〝優等生〟……だよ」
早紀と愛が顔を見合わせる。早紀は「だてに真琴じゃないね」とかワケの分からないことを言っている。
……そうだよ、だいたい他にはどんな肩書きがあるんだろう。
「さ、私は言ったよ。じゃあ次は……愛から」
「私? 私は……〝賢者〟」
「……へ?」
「何それなんてゲーム?」
「……知らないよ。じゃあ最後、早紀の番だよ」
「ねえねえ、うちの男子たちの肩書き……気になんない?」
「ごまかしても無駄よ早紀、言いなさい」
「……どうしても?」
「いいから早く」
「うう……」
「なによ早紀、そんな大層な肩書きなの?」
「そうじゃないけど……」
「だったら早く言いなさいよ」
「…………〝わんぱく〟」
今度は真琴と愛が顔を見合わせた。
「……ぶふっ」
愛が吹き出す。早紀は「だから言いたくなかったのにぃ」と言っているが、真琴もつられて笑う。
「なによ真琴まで。くそう、いつか運営にスカウトされたらヒドい目に遭わせてやる」
なんだ、称号は一直線上にあるものじゃないのか。
理沙と自分のしか知らなかったから格付けのようなものだと思っていたけど、格付けというより、まるで人物評じゃないか。
運営が何を考えてるのかますます解らなくなったものの、このことは凝り固まった真琴の心を心をほんの少しだけ柔らかくした。
運営にも血は通っている。その色はまだ見えないけど……。
真琴は初めてそんな感想を抱いた。
わずかに心を軽くして愛たちと別れた真琴は自転車で構内を横切る。
そして工学部の学食の前に差し掛かったとき、5台のワゴン車が停まっていた。
警察の車だ……。列を成す車の一台、そのリアハッチのところで作業服姿の松下刑事が額に汗をかきながら荷物を台車に降ろしているのを見つけた。
その顔に笑みはなく、とても話しかけられるような雰囲気ではなかった。
真琴は無意識に速度を下げ、松下の邪魔をせぬよう距離をとって通り過ぎた。
過ぎざまに食堂の方に視線を投げると、入口の近くには先刻に講堂で演壇に立った高山教授や大塚補佐を含む背広姿の一群があった。こちらの表情は一層深刻で、笑みはおろか微塵の余裕も窺えない。
食堂……捜査の現地本部にするとか言ってた。その準備が整い次第、会議が始まるんだろう。
若い松下刑事と背広の一群との違い、それは責任の重さだ。それは真琴にもすぐに判った。
松下刑事は自分の任務を遂行し、立場ある年配の人たちには目に見えぬ計り知れない責任が乗せられたんだ。
そんな渦中にあって囚われの真琴たちは、むしろ笑い合う程度の余裕がある。真琴はその事実に気付き、理屈抜きに自分を恥じた。
揃いも揃って生け捕られて、なまじ母体が大きいせいで危機感に欠ける学生らを、この人たちはどんな思いで守ろうとしているんだろう。
自分だったら……。果たして自分だったら素直に同情だけを注げるだろうか。社会人経験がないだけに想像が及ばない部分の方が大きいが、自分が警察、あるいは大学教授だったなら、今の学生たちの姿には歪んだ感情を禁じ得ないだろうと真琴は思った。
家に帰ってきた真琴は、洗濯機で乾燥をかけていたタオルを1枚抜き出して汗を拭きながら片手で冷蔵庫を開け、林檎ジュースをらっぱ飲みしてからベッドに腰を降ろす。そうして携帯電話でカレンを開く。運営から新たな知らせはない。
ステータスにも変化はない……。最初の夜、時間割を入れたり、もょもとに向けて書き込みをしたりして徳と業が少し増減しただけだ。
287718B
優等生
徳:206
業:041
……優等生、か。愛と早紀の肩書きに比べれば、なんの面白味もない肩書きだな。
理沙の〝普通の人〟よりはいくらかマシだけど。
考えてみれば不思議だ、と真琴は思う。理沙と自分だけの世界であれば二人の肩書きは優劣をもって語られるけど、ほんのちょっと他の世界に触れてみればその優劣は掻き消される。
これ、世の中の全部に当てはまることなんじゃないかな……。
小さな画面を見つめながら真琴は、まだ見ぬ広い世界、まだ知らぬ無限の世界に思いを馳せた。
掲示板を開くと、板の数がかなり増えていた。
そういえば、板を立てることができるのは徳が200を超えている人と……運営だ。
板の数は既に50を軽く超え、ざっと見たところ70くらいと思われた。運営がどんどん板を立てているのか、それとも徳の多い学生が増やしているのかは判らない。まあ、板のタイトルをよく見れば判るかもしれないけど……。そんなことを考えながら真琴はタイトルの一覧をスクロールさせる。
……いや、これは案外判らない。真琴はタイトルの一つひとつを確認していくが、学生が立てたものか運営の手によるものか判別できないものの方が多かった。
〝大学の責任を考える板〟
〝運営の正体について〟
〝肩書きを書いて立ち去るだけの板〟
