かれん

青木ぬかり

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 真琴は、液晶画面に突如として自分の名前が表示されて、これまで経験したことのない気持ちを味わっていた。

 視界にそれが飛び込んで来た瞬間は、心の奥底の暗い部分が目を覚ますような悪寒がしたが、それは思考ではなく反射的なものだったようだ。
 今、こうして携帯の画面の上で静止して動けない親指の先にある自分の名前……他人によって晒された自分の秘密を見ている真琴の思考は限りなく停止に近い。
 自分の名前であって自分の名前ではないような感覚……。
 本能が考えることを拒んでいる。そんな感じだった。

 理沙……どうして?
 わずかな思考が最初に紡いだ言葉は親友の名だった。
 掲示板に書かれた秘密「古川真琴は島田直道が好き」……。
 それは真琴が一番の親友ただ一人にだけ打ち明けていた事実のはずだった。それがどうしてここに書き込まれるんだろう……。

 真っ先に思い浮かぶのは理沙本人が書き込んだという可能性だが、真琴が理沙にしか打ち明けていないことは理沙も承知のはずだ。
 それよりもあり得そうなのは、真琴の秘密を理沙が他の誰かに教えていて、その誰かが書き込んだというパターンだ。
 でも、どっちの場合でも私は理沙に裏切られたことになる。……考えたくはないけど。

 理沙、信じてたのに……。

 理沙本人に確かめていないにもかかわらず、真琴は親友を失なったような喪失感に苛まれた。


 その時、真琴の心中と正反対の明るい響きでインターホンが来客を告げる。
 真琴は思わず壁の時計を見る。午後11時過ぎ……。通常の感覚なら一人暮らしの女の子の部屋に来客がある時刻ではない。しかし真琴に警戒心は起こらなかった。

 こんなとき、普通なら警戒しなきゃいけないんだ。
 考えてみれば異常だよな……。真琴はそんなことを考えた。

 深夜の来客にも真琴の心が警戒を生まないのは、今の真琴の生活を取り巻く環境に起因していた。
 20年ちょっと前、何もない丘陵地を切り拓いて建てられた総合大学……それが興した若者だらけのコミュニティは、なにもかもが24時間営業だった。

 深夜のバイトをするのも学生なら客も学生であったし、夜どおし遊ぶ若者は普通の地域であれば疎外されて然るべきなのだが、このコミュニティに限ってはそのような若者こそがマジョリティーなのだ。
 軽い背徳に気持ちを昂らせ、若者たちは日常的に深夜の学園都市を蠢いていた。

 カレンの件があったため、さすがに普段より慎重になっていた真琴は玄関ドアを開ける前にドアスコープを覗く。
 外の通路、蛍光灯に照らされて玄関前に立っていたのは真琴にとっての渦中の人、理沙だった。張り詰めた表情をして、肩で息をしている。
 理沙……。

 真琴は逡巡したが、ドア越しに理沙を責めることはせず、ゆっくりと黙って玄関を開けた。目が合った瞬間、理沙は真琴の両肩に手をかけて膝を折る。そして懺悔が始まった。

「……真琴、ゴメン。私、真琴に……ごめ、ごめん……なさい、私、真琴に……大変なこと……」

 理沙は泣いていた。そして真琴はその心を理解した。この賢明な親友は、自分の過ちに気付いたんだ。そして電話口で謝罪するという選択をせず、直に会って懺悔するという誠実な行動をしているんだ。
 もはや真琴に理沙を責める気持ちは湧かなかった。それよりも、これから必ず起こる不測の事態に臨んで理沙とは結束を固めなければならない。
 好きな人がバレた程度の事件はどうでもよくなるほどの出来事が起こる。
 これから……きっと。


 真琴は理沙の胸中に思いを馳せ、笑顔を作ってから理沙の両脇を抱えて理沙を立たせた。そして笑顔のまま、泣いている理沙の口を右手でつまむ。

「おしゃべりさんなのはこの口かなぁ? 理沙」

「ぅう、まこ……と、ごむぇんぬぁさい……」

 うん、この件は終わりだ。それよりこれからのことを理沙と考えよう。
 真琴は気持ちを切り替えて、理沙の口を解放する。

「……もういいよ理沙。それより作戦を練ろう」

 理沙の顔に安堵が浮かぶ。理沙は真琴に抱き付いた。

「ぅ、ぅおお~ん、真琴ぉ~。まことぉ~」

 絡み付く理沙を真琴は振り解く。

「はいはい友情ドラマはおしまい。理沙、上がって」

「はぁ~い」

 理沙はすっかり元気になった。……コイツ、少し懲らしめた方がよかったかもしれない。
 そんなことを考えながら、真琴はこの憎めない親友を招き入れた。

 真琴と理沙は部屋の真ん中、ちゃぶ台を挟んで向かい合う。理沙はまだバツが悪そうにしていた。母親に叱られた子供みたいに。
 やれやれ……と思いながら真琴が切り出す。

「……理沙、まさかとは思うけどアンタが書き込んだの?」

 理沙が小さくなって答える。

「……違う」

「じゃ、どういうことよ」

「舞に……話した。……ゴメン、真琴」

 舞……か。舞に知られていたということは、サークルの他の誰かにも広まっていた可能性がある。
 口に戸は立てられない……。

「……なんで舞なのよ?」

「舞……は島田くんと同じ法学だから……」

「……だから?」

「なんとなく島田くんの話になったとき、私、真琴に脈があるのか確かめたくなって、島田くんは好きな人いるのかなって……聞いたの、舞に」

 それは真琴も知りたいことだった。しかし、聞くに聞けない片思いだったのだ。
 当事者じゃなければ、こんなに気軽に聞けてしまうんだ……。
 案外そんなものかもしれない……。真琴はそう理解した。
 友達の色恋の話ほどワクワクするものはないんだ。……私たちは。

