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第76話 聞いてガラージュ見てガラージュ 8
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「──でね、お父さんに話したら商店街の皆で協力してジムの片付けに行ってくれるって。だから邦子さん、無理してすぐ戻ろうなんてしないでくださいよ」
華澄が電話しているのは、病院に運ばれた邦子。
あの乱闘の末、下手したら入院なんてこともありえるかと予想していたが、邦子はそれを断ったらしい。
大した怪我じゃないよ、と電話口に返ってきたが医者の判断には素直に従って欲しいと華澄は思った。
四丁目で文哉と合流して、八重と愛依のことを迎えに行こうかと八丁目を目指している途中。
文哉は街の様子を確認がてら、昨日起きっぱなしにしていた自転車を取りに行っていたらしい。
何やら昼間に怪我をしたのか自転車を杖のように支えにしてぎこちなく歩いている。
「ちょっ、邦子さん、本気で止めてくださいよ。その身体で合流するとか本気ですか? いや、馬宮さんがいるからって、怪我分補えるとか無いですよ。お二人はもう十分活躍したんですから、まずは怪我の治療に専念して──」
激戦を乗りきった邦子は、どうやらファイターズハイとでも言うのか、かなり好戦的になっていてすぐにでも警察署に向かうと鼻息を荒くしている。
どうも素直に病院に運ばれたのも、平家が懸念していた返しを待ち構えてのことだったようだ。
何人いるかわからないグループなれど、その数を少しでも自分に向けれるならば良しとする。
そんな気概で構えていたらしいのだが、運ばれた警察病院はいたって静かなもので、何事の邪魔が入ることなく順調に診察されたという。
そんなわけで、昂った闘志のやり場が見つからない邦子は、普段ならそんなことは言わないのに、再戦を希望しているようだ。
VS見知らぬ人。
しかも加えて厄介なのは、一緒に運ばれた馬宮も名誉挽回的な活躍の場を期待していたらしく、その機会が訪れなかったことに憤慨していて、邦子と共に暴れる場所を探しているというところだ。
そういう話じゃないでしょうよ、と華澄は肩をすくめるが、ジェスチャーが電話越しに伝わるわけがなかった。
「──依っっ!!」
大通り。
行き交う車の音に紛れ知り合いの名前を呼ぶ声が聞こえて、華澄がそちらを見ると一人の中年男性が道路の先に向かって叫んでいた。
呼吸は大きく乱れ、膝から崩れ、車道に座り込んでしまった。
何があったのかと、華澄が窺う横で文哉が何かに気づいて、自転車を放り出して慌てて駆け寄る。
「安堂さんっ! 何があったんすか!?」
駆け寄り声をかけた文哉に気付いて、中年男性──伊知郎は何かを言おうとするが、荒くなった呼吸が邪魔をしてまともに言葉を口に出来ない。
「とにかく、車道は危険です。肩貸しますから歩道まで行けますか?」
文哉がそう言うと、伊知郎は真っ白になりそうになる頭で受け止めて何とか頷き返した。
それを見て文哉は肩を担ぐと、伊知郎を立たせて近くの歩道へと連れていく。
「あり、が、と、う、平田、く、ん」
呼吸は整わず荒れたまま、伊知郎は礼を告げる。
「無理しないで、ゆっくり呼吸することに専念してください」
文哉は、落ち着いて、と両手でジェスチャーして伝える。
人命救助など不馴れであるが、脅えた人などを落ち着かせた経験は何度かある。
吸って吐いての動きを自分に合わせて行わせる、それで無意識に速くなってしまう呼吸が落ち着きを取り戻す。
「娘が、妻と出ていった娘が、パトカーに拐われていった」
呼吸が整い出した伊知郎は、つい先程あった見間違いであってほしい事実を口にする。
パトカーに拐われる、なんて言葉にしてもその可笑しさに首をかしげたくなる。
連行されるならわかるが、しかしあれは、確実に拉致されている様子だった。
「パトカーに? じゃあ、怪しいパトカー追えばいいんすね。わかりました」
そう言うと文哉は伊知郎が見ていた視線の先の方向を指差して、あっちですよね、と確認する。
文哉の反応に戸惑う伊知郎は、言われるがままに頷き返す。
こんな嘘みたい話、何の疑問も持たずに信じるのか?
信じて、助けてくれるのか?