どれも判別は容易じゃない。大学の責任を問うことなど、学生の意思でもあり得るし、運営の目論見……誘導である可能性もある。他も然りだ。
これは……マズい。真琴は直感した。
学生が立てる板の中に運営が立てる板が紛れる……。
さらには学生の書き込みの中に運営の書き込みが紛れ込む。
特定の方針を示す板を立てるだけでも学生の意思は誘導されるし、運営がたて続けに書き込んで板の流れを変えてしまうことも簡単だ。匿名なんだから。
極端に言えば、運営が立てた板で、書き込みの全部が実は運営の自演だったとしても学生には判らないんだ。
そしてその板が盛況であるかのように見せれば、学生はそれを多数の意見であるかのように誤解する。
運営は学生総意を誘導する。
その予感に真琴は戦慄した。
そして、ある板のタイトルで真琴の指が止まる。
〝白石っておばちゃんが内通者じゃね?〟
何かを踏みにじられる感触……。
真琴は運営に抗う術を心中で模索し始めた。
白石さんが内通者……。なんて短絡的な発想だろう。
〝嫌い〟と〝悪い〟はイコールじゃないのに……。
そんなことも分からないんだ、この板を立てた人は。
立てたのが運営か学生か判然としない板が多い中で、この板からは学生の臭いがする。
書き込みの中身もそう、根拠のない白石さんの誹謗中傷ばかり……。アプ研のときと同じ、単なる不安の捌け口として白石さんに目を付けたのがよく判る。
無責任の悪意は、本来は重いはずの個人の尊厳を、いとも軽い気持ちで踏みにじる。
……匿名を傘にして。
デブ、不細工、更年期……。本質と関係ないじゃないか、こんなの。
〝化粧が中国っぽい〟って……もう、なにが言いたいのかも判らない。
〝ゼッタイ貰い手いないよな〟って……。私は知ってる。白石さんにちゃんと家庭があって子供もいることを。
いつだったか白石さんは私に「うちの子もあなたみたいにまっすぐ育つといいんだけどね」って言ったんだ。
……母を侮辱されたような気分だ。ホントにこれがウチの……国立大学の学生が書き込むことだろうか。程度が低すぎる。こんなひどい内容ならむしろ、これが運営による書き込みだと思いたい。
真琴はそう思いたかったが、見れば見るほど書き込みの内容は、それが学生によるものであることを示していた。
内容が具体的……。そう、具体的かつ幼稚なんだ。
〝この前コピー機の前でつまずいて書類の束ぶちまけてやんの。マジどんくさい〟とか……。
〝私、あんなつまんない大人にはなりたくない〟って……。じゃお前は誰で、何様なんだよ。
真琴は、一瞬とはいえ運営のことを忘れ、沸き上がる憤りに心を預けた。
やがて憤りは沸騰し、そして真琴は沸騰したままの心で考える。
……この感情はどこに向ければ治まる? いや、どこに向けるべき感情だろう。
冷めぬ心はあらゆる場所を巡り、そして探ったが、矛先を向けるべき対象として真琴が導き出したのは結局「運営」だった。
そうだよ……。すべての元凶は運営なんだ。
醜い書き込みも、その原動力はおそらく「業の消費」……。
何かを書き込まずにはいられない人が少なくないんだ。
そして匿名の掲示板であっても、良識ある運営ならこんな個人に対する攻撃は直ちに削除されるのが通常だ。
だけどカレン運営には良識なんか望むべくもない。
……抗おう。処刑されるわけにはいかないから何ひとつ行動はできないかもしれないけど、心まで運営に屈しないように。
そう……心だけでも抗おう。そうしないと処刑されなくても潰される……。
真琴は怒りに促されながら掲示板を眺め続け、失望し続けていた。
ふと液晶画面の時計を見ると19時近く……。窓越しに外を見やると、もう暗くなり始めていた。
明日から10月……これが夏休み最後の夜、か。
明日から大学が後期日程に入るといっても、今日は金曜日、だから初日の明日は土曜日だ。講義はない。
上の学年であれば、曜日などお構い無しにゼミや研究室が本格稼働を再開するが、まだ1年生の真琴は講義がなければ実質は休みに近い。
始まるのは……そう、せいぜいサークルとバイトくらいだ。
サークルが始まる……。それなら島田くんと顔を合わせることになる。
最初に会ったとき、私はなんて言えばいいんだろう……。
少しのあいだ真琴は、サークルで島田直道に会った場面を想像しようとしたが、ささくれ立った心は明るいイメージを描かない。
心はまだ運営に囚われていた。
理沙もサークルに行くだろうから理沙に電話をかけようか……。そうも思ったが、真琴は、その前に母に電話をしておくことにした。
お母さん、きっと心配してる。
真琴は母の携帯電話ではなく、家の電話にかける。コール2回目で電話がつながった。
(はい、古川です)
「え……お父さん?」
意図に反して電話に出たのは父だった。いつもならこんなに早く帰ってこない……はず。
(お、なんだ真琴か。どうだ、無事なのか?)