「……それで、結果は?」

「舞は『わかんないけど、付き合ってる人はいないみたいだよ』って。それで、今度は逆に舞が私に『理沙、もしかして島田くんが好きなの?』って聞いてきた。だから私……」

「喋っちゃった……ってことね」

「……ゴメン」

 ……ふう。これは犯人探しをしても意味がないな。いまさら舞を問い詰めても、たぶん出てくるのは舞がさらに他の誰かに喋ったという事実だろう。
 きっと犯人探しは友達への不信を深めるだけ……得策じゃない。真琴はそう判断した。

 晒されたからには当然島田くんの知るところになるだろうけど、それは今考えても仕方がない。
 今は気持ちを切り替えてカレンのことを考えなくちゃいけない。
 真琴は話題をカレンに移す。

「理沙」

「……ん?」

「理沙もその……なにかが映ったの? カレンを開いたとき」

 話題が自身の背信から切り替わったので理沙の表情が一瞬だけ明るくなった。
 が、それは本当に一瞬だけだった。真琴の問いかけに、理沙の顔はむしろ一段と暗くなる。

「……うん、映った」

「理沙は……なにが映ったの?」

 理沙がうつむく。そしてポツリと言う。

「……言えない」

「……そっか」

「……真琴、は……なにが映ったの?」

 真琴は一瞬だけ考える。
 私のも……言えないな。

「……私のも……言えない」

「でも真琴のは、お母さんには言ったんでしょ?」

「うん……。だけど、お父さんにはとても言えない」

 答えながら真琴は考える……。もしかしたら理沙が見せられたのも自分と同じような内容だったのかもしれない……と。
 同じようなものを見せられたとしても、それを親に言えるかどうかは、本人の胆の据わり具合や、親との関係に依るだろう。
 言えない人も多いはずだ……きっと。

 考えた末に真琴は、たとえ親友……いや戦友でも、運営に握られた弱味の内容についてまで共有する必要はないと結論づけた。

「まあいいや。とにかく人に見せられないようなプライベートを見せられた。そうだよね、理沙」

「……うん。絶対に見せられない。晒されたら死ぬかもしれない」

 つまりそういうことだ。カレン運営は大勢の広大生の弱味を握って何かを企んでいる。
 ……いったい何を企んでいるんだろう。


「……ねえ真琴」

 真琴が考え込んでいると、今度は理沙の方から口を開く。

「ん、なに?」

「真琴はウェー……あ、ううん……業はどのくらいあるの?」

「え、えっと……いくつだったかな。ちょっと待って」

 真琴は携帯でカレンを開き、自分のステータスを見てから答える。

「業は……42、ってなってる」

「え?」

「え? ……て、なによ。なにかおかしい?」

 理沙が驚いた顔のまま答える。

「私の業……300超えてるし。……なんで真琴はそんなに少ないの?」

「なんでって……。知らないよ。理沙の方こそ、なんでそんなにあんのよ?」

 真琴の問い返しには答えず、理沙は真琴の携帯画面を覗きこんだ。そして絶句する。

「……理沙? どしたの? 私……なんかおかしい?」

「真琴……と私、全然違う」

「全然違うって……」

「私、徳は50ちょっとしかないよ」

「……そう……なの?」

 理沙は自分の携帯を取り出してカレンを開き、真琴に差し出す。

「ほら見て。真琴に隠しても意味ないから」

 そう言われて真琴は理沙のステータスを見る。


   281834J
   普通の人
   徳:054
   業:331


 ……たしかに違う。でも、こんなに身近にいて、同じような学生生活を送ってきていたはずなのに、何がこの差を生んでいるんだろう……。

 真琴は根本的な疑問を口にする。

「……ねえ理沙、そもそもさ、この徳と業……っていうか、今までのSTDとウェーって、なにしたら増えるのか、ちっとも分かんないよね」

「……うん」

「でもカレン運営はこの、たった2つの数値で私たちを踊らせようとしてる。ねえ理沙、ウェーってなにしたときに増えてたの?」

 理沙は一寸間をとって考え、そして言う。

「……知らないうちに増えてた……ってカンジだけど、友達とメッセージをやり取りするだけでも増えるときと増えないときがあった……と思う」

「……どんなとき増えてた?」

「男友達とやり取りしたとき……かな。でも、なんかこう、内容によって増えかたが違ってた気がする」

「私と理沙で、なにがそんなに違う?」

 その時、理沙の顔色が変わった。真琴の言葉に何か思い当たるものがあったようだ。

「……真琴」

「うん」

「その……あくまで私と比べての話だけど、真琴は基本、真面目で、そしてオクテ……だよね」

 真面目でオクテ……か。誉め言葉かどうかはさておき、まあそのとおりだと自分でも思う。

「まあ、どちらかといえば……そかな」

「ウェーは、男の子と遊ぶ約束をしたり、男の子と一緒に写真に写ったりしたときに増えてた。あと、レポート写させてってお願いするメッセージを送ったときは、一気に10くらい増えた気がする」

