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「はじめまして、王太子殿下。ご機嫌麗しゅう。わたくしはリーリア・アスガルドと申します」

 目の前で綺麗な礼を披露した可愛らしい幼女を見た瞬間、ぼくの中で何かがパチン、と弾けた音がした。



『ほらこれ見て! このスチル! めっちゃ綺麗で可愛いだろ!』
『…まぁ…うん』
『何だよ相変わらず反応薄いなぁ! 兄貴にはこのヒロインの可憐さがわかんねぇの?!』
『…うーん…綺麗だとは思うけど…俺、このゲーム好きじゃないし』
『っかー!! ほんと、兄貴は頭固いなぁ! どうせ断罪された悪役令嬢が可哀想とかいうんだろ?! たかがゲームなのに』
『…だって…実際そうだろう? 婚約者を奪われるだけじゃなく、断罪までされて…追放とか…。そもそも悪いのは婚約者がいるにも関わらず別の女に心変わりした王子じゃん』
『頭固い! 固すぎる! ヒロインいじめたんだからそれなりの罰は必要なの! 悪事を暴かれることでヒロインの株上げてハッピーエンドへ導く必要悪なの!』
『…まぁ…ゲーム内容としてはそうなんだろうけど…俺には合わないよ』



「…王太子殿下…?」

 不安そうな声に一気に意識が覚醒する。
 目の前に立つのは緩やかにウェーブのかかった白金の髪をハーフアップにし、下がった眉の下で潤む瞳は美しい翡翠色。そばかす一つ無い白い肌に健康的に色付く唇。
 少しつり目がちなために気が強そうに見えるが、将来有望なことは一目でわかる程に整った容姿の美幼女。

 たった今、自分の中に呼び起された『記憶』が告げるモノ…それは―――前世で弟がハマっていた乙女ゲーム『君に贈る心の花』の王太子ルートでの悪役令嬢。

 リーリア・アスガルドその人だった。


 *****


 夜、自室のベッドに横たわったまま目を閉じることなく思考を巡らせる。
 あの後、何とか挨拶を済ませ、少しの間庭園をエスコートできた自分をちょっと褒めたい。
 現在の自分の年齢は七歳。前世で七歳児だったとしたらその場でパニくって泣き喚いていたと思う。俺エライ。
 今の俺に兄弟は居ない。いや、実は兄が居たらしいのだが、俺が産まれる直前に病で儚くなってしまったそうだ。
 なので、俺は生まれた瞬間に王太子となった。
 そのため、物心ついた時から王太子としての教育を受けている。
 そのおかげで前世が蘇って、今世が乙女ゲームの世界だと気付いても醜態をさらさずに済んだのだ。いや、かなりヤバかったけどね?

(それにしても…婚約は決まっちゃったなぁ…)

 そう。何と俺とリーリア嬢の婚約が、正式に決まってしまっていた。

(もっと早く思い出していれば…婚約自体を阻止…するのは…やっぱ難しいかぁ…)

 俺自身がゲームをプレイしていたわけではないので背景などの細かい設定は知らないが、現世での自分の立ち位置や、政治的なあれこれを鑑みても、今回の婚約は妥当であり覆せるものではない。
 何よりリーリアの父であるアスガルド公爵は国王陛下の懐刀と呼ばれるほどの人物であり、陛下が即位された際に共に宰相職について辣腕をふるっている人だ。
 だからといって欲に溺れることなく公正な判断を下せる方で、本来であれば反対が上がるであろうリーリアと俺との婚約話も、ほとんど否やは出なかったらしい。

(…なら…やっぱり…)

 俺は、明日の朝妃陛下に面会を願う事を決めて目を閉じた。


 *****


「……」
「………」

 庭園の端にある四阿で俺と、わざわざ登城してもらったリーリア嬢は向かい合っていた。
 彼女は呼び出された理由もわからず、前回と同じように不安そうな目をしたまま静かに座っている。
 俺は、このままでは埒があかない…と、覚悟を決めて口を開いた。

「…リーリア嬢」
「…はい」
「この度は、お…ぼくの婚約者になっていただき、ありがとうございました」
「…?! はぇっ!? そのっ…あぇっ!?」

 おぉ、おもしろい(笑) 余りに驚きすぎると人間はまともな言葉が出てこなくなるらしいですな。

「そんなっ…わひゃくひの方こそ身に余る光栄でっ…!」

 噛んだ(笑) 盛大に噛んだ(笑)
 慌てふためく姿は年相応だ。中々面白いが、このままふき出してしまっては失礼だろう。頑張れ俺!