「え……う、うん。まあ、無事……だと思う。それより早くない? 帰ってくんの」
(ん? ああ、金曜だしな。で、あれから何かあったのか?)
まあ、カレンの件は、相談するならお父さんの方がいいかもしれない。心配してるのはお父さんも同じだし。
真琴はこれまでの出来事を父に話すことにした。
掲示板のことと理沙のこと、2人の犠牲者のこと、もょもとのこと……。
父は時折相槌を入れるだけで、真琴の話を遮ることなく聴いた。
松下刑事のこと、アプ研のこと、学生説明会のこと……。
このあたり、おそらく父の意に背いているから叱られると思ったが、父の相槌に怒りの響きは生まれない。
そして愛と早紀のこと、白石さんのこと……。
真琴があらかたの経過を話し終えたと判断した父が真琴に問う。
(その〝賢者〟という子は何者だ?)
賢者? ……ああ、愛のことか。何者って……ただの友だちだし。
真琴は思ったままを答える。
「何者って……。同じ学科の友だち、何者でもないよ」
(なんだ……お前はその程度なのか?)
「え……どういう意味?」
(……真琴、お前は何者だ?)
「…………。」
(お前もまた、何者でもないのか?)
「…………。」
真琴は答えに窮する。父は思わぬところを責めてきた。
(いいか真琴、よく聴けよ。この世の中に何者でもない人間なんか、いない。まずそれを理解しろ)
「……わかった」
言いたいことはなんとなく解るけど……私、今それどころじゃないんだよ。
そんな言葉が喉元まで来たが、なんとか飲み込んだ。
(お前のことだ。どうせあれこれ考えてるんだろうが、お前の周りにいるみんなも同じようにあれこれ考えてるんだ。掲示板にくだらない書き込みをしてるやつでさえも、だ)
「う、うん」
そうなのか? いまいち同意できないけど、今日の父は反論を認めない感じだ。
(知恵があったり洞察が深いやつはそういう者なりに、そうでない者もそうでないなりに全力で考えてる。聞こえは悪いだろうが、俺から言わせればお前の考えることも、しょせん〝真琴なりに〟なんだ)
「……だったら、だったら助けてよ。お父さん」
(俺はお前に処し方を伝えたはずだ。だけどお前はそのとおりには振る舞わない。お前なりの考えで、だ)
「……ごめんなさい」
(ん? 勘違いするなよ。俺は怒ってるわけじゃないんだ)
「え……違うの?」
(ああ、正直なところ、真琴がおとなしく言うことを聞くのは難しいだろうなとは思ってた)
「そうなの?」
(これでもお前の親だぞ、俺は。それくらい分かる。あのときお前に言ったことは、しょせん〝お父さんなり〟の意見だ)
しょせんって、そんな……。そんなことは思ってない。
真琴が黙ったので父が続ける。
(しょせんっていうのは、悪いっていうことじゃない。物差しの種類もあるし、物差しの当て方もある。俺が言うことは……そうだな、たとえば〝しょせん部外者〟〝しょせんオッサン〟の意見なんだ)
「……ああ、なんとなく解る」
(さらに言うとな、物差しは逆さまにも当てられるんだ。しょせんお利口さんには、とか、しょせん偉い人には、とかな。くだらない書き込みをしてる人の気持ちは、しょせん〝優等生〟のお前には解らないと思われてるかもしれない)
……そう、たしかにそうだ。
「……何者も侮るな」
(お? おお、かなりいい線だな、それは。うん。いいぞ真琴)
変なところで感心されても、いまいち嬉しくない。それより、お父さんは助けてくれないつもりなのか。
「お父さん、お父さんは助けてくれないの?」
(ん? そりゃ……できることがあるなら、なんでもするぞ)
「なにかないの? できること」
(そうだな……まあ、さっきお前から聴いた話をあとでよく考えておく。でも、たぶん……できることは、ない)
「そうなの?」
(ああ。相談だけならいつでも大歓迎だけどな。なんせ自分が渦中に身を置いてないから、なんとも判断できん。それにお前だって、自分が渦中にいて、そこの空気を知ってるから俺の言うとおりにできないんだろ?)
