7 / 43
闇人現る
しおりを挟む
気がついた時は、公爵専用の馬車に揺られていた。
隣に公爵、目の前にはあの心臓を止めた男が座っていた。明らかにそちらの方が不機嫌ぽかった。
「あ、起きましたよ。こいつ! ちょっと殴っていいっすか?」
「だめだ、マティアス。エメラルドは女性だ。女性に手を出す奴は俺が許さん」
「なっ! なんですか? 公爵! こいつは俺を殺しかけたんですよ。殺人ですよ! しかも殺し屋だったんですから!」
まだあの口付けでうけた薬物が体の動きを封じていた。目をあけ、耳を研ぎ澄ます。
かなり広い森のようだ。馬車が作り出す音が深い森になだれ込むのがわかる。どうやら眠り込んでいる間に船で本国があるほうに連れて来られたようだ。
「エメラルド。起きたか? お前に選択肢を与える。私に服従し、与えられたミッションをクリアするか、またあの地獄の行きだ」
正直、どちらも生き地獄のような感じだ。
「ふざけるな、どっちも願い下げだ。その辺でいいから捨ててくれ……」
「どうします。どう考えても協力しなそうですよ。こいつ。ちょっと痛めつけて……」
「マティアス、何度も言わせるな……」
場所はちょうどクリドの近くを通ろうとしていた。公爵領に辿りつくには、クリドの近くを通らなくてはいけなかった。
エルの様子が急におかしくなる。外はもう暗くて外が見えないはずなのに、あきらかに何かの気配を感じて顔色が変わった。微かにその身体さえも震えていた。
「おい、どうしたどら猫野郎、寒くて震えているのか?」
マティアスがエルを覗き込む。
「……付かれているな」
公爵がポツリと話し、エルを抑えている手に力がはいった。
「え、盗賊かなんかか?」
マティアスが話した。
「エメラルド、お前はまだ戦えない。ここは俺とマティアスがなんとかする」
「く、くそっ。お前が、こんな禍々しい薬なぞを飲ませるから……盗賊、なんて者じゃない、」
エルは仕方ないっと思ったらしく、声だけで意思を告げる。
「や、奴らは、生きる死体だ。四体いる……。あ、頭だ……頭を切りおとせ……じゃないと死なない。か、噛まれるなよ……ウツるからな……」
マティアスが驚いた顔をしている。
公爵は目を細めた。
「わかった。お前はここにいろ」
「ば、馬鹿か? 行きたくても、いける訳ない……」
その瞬間、馬車の窓にビタッと黒い死霊のようなものが取り付いた。
「うわーっ、なんだよ! こいつら!」
「闇人だ……。人間で、すらない」
エルが途切れ途切れに答える。眼帯を外すべきなのか悩んだように指を眼帯の紐にかけた。
だが、その時、御者が急に馬車を止めた。
その衝動で大きく馬車の中は揺れた。黒いものは窓にべたりとついたままだ。
公爵の群青色だった瞳が一気にシルバーへ変色する。すると先ほどまで死霊のような物の動きが止まった。
これは、さっき自分がやられたものと一緒だとエルは確信する。
「今だ、マティアス!」
なんとマティアスがガラス窓ごと一気にその長剣で闇人と呼ばれる黒い人影の首を切り取った。
すると、赤い血が一気に飛び散ったかと思うと跡形もなく、消えてしまった。ガラスの破片と血が辺りに散乱する。
さらに同じところから二体やってきた。両方とも、公爵が目で止め、一体が公爵の、もう一体がマティアスの剣で見事に切り取っていた。あたりに腐敗臭が漂っている。
「はやく、御者が……食われている……」
エルが苦しそうに話す。
公爵は素早く馬車のドアを蹴り開け、前方の御者がいる席まで行き、目を見張った。
「くそっ 遅かったか……」
黒き生き物がすでに意識を失いかけた御者の肩を咥えていた。そこから血が滴り落ちていた。
シルバーの光が一筋見えたかと思う瞬間、公爵の輝く長剣が血のしぶきとともに空を舞う。
人の声とも思えない獣の最後の咆哮が森の中に響いた。
「だいじょうぶか?」
御者は生きてはいるが意識はなかった。
公爵はそのまま御者を自分の胸に抱き、まだガラスと血が散乱する馬車に乗り込んだ。
「マティアス、馬と車輪はまだ使えそうだ。あと少しで我が領地だ。そこまで悪いが綱を引いてくれないか」
「わかりました。急ぎます」
馬車が走り出すと走る馬車の音以外は何も聞こえなくなる。ガラスと血が車内にまだ散乱していた。
エルは、今起きたことを平然と受け止めている公爵が信じられない。自分がダッカ島の刑務所にいる間に、あいつらがここまで認知されるようなものになってきていたのだろうかと考えた。
横になりながらも、目を見張っているエルに気がついて、公爵が口を開ける。
「どうした? エメラルド。あ、さっきはありがとう。正確な情報で助かった。さすがアデリアのアサシンだ」
「……そいつ助かるのか?」
