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初夜 一

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 怒涛のように婚姻の儀式は終わった。
 イーサンは殿下と何か言葉を交わしていたようだが、観衆のどよめきや、拍手、そして、騎士団による空砲のよる祝いの騒音で、何もディアナの耳には入ってこなかった。

 ただ、群衆の中の誰かが『イーサン将軍万歳!』などと、叫んでいるのが耳に入り、えっと思い、その渦中の人を覗く。しかし、最初は、そんなディアナの目線に気がつかないイーサンは、まだ殿下の方を向いて、何かを話していた。
 やっと、その愛しい女の目線に気がついて、蕩けるような視線がディアナを包む。
腰をぐいっと寄せられて、イーサンは、耳元で『愛してる……でも、今晩は逃さない……』
と、怪しく囁いた。

 こんなみんなの前で……。
 急に恥ずかしくなり、ディアナは頬に血流が集まるのを感じた。
 イーサンのその逞しく男らしい体つき、そして、時より夜空を思わせるような黒く青い髪の毛。
 その間からは、きっと戦闘に立てば、必ずや凛々しく、そして勇敢なものになるだろうと思われる切れ長の美しい目が、今はまるで楽園を見つめているかのように、優しくディアナを見下ろしていた。

 観衆が『誓いの口付けを』と叫びだした。
 さて、これはもう中に入った方がいいぞ、とカイル殿下も目で合図する。
 警備を兼ねている騎士団も、どうやってこの熱狂を抑えていいか苦悩していた。
 騎士団にいると、ついその名声を忘れてしまいそうだが、イーサン・クロス公は、この国の生きている伝説なのだ。

 そして、このまま退出という形で騒ぎを抑えるのかと思いきや、ぐいっとディアナの腰をさらにもっと自分に近づけるイーサンがいた。

 目の前で、イーサンが呟く。
 「ごめん、ディアナ。一応、お前が俺のものだと、みんなに証明したい……」

 ほとんど抱き抱えるような格好でディアナは、熱い抱擁の中でイーサンから接吻を受けた。
 観衆の熱い歓声と、イーサン独特の男らしい匂い、その抱き抱えられた腕から感じる強靭な筋肉の硬さが、なぜかディアナを身体の芯から熱く震え上がらせた。

 本当は、ちょっと怒りたかったのだが、そのキスから解放されて、群衆を見ると、なぜか泣いて喜ぶ老婆の姿や、ちょっと接吻を見てはしゃぐ子供たちの姿を見て、ディアナの心は温かくなった。

 なぜなら、イーサンは自分の為だけに、犠牲になって今まで苦しんできたというが、魔の力からこの人々達を守ったのだと思うと、その犠牲は決して無駄ではなかったと感じたからだ。

 「……イーサン様、みんな感謝しているのですよ。貴方様がこの国を救ってくださったから……」

 神殿前から用意されていた馬車に乗るまでに、ディアナがイーサンに呟いた。

 「……いや、俺の動機は不純だった。もちろん、国を救いたいと思って、戦闘には出ていた。でも、あの魔女に心を揺すぶられたからな……大切な人に禍などと……」

 二人は、まるで言葉はいらないといった感じで、お互いに繋いでいる手をぎゅっと握り合った。
 それだけなのだが、ディアナはまたイーサンという人に何か近づけたような気がして嬉しかった。

 二人は馬車に乗り込んだ。

 これから、本来なら披露宴が騎士団の寄宿舎に隣接しているホールで行われるはずだった。
 大した距離ではないので、すぐに着く。他の騎士団たちは、もちろん、それに伴いすぐに移動した。
 そこには木製の長いテーブルが狭しと並んでおり、ご馳走や、酒、音楽隊などが全て用意されていた。

 今夜は無礼講だった。

 まずはカイル殿下が、国王からの祝辞を述べ、そして、自分からの祝いの言葉をも述べる。
 しかも、次期将軍とまで、名指ししたものだから、騎士団の盛り上がりは異様になる。まるで送別会のようになってしまっていた。

