愛してるって言わないで

たまる

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戸惑い

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 鼻に付くいい香りで目が覚めた。
 起き上がって見たら、あの朱里の間であった。
 横には可愛らしい金木犀キンモクセイの花が花瓶に入れられ飾られていた。
 その優しい匂いが気持ちを安らかにさせた。

 心地よいシーツとスプリングが程よく効いている寝台に寝たのは、いつのことだったかもう忘れてしまった。

 隣にはまだ年端もいかない十代の始めのような少女が、うつらうつらしながら、椅子に座っていた。
 どうやら、彼女は自分が目覚めるのを待っていたようだった。
 起こさないように思って、サイドに置かれたグラスの水を一口飲もうと、ベットが軋んで、思ったよりも大きな音が出てしまい、彼女を飛び起こさせた。

 「ああ、アリアナ様! お目覚めになられましたか! 一晩中、死んだようにお眠りになってしまって、心配しておりました。陛下も大変心配なされて、自らアリアナ様をお抱きになってここまでお運びくださったのですよ……」

 少女の言葉は自分の胸をどきんとさせた。
 私、陛下に「殺したい……」と言ってしまったのだろうか?
 寒気が走る。

 少女の名前はリオと言った。
 ああ、運命なのだろうか?
 自分の弟と一字違いの彼女が愛おしくなる。
 聞いてみたら、やはり彼女はまだ若く十四歳だった。
 ここに来てもう一年だと話してくれた。

 どうやら、あの後、長旅と今までの栄養失調が祟り、しかも極度の緊張のために、倒れたようだと医師の見解をこの少女が教えてくれた。
 そして、この少女が一旦部屋の外に待機していた世話人に、指示していた。
 すると、どうしたことだろうか。
 何やら仰々しいほどまでの数々の盆が運ばれる。
 全てそれが食べ物だと気がついたのは、寝台の上にそれがそのまま置かれていくからだった。

 あまりにもの種類の多さに驚きを隠せない。
 見たこともない蒸したパンのようなものから、自分の郷土料理のようなスープまで、新鮮な果物から全てがぎっしりとお盆に乗せられてくる。十人程度の世話人が行列をなして入ってくる。

 そして、皆が自分の寝台の周りに置いていく。
 乗りきれないものは、部屋に備え付けられている丸テーブルに置かれた。

 この部屋でお客を迎えられるぐらいの量だった。

 「こんなに食べられるわけ、ありません……」

 あきれながら、この料理を見つめた。
 それほど、自分の見た目が酷かったのかと思う。

 「さあ、お好きなのを召し上がってください……。全てお毒味してあります。大丈夫ですから……」

 彼女の最後の言葉が気になった。

 こんな大所帯の女の園であるが、どうやら身代わり姫だが、自分以外では国を持つ姫はいないようだった。
 それは、リオが教えてくれた。
 アリアナ様がこの華の宮殿で一番高貴なお方ですと……。

 幽閉されていた元姫が、身代わりでやってきたのだ。
 高貴という言葉さえおかしいとは思うが、今は、ただその情報だけを胸にしまう。

 ほかの皆はなったのだろうと推測した。
 噂通りなのかもしれない。
 ではこの大勢の女達はどこから来たのだろうかと疑問に思う。
 ただ、いまは、それよりも目の前に繰り広げられる食べ物をどうするかということだった。
 見た目だけでお腹がいっぱいになりそうだった。
 
 「リオ、こんなに食べれないわ。あなたも少し食べない?」
 「え! いいんですか? 嬉しい。こんなご馳走、ほ、本当にいいんですか?」
 「ええ、私は、この小皿だけでもうお腹いっぱいよ……」
 「……それは困りますね。精がつくお料理を食べさせろと陛下からもご命令が出ているのですよ……」
 「……そう、陛下からも……」

 よほどやせ細った自分の家畜の状態が気になるのかと思う。
 ここですぐに死なれたら、また悪名が世間に轟いてしまうのを恐れているのかもしれないと思った。

 「リオ、あのね。私は訳あって、今、あまり食べれないの……。その内、徐々に食事に慣れていくと思うけど、今日は、これだけで勘弁して……」

 小さな皿に盛られたナッツを口にする。

 「……アリアナ様……。それだけではお体に支障が出ます。お願いですから、もう少し……」
 
 彼女の心配がわかった。
 お付きの仕事だ。
 自分が残せば、彼女が叱られるのだ。

 この状態を回避することをひとつだけ思いついた。

 「リオ、私は新参者だわ。この食事、ほかの華の住人に分けられる?」
 「?」
 「それができなかったら、どうしようかしら……。このまま無駄にしたら、お料理がかわいそうね……」

 リオが他の華の住人にあげるのもいい案だが、もし何か問題が起きた時に、責められるのは、アリアナ様ですっと言われた。
 ああ、ここにも人の責任の擦り合いがあるのかと思って少し悲しくなった。
 でも、リオがにっこりと笑う。

 世話人の女性たちにあげたらいかがですかと?

 この東の宮殿の住人は種類が三タイプだそうだ。
 側室、これは陛下の寵愛を受けた者。又は部屋付きの者。
 華、まだ陛下からはおよびがかかってはいないが、それに準じる才能、外見があり、将来その可能性がある者。
 そして、これらの枠とは全く別に、既婚の女性や、離婚した女性でもできる、華の宮殿自体の世話をする世話人だった。彼女らは、白い布巾のようなマスクをして、日々華の住人達の細々とした用事を司る。

 彼女らは完全に裏方で自宅から通いも大丈夫だという話だった。
 彼女らにあげたら、喜んでもらえると思いますっと言ってきた。

 見た目よりもずいぶんと賢い少女なんだと気がつかされた。
 ただ、若いが、彼女も華なのだ。
 しかし、今の話では、やはり自分はお飾りの側室にすでになっているようだと感じた。
 もう部屋付きに初日からなっているのだから……。

 「貴方もこの華の住人なの? ずいぶんと若い者まで、陛下はのね……」

 陛下の嫌味で言った言葉だが、この少女から返ってきた言葉は、全く違うものだった。

 「……いえ、陛下は素晴らしい方です。私は先の戦争で、両親を亡くしました。そのままだっだら、人買いに攫われて、どこか遠い国の奴隷にでもなっていたと思います。でも、ここにいれば、手に仕事を持てるし、三食ありつけますし、安全な寝床もあります。しかも、陛下のお手がつかなくても、ここに十八歳までいて、本人が望めば、退職出来るんです。宮仕えは箔がつきますから、結構、お嫁の貰い手やら他の貴族の侍女として人気なんですよ……」

 自分はもう十八歳だった。
 お手がつかなければ、すぐに自由にここを出ることが許されるのだろうかと思う。
 それとも、お飾りはお飾りとしてここで朽ちるまでいないといけないのかと考える。

 「そう、いいわね。私はもうすでに十八歳だから、来たばかりの私が辞めるわけにはいかないわよね」

 もしかして、あの男を殺せなくても、ここを出て新たにやり直しのきく人生があるのかもしれないとわずかな希望を持つ。

 すると、リオがちょっと何か顔を赤らめてこちらを申し訳なさそうに覗き込んだ。

 「……それはないと思います。アリアナ様」
 「どういうことかしら……。リオ。私に夢は持たせてはくれないの?」
 「もうアリアナ様は、部屋付きです。しかも、今晩から陛下のお世話役に、アリアナ様がご指名されています……」

 それを聞いた自分の世界は暗転した。






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