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嘘
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三人に連れられて執務室へ行くと、ロニーは机で事務仕事をしていた。俺を見ると目を見開いて驚く。俺は彼らが見ているのにも構わず彼に近寄って大声を出した。
「短剣をどこにやった」
ロニーの目が人目を気にして動く。彼は俺の問いには答えず、ジジジの三人に部屋を出るよう命じた。俺が大声を出したことに驚き、何事かと気にするようすはあったものの、上官の命令には逆らえず、三人が部屋を出て行く。きつく睨みつけると、ロニーは肩をすくめた。
「短剣? なんのことだか」
あまりの言いように言葉を失う。とっさになんと言っていいのかわからず、俺は拳を握り締めた。ロニーは握っていたペンを羊皮紙の上に置くと、椅子に背中をあずけて俺を見た。柔らかそうな茶髪は、後ろでくくられている。髪を結う緑のリボンが騎士服の肩にかかっていた。今すぐにでもその襟首をつかみ上げたい衝動をこらえながら、なんとか言葉を絞り出す。
「俺が渡した短剣です。あなた達がローラン様を迎えに来た時に渡したものです」
「さあ、覚えてませんね」
肩を竦めて薄く笑う。頭に血が上って沸騰しそうだ。あの日の自分をぶんなぐってやりたかった。俺は短剣を手放すべきじゃなかった。ローラン様以外に渡すくらいなら、たとえ主と離れようと、俺が持っているべきだったのだ。整った顔に薄笑いを張り付けたロニーを睨みつけ、踵を返す。
部屋を出ると、すぐそこにジジジの三人がいた。壁に張り付いて、俺を見ると慌てて立ち上がって集まってきた。一体副団長となにを揉めているのかと聞いてくる三人を無視して建物を出る。彼らは顔を見合わせ、困った顔をしつつも着いてきた。
噛み締めた唇が、じんじんと熱を持ち始めている。頬は熱を持って、全身に力を入れていなければ泣くかわめくかしそうだった。最後の理性を振り絞り、後ろを振り返って道案内をしてくれた男たちに礼を言う。
なぜ、あの男はこんな意地悪をするのか? あの短剣は、旦那様と奥様が俺を信じて託してくれたものなのに。ローラン様のものなのに。全速力で城を走ってローラン様の部屋に戻る。主人は勉強に出ていて、部屋は無人だった。それをいいことに、俺はローラン様のベッドに顔を突っ伏して、あらんかぎりの大声を出した。限界までシーツに顔を押し付けたせいで、声はくぐもる。全身がぶるぶる震えて、握りしめた手はまっしろになっていた。
肩で息をして、なんとか気持ちを落ち着ける。誰もいないと思うと、目からは勝手に涙が流れた。頭の中では、優しかった旦那様や、美しかった奥様の笑顔が浮かんでは消えていく。あの日、燃える屋敷の中で俺の手にまだ赤子だったローラン様を抱かせ、短剣を握らせた旦那様の、冷たく震える手。死を覚悟した瞳。逃げろと叫んだ声。
見つけなければ。なんとしてでも、短剣を取り返さなければならない。
俺は手首の内側で目元を拭うと、部屋の隅にある小さな穴に向かって「ジョン」と呼びかけた。しばらくすると、ごそごそという物音を立てながら、首に青いリボンを巻いた鼠が出てくる。彼は俺を見上げ、首を傾げた。彼の後をついてきたのか、子ネズミの姿も見えた。
床に膝をつき、鼠を手のひらに乗せる。獣の目をまっすぐに見て「頼みがある」というと、鼠の髭がぴん、と震えた。
「ロニーがローラン様の短剣をどこかへやってしまったんだ。取り戻したいから、力を貸してほしい」
鼠はしばらく考え込むように俯いた後、顔を上げ、前足をせわしなく動かした。が、相変わらず何を言っているのかさっぱりわからない。相手も、俺が全く分かっていないことが分かったのだろう。ふかく肩を落とした後、子ネズミに向かってチュウチュウと鳴き始めた。子ネズミ達は顔を見合わせて頷き、穴の中へ走って戻っていく。ジョンはそれを見送ると、また俺を見上げて「チュウ!」と力強く鳴いた。
