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<閑話> 忍の告白
しおりを挟むいつからだったろうか。
自分の世界に色彩が溢れ出したのは。
たぶん、それは……カナがうちにやって来た日だろうか。
それとも、あのお葬式の日か。
もしかしたら、病院であったときかもしれないね。
彼女は我が家に来てから、最初の1週間はまるでお人形のように無口だった。
言われれば食事をする。
お風呂にも入る。
でも、それ以外はソファーに座って、ただボーッとしているのだ。
でも、俺は知っていた。
真夜中になるとすすり鳴き声が聞こえてくるだ。
小さな声でたぶん、布団の中にでも、もぐりこんで泣いているのだろう。
ドアの向こうでカナの泣く声を聞き、何度も中に入りたい自分を抑えた。ドアノブにかかった手を離す。
彼女に怖がられたくない。
いままで、自分の世界はまるで数式。
0でさえのそのコンセプトについて一日中考えるような夢見がちな日々。
頭の中ですべてが合理化されていき、それを脳の中で再構成、再構築させる。
転換、変化、単純化を繰り返す。
そんな遊びがなぜか大人に受けた。天才児ともて囃(はや)された。
正直、人間との関わりは小さい頃から苦手だった。
人とはただ世の中を構成する物体、またはファクターに過ぎなかった。それよりもその中で構築されている物質や物体の成り立ちを紐解いていくほうがはるかに楽しく、同世代の友達もほとんど出来ないでいた。話が全く合わないから、仕方がない。
そんな中、カナに会う。
カナのちいさな手をあのお葬式で握って以来、自分の中から今までになかった何かの感情が生まれた。
一気に世界と人が繋がりはじめた。
この小さな頼りげない手からだけど、自分が世界にプラグインしたような感じだ。
カナ。君がこの世にいるから、世界が本当に輝いて見える。
彩色が見えるんだ。
君といると。
あと、カナはきっと覚えていないかもしれないけど、あの黒眼鏡の最初をあげたのは僕だ。
「カナちゃん。この眼鏡は特別なんだよ。これをかけるとね、嫌なことがみんな見えなくなって、自分の好きな物しか見えなくなるよ」
十歳の子供なりのアプローチをしてみた。
近所のおもちゃ屋で買ってきた数百円の安物の伊達眼鏡。
無言でその眼鏡をかけるカナ。反応はない。
あ、失敗だったかなと思った。
でも、気が付いたら、次の日もその眼鏡をカナはかけている。
「カナ。気に入ったの? その眼鏡」
すると、返事の代わりにその可愛らしい頭をコクんと頷いた。
まあちょっとの気休めになればと思っていた。
そして、彼女はなぜかその眼鏡を気に入り、いつもかけていた。
でもそれから、しばらくたったある日、カナがその眼鏡をしながら、テレビを見ていた。
「ああ……ほんとう。忍ちゃん。この眼鏡、ほんとうにすごい」
頬をピンクに染めながら、テレビの画面を見つめていた。
何を見ていたのだろうと思っていたら、それは大地に広がる菜の花畑の中を黄色の帽子をかぶった少女が駆けていた。その向こうには、彼女の家族(たぶん、両親)が手を振っているのだ。そして、その少女は両親に抱きしめられる。
一瞬、これはカナが悲しくなってしまうような光景ではないかと心配した。
でも、その予想とはまるで反対に反応したカナは、泣きそうな、でも、嬉しそうな顔をしていた。
まるでとても見たかったものがそこにあるかのように。
ここではもしかしたら、会いたかった人が彼女の脳裏に映し出されていたのかもしれない。
おもわずソファーに駆け寄り、彼女を抱きしめた。
考えるより体が先に動いてしまった。
びくっと最初は驚いていたが、僕が囁き始めるとだんだんと体の力が緩んでいくようだった。
「大丈夫だよ。カナ。僕がいる。必ず守る 」
「僕、忍が君といる。ずっといる」
「カナ、心配しないで」
「…………しのぶ」
その言葉を聞いた時、一瞬、心臓が本当に飛び出しそうだった。
よくそういう表現をする大人がいるが、僕の世界には今までそんな体験はなかった。
自分の名前がとても素晴らしい物のように聞こえた。
どんな偉人が考えた数式よりも。
それから、カナの夜中の泣きはマシになったようだった。
ときどき、まだぼーっとすることはあっても、学校に通い出し、だんだんと馴染んでいるようだった。
いつも『忍兄ちゃん』と可愛らしい声で呼びながら、僕に付いてくるようになった。
この時間を大切にしたい。
だから、すべての国際的な研究所からのオファーを断った。
カナがいなければ意味がない。
どうしてもという所だけ、条件付で返事をする。それは在宅だ。しかも、自分は普通の学生生活をするという。自分を絶対に取り込みたいと思う大人たちが二つ返事でOKサインを出す。
でも、そんな普遍的な日常がカナが中学生になるとちょっと状況が変わってくる。
カナがだんだんと少女特有の美しさを身につけてくるようになった。
俺は内心焦った。
だんだん綺麗になっていくカナを見ながら、彼女が俺から離れていってしまうと不安になる。
虫を寄せ付けたくなければ、散らすしかない。
せこい自分は3つの方法でこの対策を考えた。
まず、相手をケチらせるために、スポーツや武道に身を入れた。
もともと素養があったのか、みるみるうちに上達した。
そして、第二に周りの男子友人、もしくはカナの男友達も脅した。
「おい、俺の妹にちょっかい出してみろ。後悔するからな」
妹の名前を呼ぶ者でさえ、鉄拳を与えた。
俺の名はいろんな意味で知られていたから、これで大抵、彼女にアプローチする輩は退治できた。
ときどき、しぶとい奴にはもっと直接的かつ間接的な方法で撃退した。ここではどう撃退したかは……伏せる。
ごめん、カナ。お前をみて驚いていたのは、お前の容姿の事では全然ない。俺のせいだ。お前は本当はすっごいかわいいんだよ。
そして、第三はカナの好きな世界を作るということだった。
なんとなくカナが読んでいる漫画や本を見ていて、カナがBLが好きなのは理解できた。
これだっと直感した。そして、あのゲームが出来上がったのだ。
まあ、まさかこのゲームの中にきてしまうとは……なんとも開発者としては情けない。
でも、どうしてかというのはなんとなく原因がわかる。このゲームにはもともと、自己育成人工知能機能を入れてあるのだ。これは舞姫のバク同様、通常プレイした場合、出てこない。まあ、ちょっと遊びで入れてみたのだが、ありきたりなBLゲームではなにも意味がなかった。
でも、いま考えるとそれがすべて繋がる。
このゲーム自体が成長を欲しているのだ。だから、このゲームを作った俺とそして、その目的対象者、カナまでもを取り込んだのだ。このゲームの重要人物たちも、ゲームの本筋から離れ、皆自己を持ち、どんどんと成長し続けている。それは、いい事でもあるが、ちょっと不安な面もある事は確かだ。
いまのところ、フェリス、ケヴィン、ヴァンがカナを守ってくれそうであるから、何も問題はない。もちろん、俺も守る。
ああ、カナ。君を本当は閉じ込めて、愛し続け俺のものだけにしたい。
でも状況は違うようだね。
大丈夫。ぼくは受け入れるよ。
まえ、言った通りに。
ぼくはいつも君といる。心配しないで。
愛してる。
いつまでも……。
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