助ける術がないなら、殺した方がいいと助言しようとエルは思った。闇人に感染して、発症するまで、日の入りを七回すぎると人格が変わる。そして、徐々に内側から犯されていくのだ。
「エメラルドは、あいつらを闇人と言ったな。我々は、ヴィゴン、古代語で歩く死霊と意味だ。私は公爵でもあるが、歴史、科学、医療にも興味があってな。多分、今の段階ならこの彼を救えると思う。ただ道具が全て、私の館にあるんだ。急がないと彼の命、いや人間としての尊厳がなくなる」
「ち、治療できるのか? 本当か?」
「早いうちなら、なんとかなると思う。ただ今回が初めてだ。研究ばかりしていて被写体がなかったからな」
この公爵ってやつの顔をマジマジと見つめる。
なぜか目線を公爵は避けた。
「公爵、お前の目は……」
「ああ、これか……生まれつきだ。自分でコントロールするまでに時間がかかったが……もしかしてお前も似たようなら、相談にものれるぞ……。どうだ? 私のところに来る気になったか?」
エルは初めてこの男の顔の形状を見つめる。
こいつはあいつに似ている。
私の育ての親であり、友人であり、理解者であり、そして、殺戮者でもあった。
激しくこみ上げて来る感情を押しやった。
今はこの男について行くしかない。
この男が私の地獄を終わらせてくれるかもしれないっと微かな希望もあったが、何が自分の興味心を煽ったのだ。
返事の言葉が上手く出ず、ただ公爵を見て、コクンっと頷くことがようやくできた。
それを見た公爵は、優しく微笑えんだ。でも、なぜか少し悲しそうだったのはエルは気がつかなかった。
隣に公爵、目の前にはあの心臓を止めた男が座っていた。明らかにそちらの方が不機嫌ぽかった。
「あ、起きましたよ。こいつ! ちょっと殴っていいっすか?」
「だめだ、マティアス。エメラルドは女性だ。女性に手を出す奴は俺が許さん」
「なっ! なんですか? 公爵! こいつは俺を殺しかけたんですよ。殺人ですよ! しかも殺し屋だったんですから!」
まだあの口付けでうけた薬物が体の動きを封じていた。目をあけ、耳を研ぎ澄ます。
かなり広い森のようだ。馬車が作り出す音が深い森になだれ込むのがわかる。どうやら眠り込んでいる間に船で本国があるほうに連れて来られたようだ。
「エメラルド。起きたか? お前に選択肢を与える。私に服従し、与えられたミッションをクリアするか、またあの地獄の行きだ」
正直、どちらも生き地獄のような感じだ。
「ふざけるな、どっちも願い下げだ。その辺でいいから捨ててくれ……」
「どうします。どう考えても協力しなそうですよ。こいつ。ちょっと痛めつけて……」
「マティアス、何度も言わせるな……」
場所はちょうどクリドの近くを通ろうとしていた。公爵領に辿りつくには、クリドの近くを通らなくてはいけなかった。
エルの様子が急におかしくなる。外はもう暗くて外が見えないはずなのに、あきらかに何かの気配を感じて顔色が変わった。微かにその身体さえも震えていた。
「おい、どうしたどら猫野郎、寒くて震えているのか?」
マティアスがエルを覗き込む。
「……付かれているな」
公爵がポツリと話し、エルを抑えている手に力がはいった。
「え、盗賊かなんかか?」
マティアスが話した。
「エメラルド、お前はまだ戦えない。ここは俺とマティアスがなんとかする」
「く、くそっ。お前が、こんな禍々しい薬なぞを飲ませるから……盗賊、なんて者じゃない、」
エルは仕方ないっと思ったらしく、声だけで意思を告げる。
「や、奴らは、生きる死体だ。四体いる……。あ、頭だ……頭を切りおとせ……じゃないと死なない。か、噛まれるなよ……ウツるからな……」
マティアスが驚いた顔をしている。
公爵は目を細めた。
「わかった。お前はここにいろ」
「ば、馬鹿か? 行きたくても、いける訳ない……」
その瞬間、馬車の窓にビタッと黒い死霊のようなものが取り付いた。
「うわーっ、なんだよ! こいつら!」
「闇人だ……。人間で、すらない」
エルが途切れ途切れに答える。眼帯を外すべきなのか悩んだように指を眼帯の紐にかけた。
だが、その時、御者が急に馬車を止めた。
その衝動で大きく馬車の中は揺れた。黒いものは窓にべたりとついたままだ。
公爵の群青色だった瞳が一気にシルバーへ変色する。すると先ほどまで死霊のような物の動きが止まった。
これは、さっき自分がやられたものと一緒だとエルは確信する。
「今だ、マティアス!」
なんとマティアスがガラス窓ごと一気にその長剣で闇人と呼ばれる黒い人影の首を切り取った。
すると、赤い血が一気に飛び散ったかと思うと跡形もなく、消えてしまった。ガラスの破片と血が辺りに散乱する。
