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 足音に気が付いたのか、二人がパッと離れる。うん、これで通れるね。
 いかにも今通りかかって何も見ていません、という風を装ってわたしは廊下の角を曲がる。

「……あら、アインアルド王子にエルレナ様。ごきげんよう」

 わたしがにっこりと笑って挨拶をすると、エルレナを庇うように、サッとアインアルド王子が前に出る。わたしが何かするとでも思っているのだろうか。

 まあ、悪役令嬢よろしく、ちくちくと嫌味を投げかけていたのだから無理もない。わたしの役回りはそういうキャラだから。でも、それが二人の――というか、主人公とヒロインの距離を縮める役割を果たしていたのだから、逆に感謝してほしいくらいである。
 穏便に婚約破棄されるために、わたしがハーレムエンドになるようサポートしてたんだから。シナリオや、それこそ発表されていない、制作陣だけの裏設定なんかも頭に入っていたから、そこまで苦ではなかったけど。

「……覗き見とは趣味の悪いことをする」

 アインアルド王子がこちらを馬鹿にするような声音で言った。あれ、ばれてる?
 演技は完璧だったと思うんだけどな、と首を傾げたが、王子の視線をたどれば、オクトール様の顔が真っ赤なままだった。
 成程、これは誤魔化しようがない。

「まあ、ご自分に非がないと思っていらっしゃる?」

 そもそもお前がこんな人がいつ来るか分からない廊下でちゅっちゅとやってんのが悪いんだろうが、ということをお嬢様っぽく、お淑やかを意識して言ってみる。

「愛情深いアインアルド王子のお相手も大変ね、エルレナ様」

 一人の女で満足できない上に何処でも盛る男をいなせないなんて大丈夫? という意味をこめて皮肉を言ったのだが。

「ベルメ様、アインの――アインアルド王子の寵愛を受けられなかったからといって、嘆くことはありませんよ」

 カウンターを食らってしまった。わたし自身、王子に未練もないし、むしろ、王子の婚約者になった瞬間から、どう穏便にことを進めて婚約破棄に持ち込むか、ということばかり考えていたから、別にアインアルド王子から愛されなくても何とも思わないのだが、こうして勝ち誇ったように言われるのは普通に腹が立つ。

「わたし、結構嫉妬深い方ですの。わたし自身を愛してくれる殿方でなければ嫌ですわ。――例えば、わたしのためだけにお茶会を開いてくれる方とか」

 今日はわたしのためだけにオクトール様がお茶でもてなしてくれましたの。
 そう言えば、一瞬、エルレナの顔がひきつったのが分かった。すぐに笑みに戻ったが。
 そうだろう、そうだろう。なにせアインアルド王子が、ヒロイン一人のためにお茶会を開いたことは、まだ一度だってないはずだ。わたしの侍女の情報を集める能力は非常に優秀なので、十中八九そうだと言い切って問題ない。

 一人だけに親密にならないように、と、一夫多妻を視野に入れた時点で、一人きりの時間を取るのは正式な婚約が決まってからだ。
 でも、アインアルド王子は立て続けにヒロインを落としにいっていたから、必ず複数人でのお茶会になっていたはずだ。
 まあ、今日のはお茶会っていうよりは質問会みたいになっていて、別に色気もなにもなかったけど……お茶があったのは事実だし、最後は雑談もあったから、嘘ではない。嘘では。

 そんな風にバチバチと水面下でエルレナとやりあっていると、アインアルド王子がふっと鼻で笑った。

「選ばれなかった者同士、お似合いではないか」

 ものすごく腹の立つ顔で言われた。こいつが王子じゃなかったら、貴族社会という上下関係の厳しい世界に生まれていなかったら、絶対殴ってった。
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