藤枝蕗は逃げている

木村木下

文字の大きさ
上 下
3 / 62

娘を探せ

しおりを挟む
 娘たちを探すために、情報を集めることにした。薬草売りを一日休み、ローラン様を背負って街に出る。俺が娘について聞いて回ると不審そうな顔をしていた人々も、背中にいるローラン様が愛らしく「フキ、おや」と説明すると警戒心をなくした。魚屋の女主人は腰に手を当てて痛ましそうに眉を寄せた。
「そうだね、花屋の娘さんは配達中にいなくなったらしいよ。橋向の軽食屋に花を届けた帰りだったらしい」
 粉屋の娘は祖母の家に行く途中、宝石屋の娘は婚約者と食事をして、帰路の途中だった。いなくなったのは皆日暮れ時だったらしい。年は十五、十六の、美しい娘たち。聞く限り、髪や目の色に共通点はなかった。
 情報を集めたからと言って、特になにかわかるわけでもなかった。俺は魚屋に礼を言って店の前を離れた。家に帰って、ローラン様をかごの中に下ろして考える。娘たちはなぜいなくなったのだろうか? ひとさらいかと思っていたが、花屋と橋向の軽食屋では距離も近すぎるし、人目も多い。騒ぎにならないのはおかしい。
 昼過ぎに帰ってきて、夜が深くなるまで一生懸命考えたが、何もわからないことしかわからなかった。そもそも、俺は考えるのに向いていないのだと思う。眠くてぐずったローラン様を抱いてあやしながら、昔シェードの家で読ませてもらった探偵小説のことを思い出したが、あんな風に解決できるとは到底思えなかった。
 ローラン様は森の家に住み、生活が安定したころになってようやく声を出して泣くようになった。シェードの館を離れて以来、初めて耳にした泣き声に、俺は感極まって震えた。まだいとけない主人の体を抱き上げ、ぐっと胸に抱きしめる。ローラン様が泣き始めると、確かに困ることもあったが、俺の心はどんどん明るくなった。一晩中ヤギの乳をやってもおしめを替えても泣き止まないローラン様を抱いて歩くことなど、なんの苦にもならなかった。家は森にあるので、近所の迷惑にもならない。
 やがて言葉が話せるようになると、ローラン様は「フキ、あっこ」と言って抱っこをねだるようになった。片時も尻が床につくのを許さないねだり方だったが、俺はローラン様の気が済むだけ抱っこをした。抱っこができないときは負ぶって歩いた。
 ローラン様のおっしゃることはなんでも叶えて差し上げたい。それは優しくしてくださった旦那様や、奥様へのご恩に報いたいという気持ちだった。当初の将来設計ではいずれ大成し、死ぬほど金を稼いでシェード家を裕福にするつもりだったが、もうシェード家はない。王都に出てみてわかったが、金を稼ぐ才能もさほどないような気がする。


 ローラン様をあやしながら眠っていたらしい。起きると、既に外が明るくなっていた。腕の中のローラン様はいつから起きていたのか、大きな目をぱっちりと開いて俺を見上げている。
「おはようございます、若君」
「おはようございます、フキ」
 ローラン様は素晴らしい発音であいさつすると、なにやら下を指さした。首を伸ばして見てみると、そこには鼠がいた。ローラン様の友である害獣だ。思わず眉をしかめる。
「チューチュー、こあいよーって」
 ローラン様はねずみの頭を優しくなでると、獣の気持ちを代弁するように言った。共感しているのか、愛らしいお顔が悲し気な表情になる。
「こあいよー、ママー、パパー」
 ママ、パパ。俺は驚いて言葉を失った。全く教えた覚えのない市井の言葉だが、もしかしてローラン様は父君と母君を恋しがっているのか? 胸が激しく痛む。思わずローラン様を抱きしめて頬ずりすると「ちあうよ」と首を振られた。
「チューチュー、こあいよ、ママー、パパー、」
 俺は一生懸命話を聞いた。ローラン様も頑張って話した。が、我々は四半刻ほど伝わらない会話を続けねばならなかった。ローラン様は頭を捻り、いろいろな言葉を口にし、彼が「おはな」と言って初めて俺は彼が何を伝えたいのかを把握した。
「ローラン様、お花とは、花屋のことでしょうか? 」
 ローラン様がこくこくと頷く。俺は頭をひねって考えた。鼠が怖いと言っていて、ママとパパを呼び、花屋。もしかして、この鼠は娘たちの居場所を知っているのではないか? 鼠をつまみ上げ、視線の高さまで持ってくる。鼠は嫌がって手足を動かした。
「なにか知っているのか? 」
 鼠が鳴くが、何と言っているのかはさっぱりわからない。ローラン様が「いたいよー、はなしてー」と代弁する。
「娘たちの居場所がわかるか? わかるなら教えてほしい」
「いたいよー」
「娘たちは生きているのか? どこにいる」
「はなしてー」
 摘まみ上げていた手を放し、両手に鼠を持ち替える。俺は害獣を睨みつけた。
「いいか、ローラン様はお前の命の恩人だ。もしお前がローラン様のご友人でなければ、俺はお前を殺していたから。だから、お前にはローラン様をお助けする義務がある」
 鼠が激しく頷く。わかっているらしい。俺には獣の言葉がわからないのに、獣には俺の言葉がわかるのか。
「娘たちのいる場所へ案内してくれ」
 鼠は頷き、チューと鳴いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