「そんなの……それじゃカレンの運営は、いちいちメッセージや写真の内容を確かめてポイントを振ってたってこと?」

「……そう……なるね。ああ、うん、たぶんそうだよ」

「……本気でそう思う?」

「うん。さっき私、知らないうちに増えてたって言ったじゃん?」

「うん」

「ホントに気が付かないうちに増えてたんだよ。メッセージも写真も、しばらく経ってからウェーが増えてたんだよ」

「じゃ……ホントに……」

「うん、たぶんそう。運営は、内容を確かめた上でウェーのポイントを振ってた。うん、間違いないよ」

「……基準はなんなのよ」

「だからたぶん、今までみんなが思ってたとおりだよ。一般的に言って青春をエンジョイしてるような行為に、たくさんポイントを振ってた」

「…………。」

 真琴は黙る。たしかに自分は理沙よりオクテで、男の友達は少ないし、他人のレポートを写して提出するようなことはしない。

 でも、それにしたって……。

 真琴が黙っていると、理沙がさらに続けた。

「あ……ああそうだ。『奨学金が入ったから今日は私の奢りだよ』ってみんなに送ったあとに、ウェーが一気に30くらい増えたんだ」

「…………。」

 ……さすがにそのメッセージは不謹慎だろう。
 ん? そのメッセージ……たしか自分にも送られたな。

「……私、そのメッセージに返事したよね」

「え、ああそうだ。たしか真琴に怒られたんだ……私」

 そして二人は沈黙する。つまり、少なくともメッセージや写真などで「業」……つまり今までの「ウェー」のポイントが加算されていたのは間違いないようだ。
 しかも、加算されるポイントの嵩はそのメッセージないし写真の内容によって違いがあったらしい。
 運営は、すべて内容をあらためたうえでポイントを振っていた……。
 真琴は、まだ見ぬカレン運営の影の大きさに戦慄した。


「……じゃさ、じゃ……真琴はどうしてそんなに徳があるの?」

 理沙が沈黙を破る。

「え? ええと……私の徳も、知らないうちに増えてた」

「なにしたときに増えてたの?」

 業が徳に置き換わっただけで、さっきと同じような問答をする。だが、今度は真琴が聞かれる立場だ。

「うーん……。普通に時間割を入力したり……あ、ほら私、自炊するじゃん? きれいに盛り付けた晩御飯を写真に残したりしてた。あとは、うーん……あ、そうだ。スケジュールにバイトのシフトを入れたときも増えてたよ、STD。……たぶん」

「バイト? ……もっすバーガーの?」

「そう」

「そっか……」

 理沙はちょっと考えてから続ける。

「真琴、やっぱり………徳は『真面目さ』、業は『不真面目さ』……なのかな?」

「……どうなんだろ。カレン運営が業の多い人を標的にしてることを考えると、そうなのかもしれない……けど」

「けど?」

「偏ってる……てか、独善的すぎるよ。理沙の奨学金の件だってそうじゃん。内容が不謹慎なだけで、おカネなんて、そもそもなんのおカネか分けられるもんじゃないし、使い途は自由だよ」

 言いながら真琴は自分の中でカレン運営に対する憎しみが募っていくのを感じていた。

「運営はマトモじゃない。でも実体はかなり大きい。理沙、そんな気しない?」

「……そだね。いちいちチェックしてポイント付けてたんだもんね」

「それだけじゃない。こうして周到にみんなの弱味を握って、なにか企んでる」

「うん。でも今は……逆らえないよ」

「理沙、もっとカレンをよく見てみよっか。掲示板にもなにか進展があるかもしれない」

「分かった」


 二人はそれぞれの携帯でカレンを開き、いろいろ操作してみることにした。テレビも何も点けていないので部屋に沈黙が降りる。しばらくして理沙がポツリと言う。

「真琴……」

「なに?」

 真琴は携帯画面を睨んだまま聞き返す。

「私、業が500超えてたら自分で書き込んでたかもしれない。……島田くんのこと」

「……もういいよ理沙。それより今は運営のことだよ」

「うん……ありがと、真琴」


 理沙は少しのあいだ真琴を見つめていたが、やがて携帯電話との格闘に戻った。



 真琴と理沙は、それぞれ携帯をいじり続けていた。
 真琴は父から、カレンをアンインストールするなと言われていたので、不本意ながらもカレンを使い続けることになると思い、まず、昼にできなかった後期の時間割の入力をした。
 その作業を終えて掲示板巡りをしていたとき、「みなさんへのお知らせ」と「あなたへのお知らせ」の二つあるコメント欄のうち、「あなたへのお知らせ」の方に新着メッセージが届いた。真琴はそのメッセージを開く。

「あ……」

 真琴が発した小さい声に理沙が反応する。

「どした? 真琴」

「特典が来た。徳が200超えたみたい」

「……どんな特典……なの?」

 理沙の中では、カレン運営がいう「特典」は「ペナルティ」と同義なのだろう。真琴に尋ねる理沙の顔には不安が滲んでいる。

「なんか、自分で掲示板を立てられるようになったみたい」

 不利益ではなかったことで理沙の顔に安堵が浮かぶ。そして少し考えてから理沙は言った。

「……ねえ真琴、じゃあさ、その特典で、なんかこう、みんなで力を合わせて運営を糾弾するような掲示板、立ち上げたら?」

「……アンタだったら……する? それ」

「……できないね、怖いから。ゴメン、真琴」

「私がそんなことしなくても、運営が最初に立ち上げた掲示板の……ほらこれ、運営叩きで盛り上がってるよ」

 真琴は、早くも炎上気味になっている掲示板のひとつを開き、画面を理沙に見せる。


 〝カレンについて語ろう!〟

1)9/28/20:20
 新しくなったカレンのこと、何でも語ろう!
 みんなでカレンを盛り上げよう!
※カレンをより良くするための掲示板です。
※個人に対する誹謗中傷はやめましょう。

2)9/28/20:21
 うおおおお!!
 ふざけんなああああ!!