「…っくっ…! ふっ…あはは!!」

 ダメだったぁ! ごめんちょ!(笑) あ、涙目になってるほんとごめん! でも耐え切れなかったよ! 許して! だって俺も今一応子どもだから!

「…ごっ…ごめん…ふふっ…笑ったりして…ふっ…でも、これで緊張もほぐれたんじゃない?」

 思わず滲んだ涙を拭きながらリーリアの方を見ると、羞恥で真っ赤ではあれど、先程のような固さは取れて困ったような笑顔を浮かべていた。
 俺は冷える前にと用意されたお茶を勧め、自分もお菓子と共に頂きながら、彼女に告げた。

「あの…その…今回のこの婚約は…お互いわかっていたとは思うけど、ぼくたちの意思は全く汲まれていない」

 この一言で、リーリアは一瞬身体を固くしたが、それでも顔色を変えることなく静かに耳を傾けている。

「誤解のないように言っておくけど、ぼくはこの婚約に否を唱えるつもりは無いんだ」

 自分にとって余りいい話では無さそうだ、と捉えているだろうリーリアに、先にそう告げる。幾分か身体のこわばりが取れたことを確認して、俺は話を続けた。

「わかっていると思うけど、ぼくは王太子だ。だから、将来はこの国を治める地位につく。と、いう事は、必然的に、ぼくの妃となるだろうリーリア嬢は…王妃としてぼくと同等…いや、それ以上の覚悟を持ってもらうことになる」

 真剣な顔で話を聞いている彼女を、しっかりと見返す。


「ぼくは、父以上の王になりたい。そのための努力は惜しまないつもりだ。…君は…それを分かった上でぼくを支えて…ぼくと一緒に歩んでくれる?」


 乙女ゲームとしての内容はよく知らないけど、確か王太子ルートの最後はヒロインと結ばれて、その後二人で幸せに国を治めました…的なあっさりした終わり方だった気がする。
 エンディングで流れた王太子とヒロインの盛大な結婚式風景は綺麗だった気がするけど、その後は結構杜撰というか、詳しく出てなかったと思う。
 でも、今俺がいるこの世界はゲームではなく現実だ。それぞれの人間が、キャラクターではなく、一人一人意思を持ち、生活しているのだ。
 そして俺は王太子という立場にいる。誰かを…国民を守るべき立場に。

 ゲームでのリーリアは、ヒロインが登場したことで王太子である俺の心が離れたことを察知し、不安に押しつぶされて道を誤ってしまう。
 それこそ家の権力を振りかざして陰湿ないじめを繰り返し、最終的には暗殺を企てたことがバレて断罪されるのだ。

「…もちろんです。全力をもってあなたさまを支え、そして国民を守る殿下をお守りしてみせますわ」

 曇りのない、澄んだ翡翠色の瞳に強い決意を浮かべて答えたリーリアに、俺は嬉しくなってほほ笑んだ。

「よろしく、リーリア」

 ぼくより少しだけ小さい、柔らかな手を握る。

 断罪なんかさせない。
 要は…俺が心変わりしなきゃいいだけのことなんだから―――


 *****


 月日は流れ、俺とリーリアはゲームの舞台となる王立の学園へと入学した。
 リーリアは幼い日の約束をよく覚えていてくれ、弛むことなく努力を続けてくれている。
 そのせいで必要以上に母上に気に入られてしまい、一時期王妃教育とは別口でしょっちゅう王城へ呼び出されては母の相手をさせられていた。
 まぁリーリアも楽しそうにはしていたのだが、俺と過ごす時間が減ってしまい、正直不服だった。
 学園に入学してからは毎日会えるから今は気にしていないが。

 俺とリーリアの関係はとても良好だ。
 今年度からは俺もリーリアも生徒会に所属して会長・副会長として学生たちを相手に政のまねごとをしつつ色々な事を学んでいる。
 実のところ、俺ともう一人の副会長のラドクリフ、書記のコンラッド、会計のハロルドがヒロインの攻略対象なので、生徒会自体に入りたくなかったのだが…。
 しかし、これは王族として必要な経験であり、要は俺がブレなきゃいいわけだから、と気持ちを切り替えて日々励んでいる。
 ちなみに攻略対象は全員高位貴族であり、俺の側近候補だ。

