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お付き合い編 ヴァン団長の試練 その二

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 初夏の匂いが漂う早朝、鍛錬の為と称して、王宮の兵舎から市井まで走り出す男がいた。 
 その名は王立騎士団長、ヴァンダラス・ヒーコック。
 通称ヴァン団長。
 その筋肉隆々の姿は、タイトなトレーニング用の着衣と相重なって、見惚れるほど美しく、男性的だった。
 軽い足取りで市井の中のある目的の場所へと進む。
 走っているせいか、それとも、ある人を想ってか、彼の頬は桃色に染まっている。
 そして、そこに到着すると、慣れたように店の中に入る。

 「おはようございます。団長様。今日も朝、お早いですね。こちらのお花が今日はオススメですよ」

 年頃の若い娘の店員がにこやかに対応する。

 「……うむ。それをもらう」

 いつものようにさっと手続きを済ませ、大事そうにその花を受け取ると、また王宮の宿舎を目指して、さきほどよりも、さらに軽い足取りで走り出す。ただ、腕の中には、先ほどのささやかな花束を大事そうに抱えて。

 その厚い男らしい胸のポケットには一枚の紙が四つ折りになっている。
 それも、走りながら、時々自分の指でその存在を確かめる。

<昼過ぎ 演習場>

 愛しい人は必ず時間があると、昼間、騎士団の練習を見に来る。

 最近はいつも邪魔が入らない限り、二人きりでお弁当を食べれるようになった。
 というか、俺がリヒトやカインなどの他の団員達に警告していることもあるだろう。
 睨みを効かしながら言う。

 『邪魔するなよ、分かるよな?』って。

 「あ、ヴァン団長。お疲れさまです」

 演習場の脇で練習を見ていた彼女が俺に声をかける。
 昼休みだ。

 「カナ……」

 彼女に会うと、言いたいことが頭からほとんど消えてしまう。
 情けない。

 演習場からちょっと離れたところにいい具合の木陰がある。
 そこにはベンチと誰かがこしらえたブランコがかかっている。
 いつも二人でそこで食べることにしている。
 そこはちょっと小高くなっており、高い位置にもともと建てられている王宮の地形から、綺麗な市井のオレンジ色の瓦屋根の連なりが見えるのだ。
 二人でそこまで歩いていく。もちろん、そこまで彼女の荷物は持った。

 ベンチに座ると、おもむろにバックからお目当ての物を出すカナ。

 「はい、どうぞ。お弁当」

 可愛らしい小さな手がおれに触る。

 「あ、ありがとう。いつも。すまないな。あ……これ、お前に」

 自分の後ろから、執務室に朝から置いておいたあの花を差し出す。

 「わあ! 綺麗! いつもありがとう。ヴァン団長」
 「ヴァンだ」

 「?」
 「前も言ったけど、二人の時はヴァンって呼んでほしい」

 恥ずかしくて、目を見ながら彼女に言えない。

 「わ、わかった。ヴァン。ありがとう」

 最近、毎日彼女の為に花を贈る。
 こうやって会える日には直接渡す。
 会えないときは、部屋付の侍女、まあ主にマリア嬢に頼んで、カナの部屋に飾ってもらう。

 カナがおれの手紙に気がついて、それを開ける。

 「ヴァン……手紙読むよ」
 「………うむ」

 また照れ臭くて彼女の顔が見れない。
 でも、あんまりにも沈黙が続くから、失敗したかなと心配して、彼女を覗き見る。

 すると、顔を真っ赤にさせて、ふるふると体を震わせている彼女がいた。

 「もう……ヴァンったら……やり過ぎだよ」
 「やりすぎか? よくわからんが……まあ、その……言いすぎの間違えではないか?」
 「全部!! でも、ありがとう!元気になるよ」
 「そっか、お前が元気になって、俺も嬉しい」

 手紙には短くこう書いてある。

 『カナ、お前だけだ。俺を悲しませるのも、喜ばせるのも。いつまでも俺と一緒に居てくれ』

 おれは正直、睦言が苦手だ。
 どうもフェリスやケヴィンらにはかなわない。
 だから、正当法でいくしかなかった。
 まあオヤジだから、方法も古典的なんだよ。俺は。

 「じゃ、食べよっか。今日はね、シャケの海苔弁当だよ」
 「お、おいしそうだな。この黒いのはなんだ」
 「海苔。海藻の一種だよ。忍がね、作ってくれたの。栄養にもいいんだよ」

 忍の名前が出て、一瞬、ムッとしてしまう自分が情けないが、そのシャケ海苔弁当をいただく。

 イケる。うまい。
 この海苔と醤油と白いご飯。
 しかもシャケと食べると絶妙なコンビネーションだ。

 「うまいな。これ。カナが考えたのか?」
 「うん。いいでしょ。きちんと添え物の野菜も美味しいから、残さずに食べてね」
 「ああ、わかった。でも、こうやってカナと一緒に食べれて、おれは一番幸せだよ」

 市井のキラキラ反射される屋根を見ながら、ふっと本音が出る。
 それを聞いて、カナの顔を一気にピンクに染まったが、お弁当に夢中なヴァンは気がつかない。
 ヴァンの頭の中は、実は前回のデート発言から、初めての人のお願い発言の真相を知りたい自分が、いまにも発狂しそうなぐらいに暴れていた。
 でも、反対に自分がその真相を本当に知りたいかもわからない。
 もし、自分が思っているその“初めて”の意味と違ったら……。

 すでにデートの意味を取り違えて、がっくりした経験が警告をしている。
 だって、そうじゃないか……ヴァン。
 お前は散々あの後、苦しんだ。

<あの、おさんぽ事件後のヴァン団長の悶絶の心の声>

 穴? 初めて? 人? どういう意味だよ。
 でも、デートはアレじゃないことは確かだ。
 どうやったら……性交渉なしであそこに穴あけるんだ? 
 やっぱり意味が違うのか?

