上 下
29 / 43

エル、男達は使えないと思った件。

しおりを挟む
 「どうぞエメラルド様、ギデオン様、ミハエル王太子がお待ちかねです」

 従者が荘厳なドアを開いた。

 エルがギデオンだけに聞こえる声で、騒いでる。

 (すげーー、これ本物の金だぞ。ああ、自分の掘った金、こんなとこに使われていたんだな……くっそー)

 などと言っている。
 もちろん、後からついて来るマティアスにもそれは聞こえていた。

 「ぶっ」と笑いを堪えるマティアスとは対照的に、ギデオンはただ咳をした。

 (エメラルド……。お前は今公爵令嬢だからな……)
 (……)

 ギデオンの一言はいつも
 それがわかっているエルは、ただ口を閉じた。

 頭を下げて王太子が現れるのを待つ。
 エルがイライラする前に、彼は現れた。
 それには、ギデオンもマティアスも感謝した。
 堪忍袋の切れたエルは、本当に誰の手にも負えないからだ。

 「あああ! え、エメラルド! やっと会えたね。嬉しいよ」

 ミハエルがその玉座から親しげに話しかけてくる。
 その様子に周りの警備のものも、マティアスも驚いている。

 ギデオンはすでに彼の性格を熟知しているかのように、驚いてはいないようだった。

 「ミハエル殿下、をお返しに上がりました……」

 エルが自分の手の中にある、美しい装飾がなされた外套を差し出す。
 ミハエルの目が喜びに溢れていた。
 取りに行こうとするミハエルをギデオンが中に入り、外套を玉座の上の殿下に渡した。

 「……ああ、ありがとう。覚えてくれていたんだね……」

 ちょっとエルに接触しようとしていたミハエルは少し拗ねた顔を見せる。
 だが、その行為は未婚の女性なら当たり前だった。
 しかも殿下も未婚であり、一応、まだ婚約者がいるのだ。

 「あの時は、助かりました」

 エルが目線を下げながら、話す。

 「…ああ、君は……う、その、大変な目にあっていたからね」

 あの時のエルの見事な肢体を思い出したのか、ミハエルの頬が赤くなる。
 なぜか玉座からの視線がことに気がついたエルはどうしようかと焦った。

 なんなんだ? この茶番。
 訳わからん空気だ。
 ああ、なんだか虫酸が走る!

 散々マティアスにくる前に脅かされたので、なるべくその表情を見せないようにするべく、手元の扇で顔を隠した。
 本来なら、王族の謁見ではあまり推奨されない行為だが、まだ歳という年齢が、なにか恥ずかしがってしている動作に見え、エルを初々しく周りに見せていた。

 「ああ、エメラルド嬢、の調子はどうなの? ギデオンが具合が悪いって言っていたから、心配してお見舞いに行こうかと思ったら、まあ、いろいろ周りから止められてね……」

 まさか婚約もしていない十六歳の娘のために、殿下が出かけるというのは王家的に大問題であるから、ミハエルは王宮から抜け出せなかったのだ。

 「しかも、ギデオンが、『エメラルドはとても虚弱体質だから、殿下に見舞いいただいたら、かえって具合が悪くなる』なんて言うんだよ。彼が君の後見人じゃなかったら、まったく無視していたけどね……」

 ぶぶっと言う声が後ろからわずかに聞こえる。

 くそ、絶対マティアスだな。
 あとでとエルは思う。

 ああ、なんだよ、その設定!!

 ギデオンを扇越しに睨みながら、わかったよ、やってやるよその、なんだ、ヨワヨワ乙女設定だろ!!と思う。

 「ええ、申し訳……あ、ありません……ミハエル様とは、そのあんなことがあった上……」

 演技を続けるエルをギデオンとマティアスが呆然としながら、見ていた。
 エルの会心の演技は二人のだいの男を驚かせた。

 本当に、儚い少女にみえるからだ。

 マティアスなんて、顎が外れそうなくらいに驚いている。

 エルは思う。

 バカめ。
 どんだけ海賊なめてんのかよ。
 まだ年齢が幼い頃から、このか弱い設定はけっこう海賊の間でもお気に入りの役だった。
 
 相手の船に「漂流中の幼子」を演じる。
 狙いの船に隙を作るためだ。
 みんな大丈夫かと優しい。

 そりゃーそうだ。
 海にたった一隻の小舟の中で、子供が一人乗ってれば、大体の船乗りの男たちは優しくなる。
 
 それで、キリウスたちがやってくるのだ。
 海賊の本船で……。

 だから、いざとなれば演技くらい出来るんだよ、バカやろう!!
 ああ、面倒だ。もう帰りてぇーーー!

 「ああああ!! どうしましょう、なんだか、具合が……!!」

 ここでエルはちょっと計算違いをした。
 本当ならここで、倒れて、ギデオンかマティアスが自分を抱きしめてくれる予定をしていた。
 それでおさらばだ。
 ギデオンが言う社交辞令というのがまったく意味がわからないし、興味がないのだ。
 だから、それを全部したいがためにうった策が全くの不発、いや大失敗だと、すぐに気がつかされた。

 完全にこいつらが使えねー。
 
 なぜなら、ギデオンの横で倒れたはずなのに、意外にも、このひ弱そうな金髪頭の男が、ありえないくらいくらいの速い動きで、王座から降り立ち、自分を抱きからだ。

 「だいじょうぶか!? エメラルド!!」

 ミハエルに抱かれながら、叫ばれた。

 まじ、死にたい。
 こんな、なんかチャラそうなやつに抱かれているだけで、虫酸が走る。

 意識を失っているふりをしているのに、エルの心は憤慨していた。

 ばっかやろーー!!
 ギデオンもマティアスも使えーーっん!!!
 これじゃー悪化だろ! 悪化!

 「ああ、やっぱりエメラルドは女神のように美しくて儚い……。はやく医者を呼べ!」

 その声を聞きながら、エルはその抱かれている相手を蹴りたい気持ちを抑えていた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

今日の授業は保健体育

にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり) 僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。 その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。 ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【完結】ドアマットに気付かない系夫の謝罪は死んだ妻には届かない 

堀 和三盆
恋愛
 一年にわたる長期出張から戻ると、愛する妻のシェルタが帰らぬ人になっていた。流行病に罹ったらしく、感染を避けるためにと火葬をされて骨になった妻は墓の下。  信じられなかった。  母を責め使用人を責めて暴れ回って、僕は自らの身に降りかかった突然の不幸を嘆いた。まだ、結婚して3年もたっていないというのに……。  そんな中。僕は遺品の整理中に隠すようにして仕舞われていた妻の日記帳を見つけてしまう。愛する妻が最後に何を考えていたのかを知る手段になるかもしれない。そんな軽い気持ちで日記を開いて戦慄した。  日記には妻がこの家に嫁いでから病に倒れるまでの――母や使用人からの壮絶な嫌がらせの数々が綴られていたのだ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

処理中です...