ああ、異世界転生なんて碌なもんじゃない

深海めだか
BL
執着美形王子×転生平凡 いきなり異世界に飛ばされて一生懸命働いてたのに顔のいい男のせいで台無しにされる話。安定で主人公が可哀想です。 ⚠︎以下注意⚠︎ 結腸責め/男性妊娠可能な世界線/無理やり表現

【完結】後宮に舞うオメガは華より甘い蜜で誘う

亜沙美多郎
BL
 後宮で針房として働いている青蝶(チンディエ)は、発情期の度に背中全体に牡丹の華の絵が現れる。それは一見美しいが、実は精気を吸収する「百花瘴気」という難病であった。背中に華が咲き乱れる代わりに、顔の肌は枯れ、痣が広がったように見えている。  見た目の醜さから、後宮の隠れた殿舎に幽居させられている青蝶だが、実は別の顔がある。それは祭祀で舞を披露する踊り子だ。  踊っている青蝶に熱い視線を送るのは皇太子・飛龍(ヒェイロン)。一目見た時から青蝶が運命の番だと確信していた。  しかしどんなに探しても、青蝶に辿り着けない飛龍。やっとの思いで青蝶を探し当てたが、そこから次々と隠されていた事実が明らかになる。 ⭐︎オメガバースの独自設定があります。 ⭐︎登場する設定は全て史実とは異なります。 ⭐︎作者のご都合主義作品ですので、ご了承ください。 ‪ ☆ホットランキング入り!ありがとうございます☆

身の程なら死ぬ程弁えてますのでどうぞご心配なく

かかし
BL
イジメが原因で卑屈になり過ぎて逆に失礼な平凡顔男子が、そんな平凡顔男子を好き過ぎて溺愛している美形とイチャイチャしたり、幼馴染の執着美形にストーカー(見守り)されたりしながら前向きになっていく話 ※イジメや暴力の描写があります ※主人公の性格が、人によっては不快に思われるかもしれません ※少しでも嫌だなと思われましたら直ぐに画面をもどり見なかったことにしてください pixivにて連載し完結した作品です 2022/08/20よりBOOTHにて加筆修正したものをDL販売行います。 お気に入りや感想、本当にありがとうございます! 感謝してもし尽くせません………!

魔王討伐後に勇者の子を身篭ったので、逃げたけど結局勇者に捕まった。

柴傘
BL
勇者パーティーに属していた魔術師が勇者との子を身篭ったので逃走を図り失敗に終わるお話。 頭よわよわハッピーエンド、執着溺愛勇者×気弱臆病魔術師。 誰もが妊娠できる世界、勇者パーティーは皆仲良し。 さくっと読める短編です。

ゆい
BL
涙が落ちる。 涙は彼に届くことはない。 彼を想うことは、これでやめよう。 何をどうしても、彼の気持ちは僕に向くことはない。 僕は、その場から音を立てずに立ち去った。 僕はアシェル=オルスト。 侯爵家の嫡男として生まれ、10歳の時にエドガー=ハルミトンと婚約した。 彼には、他に愛する人がいた。 世界観は、【夜空と暁と】と同じです。 アルサス達がでます。 【夜空と暁と】を知らなくても、これだけで読めます。 随時更新です。

【本編完結】ふざけたハンドルネームのままBLゲームの世界に転生してしまった話

ういの
BL
ちょっと薄毛な大学生、美髪(みかみ)しげるはゲームのデータを姉に飛ばされた腹いせに、彼女がプレイ途中だった18禁BLゲームの主人公にふざけたハンドルネームを付ける。そして確定ボタンを押した瞬間に起こった地震によって、しげるはそのゲーム、『私立ベイローレル学園』、通称BL学園の世界に転生してしまった。よりによって、しげるが付けたふざけたハンドルネームの主人公『コノハ・ゲー(このハゲ)』として。 「このハゲ……とても愛らしい響きの名前だな」 …んなわけあるか、このボケ‼︎ しげるには強力なハゲ…ではなく光魔法が使える代わりに、『コノハ・ゲー』としか名乗れない呪いが掛かっていた。しかも攻略対象達にはなぜか『このハゲ』と発音される。 疲弊したしげるの前に現れたのは、「この、ハゲ……?変な名前だな」と一蹴する、この世界で唯一と言っていいまともな感性の悪役令息・クルスだった。 ふざけた名前の主人公が、悪役令息とメイン攻略対象の王太子をくっつける為にゆるーく頑張っていく、ふざけたラブコメディ。 10/31完結しました。8万字強、ちょっと長めの短編(中編?)ですがさらっと読んで頂けたら嬉しいです。 ※作品の性質上、ハゲネタ多い&下品です。かなり上品でない表現を使用しているページは☆印、R18は*印。お食事中の閲覧にご注意下さい! ※ BLゲームの設定や世界観がふわふわです。最初に攻略対象を全員出すので、悪役が出てくるまで少し時間がかかります。 ※作中の登場人物等は、実在の人物や某男児向け機関車アニメとは一切関係ございません。 ※お気に入り登録、いいね、しおり、エール等ありがとうございます!感想や誤字脱字報告など、ぜひコメント頂けるととっても嬉しいです♪よろしくお願いします♡

処理中です...