藤枝蕗は逃げている

木村木下

文字の大きさ
上 下
62 / 62

ずっと

しおりを挟む
 ローラン様の膝でよく撫でられていた猫はシェリーというらしい。メスで、大きな体の割にまだ赤ちゃんなのだという。非常に人懐こく、俺にもよく懐いた。動物に懐かれるという経験があまりなかったせいで、妙に嬉しい。俺は暇さえあればシェリーの毛にブラシを通している。
 もう一人のローラン様には、青いリボンを送った。自分に隠れてこそこそと何かしている俺に、俺のローラン様は意地悪な顔をしてなにをしているのかとしつこく聞いてきたが答えないでいると諦めたようだった。それよりも最近の彼は離れていた間、俺がいかに彼を恋しがっていたかを聞くのにご執心だった。元々は離れていた間、互いに過ごしてきた時間を教え合うという目的だったのだが途中で俺がべそをかきながら「すごく会いたくて寂しかった」と言ったせいで、ローラン様にとってはすっかり娯楽になってしまったのだった。
 国王夫妻の末の子供、唯一の男の子が熱病に侵されているという話を聞いたのは、ちょうど俺がローラン様の部屋で日がな一日猫を撫でているよりは短時間なら洗濯係をしていた方が社会的役割を果たしていると言えるのではないか、と考え始めた頃のことだった。
 何日も熱が下がらず、最近は意識がもうろうとしているらしい。今日も汚れ物を取りに来てくれた同僚からそんな話を聞き、俺は複雑な気持ちになった。
 当然と言えば当然なのだが、ローラン様と国王夫妻はめちゃくちゃに仲が悪い。ローラン様はここのところ王宮を出て森の家で暮らすための根回しをしているらしいが、成果は芳しくない。というのも、国王には王妃暗殺、シェード家襲撃の噂がありこのうえ唯一の王族直系男子であるローラン様が理由もなく王宮から出ればまさか国王が体制を盤石にするため追い出したのではないかと邪推され民衆からの反感を買うことを恐れているのだった。
 なので、ユーリ国王からすればローラン様が伴侶を得て王宮を出る、というのが最も都合が良い。しかし俺とローラン様は愛し合っているため、そんなことは出来ない。結果、事態は膠着してしまった。
 膝に乗ったシェリーの毛を梳きながら考える。国王夫妻のたった一人の男の子が病床に伏している。もしこれを解決できたのならローラン様が結婚をせず王宮を出るための交渉材料になるのではないか?
 さっそく部屋に帰ってきたローラン様を椅子に座らせ考えを話すと、彼は青い瞳を呆気にとられたようにしばたたかせた。戸惑ったように俺を見る。
「私が叔父上の子を助ける?」
「はい」
 勢いよく頷く。とにかく、熱病に効く薬を見つけなければいけない。俺は期待を込めてローラン様を見た。すっかり大人になった彼は、視線をさ迷わせながら「もう随分やってないんだけど」と言った。焦れた俺は彼の腕を引っ張って立たせると窓際まで背中を押し、両開きの窓を外側へ押し開け放った。頬を微かに染めながら、ローラン様がかつて森にいた頃のように歌声を響かせる。少しすると、遠くから羽ばたきの音が聞こえ見覚えのある小さな帽子を頭に乗せた梟が現れた。窓枠に掴まると、ローラン様を見つめて首を動かす。久しぶりに会う友に、ローラン様が頬を緩めた。
「やあ、久しぶり。ご機嫌いかが?」
 彼らはしばし他愛もない話をしているようだった。何の話なのか、時折ローラン様が肩を震わせて笑う。やはり俺にはさっぱりわからないので、仕方なく椅子に座ってシェリーを撫でた。
 やっと本題に入り、最近王都で流行っている熱病に効く薬を尋ねると、梟は空気を震わせて答えた。ローラン様が驚いたようにまばたきをする。よっぽど珍しい薬草だったのだろうか? 身を乗り出してどんな薬草なのか聞くと、彼は「ジギルの葉」と答えた。あまりにもありふれた草の名前に、ローラン様と顔を見合わせる。
 梟は普段は石鹸代わりに使うジギルの葉を水と混ぜて練り上げれば熱病に効く丸薬になると教えてくれた。ローラン様と二人で言われた通りに調合し、試しに熱病をこじらせた洗濯係の仲間に飲ませてみると、面白いように熱がさがり、次の日にはすっかり元気になってしまった。