「マクシミリアン殿下」

 今期の予算など色々な書類をさばいていると、柔らかさの中に鋭さも内包した綺麗な声が響いた。

「…」

 俺は声をかけた人物にチラリと視線を送った後、またもくもくと書類を片付ける作業を続ける。
 そうすると少し困ったような雰囲気を醸し出しながら、手にした書類をそっと生徒会長用の執務机に置いてそのまま動かなくなった。

「…ふっ…ふふっ…相変わらずだなぁ、殿下もリーリア嬢も。というか、リーリア嬢、いい加減折れてやってくれないか?」

 拗ねた顔を隠さずに作業している俺を横目に、隣にいたラドクリフが困った顔をしたままのリーリアに言う。

「…ですが…他の学生たちの手前もありますし…いくら学園内は身分差をあからさまにしないとはいえ…王太子殿下を呼び捨て…それも愛称でなど…」

 段々と声が小さくなっていくにしたがっておろおろし始めるリーリアが可愛い。すごく可愛い。

「殿下が頑固な事はあなたが一番よくご存じでしょうに。いい加減諦めて呼んでやってください。お二人は婚約しておられるのですから何の問題も無いでしょう?」
「でも…だって…」
「ほらほら。殿下が期待に満ちた目で見ておられますよ?」

「…う…えと…その……………マックス……さま」

 消え入りそうな声だったが、確かに聞こえた。俺の地獄耳がリーリアの可愛い声を聞き逃すはずはないが。

「何だリーリア?」

 何か無駄な敬称が聞こえたうえ、色々問題は山積しているけども、疲労感が一気に霧散した。今のリーリアの一言で霧散した。今日はめっちゃ早く仕事終わりそう。
 今なら俺、どんな難題でも解決できる気がする!!
 にこにこしながらリーリアが持ってきた書類を見て…

 浮かんだ気持ちが一気に沈んだ。


 *****


「…リーリア…またなのか…?」
「…えぇ…。ごめんなさい…今回も聞いていただけませんでしたの…」

 しゅん、と落ち込む姿も可愛いが、俺としてはリーリアに笑っていてほしいので現在の悩みの種であるとある令嬢に怒りがこみあげてくる。
 そう、この『とある令嬢』こと、ローズ・アボット子爵令嬢こそが『君に贈る心の花』のヒロインさまなのである。
 何度もいうが、この作品をプレイしていない俺にはこのご令嬢がゲーム内でどんな性格でどんなフラグを回収しどんなイベントをこなすのかもよくわからないのだが…少なくとも…

「今日はコンラッドの婚約者に絡んでいたのか…」

 ゲーム内のヒロインさまとは全く違う人種らしいことだけは分かった。

 そしてどうやらローズ・アボット嬢も前世の記憶と…そしてこのゲームの事を覚えているようだ。
 何故なら…攻略対象である俺たち生徒会の面々へ今年入学してから延々と突撃という名のアプローチをかけてくるし、攻略対象の婚約者たちへ『ヒロインは私だからあんたたちはそのうち婚約破棄されて棄てられるのよ!』とドヤ顔で叫んでいるからだ。

 …アホ過ぎるだろう。

 いくらここがゲームの世界と似ていても、まんまゲームなわけがない。そして例えゲームの世界だったとしてもその性格じゃどうにもならんだろうに。
 ただ、ローズ嬢にとってここがゲームの世界だと思い込んでしまうのも無理からぬ部分があるのは確かだ。

 いわゆるゲーム補正とか、強制力というモノなのかわからないが、初めて彼女に会った時…正直余りの可憐さに一瞬言葉を失った。
 今思えばアレは出会いイベントというヤツだったのだろう。
 今年の入学式準備の際、会式までまだ時間があったために少し休憩をとろうと訪れた裏庭で…桜によく似た花が咲いた木の下に彼女は立っていた。
 舞い散る花びらに彩られた彼女は…輝いて見えた。まさにキラキラエフェクトが発動していた。
 俺の存在に気づいて驚いたローズ嬢が木の根に躓いて尻もちをついたのを見て、知らず駆けだして手を差し伸べてしまったのだ。
 この辺りイマイチ記憶が定かでない…というか、何となくぼんやりしているから、やっぱり強制力なんだろうと思う。
 思わず「大丈夫か?」と問い、手を引き起こした際に…ニヤリと笑って勢い余ったフリをして倒れ掛かって…というか抱き着いて来ようとしたのを感じた途端に―――一瞬で目が覚めた。
 そして避けた。もちろん彼女はそのままコケた。
 顔面からスライディングしたらしく「ぶべっ!」って言った。笑う(笑)
 俺は「早く講堂へ行くように」と声をかけてその場を去った。

