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零れ落ちた涙

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「委員長、会長って家族の話しないですね」
急に神谷がそんなことを聞いてくる。
「急になんだ?」
書類から顔を上げ神谷を見れば

「いえ、あの、この間、クラスメイトと話してるのを見てたんですけど、家族のことを聞かれても何も答えずに笑って誤魔化してたので…絶対に家族の話はしないのかなって…」
この言葉の意味を説明してくれる。
「神谷、あいつにとって家族の話はタブーだ。あいつの前で家族のことは聞くな」
あの男にとって家族の話はタブーだ。あいつにとって家族はトラウマだ。

「えっ?あっ、はい」
俺の言葉に神谷は驚いたようだが仕方がないだろうな。そのことは俺と校医のあの二人しか知らない。もっともちゃんとした情報を知ってるのは俺だけだが…。


「なぁ、神谷その話してるのを見たの何時ぐらいだ?」
どれだけの日数が経ってるのかが知りたくて聞けば
「えっと…先週なので…1週間ぐらいは経ってるかと…」
指折り数えながら教えてくれる。


「そうか、わかった。ありがとな。神谷、悪いんだが残りの業務を任せていいか?あと30分ぐらいで外に出てる奴らも戻ってくるから、各自に日誌書かせて戸締りを頼みてぇんだけど」
書きかけの書類を片付けながら聞けば
「えっ?あっ、はい。大丈夫ですよ」
驚きながらも了承してくれた。

「悪いな、頼む」
俺はお礼を言って足早に風紀委員室を出て生徒会室へと向かった。


数回のノックの後で中からの返事を聞かずに
「入るぞ」
声をかけてから扉を開けた。


「委員長どうしたんです?」
永尾が驚いた顔で聞いてくるが、目的の人物が見当たらない。
「聖はどうした?」
永尾に確認すれば

「会長は先に帰らせました」
溜め息交じりに言われて、永尾が気付くぐらい墜ちてたかと思った。
「何かあったのか?」
ここで何があったのかは聞かないとわからないからな。

「いえ、特に何かがというわけじゃないんです。どこか辛そうだったので、休んだ方がいいと言って帰らせただけです」
少しだけ困ったなという顔になる。
「そうか、わかった。ありがとう。永尾、神谷に最後の戸締りは任せてあるからあいつのサポート頼む」
俺はそうとだけ告げて聖の部屋に向かうべく生徒会室を後にした。



急いで寮に戻って聖の部屋に行こうと思ったら目的の人物が俺の部屋の前で膝を抱えて座っていた。


「電話して来いよ」
そう声をかけてから頭を撫でれば驚いた顔をして俺を見て何か言いたげな顔になる。
「遅くなって悪い。今、開けるから入れよ」
急いで鍵を取り出し鍵を開けて部屋の中に入れるように扉を開ければ制服の裾を掴まれた。

「兎に角、今は入れよ」
聖の肩を抱き中に入るように促せば小さく頷いて中に入った。俺も扉を閉め中に入り寝室まで聖を連れ込みベッドの上に座らせてからその身体を抱きしめた。
「…っ…たぃ、がぁ…」
そこでやっと俺の抱き着き大泣きをし始めた。

「好きなだけ泣け。この場所なら大丈夫だから…」
聖の頭を撫でてやる。服を掴む手に力が入る。


どれだけそうしていたのか?


泣き疲れて、眠ってしまった聖の身体が力なく崩れ落ちてくる。


俺はそんな聖を起こさないように気を付けながら布団の中に寝せ、一旦、制服から私服へと着替えてから聖の身体を抱きしめるように同じように横になる。

閉じられた瞳からは透明な雫が流れ落ちる。それを拭いてやりながら小さく息を吐いた。


この男にとって家族の話がタブーなのは、この男が幼い頃に養護施設に捨てられたからだ。

聖の両親は聖を育てることを拒み、まだ幼い聖を養護施設の敷地に捨てたのだ。あまりにも幼稚だった聖の両親。お互いを好いて一緒になって子供まで作ったのに、結局はその子供を捨てたのだ。

泣き叫ぶ聖を置いて居なくなり、今ではどこにいるのかさえもわからない。


聖は養護施設で育ち、里親に巡り合えたが、その里親も結局は聖を捨てた。養護施設にもう一度、戻った聖は里親候補が出来てもそれを拒み、中高一貫のこの学園の寮に入った。ずっと一人でいいと周りの大人を拒んだんだ。

そんな聖が発情で覚醒し、自棄になった理由は自分には必要なものがないから、自分は誰にも必要とされないから、だからどうなってもいい。そういう思考が聖を自棄に走らせたのだ。

だから、聖にとって家族の話はタブーだし、聖に聞いてはいけない話だ。


そんな育ち方をしてるから、聖は親の愛情を知らない。聖の発情の暴走の原因は少なからずそれが関係してるんじゃないかって俺は思ってる。
心の奥底で聖が求めてる愛情を欲する気持ちが発情の時に爆発して暴走するんじゃないかって…。

まぁ、その暴走の矛先が俺に向かってるもんだからその対応に苦労するんだが…。それは間違いなく俺自身が原因だ。
まぁ、自棄になってるときの聖を落ち着かせるのに散々甘やかしたからなぁ…。


聖の過去を知ったのは中学の時、自棄になってるときに甘やかして、話を聞いてるときに、ぽつりぽつりと話してくれたから俺だけがしってるわけだ。施設育ちだっていうのは神田や拓輝も校医だから知ってるけど、ここまで深くは知らない。


家族の話を聞かれると答えられなくて聖は闇に墜ちる。抜け出せない闇に墜ちるのだ。答えることのできない自分、親を知らない自分、捨てられた自分…。そんな思いが聖の闇となって墜ちていく。それが全て悪夢となって聖を襲うことになる。

今回は俺の失態だ。家族の話をされてるのを知らなかったのと、聖の異変に気が付いてやれなかった俺の責任。


「ごめんな…もっと早く気が付いてやれれば、ここまで我慢しなくてすんだのに…」
聖の頭を撫でながら謝れば
「…だい、じょうぶ…最後はちゃんと…大我が助けてくれる…から…」
寝てるはずの聖から声がして驚いて見れば、真新しい雫をポロリと流し俺を見ていた。

「あの日、約束したからな。辛くなったら俺に甘えろって。今でも変わらねぇよ。好きなだけ甘えろ唯斗だけの特権だからな」
流れ落ちる雫を拭い額に唇を寄せる。
「ん、ありがとう大我。もっと甘えさせて…今は大我の腕に抱きしめられたい」
その言葉に答える代わりに俺は抱きしめる腕に力を込めた。


結局、その日は二人で抱き締め合いながら寝落ちした。


次の日も変わらない状態の聖を休ませ、俺も一緒にいてやった。聖が落ち着きを取り戻すまでな。


Fin



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