3)9/28/20:21
 絶対犯罪だろwwwこれwww

4)9/28/20:21
 ツレと連絡できねー!死ねや!くそが!

5)9/28/20:21
 マジそれな、ホント困る。

6)9/28/20:22
 問題はそこじゃねえwww
 盗撮だろ盗撮!
 俺のヤツ、ガチでリベンジポルノwww

7)9/28/20:22
 俺もだwww 死にたいwww

8)9/28/20:22
 いつ撮ったんだよ……これ。
 マジ怖え

9)9/28/20:22
 うわあああ!
 やめてくれ!
 助けてくれえええ!

10)9/28/20:22
 テレビだテレビ!
 どう見てもあれはテレビから撮られてた!

11)9/28/20:23
 だよな!そうだよな!
 テレビから観られてるとかマジ怖え……

12)9/28/20:23
 テレビを持たないワイ、パソコンのウェブカメラから撮られてた……orz

13)9/28/20:23
 これ絶対あれだろ。
 あの特設売場の業者が犯人だろ。

14)9/28/20:24
 安過ぎるとは思ったんだよな
 売場の設置に申請が要るだろうから、学生課に聞けば犯人特定余裕じゃね?

15)9/28/20:24
 >>13
 特設売場で何も買わなかった俺氏、カレンの恥ずかしい検索履歴がスタッフロール状で流れた模様
 (´Д`)

16)9/28/20:25
 まじかよ……

17)9/28/20:26
 とにかく学生課に聞いて、業者特定してから訴えればいいんじゃね?

18)9/28/20:26
 うおおお!運営ぶっ潰す!

19)9/28/20:27
 ……でも怖くね? 晒されたら

20)9/28/20:27
 関係ねえよ! チキンは黙っとけ。

21)9/28/20:28
 >>20
 チキンであることは否定しない
 晒されたら人生終わるからな、俺のは

22)9/28/20:29
 行けるやつだけでも行こうぜ。
 みんなで押しかければ学生課も無視できんだろう。

23)9/28/20:30
 みんながんばれ。俺はもうアンストする。
 こんなの二度と使わねえよ。

24)9/28/20:30
 俺も。

25)9/28/20:31
 警察行ってくる

26)9/28/20:31
 お、おお?

27)9/28/20:32
 勇者だ! 勇者が来たぞ~!!

28)9/28/20:33
 >>25
 本気なのか?

29)9/28/20:33
 ああああ勇者さま!
 ご武運を!

30)9/28/20:35
 >>28
 本気だ。帰ったら報告する。

31)9/28/20:36
 うおおおお!
 がんばれ!
 おまえは真の勇者だ!

32)9/28/20:38
 >>30
 おまえの結果報告のために、板をひとつ立てておく。
 名を聞かせてくれ。

33)9/28/20:38
 もょもと!

34)9/28/20:38
 割り込むなwww 誰だよおまえwww

35)9/28/20:39
 >>32
 もょもと、だ。

36)9/28/20:39
 wwww
 いいのかよwww
 もょもとでwww

37)9/28/20:40
 とにかく行ってくる。
 テレビも持参だ。

38)9/28/20:41
 ウオオオオ! もょもと様~!!

39)9/28/20:41
 抱いて!(´Д`)

40)9/28/20:43
 ……行ったね。

41)9/28/20:43
 みたいだな。

42)9/28/20:45
 >>32
 それより、どういうことだ?
 自分で板が立てられるのか?

43)9/28/20:47
 立てられるらしい。
 ステータスに関係あるようだぞ。
 あ、32です。

44)9/28/20:49
 それは徳の特典……か?

