上 下
1 / 31

どういうことだってばよ!

しおりを挟む
『…どういう事…?』

 眼下に広がるのは見慣れた風景。ただ、自分の視点がいつもより高い位置にいるせいで、慣れたはずの景色が違って見える。

『何が…あったっけ…? そう…信号待ちしてて…』

 いつものように、近所のスーパーへ買い物へ出かけた。子どもたちが学校と幼稚園へ行ってる間に、食べたがっていたお菓子を買っておこうと思って。
 製菓コーナーで目的の物を二つずつ買って、ついでに買い置き用のマヨネーズと、安かったからピーマンも。精算を済ませて、帰途について…最初の交差点で信号待ちをしてた。

 今日は、梅雨の晴れ間で。陽射しの強さに思わず手を翳しながら視線を上げたその先にーーー


『…そうだ。トラックが走って来てて…それでーーー』

 何となく右側から走って来たトラックに目を向けた時…

『トラックの前方にいきなり何か現れたんだわ!』

 そう、いきなり。何も無い空間から白っぽい何かが急に現れ…

 こっちに突入してきたのである。

『おっもいだした!! そんで、その白っぽいヤツが私に激突したんだったわ!!』

 そして、気を失って…目を覚まして見ればーーー


『何で!『私』が! あっちにいるのよ!!』


 …眼下では、同じように信号待ちをしていた人たちに助け起こされてお礼を言っている自分の姿が見えていたのだ。

『どういう事よーーー!!』

 叫んだ声は、かなりな声量があったはずだが、誰一人反応する事なく、何と『自分自身』は元気に信号を渡って帰っていくでは無いか。
 ついていく事も出来ない、身動きが取れない。どうしたらいい? どうしたら『元』に戻れる?

『待って! ねぇ、待ってったら!』

 あぁ、『私』が行ってしまう…!

 何か、叫んだ気がする。何を言ったか自分でもわからなかったけど。

 それを最後に、私の記憶は途切れたーーー






 ゆら…ゆら…

 何だか緩く身体が揺れている気がする。小さな船に乗ってるかのよう。
 遠くで誰かが言い争っているような声。何を言っているのか、男なのか女なのかもよく分からない。
 私は…今どうなっているんだろう…
 何があったんだっけ…?

 何も…わからない
 ただ、逆らう事も出来ず、揺られるだけ

 目を開けているのか閉じているのか…それすら認識できないけど…あぁ、何だろう…真っ白な…真っ白な光がーーー






「………」

 目が、覚めた。いや、意識が戻った、と言うべきか…?
 インフルエンザで寝ていた時か、結膜炎の時か…似たようなことがあったな…

 目が、中々開かない。

 目脂で固まってるんじゃ無いかな…。目を擦ろうと手を上げようとするが、上手く動かない。寝てる間身体の下敷きにして痺れてる…?

 何とか頑張って瞼をこじ開けた私の目に映ったのは…天を覆う木々の枝。隙間から僅かに見える空。そして鼻を掠める青臭い緑のにおい。

「………」

 え、どこここ? 何? あれ? 私何でこんな所に…?!

 パニックである。
 いや、一部冷静な自分も居て、最後の記憶を探り当てている。

「…た…か…ん……まち…で」

 …声が出ない。『確か信号待ちで』と言ったはず。掠れ切った声は声とも言えない。ついでに身体は未だ動かせない。
 頭の中がぐちゃぐちゃだ。何が何だかさっぱり分からない。

 そんな私の額に…ポツリ…と水滴のような物が落ちた…と、思ったら、あっという間にそれは大粒の雨となり、視界を覆う葉の隙間を抜けて私の全身を濡らしていく。
 半開きだった口の中に落ちてきた水滴が、驚く程美味しくて。気づけば口を開けて夢中で水を飲み込んだ。

 どれ程の渇きだったのか。気づかなかったが身体は水分を求めていたようだ。それが満たされて初めて、私の身体は動くようになった。
 …が。

「…なっ…なんじゃこりゃーーー!!」

 往年の大スターと同じセリフを、同じような格好で叫ぶ事になるとは、カケラも予想していなかった。
 だがそれも仕方のない事だ。

「ちっ…小さい…! 私小さい…! そんで血塗れ…!」

 パニック再び。短時間でこれだけ混乱する機会はかれこれ30ウン年生きてきて経験した事は無い。そもそも、こんな事普通起こらない。

「何で…! 子どもになってんの?! そんで、何でこんな服…な上、血に塗れてんのよっ!」

 目の前にあるのは小さな手。元々、身長の割に小さめの手ではあったが、それとは全く違う、節の無い丸みのある手はどう考えても子どものものだ。
 その上、見える範囲で身体に目を走らせれば、これまた幼い身体が見える訳だが…その身体が纏っているのは恐らくドレスと言われる衣服。但し、左の肩口から右脇腹にかけて大きく裂け、腹の辺りにも刺したかのような穴、その周辺は血を含んでドス黒く汚れている。

 だが…私の身体に今その血が噴き出したであろう傷は…無い。

 この状態で冷静に状況判断ができる訳がない。ごく普通のアラサー引きこもり主婦に何を求めているのか。
 頭もぐるぐる、多分目もぐるぐるしてるんじゃなかろうか…。しかし、何の解決策も浮かびはしない。