「……うん、そうだね」
(それにな、真琴)
「なに?」
(もし俺やお母さんが勝手に何かをして、その結果お前がヒドい目にあったとき、お前は親を恨まなきゃならない。恨まれる親も辛いが、親を恨まなきゃなんないのも……けっこう辛いぞ。自分の人生を親のせいにするのはやめた方がいい)
「……わかった」
(どう転ぶか判らないが、悪い転び方をしたときはちゃんと引き受けてやるつもりだ。だからお前の考えで納得のいく行動をしろ。だけどまあ、今のところ、お前の友だちの〝賢者〟の方が無難な動きに見えるけどな、俺には)
「わかった。ありがと、お父さん」
(念を押すようだが、どう転んでもこれがお前の人生……リハーサルじゃないんだぞ。慎重にしろよ)
「……はい」
電話が切られた。今日の父はいつになく饒舌だった。
この機会に何か大切なことを教えようとしている……。そんな印象すら覚えた。
そういえばお腹減ったな……。真琴はなにか作れないかと冷蔵庫を開ける。そのとき携帯電話がメッセージの着信を告げる。
メッセージは母からだった。
〝びっくりしたでしょ。真琴が心配で、ここんとこお父さんの帰りが早いのよ。真琴、くれぐれも気を付けてね〟
お父さんもお母さんも、何もしてくれないんじゃない。どうにかしたいけど身動きできないんだ。
そうだよな……。人質の家族は、ただひたすら無事の救出を祈るんだ。
冷蔵庫の中にめぼしい物がなかったので、真琴は結局、理沙に電話をかけた。
(真琴、いよいよ明日……サークルだね)
「うん、そうだね。ねえ理沙、もう晩ごはん食べた?」
(食べてないよ。どっか行く?)
「じゃあ、もっす行かない?明日からバイトも始まるから、一回顔出しときたいし」
(オケー。よし、作戦会議だ)
「……なんの?」
(なんのって……。島田くんのでしょ)
「……そう。まあいいや。私、先に行って店長に挨拶してるから、着いたら呼んで」
(はーい)
真琴は携帯電話をショルダーバッグに納め、玄関を出て自転車をバイト先……もっすバーガーに向けた。
店はもうラッシュの時間を過ぎていて、店長は明るかった。お世辞とは思うけど「看板娘が帰ってくる」と言って歓迎してくれた。
バイトの先輩は「古川、看板にも色々あってな……」と言っていた。
理沙は理沙で、店に来て席に着くなり話題は明日のサークルのことばかりだった。
理沙いわく「ワクワクが止まらない」らしい。
真琴が「カレンのこと、気になんないの?」と聞くと、「気にしたらどうにかなんの?」と返された。
お父さん……。考えてないヤツがいるよ、ここに……。
アパートに帰ってきた真琴はシャワーを浴び、薄手の青いパジャマに着替えてテレビを点けた。
たいして興味を惹く番組がなかったので、明日に備えて寝ることにした。
久しぶりに音楽でも……と思い、真琴はテレビ台のひきだしからイヤホンを引っ張り出して携帯電話に挿し、真琴の好きな女性ボーカルの曲を奏でさせた。
そしてそのままベッドに横になった真琴は目を閉じる。
父、店長、先輩、そして理沙……。夏休みの最後に触れた人たちの心は真琴のささくれを癒し、音楽は灰色の心に彩りを蘇らせるようだった。
そして真琴は明日……サークルでの展開を思い描きながら穏やかに眠りに落ちた。
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