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思わず振り返ると、そこには見覚えのある人がいた。
見覚えがあるどころじゃない。
――女王様、本人だ。
わたしたちが転移の『異能』でやってきた、あのスペースは、他にもいくつか会ったんだろう。同じような扉が、等間隔でたくさん並んでいて、その扉の一つから、女王様が出てきているのが見えた。
扉から出てきている女王様と数人の護衛の姿を見た、たまたま扉の近くにいた人と、目が会ってしまった。あの人もまた、この異常事態に気が付いて、こちらを見たのだろう。
目があって、その、何が起きているのか分からない、という表情を見て、わたしはハッと我に返った。
近くにいたシオンハイトの裾を思い切り引っ張る。わたしの様子に気が付いたのか、シオンハイトが体の向きを変えるのが、目の端に写った。
わたしは思わず、王女様の方を見る。彼女はまだ、女王様に気が付いていない。
どうして、女王様がこんなところにいるのか。
そんなもの、バレて、追い付かれたからに決まっている。
早く、と気持ちばかり焦ってしまうのに、まだ、王女様は受付の人と話をしている。
かつかつと、ヒールを鳴らす、高い音が聞こえる。迷いない歩みに、シオンハイトがわたしの前に出て、わたしを庇うようにした。
その動きで、ようやく王女様も気が付いたのか、わたしたちの方を見る。流石の彼女にも、焦りが見えた。
「あなたたち」
女王様の掛け声で、しん、と、あたりの空気が冷たく張り詰める。
あとちょっとなのに。
威圧感ある笑みを浮かべる女王様の、余裕っぷりに、もう、終わりなのか、と思ってしまう。
「書類を、持ち出したら駄目でしょう?」
――書類。獣人奴隷の研究記録や、顧客リストなど、証拠になりえるものたちのことだろう。
「返しなさい」
端的に言う、彼女の言葉に、わたしは身がすくむ思いだった。
彼女の瞳が、わたしたちを捕らえている。その奥で、わたしたちを、どう始末するのか、計算しているのが見えるようだった。
わたしを見る、その目が、分かるでしょう、と語りかけているのが明らかだった。
あの爆発騒ぎのとき。シオンハイトを助けるかどうか、と、取引を持ちかけられたときと同じ目をしている。
まだ、彼女側につけば、わたしたちを見逃してくれる、とでも言うのだろうか。
そんなわけない。
今ここで大人しく従ったところで、二度目があるとは限らない。そのまま、『不慮の事故』が訪れるか、それとも、いいようにいつまでも脅されてしまうか。
そんなこと、分かり切っている。
でも――でも。
わたしの脳裏には、爆発騒ぎで、誰にも助けてもらえないまま、血まみれで、血に付す獣人たちの姿がちらついていた。
シオンハイトも、ああなってしまったら――。
「――ッ」
わたしは、弾かれるように、カウンターにあった数枚の紙を奪い取り、女王様へと駆け寄った。
見覚えがあるどころじゃない。
――女王様、本人だ。
わたしたちが転移の『異能』でやってきた、あのスペースは、他にもいくつか会ったんだろう。同じような扉が、等間隔でたくさん並んでいて、その扉の一つから、女王様が出てきているのが見えた。
扉から出てきている女王様と数人の護衛の姿を見た、たまたま扉の近くにいた人と、目が会ってしまった。あの人もまた、この異常事態に気が付いて、こちらを見たのだろう。
目があって、その、何が起きているのか分からない、という表情を見て、わたしはハッと我に返った。
近くにいたシオンハイトの裾を思い切り引っ張る。わたしの様子に気が付いたのか、シオンハイトが体の向きを変えるのが、目の端に写った。
わたしは思わず、王女様の方を見る。彼女はまだ、女王様に気が付いていない。
どうして、女王様がこんなところにいるのか。
そんなもの、バレて、追い付かれたからに決まっている。
早く、と気持ちばかり焦ってしまうのに、まだ、王女様は受付の人と話をしている。
かつかつと、ヒールを鳴らす、高い音が聞こえる。迷いない歩みに、シオンハイトがわたしの前に出て、わたしを庇うようにした。
その動きで、ようやく王女様も気が付いたのか、わたしたちの方を見る。流石の彼女にも、焦りが見えた。
「あなたたち」
女王様の掛け声で、しん、と、あたりの空気が冷たく張り詰める。
あとちょっとなのに。
威圧感ある笑みを浮かべる女王様の、余裕っぷりに、もう、終わりなのか、と思ってしまう。
「書類を、持ち出したら駄目でしょう?」
――書類。獣人奴隷の研究記録や、顧客リストなど、証拠になりえるものたちのことだろう。
「返しなさい」
端的に言う、彼女の言葉に、わたしは身がすくむ思いだった。
彼女の瞳が、わたしたちを捕らえている。その奥で、わたしたちを、どう始末するのか、計算しているのが見えるようだった。
わたしを見る、その目が、分かるでしょう、と語りかけているのが明らかだった。
あの爆発騒ぎのとき。シオンハイトを助けるかどうか、と、取引を持ちかけられたときと同じ目をしている。
まだ、彼女側につけば、わたしたちを見逃してくれる、とでも言うのだろうか。
そんなわけない。
今ここで大人しく従ったところで、二度目があるとは限らない。そのまま、『不慮の事故』が訪れるか、それとも、いいようにいつまでも脅されてしまうか。
そんなこと、分かり切っている。
でも――でも。
わたしの脳裏には、爆発騒ぎで、誰にも助けてもらえないまま、血まみれで、血に付す獣人たちの姿がちらついていた。
シオンハイトも、ああなってしまったら――。
「――ッ」
わたしは、弾かれるように、カウンターにあった数枚の紙を奪い取り、女王様へと駆け寄った。
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