 旅に出るに当たって俺は馬を買った方が良いのではないかと進言したのだがローラン様はロバがいいと譲らなかった。ゆっくりと歩くところがお気に召したらしい。さしてない荷物を背に乗せ、手綱をひいて二人で歩く。森で暮らしていた頃のようなただ切って縫っただけのような衣でもローラン様が身に着けると妙に美しく感じられる。
 彼は胸元の合わせを探り、ユーリ陛下から預かった封筒を取り出した。ロニーへ、と書かれた宛書の場所が、旅の目的地だった。
 二年の間、王都を離れて暮らし、二度と城へ足を踏み入れないこと。それが王宮を出るローラン様に国王が出した条件だった。
 国王は丸薬を届けに行った俺の顔を見ると、言葉を失って驚き「そなたからの薬なら、息子に飲ませられる」と言った。そして俺に、ロニーへの手紙を託した。どうか顔を見せてやってくれ、と言って。王妃を殺害した報いとして、ロニーは利き腕を切り落とされたのち流刑に処されたらしい。
 国王は俺にだけ手紙を託したつもりかもしれないが、残念ながら俺とローラン様は一蓮托生だ。素直に封筒を見せると意外にもローラン様は快く手紙を届けることを受け入れてくれた。俺としては、最悪破り捨ててしまってもしょうがないと思っていたので、意外だった。それが顔に出ていたのか、ローラン様が俺の頬を摘まみ横に引っ張りながら「こら」と不敬を叱った。
「フキが戻ってきてくれたんだもの。手紙くらい届けてあげてもいい」
 ロニーに手紙を届け、二年旅を楽しみ、森の家に戻る。俺はロバの手綱をひくローラン様の、もう一方の手を握って彼の腕に額を擦りつけた。彼と一緒にいられさえすれば、二年などあっという間に過ぎてしまうだろう。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(10件)

ワクワクした人

感想書きたくてログイン登録しました。

うわー、めちゃくちゃ面白かったです!!
途中何度かウルっときた場面がありました。
こんなお話書けるなんて本当尊敬です。
出来れば、その後のストーリーもいくつか欲しいです。
是非お願いします!!

解除
SAKU
2024.02.12 SAKU

初めまして。
ありそうでなかったストーリー展開に時間を忘れて一気読み。面白かったです。
ただ、現実世界に戻った後の展開がなんとなくメリバでした。ストーリー的にはハッピーエンドには違いないのですが。
気分的、個人的にです。

一番辛い思いをしたローランの扱いが何ともいえないかでしょうか。
ローランはフキと一緒なら何でもハッピーなのでしょうけども。モヤっとが残りました。

フキが現実世界に戻る時に、ローランは時間軸ぴったりに戻れないかもしれないと言っていました。なので、これはもしや伏線か?最悪な展開になる前の時間軸に戻って、こちらでもフキの奮闘により完璧なハッピーエンドが見られるのか?ローランと何年も離れてた辛い時間があったのはその為だったのか?!と、期待してしまったのです。
一気読みしてクライマックス最高潮の脳は、そううまくはいかなかったかーと勝手にガッカリしてしまいました。すいません。

確かにユーリは心身共に痛み苦しみ、ずっと辛い時を過ごしていたかもですが、1人ぼっちではなかった。対して、ローランは罪もない両親を殺されて、唯一最愛のフキと引き離されて。
さらにフキが戻るまで何年もずっとひとりぼっちで苦しんで、一番かわいそうでしたね。
そう考えるとこの結末しかなかったのかな。
朝からじめじめしてすいませんでしたm(_ _)m

解除
マルル
2023.11.06 マルル

とても展開が気になって寝れません😴
主さんは自分に似た人見た事
ありますか?私は結構あります
11月は1番心が疲れるので
毎日主さんの小説を楽しみにしてます!
いつもありがとうございます😭
お体に気をつけてください!

