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第2話 犬も歩けばファンクに当たる 1
しおりを挟む照明が照りつける四角いリングの上で、斧宮華澄は対峙していた。
彼女の正面に立つのは、彼女よりも一回りかあるいは二回りか大きな女。
桐山邦子は女子プロレスラーを目指しているだけあって、そこら辺の成人男性にも勝る体つきをしている。
180cm以上の身長と100kgに近い体重。
その体重の多くを占めるのは、脂肪ではなく鍛えぬかれた筋肉だ。
しかもまだ十九と若いのでその身体はより大きさを増す可能性を秘めている。
百を越える試合を勝ち抜いてきただけあってうら若き女性にしては顔も厳つく、眉間には皺が寄り固まっている。
床屋に行けばスポーツ刈りと注文すれば通じそうなベリーショートの髪の毛は獅子を思わせる様な金色。
身体の所々の丸いラインを見なければ、桐山邦子を女性だとは初見では判別できないだろう。
サイズの大きな白いシャツに縦に黒いラインの入った青いジャージを履いている。
桐山邦子が通うプロレスジムのトレーニングフォームだ。
対する斧宮華澄は小柄だ。
150cmあるかないかの身長と50kgも無い体重。
年齢はまだ十六なので伸び盛りではあるが、幼き頃から万年一番前に整列していたその身体は桐山の前ではより小さく見えてしまう。
軽く茶色に染めたストレートボブ、目尻が少し垂れ下がったつぶらな瞳、自然と形作るアヒル口。
まだ幼さも残すその顔は男受けは良いものの、今この場所には到底似つかわしくは無い。
唯一四角いリングの上に浮いた存在で無いものと言えば着ている空手胴着なのだか、それも借り物の衣装である。
二人が対峙するリングの周りには熱狂的に歓声をあげる客達がいる。
皆が片手に飲み物を片手に食べ物を持って、二人の対決を観戦している。
真盛橋羽音町七丁目、瑛賢ビル五階。
そこに今真盛橋で流行りの格闘技バーが一軒ある。
名は、グラップル羽姫という。
格闘技バーの中でも一二を争う人気店で、この店の特徴は選手は女性のみというところだ。
「女王、お願いがあるんですけど……」
華澄は構えながら客には聞こえない程度の声で桐山に話を切り出した。
桐山はグラップル羽姫のNO.1で客や選手達から女王と敬意を込めて呼ばれていた。
しかし、桐山自身はそう呼ばれるのはあまり好きではなかった。
まだプロにもなれてない自分が素人同然の集団の頂点に立ったところで何だというのだろう。
ここは格闘技バーで、客の中には女性選手達のキャットファイトを望んでいるものもいる。
そこそこの時給で雇われたアルバイトがキャーキャー言いながら引っ掻き叩きあうだけの試合だってある。
プロレスの投げ技などやってみれば泣いて立ち上がらない女どもの方が多い。
女王という肩書きに無理矢理担がれて喜べる事など何一つ無い。
そういう嫌悪感を抱いている桐山の事を知っているはずの華澄が女王と呼んだ。
普段は気を遣って邦子さんと呼んでいるはずなのに、女王と口にした。
桐山は華澄を強く睨んだ。
強い視線を感じてるはずの華澄は僅かながら笑みを浮かべている。
嫌な予感がする。
この娘がこういう表情をする時は大抵良からぬ事を考えてる時だ。
華澄がここに来てまだ半年、交流をもってからはまだ二ヶ月程だがよくわかる。
無邪気な子供が悪戯を思いついた時の顔だ。
桐山はプロレス流の構えを解かず、左腕を少し華澄に向けて伸ばすと手のひらを上向きに手招きをした。
その手招きには二つの意味が含まれる。
観客達は女王桐山が若手の星である華澄に対して挑発している様に取り歓声を更に上げた。
そして、華澄には話をしてみろといった意味合いに取れる。
華澄のお願いというのは大方予想はついていた。
そうなってくるとプロレスラーを目指す者として取るべき行動は決められてくる。
「アタシと、真剣勝負、してもらえませんか?」
桐山の予想通りの言葉を一字一句違わずに華澄は口にした。
もちろん、観客達には聞こえてはいない。
最前列で食事を取ることもせずに熱狂的にリングにしがみついてる客ですら、店内に響く歓声に華澄の声はかき消され届かないだろう。
いや、リングの上に立つレフェリーすら聞こえてはいないだろう。
むしろ聞こえていて欲しくない、と桐山は思った。
レフェリーをしている男性はこの店の店長で、真剣勝負はご法度であるからだ。
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