 背中に冷や汗が伝うのを感じながら―――

 だが、その後講堂で準備をしているリーリアを見て…心からほっとしたのだ。
 そして思った。
 何かしらの力が働いているのはどうやら疑いようが無い。しかし、それはあくまで絶対的なモノでは無い。

 ならば、従う必要などない。抗えるモノなのなら、叩き潰せばいい。

 俺は、俺だ。
 『ゲーム内のマクシミリアン』じゃない。
 この世界を、己の意思で、己の心を持って、生きている一人の人間だ。

「殿下。ハロルドの処遇をどうされますか?」

 こうは言っても、やはりそれなりの影響はあるようで、現在会計のハロルドはヒロインさまの毒牙にかかってしまった。もうその毒から抜けられそうにない。
 ラドクリフとコンラッドもそれぞれ噛みつかれて毒を受けたのだが、彼らは彼ら自身で打ち勝った。さすが俺が見込んだ側近候補。凄い事は認めるから少し俺に回す仕事は減らしてくれ。
 いずれ為政者としてやっていくにあたって優しさだけではどうにもならない。時には非常な判断も下さなくてはならない。

「とりあえず生徒会からは罷免だ。ただ、これと言って今のところ罪は犯してないから学園長から実家へ現状を伝えてもらって、家長の判断を仰ごう」

 まぁ所詮学生だから今はこのくらいのことしかできないけども。王族だからってやりたい放題出来る訳じゃないんだぞ。
 そう考えたらゲームの断罪シーンで婚約破棄とか追放とか、さも自分に決定権があるかの如く言い放って、それを実現しちゃったって…ほんとご都合主義だな。
 『兄貴は頭が固すぎる!』と言っていた弟よ、今ならわかる。深く考えず適当に流しながらでないと進められないんだな。え? そこじゃない? 知らんがな。

「あの…マクシミリアン殿下…あっ…そのっ…えっと…」
「…リーリア…」
「はひっ! えっと…まっ…マックスさまっ…」
「何だい、リーリア?」

 おいラドクリフ今笑っただろう表出ろ。折角可愛いリーリアの姿を見せてやったというのにその態度許せんしばく。

「その…アボットさんの被害にあわれたご令嬢方へは…どのように対応したらよろしいでしょうか…?」
「あーーー…どうしてくれようかなぁ…」

 チラリと書類に目を落とす。
 実は今手にしているのがヒロインさまがやらかしたことに関する被害者の苦情をまとめたモノだ。
 正直、ハロルド以外の攻略が全く進まないせいで焦っているらしく、ラドクリフやコンラッドの婚約者にいちゃもんつけているらしい。言わないし見せないけど、恐らくリーリアにも絡んでいるだろう。
 ただ、このヒロインさま、余り…というかかなり頭がよろしくない。
 前世でいくつくらいだったのか知らないが、常識も無い。
 ヒロインだから何でも許される、とでも思っているのかな? バカなの?
 頭がよろしくないせいで、自作自演のいじめも誰一人として信じていないし、言葉のヴァリエーションが少ないせいか、罵倒するセリフも一辺倒。
 ごく一般的な貴族のご令嬢・ご令息はある程度腹芸も出来て当たり前なのだがそんなことも出来ない残念なヒロインは…今ではほぼ全校生徒から『可哀想なモノ』を見る目で見られている。
 まぁ、ハロルドを筆頭として、ごく一部の面々にはちやほやされていたりするために未だヒロインである事を疑っていないのだが…。

 …それ! 気のせいですから!! 残念っ!!