ロニーのことを考えると腹が立って仕方ないが、俺はユーリ殿下の服を刺繍することを辞めなかった。当然、放り出したくなったが、よくよく考えればロニーとユーリ殿下は別の人間で、ロニーに対する感情をユーリ殿下にぶつけるのはおかしな話だし、もし雪解けの祝祭に彼が出なければ、ローラン様は一人で出席することになる。そうなれば、まるでローラン様がこの国を背って立つことになってしまいそうで、避けたかった。ローラン様は連日ダンスや作法の練習、歴史や語学の勉強に忙しかった。最近はなにやら難しい数の授業も受けているらしい。時折窓に向かって歌っては、帽子を被ったフクロウと星の巡りや水の重さについての話をしている。
そんな彼の横で、一日でも早く仕上げてしまおうと一心不乱に針を持つ。そうしている間に、時間はあっという間に過ぎ、気づけば祝祭は三日後に迫っていた。
マリーたちとの約束通り、王都まで衣装を取りに行く。彼女たちはよっぽど気合を入れたのか、刺繍は見事な出来栄えで、エディが担当した裾と襟には小さな宝石まであしらわれていた。彼女は「売り物にならない屑石よ」と笑っていたが、胸元に縫い込まれた黒曜石など、親指の爪ほどの大きさがある。
彼女たちから布を預かり、仕立て屋を訪れる。刺繍の終わった布を預けると、仕上がるまでは一刻ほどだという。頷いて、時間になったらまた来ると約束し店を出る。俺はいつもの店で酒や砂糖を買い込み、老人の家へ向かった。簡単な身の回りの世話をして、老人に具合が悪くなったらすぐに医者にかかれと言っておく。医者嫌いなのだ。
聞けば、森の家はもう誰にも貸す気はないという。壊すのにも金がかかるから、いつでも帰ってこいと言われて頷く。ローラン様も帰りたいと言っていたと告げると、老人は「城よりボロ屋がいいなんて、王子って言うのは嘘か」と鼻を鳴らした。
「短剣をどこにやった」
ロニーの目が人目を気にして動く。彼は俺の問いには答えず、ジジジの三人に部屋を出るよう命じた。俺が大声を出したことに驚き、何事かと気にするようすはあったものの、上官の命令には逆らえず、三人が部屋を出て行く。きつく睨みつけると、ロニーは肩をすくめた。
「短剣? なんのことだか」
あまりの言いように言葉を失う。とっさになんと言っていいのかわからず、俺は拳を握り締めた。ロニーは握っていたペンを羊皮紙の上に置くと、椅子に背中をあずけて俺を見た。柔らかそうな茶髪は、後ろでくくられている。髪を結う緑のリボンが騎士服の肩にかかっていた。今すぐにでもその襟首をつかみ上げたい衝動をこらえながら、なんとか言葉を絞り出す。
「俺が渡した短剣です。あなた達がローラン様を迎えに来た時に渡したものです」
「さあ、覚えてませんね」
肩を竦めて薄く笑う。頭に血が上って沸騰しそうだ。あの日の自分をぶんなぐってやりたかった。俺は短剣を手放すべきじゃなかった。ローラン様以外に渡すくらいなら、たとえ主と離れようと、俺が持っているべきだったのだ。整った顔に薄笑いを張り付けたロニーを睨みつけ、踵を返す。
部屋を出ると、すぐそこにジジジの三人がいた。壁に張り付いて、俺を見ると慌てて立ち上がって集まってきた。一体副団長となにを揉めているのかと聞いてくる三人を無視して建物を出る。彼らは顔を見合わせ、困った顔をしつつも着いてきた。
噛み締めた唇が、じんじんと熱を持ち始めている。頬は熱を持って、全身に力を入れていなければ泣くかわめくかしそうだった。最後の理性を振り絞り、後ろを振り返って道案内をしてくれた男たちに礼を言う。
