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第73話 聞いてガラージュ見てガラージュ 5

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 作業服の男を投げ倒し、若菜は次の相手にと構える。
 残るは四人。
 男達は一人倒されたところで怯える素振りもみせず、威勢よく突っ込んでくる。
 長く時間がかかれば不利なのは、警察署前にいる自分達だと自覚があるようだ。
 若菜は四人全員を相手にしなければならないわけではない。
 多少の邪魔があろうが、署前で暴漢が暴れてることに誰の応援も駆けつけないというわけがない。
 八重と愛依を乗せるパトカーが走り出さない限りは、若菜の防衛勝ちとも言える。

 とはいえ。
 誘拐を阻止するという警察としての任務は果たされるものの、警察署前まで乗り込んで来た奴らに示さなければならないものがあると若菜は考えていた。
 警察、舐めんな。

 バールを片手に持って近寄ってくる男を、逆に迎え撃ちに動く若菜。
 小柄な身体は、男の胸下辺りからグッと伸び上がるように接近し、虚をつかれた男の襟首を間髪入れずに掴む。
 摺り足と体格差で目に見える距離感が、確かなものではないことを男は気づけぬまま、天地を逆さまに宙へ浮く。
 突然来る浮遊感に、え?、と間抜けな一言を漏らしてる間に背中は強く地面に打ちつけられる。
 一人目と同じ様に悠々と投げられる男、受け身も習ってないのかと若菜は呆れていた。
 確か最近じゃダンスとプログラミングと柔道か剣道は、選択科目だとかになったんじゃなかったか。

「まぁ、チンピラになるような奴がまともに学校の授業を受けんか」

 義務教育の敗北。
 そんなネットスラングか、新聞の煽り記事みたいな言葉が頭に浮かんで若菜はため息を吐いた。

 三人目は少し警戒していた。
 後ろに近づく四人目と歩幅を合わせて、二人がかりなら、という画策だろう。
 それは冷静に対処出来てるとも言えるが、しかしながら、距離があることに油断してる節がある。
 若菜は投げ倒した二人目の男から、バールを奪い取ると歩幅を合わせようとチラチラと背後を気にする三人目へと投げつけた。
 さて警察官としてはやり過ぎなのは否めない、まともな弁護士を頼むような頭が無いことを願おう。
 バールはクルクルと宙を舞うと、三人目の側頭部にぶつかった。
 冷静になるとかなり危険な行為であることを認識し、若菜は自分が高揚し過ぎてることを自覚する。
 久々の喧嘩に舞い上がってるなんて、恥だとも思える。

 バールがぶつかった三人目は、糸が切れたように地面に崩れた。
 おわっ、と驚きの声を上げる四人目は、横から通りすぎようとする五人目に背中を押される。
 前のめりに転げそうになる四人目を、若菜は迎え入れるように掴み、後ろに倒れ込み釣り手側の足裏を相手の腹部に当てて、押し上げるように真後ろに投げる。
 巴投げ。
 パトカー前で倒れる一人目に重ねる形で投げ落とす。

 もう若くない、と日頃から愚痴る身体は案の定軋み、起き上がるにも少し時間を要する。
 巴投げはこの年齢でやるには捨て身が強いな、と起き上がろうとする若菜の視界に映るものから教訓を得る。
 ゆっくりと起き上がるなど隙でしかない、五人目が駆け出して若菜の顔めがけ突進する前蹴り。
 そもそも囮か、と若菜は迫る足裏に五人目が四人目の背中を押した意味を察する。

 がっ、とまともに若菜の顔面に前蹴りが入る。
 助走がある分勢いは強く、体重が充分乗せられた前蹴りは若菜の小柄な身体を軽々と吹っ飛ばす。

 パトカーにぶつかる若菜の身体。
 揺れるパトカー、息を飲む八重。

「随分強いみたいだけどさぁ、調子乗ったんじゃねぇの、オッサン!!」

 パトカーにもたれかかる若菜に、五人目の追撃。
 パトカーから払い除けるように左中段回し蹴り。
 脇腹を掬い上げ、若菜の身体がアスファルトに転がる。

「オイ、ごちゃごちゃやってんな! テメェ、運転できるのか!?」

 後部座席で愛依を拘束する金髪の男が、作業服の男に吠える。
 作業服の男は不服そうに、しかし、これも仕事だと理解し運転席に乗り込んだ。

 バタンっ、と運転席のドアが閉まる。
 金髪の男から愛依を解放するチャンスを窺っていた八重は、金髪の男に睨まれてそのチャンスを掴めなかったことを理解した。

「何処へ運ぶ?」

「あ? 聞いてねぇのか、例の取引場だよ! さっさと出せ、早くしろ!」

 作業服の男はバックミラーで金髪の男を一瞥すると、小さくため息をついて刺さったままの車のキーを回した。
 エンジンがかかり、アクセルが踏まれる。
 パトカーは動き出す。

 アスファルトに倒れる若菜は、その振動を頬に感じていた。
 たった二撃の蹴りで、身体がまともに動かないぐらいのダメージを受けるなんて、衰えに心底嫌気が差す。
 情けないが、立ち上がるなど土台無理な話。
 舐められるのも無理の無い話か。
 だけど、それは若菜一人では、という話だ。

「井上っっ!」

 自分がダメでも、若い奴に任せれるのが組織の良いところだ。
 厄介な奴の相手をしてるのは見えていたが、それでも任せられない奴ではないと、若菜は力の限り名を叫んだ。  
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