 うーーん…と唸っていると、何だか遠くの方から足音が近づいてくるのが分かった。そして…

「マクシミリアンさま!!」

 ばーーん! と勢いよく生徒会室の扉が開いた。まさかそんなに下品な…というか、ノックも何もなく開くと思ってなかったリーリアがビクッとした。

「アボット嬢。不敬だよ」

 思わず声が低くなったのは仕方ない。だって俺のリーリアを驚かせるとか許すまじ。あっ、俺の声にもビックリした…ごめんよリーリア。

「えっ…あっ…ごめんなさい…?」

 何で疑問形だよ。というか、マジ不敬なんだけど。
 いくらここが学園だとしても生徒会室に完全無断で飛び込んでくるってどういう事よ。コレ、王の執務室とかだった日には死ぬ案件よ?まぁその場合は入る前に騎士に捕まるけども。
 っつーか令嬢がどすどす足音立てんなよな。

「で? 何か用かい? 忙しいんだけど」

 冷たい声しか出ませんねー。すみませんねぇそちらへ向ける優しさは持ち合わせておりませんモノで。

「あのっ! そのっ…そこの女がっ…「は? そこの…何だって?」…っひっ?!」

 今リーリアに向かっての暴言が聞こえた。誰ぞ刀を持て! 無礼打ちじゃ!! ってやりたくなったなぁ~…。

「そのっ…リーリア…さま! がっ! 私を…いじめるんです!!」

 今呼び捨てにしようとしたよね? 言っとくけどリーリアは公爵家のご令嬢だよ? 学園内だから余り厳密に取り締まってないけど、そうでなかったらそっちから話しかけちゃダメな身分差だからね?
 しかもいじめる? そんなわけなぁぁーーい。リーリアも他のご令嬢たちも、『あんた下品すぎや。えぇ加減にせんとしばき回すで』っていうのをお上品にお伝えしただけの事だからね?
 元々はご令嬢の頂点に立つリーリアに『忠告』という形での矯正をお願いしてたんだけど、まぁ見事なまでにいじめ変換。
 これ以上リーリアにも他のご令嬢にも迷惑かけるのも申し訳ない、という事で…生徒会長である『俺からの命令の伝達』に切り替えた。
 これまでの再三の忠告無視と学園内での生活態度、他の学生への態度などを全て調べ上げたうえで学園長へ掛け合い…彼女に関してだけ、俺の権限拡大をもぎ取ったのだ。

「…いじめる…? リーリアがそんなつまらないことをするわけないだろう。彼女はいずれ国母になる女性だぞ」
「はっ?! 王妃になるのはあたしっ…! いやその、本当なんです! 私、リーリアさまにすごく陰湿ないじめをうけててっ…!」
「何か今聞き捨てならない言葉が聞こえた気がするが…まぁとりあえず先にその『陰湿ないじめ』とやらの内容を伺おうか?」
「はいっ!! 実は、私の教材を切り刻んだり破ったり、後はトイレで水かけたり、廊下で足を引っかけて転ばせたり…後は着替えを隠されたり…!」

 ウェイウェイウェーーイト!
 やべぇ、こいつここまでアホなんか…。これ以上ないくらい残念な顔をしていたら、隣でラドクリフとリーリア、開け放たれた扉に驚いたらしく駆け込んできたコンラッドも同じ顔をしていた。

「…アボット嬢…君は…何を言っているんだい…? リーリアと君は…学年が違うだろう? ということは、君と同じ授業を受けることは無いんだ。着替えを隠すなんて無理、まず棟が違うんだから廊下やご不浄で早々出会うことも無いだろうが」
「えっ、あっ…そっか…じゃなくて! とっ…取り巻きの人たちにやらせてるんです!」

 …取り巻きとか言っちゃってますよー。余りよろしい使い方しませんからね、それ。ほら、リーリアがイヤーな顔してるよでも可愛い。

「…確かに派閥ごとのグループはあるが…取り巻きといういい方はよろしくないな。それに、リーリアの周りの者たちも、そんな暇人は居ないよ」
「何でっ! 何で信じてくれないのっ!? ほんとおかしい! ハロルドは落ちたのに他の攻略キャラは全然だし! 逆ハーエンドして最終的に王妃になるんだから!」

 わー…ついに本音が飛び出しちゃいましたよー。というか、こいつ本当アホやな…。自滅しよったわ…。

「あ…あの…マックスさま…。アボットさんは何を仰ってるんですか…?」

 さすがのリーリアも黙って聞いていられなくなったらしい。ワカル。意味不明だもんね(苦笑) でもコレ、恐らく俺と目の前のバカしかわかんないことなんだー。スルーしといてー。

「ちょっと! 何であんたがマックスって呼んでるのよ! そう呼んでいいのは私だけよ!! ね、マック…「あ゛ぁ゛?!」…ひぃっ!?」

 いかんいかーん、素が出たわー。でもこれはもう許せんねー。
 頼みに頼んでやっとこさリーリアに呼んでもらった呼び方を…しかもてめぇは呼び捨てとか…許すまじ!!