「…ふ…ふぇっくし!!」

 解決策は出てこないがくしゃみは出た。そりゃそうだろう、びしょ濡れだ。ちなみに雨は止んだ。
 くしゃみで一時ぐるぐるが止まった私は周囲を見渡してみた。

 …木。木、木、草、蔓…とりあえず山か森の中っぽい。

「…とりあえず…どこか休めそうな所を探そう…」

 このままではいつまた雨に降られるかもわからないし、何より…獣が寄ってくる可能性がある。いくら雨に流されたと言えど、自分の服には未だ血糊が付いているのだ。

 さっき周りを見渡した時に見つけた、少し離れた所に落ちている大きな麻袋(?)を手に、下草を踏みながら傾斜を下った。


 この時はまだ、訳の分からない状態ではあるけど、そこまで自身の境遇を悲観してはいなかった。
 だが、そんな楽観的な心境は、あっという間に砕け散ることになるーーー
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

恐怖体験や殺人事件都市伝説ほかの駄文

高見 梁川
エッセイ・ノンフィクション
管理人自身の恐怖体験や、ネット上や読書で知った大量殺人犯、謎の未解決事件や歴史ミステリーなどをまとめた忘備録。 個人的な記録用のブログが削除されてしまったので、データを転載します。

死を回避したい悪役令嬢は、ヒロインを破滅へと導く

miniko
恋愛
お茶会の参加中に魔獣に襲われたオフィーリアは前世を思い出し、自分が乙女ゲームの2番手悪役令嬢に転生してしまった事を悟った。 ゲームの結末によっては、断罪されて火あぶりの刑に処されてしまうかもしれない立場のキャラクターだ。 断罪を回避したい彼女は、攻略対象者である公爵令息との縁談を丁重に断ったのだが、何故か婚約する代わりに彼と友人になるはめに。 ゲームのキャラとは距離を取りたいのに、メインの悪役令嬢にも妙に懐かれてしまう。 更に、ヒロインや王子はなにかと因縁をつけてきて……。 平和的に悪役の座を降りたかっただけなのに、どうやらそれは無理みたいだ。 しかし、オフィーリアが人助けと自分の断罪回避の為に行っていた地道な根回しは、徐々に実を結び始める。 それがヒロインにとってのハッピーエンドを阻む結果になったとしても、仕方の無い事だよね? だって本来、悪役って主役を邪魔するものでしょう? ※主人公以外の視点が入る事があります。主人公視点は一人称、他者視点は三人称で書いています。 ※連載開始早々、タイトル変更しました。(なかなかピンと来ないので、また変わるかも……) ※感想欄は、ネタバレ有り/無しの分類を一切おこなっておりません。ご了承下さい。

もふもふ大好き家族が聖女召喚に巻き込まれる~時空神様からの気まぐれギフト・スキル『ルーム』で家族と愛犬守ります~

鐘ケ江 しのぶ
ファンタジー
 第15回ファンタジー大賞、奨励賞頂きました。  投票していただいた皆さん、ありがとうございます。  励みになりましたので、感想欄は受け付けのままにします。基本的には返信しませんので、ご了承ください。 「あんたいいかげんにせんねっ」  異世界にある大国ディレナスの王子が聖女召喚を行った。呼ばれたのは聖女の称号をもつ華憐と、派手な母親と、華憐の弟と妹。テンプレートのように巻き込まれたのは、聖女華憐に散々迷惑をかけられてきた、水澤一家。  ディレナスの大臣の1人が申し訳ないからと、世話をしてくれるが、絶対にあの華憐が何かやらかすに決まっている。一番の被害者である水澤家長女優衣には、新種のスキルが異世界転移特典のようにあった。『ルーム』だ。  一緒に巻き込まれた両親と弟にもそれぞれスキルがあるが、優衣のスキルだけ異質に思えた。だが、当人はこれでどうにかして、家族と溺愛している愛犬花を守れないかと思う。  まずは、聖女となった華憐から逃げることだ。  聖女召喚に巻き込まれた4人家族+愛犬の、のんびりで、もふもふな生活のつもりが……………    ゆるっと設定、方言がちらほら出ますので、読みにくい解釈しにくい箇所があるかと思いますが、ご了承頂けたら幸いです。

婚約者は、今月もお茶会に来ないらしい。

白雪なこ
恋愛
婚約時に両家で決めた、毎月1回の婚約者同士の交流を深める為のお茶会。だけど、私の婚約者は「彼が認めるお茶会日和」にしかやってこない。そして、数ヶ月に一度、参加したかと思えば、無言。短時間で帰り、手紙を置いていく。そんな彼を……許せる?  *6/21続編公開。「幼馴染の王女殿下は私の元婚約者に激おこだったらしい。次期女王を舐めんなよ!ですって。」 *外部サイトにも掲載しています。(1日だけですが総合日間1位)

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

虐げていた姉を身代わりに嫁がせようとしましたが、やっぱりわたしが結婚することになりました

りつ
恋愛
ミランダは不遇な立場に置かれた異母姉のジュスティーヌを助けるため、わざと我儘な王女――悪女を演じていた。 やがて自分の嫁ぎ先にジュスティーヌを身代わりとして差し出すことを思いつく。結婚相手の国王ディオンならば、きっと姉を幸せにしてくれると思ったから。 しかし姉は初恋の護衛騎士に純潔を捧げてしまい、ミランダが嫁ぐことになる。姉を虐めていた噂のある自分をディオンは嫌悪し、愛さないと思っていたが―― ※他サイトにも掲載しています

忘れられない恋になる。

豆狸
恋愛
黄金の髪に黄金の瞳の王子様は嘘つきだったのです。

男子中学生から女子校生になった僕

大衆娯楽
僕はある日突然、母と姉に強制的に女の子として育てられる事になった。 普通に男の子として過ごしていた主人公がJKで過ごした高校3年間のお話し。 強制女装、女性と性行為、男性と性行為、羞恥、屈辱などが好きな方は是非読んでみてください!

処理中です...