上 下
75 / 114

75

しおりを挟む
 わたしが王女様の部屋から出ると、アデルとフィアが扉の両脇に立って待機していた。

「では、頼むぞ」

 王女様がそう言うと、わたしが返事をするより先に、二人が頭を下げる。王女様曰く、アデルかフィアをリンゼガッドに行かせることは、戦争の原因を究明する策の一つとして考えていたらしく、わたしじゃなくても、リンゼガッドに嫁いだ令嬢が一度戻ってきたら、誰であろうと声をかけると決めていたらしい。故に、この二人には既に話が通っている、ということだ。

 部屋に戻るため、廊下を歩いていると、夕日が差し込んでいることに気が付く。すっかり夕方になってしまった。王女様と結構話し込んでしまったようだ。
 夜には護衛を交代して戻ってくるとシオンハイトは言っていたけれど、具体的には何時くらいに交代なのか、聞いていない。終わる時間くらいは聞いておいても良かったかな、なんて思っていると――。

「――あ」

 わたしは思わず足を止める。とある部屋から出てきた男性の顔に、見覚えがあったからだ。
 ――シディール様だ。

 別に彼に未練がある、というわけではないが、シディール様に出会うことを全く想定していなかったので、思わず立ち止まってしまったのだ。
 驚きに頭が追い付いて行かなくて、黙って見てしまっていると、部屋からスノーティアも出てくる。そこで、ようやく納得した。お茶会に出席したスノーティアを迎えにきたらしい。なるほど。
 ということは、ここの部屋は迎えを待つための客室だったのか。

 状況を飲み込めたわたしは、ばれないうちにここを去るか、挨拶をしていくかで迷う。
 と言うのも、養母であるお母様から「婚約破棄が決まりました」と伝えられてから、ろくに彼と会話もせずに、リンゼガッドへと向かうことになってしまったのだ。たぶん、わたしがシディール様に泣きついて、婚約破棄をなかったことにさせないため、時間的余裕がないタイミングで、お母様は事後報告をしたのだと思う。

 特別仲が良かった、というわけでもないけれど、険悪な仲でもなかったので、曖昧なまま別れることになって、どういう反応をするのが正解なのか、分からないのだ。
 このままここで話をしなければ、たぶん、一生会わないままかもしれない。
 そう思ったら、なんだかそっちのほうがいい気がしてきた。どう声をかけても気まずくなる未来ばかり想像できてしまうので、いっそのこと逃げてしまおう、と思ったのだ。

 ――思ったのだが。

「……あら、お姉さま」

 わたしが逃げるより早く、シディール様より先に、スノーティアがわたしの存在に気が付き、しかも、声をかけてきた。
 ……これは逃げられないなあ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

秘密の多い令嬢は幸せになりたい

完菜
恋愛
前髪で瞳を隠して暮らす少女は、子爵家の長女でキャスティナ・クラーク・エジャートンと言う。少女の実の母は、7歳の時に亡くなり、父親が再婚すると生活が一変する。義母に存在を否定され貴族令嬢としての生活をさせてもらえない。そんなある日、ある夜会で素敵な出逢いを果たす。そこで出会った侯爵家の子息に、新しい生活を与えられる。新しい生活で出会った人々に導かれながら、努力と前向きな性格で、自分の居場所を作り上げて行く。そして、少女には秘密がある。幻の魔法と呼ばれる、癒し系魔法が使えるのだ。その魔法を使ってしまう事で、国を揺るがす事件に巻き込まれて行く。 完結が確定しています。全105話。

暗闇に輝く星は自分で幸せをつかむ

Rj
恋愛
許婚のせいで見知らぬ女の子からいきなり頬をたたかれたステラ・デュボワは、誰にでもやさしい許婚と高等学校卒業後にこのまま結婚してよいのかと考えはじめる。特待生として通うスペンサー学園で最終学年となり最後の学園生活を送る中、許婚との関係がこじれたり、思わぬ申し出をうけたりとこれまで考えていた将来とはまったく違う方向へとすすんでいく。幸せは自分でつかみます! ステラの恋と成長の物語です。 *女性蔑視の台詞や場面があります。