45)9/28/20:51
 そうらしい。
 アンケートも実施できるみたいだ。

46)9/28/20:52
 そうなのか。
 まあとにかく、俺たちはもょもとの帰還を待ちつつ、明日は学生課に押しかけるってことだな。

47)9/28/20:54
 そうだね。
 それはそうと、ここに書き込んでも業が減るよ。

48)9/28/20:54
 まじか

49)9/28/20:55
 たしかに減ってるな。
 運営の文句言ってんのにな。
 なにがしたいんだ? 運営は



「……警察に行ってくれたんだ、この……もょもとって人」

「そうみたいね。えっと……この人が警察に行くって言ったのが9時前だから、もう3時間近く経つね」

 言いながら真琴は、もょもとの結果報告のために立ち上げられた板〝勇者もょもとの戦い〟を開いたが、もょもとと名付けられた期待の人はまだ帰っていないようだった。

 ……これは待つしかないか。
 うまくいくといいけど……。


「真琴、真琴は明日、学生課に行く?」

「ん? うーん……。押しかけるっていうのとは違うけど、様子は見に行ってみたい……かな」

「じゃ、一緒に行こ」

「うんいいよ。たぶんみんな開くと同時に押しかけるだろうから、ちょっと離れたところで待ち合わせよっか」

 真琴と理沙は、学生棟から少し離れた場所……農学部近くの東体育館の前で10時前に合流する約束をした。

 もうすぐ日付が替わる……。今日はこれ以上の進展もないだろうということになり、理沙は帰っていった。


 被害に遭っているのは自分たちだけじゃない……。それもかなりの数の学生が同じ思いをしているという事実が判ったからだろう、帰り際の理沙の顔はだいぶ晴れていた。


 理沙を見送ったあと、まだ気持ちの昂りが治まらない真琴はベッドに横になって掲示板の続きを見る。
 さっき開いていた掲示板では、カレン運営の目的や正体についての憶測が飛び交っていた。
 匿名の掲示板なのでなかなか収拾が付かないでいるが、おおむねの流れは真琴と同じ予想、そして感想だった。
 つまりカレン運営は遊び呆ける学生を独善的に懲らしめようとしているとしている、ということだ。
 独りよがり……。そんな単語があちこちに見られた。


 日付が替わってすぐ、今度は「みなさんへのお知らせ」が新着を告げた。イヤな予感だ。
 真琴は少し緊張してそのメッセージを開く。見出しは「特典の臨時執行について」とある。



 【特典の臨時執行について】

 下記の2人はカレンをアンインストールしたうえ、再三にわたる当方からの再インストール依頼のメールに応じなかったため規約違反とみなし、不本意ながら臨時に業の特典を執行しました。

 建築2年 町田正樹
 理数2年 寺本忠幸

※特典の内容については、カレン動画内もしくは動画サイト「パオドゥ」でご覧になれます。

 ……これは、最初の犠牲者だ……。見るのは躊躇われたが、真琴は執行された特典……その動画を確認せずにはいられなかった。カレン内にある「カレン動画」をタップする。

 カレン内にある「カレン動画」……。
 リニューアル前は大手の動画サイトとリンクしていたらしく、そこには膨大な数の動画が置いてあり、検索ひとつですぐに目当ての動画を観ることができた。
 だが真琴がカレン動画を開いてみると、果たしてそこにあったのはたった2本の動画だった。


  町田正樹くん(恥ずかしい秘密)
  寺本忠幸くん(……いいの? 見せても……)


「…………。」

 フルネームか……。カッコ内は執行された業の内容だろうけど……。いったいどんな動画なんだろう。
 真琴は恐る恐る1本目の町田正樹という人の動画を開く。



 画面に表示されたのは、下からゆっくり上っていく文字列だった。
 レクイエムのようなBGMが流れ始める。

 冒頭はタイトルと解説文だった。「町田正樹くんの恥ずかしい秘密」というタイトルのあと、この動画が広大工学部2年、町田正樹くんがインターネットで検索したキーワードの一部を抽出したものである旨を解説した文章がゆっくりと上がっていった。
 続いて核心部分が始まる。


「あぁ……」

 真琴は思わず嘆いた。


 2015年4月
 「ロリ」「モテる」「モロ」「二次」
 「広北 風俗」「裏」「違反 ゴネ」

 2015年5月
 「緊縛」「ブルマ」「合法」「ハーブ」
 「甲斐菜穂子 理学部 生物」

 2015年6月
 「ドラッグ」「媚薬」「フェロモン」……



 延々と単語が続く。悪意ある抽出……これは残酷だ。

 晒されるキーワードはどんどん過激になっていく。
 確かにどれもアブノーマルなものばかりだが、この町田正樹という人を、この検索履歴のみをもって変態と断じてはいけない。
 「合法」とか「ドラッグ」とかのきわどいものについても、これで判ることはあくまでそのキーワードで検索をしたという事実だけなのだ。
 単にちょっと興味を持っただけ……その可能性も大きいんだ。
 この人は純然たる犠牲者なんだ……。真琴はそう判断したが、これを見た他の学生たちはどう思うだろう。
 うちの大学は一流とまでは言えないかもしれないけど、それなりに名の通った国立大学だ。学生も相応に良識がある。
 みんなも私と同じような判断をしてくれる……きっと。

 真琴は次に2本目の動画を開く。
 すでに再生回数は2000近くになっていた。

 2本目は寺本忠幸という人、その本人と思われる男の子がほぼカメラ目線で床に座っている場面から始まった。
 下半身は全裸だ。真琴はこの先の展開が予想できた。
 画面の真ん中に大きく映ったその男の子は、なにやらDVDを選んでいる。そして画面の右から左に文字が走る。


   真剣すぎwww
    コレクションすげえwww


 ……私のときと同じだ。編集なんだろうけど、晒し者にされているという印象をこの上なく刻みつける。
 やがて男の子は1枚だけを手に取り、テレビのある方に近づいてくる。
 ……デッキにDVDをセットしているんだろう。
 このときも

   ようやく決まりましたwww
    Round1・Fight!

などの文字が走る。
 真琴は、自分が映し出された動画を思い出して気分が悪くなってきた。

 画面の中の男の子……真琴より1学年上、理学部の寺本忠幸はDVDをセットすると再び画面の前に座り、リモコンを片手に全裸の股間をまさぐり始める。


     ロックオンwww


 駄目……。絶対に駄目だ。真琴は、この画面に映っているのが自分だった場合をどうしても考えてしまう。
 男の子は時折鼻をほじりながら、こちら側……つまりテレビ画面をにらむ。
 なにかをするたびに画面に表示される文字がそれを茶化す。
 再生されているアダルトDVDのものと思われる音声も明瞭に聞こえる。


     まさかの凌辱ものwwww
  イヤァwww 寺本くん変態www


 文字は男の子の自慰行為を茶化し続ける。


   さあ盛り上がってまいりましたwww
      そろそろか?そろそろなのか?

     早すぎるだろwww


 ヒドすぎる……。男の子の股間にはモザイクがかかっているが、それは酷く雑で、時々わざとのようにズレる。
 普段であればオクテの真琴は正視できずに目を逸らしていただろうが、目に涙を浮かべながらも真琴はそれを見続けた。


   ぁぁああwww
     イクぞ! イクぞ!
    あああぁあぁあwww

   イッタァァァァ!!!

      うわぁ 幸せそう……



 ……もう耐えられない。真琴は動画を止めて目を閉じる。

 ……この人は今、大丈夫だろうか? カレンをアンインストールしたことでペナルティを執行されたんだから、自分が晒し者になっていることを知らないかもしれない。
 真琴は話したこともない寺本忠幸という人の身を心から案じると同時に、目の当たりにしたカレンの悪意に恐怖した。


 ……もょもと。そうだ、警察に行った「もょもと」っていう人は帰ってきたんだろうか。真琴は期待を込めて〝勇者もょもとの戦い〟の板を開いたが、まだ進展はないようだった。
 さらに真琴は掲示板を確認する。犠牲者が出たことで〝カレンについて語ろう〟の板は大炎上……運営への憎悪が巨大なうねりとなっていた。

 ……朝になったら大学は大混乱だな、これは。真琴は見知らぬ匿名の学友たちを頼もしく感じた。

 しかし、それとは別に真琴は新たに立てられた板を見つけ、開いてみて落胆する。
 〝晒された奴らを悼む会〟と銘打ったその板では、見出しとは正反対に、犠牲となった二人の仲間の傷に塩を塗り込むような書き込みが溢れていたのだ。
 明日は我が身じゃないか……。なんでこんなに危機感ないの?
 ……これが匿名の恐ろしさ、か。
 真琴は人間の業の深さを垣間見た気がした。

 いつまで待っても希望の掲示板〝勇者もょもとの戦い〟に変化がないので、真琴は朝のために寝ておくことにしたが、最後のつもりで自分の秘密が晒された板〝どんどん書こう!あの人の片思い〟を開いて画面をスクロールさせていく。
 この板への書き込みも止まる様子はないようだった。そして、ある書き込みのところで真琴の指が止まる。


459)9/29/02:47
 法学1年の島田直道は教理1年の古川真琴が好き


 地獄の沼に片足を沈めながら天国への階段の手すりを掴んだような感覚……。
 一晩でこんなに感情を揺さぶられることが、この先の生涯にあるだろうか。
 真琴はそんなことを考え、眠らぬまま夜を過ごした。


 夜が明けてきたのをカーテン越しに感じる……。
 眠れない真琴は結局、一晩中携帯電話をいじり続けていた。

 今も撮られているのかもしれない……。お父さんはもう機能してないだろうって言ってたけど。

 真琴は、今もまさに自分が覗かれているという怖れを払うため、テレビの向きを変えてコンセントを抜き、壁の時計を外したが、それでも不安は拭いきれなかった。
 そうしてベッドの隅で膝を抱えて小さくなり、救いを見出だそうとカレン掲示板をさまよい続ける。
 すでに相当な数の板が立てられ、書き込みも勢いが衰えない。
 ……みんな眠れずにいる。私だけじゃない、みんなが怯えているんだ。
 その事実だけが真琴の正気を支えているようだった。


 午前7時前、いまだ誰ひとりとして打開策を打ち出せぬ掲示板を見続ける真琴はさすがに疲れきっていた。が、そこに待ちわびていた報せが入る。
 〝勇者もょもとの戦い〟に動きがあったのだ。
 この板はそれまで停滞していたが、もょもとが帰還を告げるや否や、リアルタイムでみるみるうちに書き込みが増えていく。

 真琴はその掲示板の一言一句を見落とすまいと集中した。




21)9/29/06:03
 ……6時過ぎてんぞ、まだ戻らないのか?

22)9/29/06:27
 もょもと……倒れたか?

23)9/29/06:53
 遅くなったな。帰還したぞ。

24)9/29/06:53
 !! ……もょもと……なのか?

25)9/29/06:53
 もょもとか? もょもとなのか?

26)9/29/06:54
 そうだ。
 たった今、西條署から帰ってきた。

27)9/29/06:54
 ぅぉおおお!
 俺たちの勇者が還ってきたぞ!

28)9/29/06:54
 もょもと! もょもと! もょもと!

29)9/29/06:55
 早く! 早く俺たちを眠らせてくれ!

30)9/29/06:55
 もょもと! 無事だったか!

31)9/29/06:55
 落ち着いてくれ。
 書きためがないので自信がないが、結果を報告する。
 だからできるだけみんな静かにしてくれ。

32)9/29/06:55
 分かった。みんな、静かにしようず。

33)9/29/06:56
 ワイ、全裸待機済み

34)9/29/06:56
 ……見えてるぞ

35)9/29/06:57
 >>34
 洒落になってねえな、ホント。

36)9/29/06:58
 >>31
 板を立てた者だ。
 もょもと、ひとつ聞いておく。
 運営を敵にして、おまえ自身は安全なのか?
 すでに犠牲が出てるんだぞ。

37)9/29/06:59
 そうだよ。
 無理してここに書かなくてもいいよ。
 警察に行ってくれただけで充分だよ。

38)9/29/07:01
 まず結論から言おう。
 警察は、本部から人を集めて本腰入れて捜査してくれるそうだ。
 俺が警察署にいる間にも、早速、大学の関係者を呼び出したりしていた。
 >>36
 板を立ててくれてありがとう。
 安全かは判らないけど、とりあえず俺の業は少ない。
 運営に握られたものはそれなりにイヤなアレだが、実は俺、昨日の20時は彼女と一緒にいたんだ。
 俺と彼女は同時に、お互いの恥態を見せられた。そして彼女の業は危険ラインだったんだ。
 話し合った結果、リスクの少ない俺が警察に行くことにしたんだ。
 だから俺は勇者でもなんでもない。
 >>37
 女の子かな? 心配してくれてありがとう。

39)9/29/07:02
 うおおおお!
 ざまあみろ運営!
 さっさと捕まれぇぇぇ!

40)9/29/07:03
 やったぁぁぁぁああ!
 勇者もょもとに栄光あれ!

41)9/29/07:04
 いや、それでもお前は勇者だよ。
 みんな、すこし静かにしてもょもとの話を聞こう。

42)9/29/07:06
 話が前後するが、俺が警察署で携帯を見せながら話をしている最中に犠牲者が2人出た。
 この犠牲……というか被害に遭った2人には大学を通してすぐに警察が連絡をとっていた。
 警察の人がちゃんとケアすると言っていたから、2人とも早まったことはしないと思うから安心してくれ。
 それで警察から2つ伝言を頼まれたから、まずそれを伝える。「被害に遭った2人が受けたショックはかなり大きい。これからも被害者が出る可能性があるけど、みんなが被害者予備軍なんだから、晒された内容をネタにして辱しめるようなことは絶対にしないでくれ」ということと、「警察の捜査に協力を求められたときは協力してくれるようみんなに伝えてください」ということだ。
 つまりみんながいわゆる二次被害、というのかな……の加害者にならないようにしてくれということと、早く犯人を捕まえるために警察に協力してくれということだ。
 たしかに伝えたぞ。

43)9/29/07:06
 分かった!

44)9/29/07:06
 わかるけど……警察に協力ってちょっと怖くない?
 いつ自分が執行されるかわかんないよ。

45)9/29/07:07
 うん。だから警察への協力は各自で判断して、それぞれができる範囲で協力すればいいと思う。
 だけどもう片方の、被害者を辱しめないというのは、みんなできるだろ?
 俺もこれは大事なことだと思う。

46)9/29/07:08
 確かにな。よし、この板を立てた主として俺からもお願いする。
 ここを見ている皆、警察を動かしてくれた功労者もょもとの意を汲んで行動しよう。俺たちの大学の程度が試されると思えばいい。
 もょもと、続けてくれ。

47)9/29/07:08
 うん、みんな、自分が晒された場合を考えよう。

48)9/29/07:10
 よし、今からはできるだけ順を追って書いていく。
 初め警察は俺の話を、詐欺か何かのたぐいと思って聞いていたようだった。
 でも俺は、自分の恥態が再生されたとき、それを別の携帯で撮っておいたんだ。それを見せたら警察はすぐに「間違いなく脅迫だ」と言ってくれた。

49)9/29/07:11
 もょもと、おまえすげえな……
 マジでカッコいい……

50)9/29/07:12
 伊達に勇者じゃないな。

51)9/29/07:14
 それでカレンについて詳しく話しているときに、刑事と俺の目の前で、2人の犠牲者が晒された。
 警察署が一気に大騒ぎになった。
 すぐに大学の学生課の偉い人が呼ばれてた。
 盗撮の手段も、それまでは「まさか」という感じだったけど、急に信憑性を帯びてきて、刑事が「テレビを分解させてくれ」と言った。

52)9/29/07:15
 テレビを……分解……だと?

53)9/29/07:15
 ああ、そうだ。

54)9/29/07:16
 ……それで、何か出てきたのか?

55)9/29/07:16
 出た。

56)9/29/07:17
 ホントかよ……

57)9/29/07:17
 うああ、こええよぉ

58)9/29/07:19
 続けるぞ。
 出てきたのは案の定、カメラだ。電源は主電源から分岐して供給されていて、場所はリモコンセンサーの裏側だった。表からは全くわからないようになってた。
 で、これは刑事の人の推測で、詳しくはこれから調べるんだが、カメラの通信手段はおそらくBluetoothだ。

59)9/29/07:20
 つまり、どういうことだ?

60)9/29/07:20
 Bluetoothって何?

61)9/29/07:23
 つまり、カメラのBluetoothは常にオンの状態で、カレン運営の関係者が定期的に俺たちのアパートの外からデータを回収していたんだろうということだ。
 まあ、これは動画や音声だけで、被害者の一人が晒されてた検索履歴とかはカレンのアプリの履歴だ。
 この時点で警察は、これがかなり大がかりな組織による犯罪だと判断した。

62)9/29/07:23
 ねえ、Bluetoothってなんなの?