「…アボット嬢…。君にはどれだけ言ってもわからないようだね? 散々色々な人から忠告を受けたにも関わらず聞き流すとは…」
「だっ…だって私いじめられてっ…」
「いじめ? そんなものは元から無いだろう?」
「そんなっ…そんなことないです! 証拠だって…破かれた教材とかの証拠だって…!」

「じゃあ、逆にそれが『自作自演じゃない』と証明できるのかい?」

 もういい加減疲れた。そしてさっきの愛称呼びは未だに許せていない。

「…は? どういう…」

「ここは、私も含めて高位の貴族も通っているんだ。一学生として校内で従者等を連れる事は禁止されているけどね、全く誰もついていない訳じゃないんだよ」
「え…? だから何が…」
「…だからね? ヘタをしたら暗殺の危険もあるんだ。影に徹しているけど、私には使える人間がたくさんいるんだよ」

 パチン、と指を一つ鳴らしただけで俺の後ろに人影が浮かぶ。正面に居たヒロインさまが小さな悲鳴を上げたが、リーリアもラドクリフもコンラッドも驚くそぶりは無い。まぁ慣れてるしね。
 影が差しだした紙をヒロインさまに見えるように置く。
 それにはヒロインさま…いや、アホ女がいつどこでどうやって何を切り刻んでいたか、とか、いじめをうけたと吹聴していた日付と時間とその時にいじめていた相手が何をしていたかという見事なアリバイや、水を被った際のバケツをどこから調達したかまで詳細に記載されていた。

「…正直、君の頭だといつどこでっていうのすら忘れてるだろうから、君のここ最近の行動を全て記載したものもあるよ? 見るかい?」

 俺は余りに面倒くさくなっていたんだ。だって想像以上にこのアホ女がアホだったから。
 正直、こいつがごく普通のヒロイン(?)で、俺以外のルートでこっちに被害が及ばないように攻略していっていたのなら、目を瞑ろうと思っていたのだ。
 酷い? うるせぇな、こちとら自分の幸せ掴むので手一杯じゃい。

「…君、本当に…救えないね?」

 なのに、このアホ女はどこまでも自分勝手で傲慢で。ヒロインだからといって何でも許されるという態度を崩さなかった。
 ここが、ゲームの世界じゃないと…自分の思い通りにいく世界ではないと…気付こうとしなかった。

「ここ最近、リーリアを始めとしたご令嬢方からの『忠告』が変わっただろう?」

 何の事だかわからない、という顔をするアホ女。やべぇしばきたい。

「…今までは…彼女たちから君へ…礼節を守るように、また、学園の規律を乱さぬように『忠告』してもらっていた。だが、君は再三の忠告にも耳を貸さなかった。だから…私からの『改善命令』に切り替えた」

 ここまで言ってもよくわかってないアホ女にさすがにリーリアや他の面々も呆れを隠せなくなってきている。まぁ気持ちはわかる。
 未だとどまっている俺の影からも呆れオーラを感じる辺り逆にすごい。彼らは感情を普段晒さないんだぞ。どんだけアホなんだ。

「私はこの『命令』に従わない場合には『罰則』を科すことをきちんと伝えさせている。そして…君は…従わなかった」

 それどころか色々積み重ねてるよね。さっきから不敬罪問いたい事も山盛りだもんな。よし、追加しよう。
 本来ならば俺には無い権限。だけど、こいつの変わらぬ不遜な態度。何より…リーリアを貶めた事への罰は…俺が与えたいじゃないか。

「―――ローズ・アボット子爵令嬢。君を、退学処分とする」


 *****


「…マックスさま。今日は何のご用でしょう?」

 ヒロインことクソ女を、ヤツ個人にのみだが発動できるよう頑張った俺の独断退学処分のおかげで残りの学生生活は何とも平和に幕を閉じた。
 まぁヒロインが居なけりゃそもそもゲームは進まない。そりゃ何も起らんわ。
 …後々コッソリ教師にまで『よくやってくれた!』と感謝されたのには驚いたが。
 ハロルドを含むクソ女の取り巻き共は、それぞれの家の者に判断を委ねたが、殆どの者がお叱りを受けたことで心を入れ替えて頑張っていた。一部転校した者もいるけどね。
 そしてハロルドに関しては…戻ってきたが…顔がぼっこぼこだった。やべぇ。そういやあいつの家の祖父さん騎士だったわ。

