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ロマンス小説は時には役立つかもの巻

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 ジャスティンの専用の車で銀座の某有名高級ブランド店に到着する。そこには常連しか使えない専用駐車場があり、セレブが来た場合には、わざわざ外から入らなくてもいいように配備されていた。公式ウェブサイトにも、そこにまさか専用駐車があることは載っていなかった。

 その外からは全く見えない駐車場の外ドアが開く。驚いたことにすでにその立体駐車場の転車台ターンテーブルのわきには、すでに出待ちのように女性三人、男性二人が待ち構えていた。
 ジャスティンの車が入って来たと同時に、その五人が深々と頭を下げた。
 車内から軽く会釈を返す。
 多分、真っ黒の曇りガラスの窓からは何も見えないのだが。
 
 「参ったな、アユミ、君はボクが来るって言ったのかい?」
 その金髪をかき分けながら、流し目を歩美に送る。
 『馬鹿ね。あんたなんて歩く公害に近いんだから、あっちに言わないと他の客に迷惑でしょ……あ、でも、あっ』

 流暢な英語で歩美が返す。だが、外に何かを見つけたようで、目を細めた。

 『え、君、英語、話せるの? しかもブリティッシュイングリッシュじゃないか?』
 『煩いわね、つべこべ言う男はぶっ叩くわよ……』

 返事した歩美が曇りガラスの向こうを見てなぜか「チッ」と、舌打ちした。

 「すげー、歩美。英語ペラペラじゃねえか? あれ、さっきもよくわかんねえ外国語を話していたよな……お前一体……」
 「はあ、あんたの日本男児なら、つべこべ言ってるな! 美代、行くぞ!」

 そんなふかしげな歩美の行動に、ジャスティンは奇妙に思いながらも、威勢のいい歩美にも興味を持ったようだった。
 ただ、後部座席で、今回のシンデレラ変身を待ち構える、微妙な姿の今日の主役なはずの美代が震えていた。

 「あの………みなさま、なにか勘違いされているみたいですが……どう考えても、ここは、私には敷居が高すぎて……」
 「……大丈夫。ベイビー、君をシンデレラにしてあげるよ……」
 「煩いな、アメ屋。美代。ちょっとこんな奴がコーディネート、なんだか、もしかしたら、選択間違えたかな……」
  ジャスティンが、ただ「アメヤ? アメヤ? 何だそれ、ナナセ?」と言い出した。
 「みんな、落ち着け、でも支払いはどうなんだ! 大事だぞ!」

 七瀬が一般的かつ常識的な質問をする。美代は、正直この時ばかりは七瀬を頼もしく思う。どう考えても、この売れてるんだが、売れていないんだか、わからない演歌歌手と、暴走系の歩美とでは、どうも一番の問題、金銭的なものとか、TPOとか、なにか大変なことを忘れているような気がする。

 そんな思いっきり暴走中の歩美がニヤっと笑みをこぼす。

 「大丈夫、策がある……」
 「………ほ、ほんとに? 歩美ちゃん! 文無しになるよ、私!! というより、買えないと思う!」

 立体駐車場の外ドアが閉まる。皆んなが車の外に出た。ビルの外に出なくても、駐車場の内側のドアから店内に入っていける。
 待ち構えていた五人の店員の中で、一番貫禄がある男性が話す。

 「皆様、ようこそお越しいただきました。ジャスティンさまのご要望に応えまして。特別なお部屋をご用意してございます……お客様のどうかを重視して対応させていただきます」

 その男が四人に対してゆっくりを笑みを浮かべた。
 ジャスティンが声を出す。

 『素晴らしい! じゃー、買い物しよう!』

 まだそこには店内には客が買い物を楽しんでいる時間だった。ジャスティンは深い帽子とサングラスでその正体を隠したが、明らかにVIPらしき人達の登場に周りがざわついた。

 丁寧に店員が横のエレベーターへと案内する。
 「申し訳ございせん。どうぞこちらへ……」
 四人はそのエレベーターに乗り、シンプルながら、明らかに超VIP専用と思われる個室へと入り込んだ。
 白い高級感溢れるソファへと座る。
 品の大変良さそうな三十代、もしくは四〇代の綺麗な女性が対応した。

 『今日はわざわざ起こし下さいまして、ありがとうございます。私、このフロアのチーフをしてます小松原と申します。今日は何をお求めでしょうか? お電話では若い女性物の物がご入り用とお聞きいたしましたが……』
 彼女は、語学も堪能なことから、海外のセレブなどをよくこの一般客には解放されていないフロアで担当していた。
 『うーーん、彼女に合う服、みんな欲しいかな?』

 ジャスティンの提案に女店員は喜びで肩が震えてきた。
 よかった。この時間帯は意外に暇だった。この客の凄さを考えるとかなりの売り上げが見込めそうだった。
 でも、問題はどっちの『彼女』なのか、今までの接待のプロとして、見極めないといけない。
 向こうは、まるでわかるだろ? と言う顔をしているのだ。

 美少女の方なんだろうっと、店員はまず考えた。
 どう考えても、うちのブランドのイメージは、リッチで、高級感溢れる女性だ。時にはセクシーで、時には可憐な花のような、そして、ワガママでもいい、小悪魔的なブランドのイメージだ。
 でも、完全にこの場所にそぐわない地味なオカッパ頭の眼鏡っ娘がいる。
 (も、もしや………これって!)

 この高級ブランドの特別顧客担当チーフでもあるこの女性店員、小松原は、結構シンデレラ的な現代物ロマンス小説を読みあさっていた。疲れた日々を癒す彼女のストレス解消の一つだった。
 その彼女の勘が、働いた。
 声を出す前に、白いソファに座りながら、美少女と好青年に挟まれてモジモジしている少女に向けてにっこりと笑みを浮かべた。

 『流石だね。やっぱり原石は、プロだとわかるのかな? 君はいい目をしているよ』

 ジャスティンが満足そうに笑みを浮かべた。

 (やったーー! ロマンス小説万歳!)
 小松原は、「恐れ入ります」と言いながら、ジャスティンと、主にどんな服を彼女に着せたいか話し合っていた。

 ただ、それを聞きながら、歩美はただじっとその個室に飾られている額縁を眺めていた。


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