上 下
53 / 120

第53話 昔取ったラグタイム 7

しおりを挟む
 真っ直ぐ立ってることもままならない文哉は、道路の端に移動してガードレールに腰かけた。
 商店街の裏側に当たる一方通行の狭い道。
 古い民家が並ぶ、商店街に向かう道になるので、只でさえ車幅で限られるのに人通りは少々あり車で通り抜けるには不便な道。
 民家の入り口前に何故かある錆びだらけのガードレールは、車道と歩道を区切るというよりは車と通行人の邪魔をする位置に設置されていた。
 文哉が腰かけるとガードレールはギギギっと軋む音を立てる。
 座り心地は良くない、お尻が痛いが今はそれ以外の場所が激しく痛むので些細なことだった。

 地面に倒れる英雄、そして見知らぬ人ストレンジャーとかいう名前のチームメンツ。
 それらが起き上がる前に自警団のメンバーを起こしてやらないといけない。
 そうはわかっているが、文哉はそれを素直に実行できるほど体力を残していなかった。
 真面目に働きだして、数年。
 自警団に所属していた喧嘩の日々から離れて、数年。
 卒業だと決心するために日頃の筋トレなども自ら禁じていた。
 体力作りはあくまで仕事の一環としての範疇まで。
 軋む脇腹を押さえ、文哉は自分で作った制限に後悔していた。

「オイ、自警団アマチュア。テメェ、こんなんでオレを倒した気になってんじゃねぇぞ」

 何事も無かったかのように、英雄が起き上がる。
 文哉の足跡がついた頬を払うこともなく、鼻から垂れる血を拭くこともなく、立ち上がると前傾姿勢で大きく一歩左足を踏み込んだ。
 驚愕に判断と反応が遅れる文哉。
 ガードレールから離れ立ちあがり、半歩踏み込んで右足を振り上げる。

「遅ぇっ!!」

 文哉の中段蹴り、それが英雄の腹部を叩くための軌道に動ききる前に、英雄の右手が文哉の顔面を叩く。
 ちぃっ、と舌打ちするのは英雄。
 僅かに半歩踏み込みが足りず、英雄の伸ばしたジャブは芯を捉えきれなかった。
 鼻頭を殴る程度の一撃。

 顔面を叩かれて文哉は中段蹴りを止める。
 振り上げた足はすぐに降ろして、ふらつく身体が倒れないように踏ん張った。
 この距離で殴れるのかよっ!、と英雄の異常なリーチの長さに驚くばかりだった。
 狭い道路と言えど車と人がすれ違える距離、そして文哉と英雄は端と端で対峙していた。
 二メートル以上のリーチ。
 しっかり踏み込んだ文哉の蹴りより長いリーチ。

 鞭のようにしなやかに揺れる英雄の右ジャブが引き、踏み込んだ左足を軸に今度は横凪ぎの右足。
 長身を支える鍛えられた脚は太く、空気の壁を音をたてて薙ぐ。
 文哉は小さく息を吸い込み、蹴りへと左肘を合わせて落とす。
 肘鉄による迎撃。
 蹴りを叩き落とし、反動に乗せて右裏拳で英雄の顔を叩く。
 流れたままの鼻血が宙に舞う。

 足を叩かれ顔を殴られた英雄は体勢を崩す。
 元より前傾姿勢で構えていたので、文哉側に倒れる形で転げそうになるが、引き下げた右手を再び伸ばし文哉の左肩を掴んだ。
 文哉は降ろした左手を振り上げ英雄の掴みを剥がそうとするが、それより早く英雄の左手が文哉の腹部を突き上げた。
 低い位置から来るアッパー軌道のボディブロー。
 重い衝撃は文哉の身体をクの字に曲げる。

「もう一発っ!」

 肩を掴む英雄の右手。
 グッと文哉を引き寄せて、英雄は頭を振りかぶった。

 文哉は右足を上げて、英雄の左足の膝、その内側側面を踏みつけ、後ろに倒れるように飛び上がる。
 体重を乗せて、肩を掴まれてることを利用して英雄の身体を引っ張り返す。
 振りきれない頭、英雄の顔が近づいてきて、逆に文哉は頭頂部をぶつけた。

「ぐぶっ、」

 鼻血が詰まり、英雄は溺れたような錯覚を覚える。
 手が離れ、後ろに倒れそうになる身体を文哉に両手で押される。
 仰け反る身体、ふらつき二歩三歩と後退する。
 二、三歩の距離、間合いが生まれる。
 それは、文哉の間合い。

 文哉は鋭く息を吐く。
 痛む腹部に崩れた姿勢。
 左足を半歩踏み込むと腰を捻り、右足を素早く振り上げた。
 上段回し蹴り。
 渾身の一撃は、英雄の顔面、芯を捉えバシィンと大きく音を立てた。

 英雄は歯を食い縛り、全身に力を込めた。
 腹筋に力を入れて、鼻から詰まった血を噴き出した。
 渾身の一撃、確かな切れ味を顔面に感じていたが、英雄はニヤリと笑ってみせた。

「踏み込み切れなかったのは、お互い様だな自警団アマチュア

 ボディブローが文哉の蹴りの威力を削いだのは明白。
 確かな威力はあれど、軽々と蹴り飛ばされるほどではない。

 英雄は文哉の右足を掴む。
 右手で脛を掴み、左手で持ち上げるように抱える。
 文哉が反応する間も与えず、身体を捻り投げ飛ばした。
 投げ飛ばされた文哉の身体は錆びついたガードレールにぶつかり、ガードレールは衝撃に耐えれずボロボロと崩れていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

6年生になっても

ryo
大衆娯楽
おもらしが治らない女の子が集団生活に苦戦するお話です。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

体育教師に目を付けられ、理不尽な体罰を受ける女の子

恩知らずなわんこ
現代文学
入学したばかりの女の子が体育の先生から理不尽な体罰をされてしまうお話です。

妻がエロくて死にそうです

菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。 美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。 こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。 それは…… 限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常

親戚のおじさんに犯された!嫌がる私の姿を見ながら胸を揉み・・・

マッキーの世界
大衆娯楽
親戚のおじさんの家に住み、大学に通うことになった。 「おじさん、卒業するまで、どうぞよろしくお願いします」 「ああ、たっぷりとかわいがってあげるよ・・・」 「・・・?は、はい」 いやらしく私の目を見ながらニヤつく・・・ その夜。

ニューハーフな生活

フロイライン
恋愛
東京で浪人生活を送るユキこと西村幸洋は、ニューハーフの店でアルバイトを始めるが

双葉病院小児病棟

moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。 病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。 この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。 すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。 メンタル面のケアも大事になってくる。 当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。 親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。 【集中して治療をして早く治す】 それがこの病院のモットーです。 ※この物語はフィクションです。 実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。

処理中です...