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第66話 良薬は口にフュージョン 9

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「ん──ああ、わかった。言い訳があるなら会ってから聞いてやる、部下の失態を受け止めてやるのが上司の勤めってヤツだ。昔なら即ケジメ沙汰だがな」

 ハハッ、と乾いた笑いを最後に遊川は通話を切った。
 通話相手は何とか警察の目から逃れた平家。
 失態続きの現状を報告したいため、直接会うことはできないかとアポイントメントを取ってきた。
 日頃の教育の賜物の一環とも言えるが、失態続きなのでまともに教育出来てなかったとも言える。

 片手にスマートフォン、もう片手にはチンピラを一人。
 顔を何発かぶん殴られ痛々しい青あざを作る小柄なヤンキー上がりは、賢明に遊川の手を外す為にもがいている。

 ヒィヒィ、と嘆く姿は勝が見るにかれこれ五分ほど経過してる。
 まさか喧嘩売った相手に絞められた上、そっちのけで電話に出られるとは思ってもみなかっただろう。

 真盛橋羽音町五丁目。

 見知らぬ人ストレンジャーを動かす黒幕を釣り上げる為に、勝と遊川は物流倉庫などが並ぶ五丁目に来ていた。
 見知らぬ人ストレンジャーが商売をする上での経路の探りを入れるため、稼働してなさそうな小さな倉庫などを当たっていた。
 完全に閉鎖してるだろう見た目の場所は、潜伏場所には該当しないのだと遊川が勝に授業《レクチャー》する。
 閉鎖して倉庫自体が錆びなどで廃墟のような見た目のいかにもな場所は、逆に人目がつきやすく、交番勤務の警察官の巡回対象、所謂お巡りさんの立ち寄り場所になりやすい。
 その上、最近じゃあ廃墟っぽいシチュエーションに動画を撮る輩も乱入するから秘密裏に何かをやるには相応しくなかった。
 安全に秘密裏にやるのならば、倉庫管理者を金で巻き込むのが手っ取り早いのだそうだ。
 使わない倉庫は維持費で赤が出るだけなので、その解消法として場所のレンタルを提案してやるのがよくある手なのだとか。

 という授業《レクチャー》とその他注意事項を、はー、とか、へー、とか気の抜けた返事をしながら勝が聞きながら調べているとチンピラ三人組が現れた。
 人気の無い、しかし最近までは使われていたであろう痕跡が見られる中型な倉庫の前。
 シンボルエンカウントじゃなくてランダムエンカウントだったな、と勝は立ちはだかるチンピラ三人組に昔プレイしたゲーム画面を重ねた。
 どうやらスカジャンに何かしら青色が入っているのが、チームの特徴らしい。
 絵柄は何でも良いらしく、龍に鷹に骸骨が並ぶ。
 見知らぬ人ストレンジャーに飲み込まれたチームの一員か、乗っかるフリをして乗っ取る策略でも立ててるのか。
 ここはオレらの縄張りだ何だてめぇら何の用だ。
 確かそんなことを言ったなと勝が聞き取った時には、三人のうち一歩前に出てた一人が顔面を殴られ吹っ飛ばされていた。
 きっと不意討ちだったとかそういうのが加味されてるのだと勝は思うことにしたが、遊川はジャブのような小さな振りで悠々と青年一人を殴り飛ばした。

 本当に、あっという間、勝もチンピラ残り二人も異口同音で、あ、と声を出した時には遊川は残り二人にも容赦ない打撃を与えていた。
 勝の、あ、は制止しようとした、あ、で。
 チンピラ残り二人の、あ、は言葉として表現したときに一番近い音としての、あ。
 身体の何処かしらが強い衝撃を受けた上で、吐き出された空気に乗せられた音でしかなかった。

 そんな瞬殺劇の末、遊川は残念ながら気絶できなかったチンピラの一人に、質問がある、と言いながら返答の間を与えない殴打を繰り返した。
 ギリギリ気を失わない程度の痛めつけ、圧倒的恐怖の植え付け。
 誰でも彼でも偉そうな態度で応対してはいけないという授業レクチャー
 何でこの人がいて千代田組は舐められているのだろうかと、勝は疑問に首をかしげる。
 きっと本人が言う通りに事務所仕事に務めていたら、表立って出ていくことが減ってしまうのだろう。
 つまり、今、若くイキる相手を間違えた可哀想なチンピラがやられてるのは、日頃の憂さ晴らしと、久々のウォーミングアップと、千代田組の威光の植え付けなのだろう。
 ついでに言えば、掃除も兼ねている。

「あー、それで、最近ここらを仕事に使ってるのは、お前ら以外で誰かいるか?」

 スマートフォンをしまい、遊川は掴んだままのチンピラを見る。
 睨むわけでもなく、静かで冷たく心の奥を突き刺すような視線。
 ヒィ、という呻きすら許さない緊迫感が押し付けられる。

「だ、誰かって、こ、ことまでは、わ、わからない、で、ですけど。そ、その、ち、ち、チーメンが、ち、チーム、メンバーが、さ、さい、最近、が、外人、をよ、よく見るっ、て」

「外人? 何系だ?」

 痛みと恐怖に口を震わせるチンピラ。
 震える歯が上下にぶつかり、ガタガタと音を鳴らす。
 勝の質問にも、口が上手く動かせずすぐには答えれなかった。
 遊川が無言の圧、掴んだ手に力を込め捻られたシャツが首もとを締めつける。

「あ、が、の、ちゅ、中国け、系、あ、アジア系、とか、そんな、風に、い、言ってました。あ、と、白人の、でかい、や、ヤツを、何人か、見た、って」

「お前は見てないのか?」

 圧をかける遊川に代わって、早く解放してやろうと勝が質問を続ける。
 さっさと答えを出させないと、そのうち呼吸ができずに死んでしまうかもしれない。

「そ、倉庫作業の、外国人バイト、な、なんて、よくある話なんで、気にして、なかったんです。そ、その、今、しつ、質問されるまで」

「中国人とでかい白人。まぁ、あのロシア人かそれ絡みのことだろうな。遊川さん、俺は二人しか会っちゃいないわけなんだが、はぐれマフィアみたいな外国人は数人いるのか?」

「まぁ、一抜けたで生きてくには難しい世界だ。数人、ってのはあり得るだろうな」

 面倒だがな、と付け加え、遊川はチンピラを掴んでいた手を離してやった。
 情報を吐き出したチンピラの次の役割は、この場の撤収役と他の仲間への伝達役だ。
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