 そんな様子に笑いながら、時には叱咤し、部下達の様子をイーサンは眺めていた。だが、片時もディアナの手を離さないでいた。

 そして、何か水時計の時刻を確認し、目の前のテーブルの上のグラスの縁をフォークで叩いた。
 何か注目を浴びさせるための騎士団での習わしだった。

 イーサンが立ち上がり、声を上げる。

 「今宵は、皆が祝ってくれてどうもありがとう。感謝する。だが、私ももう自分の館に帰る……何故だかは、お前達、聞くなよ……」

 「おおーー!!」

 ホール全体にどよめきが起きた時点で、イーサンが睨む。
 皆がそのイーサンの横にちょこんと座っている麗しい金髪の少女を見つめた。
 何か、皆がソワソワしていたり、ニヤニヤしている。

 だが、ディアナには全くよくわかっていないようだった。
 ただ、騎士団の皆んなが自分に注目しているようだった。

 ガンっと物凄い音が、イーサンが振り下ろした拳とその下にあったテーブルの間でした。
 ざわめきが一気に引く。

 「おい、お前ら、たとえ無礼講でも、ディアナに変なことを言ったら、わかっているよな……?」
 「…………」

 騎士団に緊張感が走る。

 「……おめでとうございます」
 「……お幸せに……」
 「……やり過ぎ……ないように、うっ」

 最後に余計なことを言った若手騎士は、イーサンの耳元に運良くその言葉が入らなかったが、隣にたまたまいた副団長に腹を殴られていた。

 「……命、知らずめ……」

 そして、ものの半刻も経たずに、そこをディアナと退室した。


 また馬車に揺られた。
 イーサンが身重なディアナを気遣って、振動をあまりかけない防御の魔法を馬車にかけた。
 こんな魔法があること自体、ディアナは知らなかった。

 それを口にして言うと、イーサンが、生返事をまずした。でも、何か黙っていられないかのように、ディアナに告白する。

 「……あのシルクから会って、そして、猫に会ってから、その、なんと言うか、力が倍増というか、物凄いエネルギーを感じるんだ……しかも、安定している……」

 「……そうなんですか? よかったではないですか?」
 「……ありがたいと同時に、ちょっと自分が怖くなる……まるであの男の気持ちがわかるようなんだ……」

 ちょっと沈んだようなイーサンが両手を組んで馬車の床を見る。

 「イーサン様! 何そんな弱気でいらっしゃるの? 貴方には、私がいるんです。一人で悩まないでください!」
 「……ディアナ! ありがとう!」
 「そうですよ、もしかしたら、将軍様になってしまうかもしれないですから………」
 「……ディアナ、悪かった。まだ正式に受諾してはいない。ディアナが嫌だったら、断るし……」
 「……え、ダメですよ。イーサン様はこの国には必要なんです!」
 「いや、俺としては、ディアナだけに必要とされたい……」
 「まあ、イーサン様ったら……。でも、将軍様になったら、宮廷と領地の行ったり来たりで、時間が取られて、お忙しくなりますね……」

 ディアナはちょっと寂しそうな顔をした。

 「……ディアナ、それについてだが、ちょっと君と試したい。大丈夫。怖くないから……」
 「え? 何を試すのですか?」

 ディアナがあっけに取られていると、イーサンが馬車を止めさせた。そして、従者に帰って良いとまでいう。
 降ろされたところは、夜の森だ。幾ら何でも、ディアナはちょっと恐ろしくなる。でも、イーサンに守られていると思うから、真の怖さではなかった。

 「まあ、夜空の下で愛し合うのもいいが、まあ、館の方がいいだろう……」

 え、だから、さっきまでそこに帰ろうとしていたではないですかとディアナは思っていた。

 イーサンが、
 「ディアナ、おいで。愛しい女……」
と言って、彼女を抱きしめた。

 急に風が唸りだす。イーサンが何かを唱えているのだ。意味が不明だが、この暗唱と、渦巻きの風は絶対にイーサンが起こしていると確信する。地面が発光し始めた。下を見ると、魔法陣が見えた。

 え、これって?っと思う瞬間、イーサンの顔を見ると、ただ優しく微笑んで、大丈夫っと言っていた。




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