 ああああああああああ、だれかおれを殺してくれ。妄想がとまらん。

 待て待て、カナはやっぱりまだ処女なのか?
 それらしきことを前、忍から聞いたことがあるが……どうなんだ?

 おい、自制しろ。ヴァン。
 おれはまだ彼女と手さえも握っていないんだ。
 それがどうやってあそこにたどり着けるだよ。

 穴、穴、開ける、開ける、あける? あ、け、る?

 もしかして、ピアスとか? そうなのか? カナ? 耳にピアスをしたいのか??

 もうあの日から、散々カナを頭の中で抱きまくった。
 彼女が『ダメ、もう、無理!ああ』と悶えているのをいたぶりながら、自分の熱棒を淹れまくり、押し付け、あらゆる己の液体をかけまくった。
 正直、己が恥ずかしくてカナの顔を正面から見られない。

「カナ。悪いが、はっきり聞いていいか?」
「うん、何? ヴァン?」
「カナはさ……あの……俺をその……」

「意外とはっきりじゃないよ、その質問」

 まだご飯を終えていないカナが、もぐもぐ食べながら聞いてくる。

「わ、わかった。悪い。その……俺をお前の夫候補の一人として、考えてくれるか?」
「!!!」

 ちょっと海苔ご飯を唇の横につけた残念な女子と、騎士団長の軽装用ではあるが、見事に着こなしている至上のイケメンがお互い頬を染めながら、見つめ合う。

「カナ。ご飯粒」と言って、ペロンを自分の舌で食べてしまう。
 本当は彼女ごと、いますぐにでもいただきたい。

 !!!!!!!もっと赤面するカナ。
 ああ、なんて可愛らしい。
 そんな顔しないでくれっとヴァンは心で懇願する。

「もう、ヴァンったら!びっくりする」
 舐められたところを赤面しながら、抑えて反抗するカナ。

「あ、さっきの質問だけど……」

「お……おう」

 顔をくいっと上げて、じっとヴァンの目を見つめながら、答える。

「考えているよ。ヴァンを夫の候補として……」

 彼女は目をちょっと伏せながら、俺に説明する。

「まだ結婚って実感ないけど。私ね、この世界に来て、初めての友人はヴァンだと思っている。もちろん、フェリスとか、ケヴィン、マリアちゃんとかいろいろ助けてくれた人はいっぱいいたけど、なんか気軽に話せるのはヴァンだった。いつも一緒にお弁当食べてくれて、楽しかったし、寂しくなかった」

 二人の目線が交差する。
 俺の胸は最高に熱くなる。
 動悸が激しくなる。

 「ヴァンは、私にとって大切な人だよ。だから、私もきちんと考える」

 「カナ……」

 思わず、手が出て彼女を俺の胸の中にしまいたくなる。
 でも、それよりも彼女の一言が俺を止める。

 「それだったら……お願いがあるの……ヴァンに……」

 「なんだ? 言ってみろ」

 「あのね……その、シックスパック……触らしてほしいの」

 「シックスパックって何だ?」

 「これ……」と言って、カナがヴァンの大胸筋の下部、つまりお腹周りの筋肉を指でなぞる。

 うううううおおおおおおおおっっとやばい声が出そうになって、必死で抑える俺。

 「お、おい! カナ。それはやばい。やめてくれ」

 「そ、そうだよね。ごめん。だって、ヴァンのすごいんだもん。一度触ってみたかった。親しい間柄なら触らせてもらえるかなー、なんて、思ったの。ごめんね」

 「い、いや。違う! 嫌なわけじゃーない。ただ、場所と時による」

 「そっか。じゃー、その時になったら、教えてね」とにっこり笑うカナ。

 (おおおおおおお!俺もそんな時が、いますぐにでもきてほしいぞ。でも、やっぱり、これは手順ってものがあるだろう。まず、デートしなきゃ、まずいだろ。やっぱり。あああ、おれって、バカ。)

 自問自答を繰り返す俺。

 「あ、あの質問のついでだが、カナ」

 「何? ヴァンももっと質問あるの?」

 「あー、このまえの“初めての人とお前の穴”について、話したいんだが……」

 「ええええええ! やだ! ヴァン! エッチ。いまこんなところで言わないで!」

 「え! やっぱりこれはエッチなことなのか? そうなのか? そういうことなのか?」

 「もう! ヴァンったら、エロオヤジだよ! もう知らない!」

 プイっと首を後ろにふられ、怒るカナに対して、悶絶寸前の団長は、

 「わ、わかった。いまは聞かない。じゃー、カナが俺にそれが必要な時に言ってくれ。それでいいか?」

 「う、うん」

 ウルウルした赤い眼と頬でおれを覗き見るカナが、あまりにも欲情をそそるもの過ぎて、抱きしめてしまう。

  ベンチでお互いを抱きしめながら、なぜか二人がゆでだこ状態でランチを終えた。
 だが、ヴァンの悶絶度は上がった。

 (そ……そうなのか? やっぱりそうなのか?? アレなのか? おれがやっちゃうのか? どうなんだーーーーーーーー!!!!!! エッチってカナは言ったぞ。言ったんだ。そうだよ。あーーーー! 俺はどうすりゃいいんだ! 誰か教えろ!)

 かわいいウブな二人でした。

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