なぜ、あの男はこんな意地悪をするのか? あの短剣は、旦那様と奥様が俺を信じて託してくれたものなのに。ローラン様のものなのに。全速力で城を走ってローラン様の部屋に戻る。主人は勉強に出ていて、部屋は無人だった。それをいいことに、俺はローラン様のベッドに顔を突っ伏して、あらんかぎりの大声を出した。限界までシーツに顔を押し付けたせいで、声はくぐもる。全身がぶるぶる震えて、握りしめた手はまっしろになっていた。
肩で息をして、なんとか気持ちを落ち着ける。誰もいないと思うと、目からは勝手に涙が流れた。頭の中では、優しかった旦那様や、美しかった奥様の笑顔が浮かんでは消えていく。あの日、燃える屋敷の中で俺の手にまだ赤子だったローラン様を抱かせ、短剣を握らせた旦那様の、冷たく震える手。死を覚悟した瞳。逃げろと叫んだ声。
見つけなければ。なんとしてでも、短剣を取り返さなければならない。
俺は手首の内側で目元を拭うと、部屋の隅にある小さな穴に向かって「ジョン」と呼びかけた。しばらくすると、ごそごそという物音を立てながら、首に青いリボンを巻いた鼠が出てくる。彼は俺を見上げ、首を傾げた。彼の後をついてきたのか、子ネズミの姿も見えた。
床に膝をつき、鼠を手のひらに乗せる。獣の目をまっすぐに見て「頼みがある」というと、鼠の髭がぴん、と震えた。
「ロニーがローラン様の短剣をどこかへやってしまったんだ。取り戻したいから、力を貸してほしい」
鼠はしばらく考え込むように俯いた後、顔を上げ、前足をせわしなく動かした。が、相変わらず何を言っているのかさっぱりわからない。相手も、俺が全く分かっていないことが分かったのだろう。ふかく肩を落とした後、子ネズミに向かってチュウチュウと鳴き始めた。子ネズミ達は顔を見合わせて頷き、穴の中へ走って戻っていく。ジョンはそれを見送ると、また俺を見上げて「チュウ!」と力強く鳴いた。
ロニーのことを考えると腹が立って仕方ないが、俺はユーリ殿下の服を刺繍することを辞めなかった。当然、放り出したくなったが、よくよく考えればロニーとユーリ殿下は別の人間で、ロニーに対する感情をユーリ殿下にぶつけるのはおかしな話だし、もし雪解けの祝祭に彼が出なければ、ローラン様は一人で出席することになる。そうなれば、まるでローラン様がこの国を背って立つことになってしまいそうで、避けたかった。ローラン様は連日ダンスや作法の練習、歴史や語学の勉強に忙しかった。最近はなにやら難しい数の授業も受けているらしい。時折窓に向かって歌っては、帽子を被ったフクロウと星の巡りや水の重さについての話をしている。
そんな彼の横で、一日でも早く仕上げてしまおうと一心不乱に針を持つ。そうしている間に、時間はあっという間に過ぎ、気づけば祝祭は三日後に迫っていた。
マリーたちとの約束通り、王都まで衣装を取りに行く。彼女たちはよっぽど気合を入れたのか、刺繍は見事な出来栄えで、エディが担当した裾と襟には小さな宝石まであしらわれていた。彼女は「売り物にならない屑石よ」と笑っていたが、胸元に縫い込まれた黒曜石など、親指の爪ほどの大きさがある。
彼女たちから布を預かり、仕立て屋を訪れる。刺繍の終わった布を預けると、仕上がるまでは一刻ほどだという。頷いて、時間になったらまた来ると約束し店を出る。俺はいつもの店で酒や砂糖を買い込み、老人の家へ向かった。簡単な身の回りの世話をして、老人に具合が悪くなったらすぐに医者にかかれと言っておく。医者嫌いなのだ。
聞けば、森の家はもう誰にも貸す気はないという。壊すのにも金がかかるから、いつでも帰ってこいと言われて頷く。ローラン様も帰りたいと言っていたと告げると、老人は「城よりボロ屋がいいなんて、王子って言うのは嘘か」と鼻を鳴らした。
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