虐げられた私、ずっと一緒にいた精霊たちの王に愛される〜私が愛し子だなんて知りませんでした〜

ボタニカルseven
恋愛
「今までお世話になりました」 あぁ、これでやっとこの人たちから解放されるんだ。 「セレス様、行きましょう」 「ありがとう、リリ」 私はセレス・バートレイ。四歳の頃に母親がなくなり父がしばらく家を留守にしたかと思えば愛人とその子供を連れてきた。私はそれから今までその愛人と子供に虐げられてきた。心が折れそうになった時だってあったが、いつも隣で見守ってきてくれた精霊たちが支えてくれた。 ある日精霊たちはいった。 「あの方が迎えに来る」 カクヨム/なろう様でも連載させていただいております

転生令嬢はのんびりしたい!〜その愛はお断りします〜

咲宮
恋愛
私はオルティアナ公爵家に生まれた長女、アイシアと申します。 実は前世持ちでいわゆる転生令嬢なんです。前世でもかなりいいところのお嬢様でした。今回でもお嬢様、これまたいいところの!前世はなんだかんだ忙しかったので、今回はのんびりライフを楽しもう!…そう思っていたのに。 どうして貴方まで同じ世界に転生してるの? しかも王子ってどういうこと!? お願いだから私ののんびりライフを邪魔しないで! その愛はお断りしますから! ※更新が不定期です。 ※誤字脱字の指摘や感想、よろしければお願いします。 ※完結から結構経ちましたが、番外編を始めます!

【完結】転生白豚令嬢☆前世を思い出したので、ブラコンではいられません!

白雨 音
恋愛
エリザ=デュランド伯爵令嬢は、学院入学時に転倒し、頭を打った事で前世を思い出し、 《ここ》が嘗て好きだった小説の世界と似ている事に気付いた。 しかも自分は、義兄への恋を拗らせ、ヒロインを貶める為に悪役令嬢に加担した挙句、 義兄と無理心中バッドエンドを迎えるモブ令嬢だった! バッドエンドを回避する為、義兄への恋心は捨て去る事にし、 前世の推しである悪役令嬢の弟エミリアンに狙いを定めるも、義兄は気に入らない様で…??  異世界転生:恋愛 ※魔法無し  《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆

【完結】たれ耳うさぎの伯爵令嬢は、王宮魔術師様のお気に入り

楠結衣
恋愛
華やかな卒業パーティーのホール、一人ため息を飲み込むソフィア。 たれ耳うさぎ獣人であり、伯爵家令嬢のソフィアは、学園の噂に悩まされていた。 婚約者のアレックスは、聖女と呼ばれる美少女と婚約をするという。そんな中、見せつけるように、揃いの色のドレスを身につけた聖女がアレックスにエスコートされてやってくる。 しかし、ソフィアがアレックスに対して不満を言うことはなかった。 なぜなら、アレックスが聖女と結婚を誓う魔術を使っているのを偶然見てしまったから。 せめて、婚約破棄される瞬間は、アレックスのお気に入りだったたれ耳が、可愛く見えるように願うソフィア。 「ソフィーの耳は、ふわふわで気持ちいいね」 「ソフィーはどれだけ僕を夢中にさせたいのかな……」 かつて掛けられた甘い言葉の数々が、ソフィアの胸を締め付ける。 執着していたアレックスの真意とは?ソフィアの初恋の行方は?! 見た目に自信のない伯爵令嬢と、伯爵令嬢のたれ耳をこよなく愛する見た目は余裕のある大人、中身はちょっぴり変態な先生兼、王宮魔術師の溺愛ハッピーエンドストーリーです。 *全16話+番外編の予定です *あまあです(ざまあはありません) *2023.2.9ホットランキング4位 ありがとうございます♪

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23

処理中です...