解除

あなたにおすすめの小説

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

見ぃつけた。

茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは… 他サイトにも公開しています

ああ、異世界転生なんて碌なもんじゃない

深海めだか
BL
執着美形王子×転生平凡 いきなり異世界に飛ばされて一生懸命働いてたのに顔のいい男のせいで台無しにされる話。安定で主人公が可哀想です。 ⚠︎以下注意⚠︎ 結腸責め/男性妊娠可能な世界線/無理やり表現

【完結】後宮に舞うオメガは華より甘い蜜で誘う

亜沙美多郎
BL
 後宮で針房として働いている青蝶(チンディエ)は、発情期の度に背中全体に牡丹の華の絵が現れる。それは一見美しいが、実は精気を吸収する「百花瘴気」という難病であった。背中に華が咲き乱れる代わりに、顔の肌は枯れ、痣が広がったように見えている。  見た目の醜さから、後宮の隠れた殿舎に幽居させられている青蝶だが、実は別の顔がある。それは祭祀で舞を披露する踊り子だ。  踊っている青蝶に熱い視線を送るのは皇太子・飛龍(ヒェイロン)。一目見た時から青蝶が運命の番だと確信していた。  しかしどんなに探しても、青蝶に辿り着けない飛龍。やっとの思いで青蝶を探し当てたが、そこから次々と隠されていた事実が明らかになる。 ⭐︎オメガバースの独自設定があります。 ⭐︎登場する設定は全て史実とは異なります。 ⭐︎作者のご都合主義作品ですので、ご了承ください。 ‪ ☆ホットランキング入り!ありがとうございます☆

身の程なら死ぬ程弁えてますのでどうぞご心配なく

かかし
BL
イジメが原因で卑屈になり過ぎて逆に失礼な平凡顔男子が、そんな平凡顔男子を好き過ぎて溺愛している美形とイチャイチャしたり、幼馴染の執着美形にストーカー(見守り)されたりしながら前向きになっていく話 ※イジメや暴力の描写があります ※主人公の性格が、人によっては不快に思われるかもしれません ※少しでも嫌だなと思われましたら直ぐに画面をもどり見なかったことにしてください pixivにて連載し完結した作品です 2022/08/20よりBOOTHにて加筆修正したものをDL販売行います。 お気に入りや感想、本当にありがとうございます! 感謝してもし尽くせません………!

魔王討伐後に勇者の子を身篭ったので、逃げたけど結局勇者に捕まった。

柴傘
BL
勇者パーティーに属していた魔術師が勇者との子を身篭ったので逃走を図り失敗に終わるお話。 頭よわよわハッピーエンド、執着溺愛勇者×気弱臆病魔術師。 誰もが妊娠できる世界、勇者パーティーは皆仲良し。 さくっと読める短編です。

ゆい
BL
涙が落ちる。 涙は彼に届くことはない。 彼を想うことは、これでやめよう。 何をどうしても、彼の気持ちは僕に向くことはない。 僕は、その場から音を立てずに立ち去った。 僕はアシェル=オルスト。 侯爵家の嫡男として生まれ、10歳の時にエドガー=ハルミトンと婚約した。 彼には、他に愛する人がいた。 世界観は、【夜空と暁と】と同じです。 アルサス達がでます。 【夜空と暁と】を知らなくても、これだけで読めます。 随時更新です。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。