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公爵の申し出

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 アデリアのアサシン……。
 そんな名前で呼ばれたは本当に久しぶりだった。
 思わず、目が光ってしまいそうなくらい興奮している自分に気がついて自制した。

 「どこの公爵様か知りませんが、そんな物騒な名前……あんまり言わない方がいいぞ……」
 「……まるで他人事だな……。でも本当に信じがたい。お前のような小さきものがあのアサシンなのか?」

 エルはこの男がかなり前のことを話しているのだと気がついた。
 海賊アデリアという一団に一時、身を寄せていた。
 声と目以外で、生きる術を身につけたのだ。あの男によって……。

 考え込んでいる公爵が話し出す。

 「海賊アデリアの集団には、まるで影のように走り回り、相手にその姿さえ見せない凄技の海賊がいたと聞いた。そいつの名はアデリアのアサシン、レッドアイ……」

 懐かしさと苦しさが一度に胸に流れた。
 もう二度と戻れない過去の思い出だ。

 「だが、ある時から、その海賊が仲間割れをしていなくなったと聞いた。不思議な話だ。そして、あのアデリアのアサシンも死んだと聞いた」

 公爵の言葉でふと現実に戻り、目の前の公爵様とやらに眼を向ける。

 「もしが仮にアデリアのアサシンとして、あんたは誰かを殺して欲しいのか?」
 「……そうかもしれないし、そうでないかもしれないと言ったら、お前はどうする」
 「ふ、バカだな。そんな安請け合いするアサシンなんていると思うのか?」
 「それに見合う報酬があれば、名の通った暗殺者は引き受けるのじゃないのか?」
 「いや、変な殺しを受け入れるより、ここにいた方がよっぽどマシだ」

 こいつにはわからない。あの声が始終聞こえる恐怖が……。この孤島は皆生き地獄と言い放すが、私にとってはある意味楽園だった。

 「……流石だな。変な誘いには乗らないか……。だがな、俺はお前をここから出せる唯一の理解者だ」
 「理解者? ふざけるな……」

 それを言った瞬間、目の前の公爵が立ち上がる。

 「すまん、エメラルド、確かめる事がある」

 突然、エルの囚人の服を引き裂いた。
 公爵と呼ばれる男の前に、薄汚れてはいるが真っ白な透明感のある若い女性の裸が露わになった。
 恥ずかしさに顔に赤みが射す。抵抗しようと思ったが、まだ本気の殺気を感じない男を殺すのは自分の掟に反すると自制する。

 「……無傷……でもなんという……神のいたずらか」

 その大きな手で顔をぐいっとあげられる。

 「片目はその名前に相応しくエメラルドグリーン色……もう一つの眼帯の下は何色なんだ? エメラルド」

 吐き気がして、そのフードで見えない影につばを吐いた。

 「……!」

 後ろから物凄い勢いで殴られた。

 「なんという無礼! お前は死罪に当たるぞ!」

 自分をなぐった影武者のような男が叫んだ。

 「ふ、殺してくれるんだった本望だ……。お願いだ。やってくれ」

 自分の本音が思わず漏れてしまう。この生き地獄、誰か止めてくれるなら。
 公爵が自分の右目の眼帯に手をつけようとする。

 「触るな! 自分の命が惜しいなら……」
 「これは試練だ……。もし俺がこの眼帯を外して、生き残れたら……お前は俺の元に来ると約束できるか?」

 エルはその言葉に驚愕した。
 この男! 只者ではない! 
 自分の秘密を知っているかもしれないっと身体をすくめた。

 「おい、見る前に殺されるつもりはない……」

 公爵は低い声を上げた。
 こんな安っぽいチェーンなど遊びに近かった。
 相手の隙を付き、一瞬で手の関節を外し、チェーンを外す。後ろにいた影武者に肘鉄を食らわし、相手が油断をついている隙に、チェーンをそいつの胴体に反対に巻きつけ、相手の腰から短剣ダガーを抜き取り、その影武者の男の首にその剣を先をあてがった。その鋭い短剣の先から、血が少し滴り落ちた。

 「公爵様どうぞ!! 私の事など構わず、こいつを殺してください!」
 「はーー、お前はどうしてそう短絡的なんだ」

 こんな事態でも公爵は冷静だった。

 「先ほどの提案はどうだ? 確かそういう伝説だよな、アデリアのアサシンの右目を見て、生き残った者はいないと……」

 男は自分の死を面白い賭け事のように話す。
 馬鹿だ。
 この男はなんなのだろうか……。
 可笑おかしさがこみ上げて来た。
 


 
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