「うん、もうちょっとだから」

 あの後からリーリアはちゃんと愛称で呼んでくれるようになった。呼び捨てにはしてくれないけど。まぁ結婚したら絶対呼び捨てにさせるからいいもんね。
 今日はリーリアを城に呼び出した。…母上が。
 ちょっと呼び過ぎじゃない? 俺が呼ぼうと思ってたら先に呼んでるとか何なの? 俺の婚約者なんですけど? って言ったら『私の未来の娘ですけど?』って言われた。何なのほんと、腹立つ。
 なので、お茶飲んでるところに乗り込んで連れてきてやったもんね。ふん、ざまみろ。…多分後で嫌味言われるけど知らないもんね。

 庭園の端、遠いあの日に一緒にお茶を飲んだ四阿が見えてきた。
 俺は彼女を奥へ座らせる。

「…ここは…」
「うん。俺がリーリアに初めて誓いを立てたところ」

 リーリアも懐かしそうな顔をした。

「ここから…二人で一緒に頑張ってきたから。これからのことも、もう一度ここで誓いを立てたかったんだ」

 リーリアの優しい翡翠色の瞳がゆらめく。

「リーリア。これからは今まで以上に…辛い道になると思う。責任も重くなる。惑う事も、苦しむことも増える」

 あの時と同じように、静かに見返してくる。

「…あの時は…この婚約に対して…俺の意思は汲まれていないといった。だけど…今は違う。今は、心から思うよ、リーリア。君とだから…頑張れる。
 
 これからも、俺と一緒に歩んでくれますか?」

「…はいっ…! 勿論でございます…! あなたと共に…歩むことを誓いますわ…!」

 あの時よりも大きくなっているけど、相変わらず白く美しい手をそっとすくう。
 そして緩く手を引いて立ち上がらせると、後ろへと視線を向けるように促した。

「…これはっ…!」

 リーリアの背後に広がるのは…真っ白な百合の花。
 彼女を思わせる清廉で美しい、それでいて力強さも感じさせる白百合。

「この花を…君に」

 その言葉で、ぼくの目の前にも美しい大輪の笑顔の花が咲いた。


 *****


 俺たちは当初の予定通り卒業と同時に結婚した。それから四年後に息子を授かり、それからまた二年後に娘を授かって、俺は勿論のこと、俺の両親も殊の外喜んだ。
 子どもを授かるまでにちょっと時間がかかって色々言われたりして鬱陶しかったけど、その辺は割愛。いいんだよちゃんと跡継ぎ生まれてすくすく育ったんだから。
 俺以外の攻略対象たちもそのまま婚約者と結婚して幸せに暮らしてる。
 ビックリしたのはハロルドだ。あいつはヒロインに陥落されて、その時に婚約者に愛想をつかされていたのだけど、結局彼女は婚約を破棄せずに結婚した。
 祖父さんにぼっこぼこにされた後、速攻で謝罪に行き、その後も誠心誠意謝意を伝え続けたハロルドに、婚約者の彼女も絆されたらしい。
 今では誰よりもラブラブ夫婦な気がする。いや、俺とリーリアの方がラブラブだそこは譲れん。

 俺は頭が固いから。後、波風立ちまくるスペクタクルロマンスなんぞ望まないから。
 波乱万丈な人生とかカッコイイ! という気持ちもわからんでもないけど、結局のところ、大事なのは日々を丁寧に、穏やかに過ごす事なんじゃないかな、と思う。

 正直な話、もしヒロインがまともな子だったとしたら…惹かれたかもしれない。あのめちゃくちゃなアホ女相手ですら補正がかかったのだ。そう考えたら『絶対』とは言い切れない。情けないけど。
 でも…それでも俺は

 きっとリーリアと歩む人生を選ぶ。

 長い婚約期間、彼女がどれだけ努力したかを知っている。影に日向に俺を支えてくれたのを知っている。
 勿論、人の心は思うとおりに操れないし、自分の心だって時に思い通りにならない。
 だとしても。だとしてもだ。

 誰かを傷つけ、貶め、歪めてしまって手に入れた幸せが…長続きするとは思えないから。

 まぁ人によりけりかもしれないけども。少なくとも俺はそんな道を選べない。
 頭固くて結構。融通きかなくて結構。日和見主義で結構。

 波風立たない穏やかな日々。これが、俺の幸せだから―――


 ―了―
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