文哉は放り出した自転車を立たせ、痛む足を振り上げてサドルに跨がった。
「俺が娘さんのこと必ず助けますんで、安堂さんは待っていてください。華澄、悪いけど安堂さんのこと頼むわ」
そう言って、二人の返事を待たずして漕ぎ出そうとする文哉。
しかしそこに待ったをかけるように携帯電話が鳴り出す。
誰だよこんなときに、と相手だけ確認してかけ直すかと通知を見ると、遠藤音弥と表示されていた。
自警団のOBとして後輩に相談されることもあるだろう、と華澄の父親に無理矢理教えられた番号。
きっと遠藤も同じような理由で文哉の番号を知っていたのだろう。
「──もしもし、遠藤か。悪い、今急ぎだから後でかけ直して──」
『文哉さん、オレ、今警察署にいるんすけど、パトカーが女子高生二人拐っていくのを見ました。しかもそれ、あの英雄とかいうヤクザも絡んでるみたいで──』
「ああ、ちょうど今、追いかけるところだ」
『え・・・・・・それなら、文哉さん、よろしくお願いします』
「ああ、わかってる」
文哉はそう言って電話を切ると今度こそ自転車を漕ぎ始めた。
足が痛いなんて言ってる場合じゃない。
全速力で一刻も早く追いつく。
相手はパトカーだ、見つけるのはそう難しいことじゃない。
そして、それから英雄とのリベンジマッチだ。
華澄が電話しているのは、病院に運ばれた邦子。
あの乱闘の末、下手したら入院なんてこともありえるかと予想していたが、邦子はそれを断ったらしい。
大した怪我じゃないよ、と電話口に返ってきたが医者の判断には素直に従って欲しいと華澄は思った。
四丁目で文哉と合流して、八重と愛依のことを迎えに行こうかと八丁目を目指している途中。
文哉は街の様子を確認がてら、昨日起きっぱなしにしていた自転車を取りに行っていたらしい。
何やら昼間に怪我をしたのか自転車を杖のように支えにしてぎこちなく歩いている。
「ちょっ、邦子さん、本気で止めてくださいよ。その身体で合流するとか本気ですか? いや、馬宮さんがいるからって、怪我分補えるとか無いですよ。お二人はもう十分活躍したんですから、まずは怪我の治療に専念して──」
激戦を乗りきった邦子は、どうやらファイターズハイとでも言うのか、かなり好戦的になっていてすぐにでも警察署に向かうと鼻息を荒くしている。
どうも素直に病院に運ばれたのも、平家が懸念していた返しを待ち構えてのことだったようだ。
何人いるかわからないグループなれど、その数を少しでも自分に向けれるならば良しとする。
そんな気概で構えていたらしいのだが、運ばれた警察病院はいたって静かなもので、何事の邪魔が入ることなく順調に診察されたという。
そんなわけで、昂った闘志のやり場が見つからない邦子は、普段ならそんなことは言わないのに、再戦を希望しているようだ。
VS見知らぬ人。
しかも加えて厄介なのは、一緒に運ばれた馬宮も名誉挽回的な活躍の場を期待していたらしく、その機会が訪れなかったことに憤慨していて、邦子と共に暴れる場所を探しているというところだ。
そういう話じゃないでしょうよ、と華澄は肩をすくめるが、ジェスチャーが電話越しに伝わるわけがなかった。
「──依っっ!!」
大通り。
行き交う車の音に紛れ知り合いの名前を呼ぶ声が聞こえて、華澄がそちらを見ると一人の中年男性が道路の先に向かって叫んでいた。
呼吸は大きく乱れ、膝から崩れ、車道に座り込んでしまった。
何があったのかと、華澄が窺う横で文哉が何かに気づいて、自転車を放り出して慌てて駆け寄る。
「安堂さんっ! 何があったんすか!?」
駆け寄り声をかけた文哉に気付いて、中年男性──伊知郎は何かを言おうとするが、荒くなった呼吸が邪魔をしてまともに言葉を口に出来ない。
「とにかく、車道は危険です。肩貸しますから歩道まで行けますか?」
文哉がそう言うと、伊知郎は真っ白になりそうになる頭で受け止めて何とか頷き返した。
それを見て文哉は肩を担ぐと、伊知郎を立たせて近くの歩道へと連れていく。
「あり、が、と、う、平田、く、ん」
呼吸は整わず荒れたまま、伊知郎は礼を告げる。
「無理しないで、ゆっくり呼吸することに専念してください」
文哉は、落ち着いて、と両手でジェスチャーして伝える。
人命救助など不馴れであるが、脅えた人などを落ち着かせた経験は何度かある。
吸って吐いての動きを自分に合わせて行わせる、それで無意識に速くなってしまう呼吸が落ち着きを取り戻す。
「娘が、妻と出ていった娘が、パトカーに拐われていった」
呼吸が整い出した伊知郎は、つい先程あった見間違いであってほしい事実を口にする。
パトカーに拐われる、なんて言葉にしてもその可笑しさに首をかしげたくなる。
連行されるならわかるが、しかしあれは、確実に拉致されている様子だった。
「パトカーに? じゃあ、怪しいパトカー追えばいいんすね。わかりました」
そう言うと文哉は伊知郎が見ていた視線の先の方向を指差して、あっちですよね、と確認する。
文哉の反応に戸惑う伊知郎は、言われるがままに頷き返す。
こんな嘘みたい話、何の疑問も持たずに信じるのか?
信じて、助けてくれるのか?
文哉は放り出した自転車を立たせ、痛む足を振り上げてサドルに跨がった。
「俺が娘さんのこと必ず助けますんで、安堂さんは待っていてください。華澄、悪いけど安堂さんのこと頼むわ」
そう言って、二人の返事を待たずして漕ぎ出そうとする文哉。
しかしそこに待ったをかけるように携帯電話が鳴り出す。
誰だよこんなときに、と相手だけ確認してかけ直すかと通知を見ると、遠藤音弥と表示されていた。
自警団のOBとして後輩に相談されることもあるだろう、と華澄の父親に無理矢理教えられた番号。
きっと遠藤も同じような理由で文哉の番号を知っていたのだろう。
「──もしもし、遠藤か。悪い、今急ぎだから後でかけ直して──」
『文哉さん、オレ、今警察署にいるんすけど、パトカーが女子高生二人拐っていくのを見ました。しかもそれ、あの英雄とかいうヤクザも絡んでるみたいで──』
「ああ、ちょうど今、追いかけるところだ」
『え・・・・・・それなら、文哉さん、よろしくお願いします』
「ああ、わかってる」
文哉はそう言って電話を切ると今度こそ自転車を漕ぎ始めた。
足が痛いなんて言ってる場合じゃない。
全速力で一刻も早く追いつく。
相手はパトカーだ、見つけるのはそう難しいことじゃない。
そして、それから英雄とのリベンジマッチだ。
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