63)9/29/07:23
 大がかりな組織……だと?

64)9/29/07:24
 >>62
 おまえ、黙っとけ

65)9/29/07:28
 続けるよ。
 警察は真剣に聞いてくれて、俺の長い話を全部信じてくれた。
 そのうえで
・リニューアル前のカレンがとても高機能だったこと
・大学の講義日程とピシャリとリンクする機能があること
・手段が大がかりで、相当な費用がかかっていること
・晒された動画はかなり手間をかけて編集されていること
・被害者(恥態を握られた学生)が膨大で、無作為であること
 とか、他にもなんか言ってたけど、とにかく一人や二人でできることじゃないって言ってた。
 あ、そうだ。「これは大学を狙ったテロじゃないのか?」って言ってる刑事もいたぞ。
 とにかく警察は本気だよ。
 でも気になるのは、内部の犯行か、純然たる部外者の犯行かは判らないなって言ってたことかな。

66)9/29/07:30
 内部?

67)9/29/07:32
 そう、内部っていうのは、教授や助教授を含めた大学職員はもちろん、現役の学生や卒業生も含んで言ってるみたいだった。
 部外者なら……受験で落ちた人、とかかな。

68)9/29/07:33
 そうだよな。
 大学に関係あるやつだよな。絶対。

69)9/29/07:33
 ひらめいた!

70)9/29/07:34
 ん?

71)9/29/07:35
 アプ研だ!

72)9/29/07:35
 ……アプ研が犯人だと?

73)9/29/07:36
 そうか……アプ研か。

74)9/29/07:38
 アプ研?

75)9/29/07:40
 アプリ作ってるサークルだよ。
 なんか、情報工学の部活みたいになってるやつ。

76)9/29/07:41
 あいつらか……

77)9/29/07:41
 そんなサークルあったの?

78)9/29/07:42
 いや、あいつらにできることじゃないだろ

79)9/29/07:42
 いや分からんぞ。
 あいつら女っ気ゼロだし。

80)9/29/07:43
 ちょっと待ってくれ。
 そうやって身内から犯人を仕立てあげるのはやめよう。
 警察もそれを心配してた。
 それが始まったら大混乱だって。

81)9/29/07:43
 でもあいつら怪しくね?
 リア充死ね! とかマジで言ってそうだし。

82)9/29/07:44
 言ってそうwww
 しかもあれだろ?
 作ってるアプリってエロゲばっかだろwww
 しかも下手くそな。

83)9/29/07:45
 待ってくれ。この板はもょもとの話を聴くために立てたんだ。
 邪推は余所でやってくれ。

84)9/29/07:46
 もょもとからの報告は終わったろ。
 これからは犯人探しだ!

85)9/29/07:47
 落ち着け。
 身内で犯人探して混乱してたら、それこそ運営の思うつぼだぞ。

86)9/29/07:48
 思うつぼってwww
 運営の思惑知ってんのかwww
 仲間かよwww

87)9/29/07:50
 アプ研カワイソスwwww

88)9/29/07:51
 悪の組織アプ研!
 オタの逆襲www

89)9/29/07:51
 いい加減にしろ。
 勝手に犯人をつくるな。

90)9/29/07:52
 本人キター!
 捕まれキモデブ!



 ……駄目だ。これはよくない流れだ。みんな本当はアプ研というサークルが犯人じゃないことは分かってる。それなのにアプ研を犯人のように言って攻撃している。
 魔女狩り……。もょもとが帰還して僅か1時間で、不安の捌け口としての攻撃対象を炙り出す醜いゲームが始まってしまった。

 もょもとやこの板を立てた人、その他一部の冷静な人が懸命に流れを変えようとしているが、もはや抑えが効かない。真琴は激しい憤りを覚えた。
 板では、あっという間に朝一番でアプ研に押しかけるという話になっていた。
 ……きっと何も悪くないのに。

 勇気ある行動をしたもょもとの存在もすっかり掻き消されてしまった。
 これじゃあもょもとっていう人は運営に睨まれるリスクを背負っただけじゃないか。
 ……浮かばれない。真琴はもょもとに心から礼を言いたかったが、きっともょもとが現実の場で名乗り出ることはない。
 彼女さんが晒されるから……。

 たぶん……今しかない。
 真琴はもょもとに気持ちを伝えるのは今しかないことを理解した。父から厳命された「目立つな」という言葉が脳裏をよぎるが、真琴は書き込みをせずにはいられなかった。


138)9/29/08:08
 たぶん今しか伝えられないと思うので書きます。
 もょもとさん、本当にありがとうございました。
 勇気ある行動をしたもょもとさんに感謝します。


 もょもと本人に伝わったかどうか判らぬまま、真琴の書き込みは喧騒に呑まれていく。
 真琴は感じたことのない類の悲しみに襲われそうになった。その時にひとつの書き込みが目に入る。


155)9/29/08:15
 >>138
 ありがとう。俺は大丈夫。
 どうか気を付けて。


 ……伝わった。その事実だけで真琴は救われた気がした。真琴は気持ちを切り替える。
 理沙との待ち合わせまで2時間を切っている。今日、これから大学はきっと大変なことになる。

 真琴はシャワーを浴び、身なりを整えて自分に気合いを入れ、勢いよくカーテンを開いて窓を開けた。

 外は、いつもと変わらぬ日常の匂いがしていた。
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