さらに同じところから二体やってきた。両方とも、公爵が目で止め、一体が公爵の、もう一体がマティアスの剣で見事に切り取っていた。あたりに腐敗臭が漂っている。
「はやく、御者が……食われている……」
エルが苦しそうに話す。
公爵は素早く馬車のドアを蹴り開け、前方の御者がいる席まで行き、目を見張った。
「くそっ 遅かったか……」
黒き生き物がすでに意識を失いかけた御者の肩を咥えていた。そこから血が滴り落ちていた。
シルバーの光が一筋見えたかと思う瞬間、公爵の輝く長剣が血のしぶきとともに空を舞う。
人の声とも思えない獣の最後の咆哮が森の中に響いた。
「だいじょうぶか?」
御者は生きてはいるが意識はなかった。
公爵はそのまま御者を自分の胸に抱き、まだガラスと血が散乱する馬車に乗り込んだ。
「マティアス、馬と車輪はまだ使えそうだ。あと少しで我が領地だ。そこまで悪いが綱を引いてくれないか」
「わかりました。急ぎます」
馬車が走り出すと走る馬車の音以外は何も聞こえなくなる。ガラスと血が車内にまだ散乱していた。
エルは、今起きたことを平然と受け止めている公爵が信じられない。自分がダッカ島の刑務所にいる間に、あいつらがここまで認知されるようなものになってきていたのだろうかと考えた。
横になりながらも、目を見張っているエルに気がついて、公爵が口を開ける。
「どうした? エメラルド。あ、さっきはありがとう。正確な情報で助かった。さすがアデリアのアサシンだ」
「……そいつ助かるのか?」
助ける術がないなら、殺した方がいいと助言しようとエルは思った。闇人に感染して、発症するまで、日の入りを七回すぎると人格が変わる。そして、徐々に内側から犯されていくのだ。
「エメラルドは、あいつらを闇人と言ったな。我々は、ヴィゴン、古代語で歩く死霊と意味だ。私は公爵でもあるが、歴史、科学、医療にも興味があってな。多分、今の段階ならこの彼を救えると思う。ただ道具が全て、私の館にあるんだ。急がないと彼の命、いや人間としての尊厳がなくなる」
「ち、治療できるのか? 本当か?」
「早いうちなら、なんとかなると思う。ただ今回が初めてだ。研究ばかりしていて被写体がなかったからな」
この公爵ってやつの顔をマジマジと見つめる。
なぜか目線を公爵は避けた。
「公爵、お前の目は……」
「ああ、これか……生まれつきだ。自分でコントロールするまでに時間がかかったが……もしかしてお前も似たようなら、相談にものれるぞ……。どうだ? 私のところに来る気になったか?」
エルは初めてこの男の顔の形状を見つめる。
こいつはあいつに似ている。
私の育ての親であり、友人であり、理解者であり、そして、殺戮者でもあった。
激しくこみ上げて来る感情を押しやった。
今はこの男について行くしかない。
この男が私の地獄を終わらせてくれるかもしれないっと微かな希望もあったが、何が自分の興味心を煽ったのだ。
返事の言葉が上手く出ず、ただ公爵を見て、コクンっと頷くことがようやくできた。
それを見た公爵は、優しく微笑えんだ。でも、なぜか少し悲しそうだったのはエルは気がつかなかった。
1
お気に入りに追加
461
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
彼女にも愛する人がいた
まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。
「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」
そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。
餓死だと? この王宮で?
彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。
俺の背中を嫌な汗が流れた。
では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…?
そんな馬鹿な…。信じられなかった。
だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。
「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。
彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。
俺はその報告に愕然とした。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる